「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

桑名の駅 2005・08・12

2005-08-12 05:50:00 | Weblog

 今日の「お気に入り」は、中原中也(1907-1937)の詩一篇。

 桑名の駅

   桑名の夜は暗かつた
   蛙がコロコロ鳴いてゐた
   夜更の駅には駅長が
   綺麗な砂利を敷き詰めた
   プラットホームに只独り
   ランプを持つて立つてゐた

   桑名の夜は暗かつた
   蛙がコロコロ泣いてゐた
   焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
   此処のことかと思つたから
   駅長さんに訊ねたら
   さうだと云つて笑つてた

   桑名の夜は暗かつた
   蛙がコロコロ鳴いていた
   大雨の、霽(あが)つたばかりのその夜は
   風もなければ暗かつた

  (角川春樹事務所刊「中原中也詩集」所収)

 1935年8月12日の「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間不通のため、臨時関西線を運転す」と詩人の註が付いています。40年近く前の学生時代、南紀への旅の途次、乗り継ぎの夜行列車の待ち時間を、独りこの駅のプラットホームで過したことを思い出しました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする