ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔読後のひとりごと〕【円生と志ん生】 井上ひさし 集英社

2006年06月25日 | 2006 読後のひとりごと
【円生と志ん生】 井上ひさし 集英社

 昭和20年、六代目三遊亭圓生(円生)は五代目古今亭志ん生とともに満洲(満州)へ慰問に出かけた。
志ん生がいっしょに渡満したのは自由に飲める酒がもはや内地になかったからなんだなどの話をなにかで聞いたことがある。
それが昔聞いたNHKラジオドラマだったと記憶しているがはっきりはしない。  
満州に渡った2人が一緒に生活をする。
芸席に1人が出ている間に片方がその日の飯をつくることになっているが志ん生にはそれができない。
そうした自分に愛想が尽き、死んじまおうと思ってウオッカなどの酒という酒を集めてそれを飲んで死のうとしたが、大酔しても死にきれなかったという話を聞いたのもこのラジオだったかと思う。
復員船で帰国したときの家族にあてた電報が「サケタノム」であったというのに大笑いした記憶もある。
今回 調べたら昭和22年1月に志ん生は帰国している。

8月15日、敗戦直後を満州国の表玄関・大連での迎えた2人の生きようが戯曲となった。
 侵攻してきたソ連軍に、食うや食わずの苦労話も笑いにまぶしてその時の時代が音楽劇で語られている。
 同じ満州の首都新京で敗戦を迎えた1人に森繁久弥がいる。
 森繁は、NHKアナウンサーとなって満州の放送局に勤務し、巡業にきた志ん生や円生の身の回りの世話も焼いて以後、二人と戦後親交を結んでいる。
森繁のその時の話っぷりに「いい落語家になれるからそっちをやめてこっちへ」と志ん生が誘ったという話もなにかで聞いた。
 森繁の満州での自伝は強く印象に残った作品だけに、「3人の出会いの人間交錯とやり取りなどあれば楽しいなあと」勝手に期待して読んだが、その場はなかった。残念。  
当時、円生は背が高く真面目だけど芸風は少し暗く「中国の留学生」とあだ名されていたそうだ。そうした円生の姿は今回の戯曲で「なるほどなあ」と頷けた。
円生は、志ん生と暮らしたなかで、得るものも、つかんだものも多かったんだと、あらためて納得もした。
「中国の留学生」とあだ名された円生が帰国して芸風が大きく花ひらき名人と言われ、円生が艶笑にもなって志ん生とともに落語全盛時代を迎える。

ただ戯曲のなかの志ん生の描き方のほうは不満が残った。
なんだか思慮深すぎる志ん生が登場してピンとこない。
天衣無縫さは志ん生の芸風であって人格ではないとわかってはいても、やはりあの志ん生とは別人の感じを抱いてしまう。  

聖書の教えと2人の小咄がことごとく符合し、盗み聞きした修道女たちがこの2人を救世主と勘違いしてしまう話は寓話的で作者の独壇場だが、少々、創り過ぎた笑いになってはいまいか。
「あれあれっ?」というちぐはくさが読後に残った。

  意外なのは作者あとがきだった。
 ふつうの作品のあとがきと違っていて面白かった。
 「あとがきに代えて」として、戦時色にふさわしくないからとされた禁演落語53種の演目が浅草本法寺に葬られたとの話に続いて
 「この禁演五十三種のなかに、『子別れ』という名作がある。これも情報量を多くすると、<『子別れ』は上、中、下の三部に分かれていて、禁演と決められたのは女郎買いを扱った上の部である。>となるが、こんなことを芝居の中で説明していたのでは、時間が止まり、それまで築き上げてきた文体のリズムが狂う。そこで、<『子別れ』も、その五十三種のうちの一つ>と短くする。情報を削るのが劇作家の大事な仕事なのである。  ところが、新聞記事の文体と戯曲の文体の区別もできずに、「作者は『子別れ』が上中下に分かれていることも知らずに書いている。その一事から見ても、この芝居はだめだ」と評した新聞劇評があった。冗談は止したまえ。そんなことも知らずに落語の芝居が、志ん生を主人公にした戯曲が書けるものか。演劇を知らずに劇評をてがけるという恐ろしいことが幅を利かしているのは、ばかばかしいことである。」
 井上ひさしがものを書く場合、膨大なる資料を集め調べ尽くしてのち、構想を自家薬籠中にするとのことは有名だ。
このため神田の古書街の店主が大喜びするということもなにかで読んだ記憶がある。  
この「あとがきに代えて」を読むと、新聞劇評家に対する、「わかっちゃねえ」と舌打ちをする作者の憤懣を感じた。
これだけストレートな「あとがき」文は珍しい。


 ■■ ジッタン・メモ
 森繁自伝はいまから10年前に読んだ。面白かった。
この「森繁自伝」で日本文芸家協会の推薦を受け会員となったそうだ。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

    

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