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短編小説『キヨシの帰省』

2020-01-15 06:44:58 | 短編小説

第49回郷土作家アンソロジー入選作品

都月満夫

「あーっ! やっと来た。キヨシ、イライラさせるな。遅かったじゃないか。今年は、もう帰ってこないのかと思ったよ。心配させるな。毎日毎日、今日か明日かと、身を削る思いで待ってたわ。」

「レイコ、身を削る思いって…、お前に削る身があるんか? アハハ! ま、それはともかく、待たせて悪かったな…。こう見えてもな、オレも今じゃ、中間管理職っちゅうやつになってしもたもんで、結構忙しいんや」

「へぇ~。あの泣き虫でのろまのキヨシが、中間管理職か~。歳をとればなれるんだ」

「誰が泣き虫でのろまや。オレはお前より五つも歳上や。オレの家へきて、おしっこ漏らしたやつに言われたくないわ」

「それは言うな。それに、そんな小さいときのこと、ワタシは覚えてないし…」

「覚えてへんのやのうて、忘れたいんやろ」

「本当に覚えてないんだってば…。…って言うか、それって、キヨシの作り話だろ?」

「作り話やないわ。家が隣同士で、毎日レイコが勝手にオレの家に上がり込んで、テレビゲームを付き合わされたわ。レイコは負けず嫌いで、勝つまで帰らんかった。ほんで、ゲームに夢中になって漏らしたんや」

「キヨシだって、ワタシに負けたらメソメソしてたな。だから、五つも歳上のくせに、必死にゲームをやってたキヨシが悪いんだ」

「そうやな。オレも大人気なかったわ。…って、オレもまだ子どもだったわ。負けとうないわ。ま、その話はええわ、おしっこの話は水に流すわ。それより、中間管理職や。えらいで~。上からはガミガミ言われ、下からはブツブツいちゃもん言われるねん。休みを取るんやってな、部下の休みを決めてから、最後に自分の休みを調整するんや。そやから、お盆に帰省しようとは思ってたんやけど、なかなか休みが取れなくてな。今頃になってしもた。待たしてすまんかったな…」

「中間管理職って大変なんだ。キヨシ、それで辛いからって毎日メソメソ泣いてるんか」

「そんなことで泣くか…、アホ! オレはもう大人や。しんどいけど、これで給料貰うてるからな…。泣いてる暇なんかないわ」

「キヨシ、帰ってきたときくらい、その中途半端な大阪弁やめてくれんか。キモいわ…」

「中途半端は余計やろ。オレも向うへ行ってからの方が長くなったさかいな。しゃあないやろ。我慢せえや。行きたくて大阪に行ったんやない。東京勤務が一年で転勤や…。それからずーっと大阪や。身に沁みてしもた」

「仕方がないか…。社会人は大変だね。キヨシは子どもの頃から、のろまだけど、真面目だけが取り柄だ。コツコツやればいいよ」

「コツコツって…。お前に言われたらおしまいや。それに、のろまは余計や」

「キャハハ! 気にすんな」

「そやなあ…。まあ大変は大変やけど、オレはオレで元気にやっとるから心配すんな」

「そんならいいけど…」

「あ、そやそや、忘れとった。ほらっ!」

「わっ! きれいなひまわり」

「好きやったろう、ひまわり」

「今でも好きだわ。ありがとう。覚えていてくれたんだ。キヨシ、そんな気遣いもできるようになったんだ。さすがは中間管理職…」

「なんだよ、偉そうに…。レイコは八月生まれで、明るいひまわりが好きやった。忘れるもんかよ。ここに飾っておくわ。ほら、辛気臭い場所が明るくなったやろ」

「きれいだね。やっぱ、ひまわりはいいね」

「ひまわりの花言葉は、『私はあなただけを見つめる』や」

「キヨシ、それはどういう意味だ?」

「意味なんかないわ…。ただの花言葉や」

「そうか…。そんならいいけど、紛らわしいこと言うなよ。今更、そんなこと言われても困るわ」

「紛らわしいって、お前はアホか…。お前にそんなこと言うてどうなる。そやけど、帯広も暑いな。お盆が過ぎたっちゅうのに、今日は三十度近いんとちゃうか…。これも温暖化ってやつのせいかな…」

「暑いって言ったって、暑さはワタシには無縁だよ。分かってるだろ…。それより冬の方が辛いわ。寒さが骨身に堪えるんだよ」

「アハハ! 骨身に堪えるか。そいつはおもろいな。レイコも冗談うまなったな…」

「笑うな! キヨシ。冗談じゃないわ」

「そやな…。ゴメンゴメン」

「キヨシ、そんなに忙しいのに、毎年来てくれてありがとうね。嬉しいわ」

「何や、気色悪いわ…。そんなしおらしいこと言うな。お前らしくないわ。レイコ、覚えてるか? お前が東京の大学に入った年の、夏休みやった。大阪のオレの部屋に、連絡もなしに尋ねてきたやろ。びっくりしたわ」

「また、その話しか…」

 

「大学に入って一人暮らしを始めるにあたって、オレは意気込んでかっぱ橋の道具街で、フライパンを買うてん。店のオヤジが、ええもん買いなさいと言って、ブランドもんやないが、職人が手作りしよった、鉄製のフライパンを勧めた。これは空焼きしたり、油を馴染ませたり、手入れをすれば一生もんやと言われてな。ほんで二十八センチの物を一本買うてん。それまで料理なんて全くせなんだけど、一人暮らしやから自分で作るしかないやろ。そう思って買うてん。そやけど、手入れを怠って真っ赤に錆びさせたこともあった。それを金タワシでゴシゴシやって、また空焼きして油を馴染ませた。取り敢えず、目玉焼きは上手になりよった。それからは炒飯を練習した。これができれば具材を変えて色々できるからな。卵かけご飯を炒めることで、パラパラ炒飯ができるようになりよった。あの日は、そのフライパンで、レイコのためにちょっとだけ贅沢をして、ステーキを焼いた。社会人のプライドや。レイコは、よーく焼かんと気持ち悪い言うて、ウェルダンにしてくれと言うた。オレはレアやった」

「そうそう、しっかり焼いてくれんと気持ち悪いだろ。あれは美味しかったわ」

「お前は、このフライパンは、独り暮らししてからずーっとオレと一緒に暮らしていると言ったら、ケラケラ笑いながら肉を食うた」

「そりゃあ笑うだろう。独り暮らしして五年もフライパンで自炊か? ご飯作ってくれる彼女の一人もできんのか? って言ったら、キヨシ怒ったな」

「そうや…。好きで独り暮らしをしてんじゃない。仕事が忙しいんやって言うたら、お前は、オレがのろまやから忙しいんや。忙しいのに訪ねて来て悪かったな。悪かったついでに今晩泊まっていくわって…。どさくさ紛れに、このガキ何ぬかしてんねん思たわ」

「キャハハ! あの時のキヨシの慌てた顔。面白かったわ」

「おしっこ漏らした女に泊まっていくって言われても、兄妹みたいなもんや。オレはどないしていいか分からんかった。アホなこと言うな。帰れやって言うたら、お前は女の顔をしてふくれよった。ドキッとしたわ。いつの間にか大人になりよってた」

「当たり前だろ。女に恥かかすな。バカが」

「ほんで、翌朝オレが目を覚ましたら、レイコはもう起きとった。モジモジしてるから、やめろや、オレかてどんな顔していいか分からんわって言うた。お前は、キヨシ何勘違いしてるん、ゴメンって…。指差したテーブルには真っ黒な目玉焼きがあった。お前は目玉焼きも上手に焼けんのか…。目玉焼きまでウェルダンかって言って、オレは笑いながら、焦げた目玉焼きを美味しくいただいた」

「焦げた目玉焼き食べさせて悪かったな。苦い思い出だわ。あれから何回かキヨシの部屋に泊まりに行った。その度に、目玉焼きを焦がしていたっけ…」

「お前みたいな女、嫁の貰い手ないわ。目玉焼きも上手く焼けんなんて…と言うたら、お前はそのうち上手になるわって、むきになりよった」

「それでも、キヨシは優しかった。大事なフライパンなのに、焦がしてゴメンって言ったら、いつも大丈夫だよと言って、金タワシで擦って空焼きしてくれた。私は磨かれたフライパンの深く碧い色をきれいだねと言った」

「そうやな…、綺麗や。この色をくろがね色って言うんや。くろがね色は鉄色と書く。鉄の焼肌の色のような青味が暗くにぶい青緑色のことや。やっぱり、オヤジの言うとおりやった。ええもんは長く使える」

 

「それから三年後の夏やった。オレはお前に突然フラれた。他に好きな男が出来たんだ。じゃーね…って電話でな。オレもぼちぼち、結婚も真剣に考えてた頃やったから、目の前が真っ暗になりよった。三年間が、じゃーね…で終わりかよ。オレはほんまにレイコが好きやったし、勿論浮気もしたことなかったし…。そりゃオレは格別イイ男って訳じゃないけど、お前の事はほんまに大切にしてたつもりやった。なのに、お前はめっちゃあっさりオレのことフリよった。どーにもこーにも収まりがつかなくて、電話をしても着信拒否、オレは毎日毎日イライラしとった」

