今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「『忠孝』のうちの忠を滅ぼすのは容易だったが、孝を滅ぼすのは容易でなかったから、昭和二十年代の文化人は筆をそろえて孝は骨肉の情で、自然に生じるものだから教えるに及ばぬ、強いるなと禁じた。
ところが孝は自然の情ではなかったのである。人間以外の哺乳類は親は子を育てるが子が一人前になると互いに赤の他人のようになる。子が親を養うがごときは全くない。孝は中国人が何千年もかかって創り出したモラルだったのである。これで老後の問題をなくした知恵だったのである。
けれども元来自然の情ではないのだから、強いるなと禁じられたら僅々二三十年で滅びてしまった。その上核家族である。そして核家族はほかでもない私たちが選択したのである。今の親たちは若いときその子らに『お前たちの世話にはならないからね』と言った。子供にとってこんな好都合なことはない。親は言ったことを忘れても子は忘れない。心にもないことを言ったと親が気がついたときは遅かった。
いま韓国にはまだ孝は残っている。いっぽう核家族化は進んでいる。キムチがパックで売りだされたことによってもそれは察するに余りある。韓国は日本の轍をふむかふまないか、たぶんふむだろうと私は見ている。」
(山本夏彦著「『豆朝日新聞』始末」文春文庫 所収)
「『忠孝』のうちの忠を滅ぼすのは容易だったが、孝を滅ぼすのは容易でなかったから、昭和二十年代の文化人は筆をそろえて孝は骨肉の情で、自然に生じるものだから教えるに及ばぬ、強いるなと禁じた。
ところが孝は自然の情ではなかったのである。人間以外の哺乳類は親は子を育てるが子が一人前になると互いに赤の他人のようになる。子が親を養うがごときは全くない。孝は中国人が何千年もかかって創り出したモラルだったのである。これで老後の問題をなくした知恵だったのである。
けれども元来自然の情ではないのだから、強いるなと禁じられたら僅々二三十年で滅びてしまった。その上核家族である。そして核家族はほかでもない私たちが選択したのである。今の親たちは若いときその子らに『お前たちの世話にはならないからね』と言った。子供にとってこんな好都合なことはない。親は言ったことを忘れても子は忘れない。心にもないことを言ったと親が気がついたときは遅かった。
いま韓国にはまだ孝は残っている。いっぽう核家族化は進んでいる。キムチがパックで売りだされたことによってもそれは察するに余りある。韓国は日本の轍をふむかふまないか、たぶんふむだろうと私は見ている。」
(山本夏彦著「『豆朝日新聞』始末」文春文庫 所収)