TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

花の森でクリンソウその1

2024年06月14日 | 旅日記

6月6日、岐阜県立自然公園、宇津江四十八滝から約500メートルくらい下ったところにある花の森四十八滝野草園で見頃になっていたクリンソウを見に行きました。

今回はツアーに参加して、四十八滝の滝の散策とこちらの花の森を約2時間の間に自由に散策するようになっていました。こちらまで乗車してきたバスは四十八滝の散策路の近くにあったレストハウスしぶきの駐車場に止め置きでした。ツアーに参加されていた多く方々は添乗員さんも含めて先に滝のほうに歩いて向かわれました。私は2時間で滝と花の森の散策はどちらかが時間がなくなると思ったので、時間に余裕があるうちに花の森で先にクリンソウを見たかったので皆さんとは行動を別にして花の森に向かいました。ツアーに参加されていたうちの幾人かの方々も先に花の森のほうに行かれた方もあったようでした。

レストハウスしぶきから花の森までは結構遠かったです。途中、一人で歩いてたので、クマが出たらいやだなあと思って、クマよけ鈴を鳴らしながら歩きました。レストハウスしぶきから花の森まで結構遠かったです。やっと入口まで歩いてきました。

入口付近でクリンソウが700円で売られていました。入口でツアーバッジを提示して入場しました。

クリンソウがグ咲いている場所までしばらく歩いて行きました。途中の通路でオダマキが咲いていました。

コアジサイ

途中の通路で咲いていた花々を眺め歩いた先にクリンソウが群生していた場所がありました。

こちらでは約15万本のクリンソウが咲いているそうです。

クリンソウの花言葉は「幸福を重ねる」です。いい花言葉ですね。

一度来てみたかった花の森でクリンソウがたくさん咲いていた風景を眺めることができてよかったです。

コウホネが少しだけ咲いていた池がありました。

バスで配って下さったこの日のお昼ごはんをクリンソウを眺めながらいただいてきました。

 

 

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高山散策その3

2024年06月14日 | 旅日記

6月6日、高山の町中を散策したときの続きです。

古い町並をしばらく歩いて行くと人力車が止まっていたのを見掛けました。

お肉屋さん

高山では「うたてい」は「ありがとう」という意味だとガイドさんから教えていただきました。高山ではごはんをいただいた後、ごちそうさまでしたとは言わずに「いただきました」ということもお話して下さいました。

安川通りを歩いて高山別院まで向かいました。

高山別院に着きました。高山別院は高山御坊と呼ばれていて、京都の東本願寺を本山と仰ぐ真宗大谷派の高山の別院です。

こちらの駐車場からバスに乗り込み、この日の目的地に向かいました。

鍛冶橋を通ったときに橋の上から宮川を撮影しました。一番奥のほうに赤い橋の中橋が見えてました。

高山の町中からバスで約30分ほど行ったところにある目的地まで走って行きました。

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6月13日

2024年06月14日 | ひとりごと

昨日・6月13日は暑かった1日でした。自宅がある大阪市内は最高気温は32度まで上がったとテレビのニュースで放送されていました。午前中、近所のスーパーに買い物に行き、午後1時前には帰宅しました。我が家は夕方、西日が当たるので、夕方頃から室内の気温がぐんぐん上がって行く傾向が多いですが、この日の晩に3階の部屋まで上がると温度計は34度まで上がっていました。日中は扇風機で過ごせたものの34度まで上がると扇風機だけでは熱風が籠った部屋の気温はなかなか下がってくれませんでした。そこで、今年初めてクーラーを付けました。真夏よりはまだましな気温だったせいか、クーラーを付けると室内の気温は設定温度の28度まで下がり室内は快適な気温になりました。今日も暑そうなのでクーラーを付けないと過ごせないかなと思います。熱中症になったら怖いのであまり我慢しないほうがいいのでしょうね。なってからでは遅いので熱中症にはくれぐれも気を付けて下さいね。

午前中、友達からラインが届いてました。前の日にラインのやり取りをしたところだったのでその続きかなと思っていたら、友達のお父様が急遽されたという連絡のラインでした。妹さんから連絡をもらってすぐに真夜中に駆け付けられたそうですが、間に合わなかったと書かれてました。きっと最期を見られるのが恥ずかしかったからだったのでしょうとお悔やみの言葉と一緒に返信しました。以前、母が亡くなってしばらくしてからその日に初めて会った方にそのようにお声掛けして下さったときに自分自身は救われた気がしたので私も同じ内容の言葉を友達に伝えました。友達がどのように思ってくれかたかよくわかりません。お父様の最期を看取れなかったことは今は相当悔やまれてるのかもしれないですが、時が経ち、少しずつ昇華して行かれた中でこの言葉の中にあった優しさに私が気付いたように彼女も穏やかな気持ちになってくれたらいいなあと思いました。

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