今日の「 お気に入り 」 。
「 ―― 私はその日その日の生活にも困つてゐる 。食ふや食はずで昨日今日を送り迎へて
ゐる 。多分明日も ―― いや 、死ぬるまではさうだらう 。だが私は毎日毎夜句を作つ
てゐる 。飲み食ひしないでも句を作ることは怠らない 。いひかへると腹は空いてゐて
も句は出来るのである 。水の流れるやうに句心は湧いて溢れるのだ 。私にあつては生
きるとは句作することである 。句作即生活だ 。
私の念願は二つ 。ただ二つある 。ほんたうの自分の句を作りあげることがその一つ 。
そして他の一つはころり往生である 。病んでも長く苦しまないで 、あれこれと厄介を
かけないで 、めでたい死を遂げたいのである 。 ―― 私は心臓麻痺か脳溢血で無造作
に往生すると信じてゐる 。
―― 私はいつ死んでもよい 。いつ死んでも悔いない心がまへを持ちつづけてゐる 。
――残念なことにはそれに対する用意が整うてゐないけれど 。 ――
―― 無能無才 。小心にして放縦 。怠慢にして正直 。あらゆる矛盾を蔵してゐる私は
恥づかしいけれど 、かうなるより外なかつたのであらう 。
意志の弱さ 、貪の強さ ―― あゝこれが私の致命傷だ ! 」
( 出典: 種田山頭火著 村上護 編 小崎侃・画 「 山頭火句集 」ちくま文庫 ㈱筑摩書房 刊 )