「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

独 慎 Long Good-bye 2021・10・27

2021-10-27 05:09:00 | Weblog




  今日の「 お気に入り 」 。

   「 昭和八年一月一日 、私はゆうぜんとしてひとり( いつもひとりだが )ここかうし

    てかしこまつてゐた 。

     昨年は筑前の或る炭坑町で新年を迎へた 。一昨年は熊本で 、五年は久留米で 、四

    年は広島で 、三年は徳島で 、二年は内海で 、元年は味取で 。 ――

     一切は流転する 。流転するから永遠である 、ともいへる 。流れるものは流れるが

    ゆえに常に新らしい 。生々死々 、去々来々 、そのなかから 、或はそのなかへ 、

    仏が示現したまふのである 。

     私はまだ『 あなたまかせ 』にまで帰納しきつてゐないことを恥ぢるが 、与へられ

    るものは 、たとへそれがパンであらうと 、石であらうと 、何であらうとありがたく

    戴くだけの心がまへは持つてゐるつもりである 。

     行乞の或る日 、或る家で 、ふと額を見たら 、『 独慎 』と書いてあつた 。忘れられ

    ない語句である 。これは論語から出てゐると思ふが 、その意味は詮ずるところ 、自

    分を欺かないといふことであらう 。自分が自分に嘘をいはないやうになれば 、彼は

    磨かれた人である 。人物に大小はあつても人格の上下はない 。

     私は五十二歳の新年を迎へた 。ふりかへりみる過去は『 あさましい 』の一語で尽

    きる 。ただ感情を偽らないやうにして生きてゐたことが 、せめてものよろこびであ

    る 。

     独慎 ―― この二字を今年の書き初めとして 、私は心の紙にはつきりと書いた 。 」


    「 独り飲みをれば夜風騒がしう家をめぐれり

     風は気まゝに海へ吹く夜半の一人かな

     大きな鳥の羽ばたきに月は落ちんとす

     濃き煙残して汽車は凩の果てへ吸はれぬ

     風がはたゝゝ窓うつに覚めて酒恋し 

     鉄鉢の中へも霰           」


    ( 出典: 種田山頭火著 村上護 編 小崎侃・画 「 山頭火句集 」ちくま文庫 ㈱筑摩書房 刊 )



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする