今日の「 お気に入り 」は 、山本夏彦さん ( 1915 - 2002 ) のコラム集から 。
「 私は人には『 分 』というものがあると思っている 。分際を知れ分際をと 、
以前さる週刊誌に書いて 、日本中の読者から袋だたきになったことがある 。
なって 私は『 分 』というものが 、現代日本のタブーであることを知った 。
人にはそれぞれ分があると言っただけで 、あんなに怒るのだから 、それは
やっぱりあるのだと知ったのである 。
『 分 』がいけないなら『 星 』でもいい 。いかなる星のもとにわれ生れけむ
というあの星である 。高山樗牛の言葉だと記憶するが 、この嘆きを嘆かな
い男女は 、いついかなる時代にもない 。すなわち星はあるのである 。
『 さそり座の女 』という流行歌がある 。美川憲一の持ち歌だという 。
『 アンアン 』『 ノンノ 』以下の女性誌で 星占いをのせないものはない 。
牡牛座 、獅子座 、山羊座 、魚座以下の運命が 、そこには毎週勢揃いして
いる 。新聞には四緑木星の男の 、一白水星の女の 、今日の運勢が出てい
る 。あんなに出ているのだから 、読者があるのだろう 。あれば左右され
るものがあるのだろう 。
言っては悪いが 、私は人には 下男の星 と 主人の星 があると思っている 。
下男の星に生れた者は 、主人にはなれない 。主人の星にも十人の主人の星
と 、千人の主人の星があって 、十人の主人は 十人の主人に終って 、千人の
主人にはなれない 。
そして勤人というものは 、多く下男である 。それでなければ 勤人に甘んじ
ていられるわけがない 。」
( 山本夏彦著「 二流の愉しみ 」 講談社文庫 所収 )