今日の「お気に入り」は 、山本夏彦さん ( 1915 - 2002 ) のコラム集から 。
「 日本人はあやまってばかりいる 。『 どうしてそんなにあやまるの 』と
国民はけげんである 。また不服である 。韓国も北朝鮮も日本人を招いて 、
また招かれて話をする前にまずあやまれ 、談判はそれからだと言う 。す
ると日本人はあやまる 。
こんなことを言われるのは 、先方に強い軍隊があって当方にないからで
ある 。自衛隊があるじゃないかと言うが 、あんなもの軍隊ではない 。
ひとむかし前 沖縄で自衛隊員の子弟なら学校へいれない と騒いだこと
がある 。新聞は その気持をもっともだと言いたげだった 。自衛隊員が
映画館で席につくと 、隣席の学生が つと立って『 税金泥棒 』と言って
他へ移ったという話も聞いた 。
このごろ聞かなくなったのは航空大惨事 、風水害にタダでかけつけて
くれるのは自衛隊だけだからで 、それなら許してやろうという程度で
ある 。
およそ 国民の支持と敬意のない軍隊なら 、それは軍隊ではない 。違
憲だの泥棒だのといわれている隊員が、一旦緩急あったとき 死んでく
れると思うか 。図々しい 。三十六計逃げるにしかず 、三日と支えて
くれないだろう 。
わが国が 諸外国にあなどられ 、常にあやまっているのは背後に軍隊
らしい軍隊がないからである 。いずれは 貸した金もとれなくなる 。
ない袖は振れぬと相手国は居直る 。だから軍隊を持てと言えば蜂の巣
をつついたようになるから言わない 。
幸か不幸か日本は経済大国である 。その富はほとんど軍備に匹敵する 。
背後に控えている莫大な『 円 』を 強大な軍隊と思え 。あるいは相手
国に思わせよ 。
この上は この円を武器に 、貸すがごとく 貸さざるがごとく 常にかけ
ひきの具にしてはどうか 。古来金は 出すほうが強い にきまっている 。
詫びて出すやつがあるか 。富を外交の手段にするのである 。再軍備
できなければそうするよりほかないのではないか 。」
( 山本夏彦著「 世間知らずの高枕 」新潮文庫 所収 )