「その話はもう済んだ話だ。いつまでもぐずぐず言うな。男らしくないわ」

「イヤ、言わせろや。オレはめっちゃショックで気持ちのやり場がなくて、仕事に打ち込むしかなかった。仕事をすることで忘れようとしたんや。ほんで半年間仕事に没頭して、レイコのことも、少しずつ忘れ始めていた時やった。ある日、携帯に知らない番号から電話がかかってきた。最初は悪戯やと思ってシカトってたんやけど、何回もかかってくる。しゃあないから出てん。レイコの妹のユウコからやった。ユウコが、お姉ちゃんに会いに来てくれませんか? って言うてん。オレは意味が分からんかった。オレはフラれたって言うたら、レイコが白血病にかかっていて、病院に入院しとると言いよった。ドナーがやっと見つかったものの、状態は悪く、造血幹細胞(ぞうけつかんさいぼう)の移植をしても助かる確率は五分五分だっちゅう。入院した日を聞くと、オレと別れた直後やった…」

「だから、何回も行っただろ。それはさ、キヨシに心配かけたくなかったから…」

「それが水臭いっちゅうんや。冷たいっちゅうんや。オレは休みを取って病院へ駆けつけた。無菌室におるレイコをガラス越しに見た瞬間、オレは周りの目を忘れて怒鳴った。お前、何勝手な真似してんだよっ! オレはそないに頼りないのかよっ! ってな。お前はオレの姿を見て、しばらく呆然としとった。どうしてオレがそこにおるのかわからへん…っちゅう顔やった。その姿はほんまに小そうて、今にも消えてしまいそうやった」

「そりゃあそうだよ。キヨシには言うなって家族に言ってあったからな…」

「そやけどすぐに、お前はハッと我に返り、険しい顔でそっぽを向いた。オレは、その場に泣き崩れた。堪らなかった。この期に及んでまだ意地を張るお前の心が愛しうて、悲しゅうて、涙が止まらなかった。それからオレはいったん大阪に戻り、二週間の有休をとった。その日から移植までの二週間、オレは毎日病院に通った。けれど、お前は頑なにオレを拒絶し続けた」

「それはそうだろ…。好きな男に自分が弱っている惨めな姿は見せたくなかったわ。移植前処置ってさ、骨髄の白血病細胞を完全に死滅させるために、大量の抗がん剤投与や全身放射線治療をするんだよ。これが、ひどい副作用があるんだ。口内炎、脱毛、食欲不振、嘔気、嘔吐、下痢がしょっちゅう起こり、肝臓、腎臓、心臓、肺、中枢神経などの重要な臓器に障害が起こることもあるんだよ。この合併症が重症化した場合には命に関わることだってあるんだ。そんな状態でいる自分を、キヨシに見られて、ニコニコしていられないだろう。こっちは必死だったんだ」

「そうだよな…。それは後から聞いた。オレはオレの感情だけで、お前の気持を考える余裕がなかった」

「そうだよ。少しは病人のことも考えろ」

「オレのことシカトしたお前に言われたくないが、言われてみればそうやった」

「それから、一週間ほど移植前処置が続き、造血幹細胞の移植が行われた。輸血のように静脈から点滴で投与する。副作用として、一時的に発熱やアレルギー反応が起こることがあるため、予防的に抗ヒスタミン薬やステロイドも投与された。移植した幹細胞が血液の流れに乗って骨髄にたどり着き、そこで増殖を始め、白血球数がふえてくることを『生着(せいちゃく)』と呼ぶんだ。移植前処置の強度などによって違うそうだが、移植から約1ヶ月から数ヶ月でやっとドナーの血液に置き換わるんだ。移植後数週間は、クリーンルームと呼ばれる防護環境が保たれる病室で過ごすことになる」

「そうやったな。『好中球生着(こうちゅうきゅうせいちゃく)』だっけ、赤血球や血小板の増加がみられ、輸血が不要になるまで…」

「しかし、まだ安心はできん。医者は、多くはないが移植から一定期間を過ぎても白血球が増えてこないこと、あるいは一度増えた白血球が再び減少してしまうことがあると言った。これを『生着不全(せいちゃくふぜん)』と呼び、移植した幹細胞の機能不全、移植後の重症感染症など、さまざまな原因によって起こるそうだ。生着不全の治療は原因によるが、再移植が必要になることもあるそうだ」

「そうだったな。オレはそれが心配やった。そやけど、二週間の有給が切れたので、オレはいったん大阪に帰った」

 

