「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

ぎらりと光るダイヤのような日 2007・10・23

2007-10-23 07:45:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、茨木のり子さん(1926-2006)の「ぎらりと光るダイヤのような日」と題した詩一篇。

  短い生涯
  とてもとても短い生涯
  六十年か七十年の

  お百姓はどれほど田植えをするのだろう
  コックはパイをどれ位焼くのだろう
  教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

  子供たちは地球の住人になるために
  文法や算数や魚の生態なんかを
  しこたまつめこまれる

  それから品種の改良や
  りふじんな権力との闘いや
  不正な裁判の攻撃や
  泣きたいような雑用や
  ばかな戦争の後始末をして
  研究や精進や結婚などがあって
  小さな赤ん坊が生まれたりすると
  考えたりもっと違った自分になりたい
  欲望などはもはや贅沢品になってしまう

  世界に別れを告げる日に
  ひとは一生をふりかえって
  じぶんが本当に生きた日が
  あまりにすくなかったことに驚くだろう

  指折り数えるほどしかない
  その日々の中の一つには
  恋人との最初の一瞥の
  するどい閃光などもまじっているだろう

  <本当に生きた日>は人によって
  たしかに違う
  ぎらりと光るダイヤのような日は
  銃殺の朝であったり
  アトリエの夜であったり
  果樹園のまひるであったり
  未明のスクラムであったりするのだ 


  (思潮社刊「茨木のり子詩集」現代詩文庫 所収)
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