「キヨシ、そんな辛気臭い話より、彼女はできんのか? いつまで独りでいる気だ。キヨシは、もう立派なオジサンだよ。このままだと結婚できないじゃないかと心配だよ」

「レイコ、お前は余計な心配せんでええ」

「ああ! もしかして、キヨシ、ワタシのことが忘れられんで彼女が作られんのか?」

「アホぬかせ。お前のことは忘れろ言われても忘れられんのは認める。しかし、それだけやない。大阪の女はオレには向いてない。オレの部下やてな、注意したら必ず『ちゃうねん』と言い訳をする。そんで、自分の正当性を主張しよる。自分ができる範囲のことはしっかりやっとる。それでどこが悪いって開き直りよる。可愛くないわ。それとな、『嘘やん』『マジで』『せやな』の三種類で会話を成立させてしまうんや。あとはノリとツッコミや。誰かがボケたら、必ずツッコミを入れんと機嫌が悪い。面倒臭いわ。それと、直ぐ金の話や、『それなんぼしたん? そりゃ高いわー』ちゅうて、自分の持ってるもんの値段の安さを自慢しよる。安いもん買うたもんが偉いんや。あの感覚にはついていけん」

「いいじゃないか。安いものを買って喜ぶんなら経済的だ。高いものを買ってくれっていう女よりましじゃないか…」

「そやけど、あけっぴろげでズバズバものを言うて、値段の話で盛り上がるんじゃな。強情張りで負けず嫌いでも、チョッとはしおらしいところがある女の方が可愛げがあるわ。そんな女、なかなかいないねん」

「キヨシ、そんなこと言ってないで、その歳になったら妥協も必要だよ。でないと、一生独身だよ。来年は来なくていいから、彼女見つけて結婚しろよ。チョッとは寂しいけど、そうしろよ。そのほうがワタシは嬉しいわ」

「分かった。レイコがそう言うんなら、頑張ってみるわ。今日は、もう帰るわ」

 そう言って、キヨシは柳下家の墓を後にした。沈みかけた夕陽が墓石を照らしている。

「来年、また来るわ…」とキヨシは呟いた。


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14 コメント

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キヨシ&レイコ (ゆり)
2020-01-15 08:03:16
おはようございます。

爽やかな小説ですね~~

来夏!また会いに来る・・・
いい関係ですね~~

朝から若いころに帰ったような気分になりっました(*^^*)
今年は50回目になるのですか?
入選頑張ってください。
返信する
★ゆりさん★ (都月満夫)
2020-01-15 10:34:50
そうですか。
ありがとうございます。
50回目の作品は投稿しました。
結果はまだです^^
したっけ。
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Unknown (飛花ぽんぽこりん)
2020-01-15 13:56:05
これ、今までで一番好き!

寂しいけれど、読み終えてすぐ
初めから読み返したくなる。
シックスセンス以上のセンス!

返信する
Unknown (きままなマーシャ)
2020-01-15 14:32:06
こんにちは。
夕陽と墓石とひまわり。
きれいなシーンが悲しくて切なくて涙が出ます。
キヨシに幸せが訪れるといいですね。
レイコも安心できそうです^^
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★飛花ぽんぽこりんさん★ (都月満夫)
2020-01-15 15:02:12
そうですか。
ありがとうございます。
読み返すと、冒頭からちりばめられた会話の仕掛けが理解できると思います。
私はこの話を思いついたとき、仕掛け作りが楽しくてしょうがありませんでした^^
したっけ。
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★きままなマーシャさん★ (都月満夫)
2020-01-15 15:03:38
そうですか。
ありがとうございます。
悲しい話を楽しく書くのが面白かったです^^
したっけ。
返信する
Unknown (青翠)
2020-01-15 16:17:19
最後まで読んで納得です。
ふくみがあっていいですね。
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こんにちは~ (haru)
2020-01-15 16:43:12
こんにちは~

すごく興味深くって面白かったです。
50回目も期待してますよ~

白血病本当に大変なんですよね。
3年ばかり前に白血病闘病の後、脳腫瘍で亡くなった昔の友達の女の子さんの事を思い出してしまいました。
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★青翠さん★ (都月満夫)
2020-01-15 16:54:33
ありがとうございます。
会話だけで角という冒険もしたんですが、気になりませんでしたか^^
したっけ。
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★haruさん★ (都月満夫)
2020-01-15 16:57:22
一昨年、去年と私の周りの人が白血病と骨髄腫でなくなりました。
それで、チョッと病気のことを調べました。
でも、湿っぽい話にはしたくなかったので、大阪弁で明るく書いてみました^^
したっけ。
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