情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

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ヘルマン・ゲーリングの国民扇動法~新しい年を迎えるにあたって

2005-12-31 17:39:35 | 有事法制関連
「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」。

このブログを始めたのは,今年3月,憲法改正国民投票法案のあまりの反民主主義さに驚き,何とか,その全文を発信し情報を多くの方と共有したいと考えたからです。残念ながら,来年の通常国会で同法案は可決されることになるでしょう。そして,新しい憲法案はすでに用意されています。

冒頭の引用は,ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリングが,ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判で発言したものだそうです(創12月号97頁「極私的メディア論」森達也)。

近い将来,次期通常国会で可決される国民投票法に則り国民によって新憲法案の採否が選択されるでしょう。そのとき,少なくとも戦前に世界で何が起こったのかを考える必要があると思う。

…最後まで偉そうな書きぶりかも知れません。しかし,例え自分が実践できていないことでも,互いに指摘し合うことでしか切磋琢磨することはできないと考えていますのでご容赦下さい。来年も情報流通促進に少しでも貢献できればと願っています。
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ネットと公共性と情報流通…検索連動型広告システム訴訟

2005-12-31 14:12:27 | インターネットとメディア
規制っていうと自由を侵害するような感じはあるが,自由を守るための規制もあります。その例としてあげたのが,メディアの集中排除原則。そこでは,表現の自由(多様な言論の確保)を守るために経済的自由(独占化,寡占化による経済的メリット)が制限されている。

生活する限り,自由と自由が衝突する場面がある。そのときに,いずれが優先されるべきか,ということについては,その社会ごとによって,一定の基準が設けられます。

しかし,表現の自由は,いかなる社会においても優先されなければならない。それは,表現の自由が失われたら,その社会において間違ったルールがあったとしてもそれを訂正することすらできなくなるからです(二重の基準論)。

今後,インターネットがメディアの主流となるのは間違いない。検索システムはその入り口であり,その入り口に安価に広告を出せるのであればそのスペースは誰もが利用できるものであるべきでしょう。

ヤフーがトヨタを買収し,検索連動型広告システムにおいて日産の広告掲載を拒否したとしたら,それは許されるべきでしょうか。いまの法制度だと明文では拒否が違法だとはされていません。また,現状だと,ヤフーもしくはグーグルで検索するしかありませんから,グーグルがマツダを買収して,日産の広告を掲載しなくなることも考えられる。そうなると,日産はインターネット上の情報発信が非常に制限されることになる。さらに言えば,検索連動型だけでなく,バナーとかトップページに出てくる広告についても掲載拒否をするかもしれない(法的には明文で規制はされていない)。

しかし,それでは,日産の方がトヨタよりも優れたものを発売しても,その存在を知る機会が減少し,社会全体としては不利益な結果となります。

それが政治的表現となるともっと深刻だ。例えば,憲法改正の国民投票がされようとするとき9条改編に反対するサイトが広告を出そうとしたら拒否され,9条改編に賛成するサイトの広告のみが掲載された場合,投票行為にどえらい影響を与えるだろう。

いま,どうやって,そのような恣意的な不掲載を防ぐことができるかを考える必要がある。

マイクロソフトのようなOS販売業者に対して,有効な規制をかけなかったことでネットスケープコミュニケーターは消滅し,インターネットの世界にアクセスするためにはインターネットエクスプローラーを利用するしか方法がなくなっている。これも表現の自由が侵害された一例ではないでしょうか。

BigBanさんが言うように,表現の自由が為政者の掌を飛び回る孫悟空ではあってはならないのは当然です。しかし,立法的に,例えば,検索連動型広告について寡占企業のシェア率を一定程度以内に制限することや違法性が認められる広告以外は掲載するというルールを定めることが,為政者の掌を大きくすることになるでしょうか?何か具体的な弊害が考えられるでしょうか?

立法によって,優越的な企業の掌を小さくするとともに,為政者の掌をも小さくすることもできるのではないでしょうか。

もちろん,新しい企業が検索システムに参入してくれれば状況は変わるでしょう。しかし,OSの世界でも,結局,新規参入は実現されていません。

だからこそ,いま,インターネットにおける表現の自由を守るための枠組みを利用者の側から働き掛けて実現する必要があると考えるのです。



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早稲田大学内でビラをまいただけで逮捕~どういうこと???

2005-12-31 12:42:40 | 適正手続(裁判員・可視化など)
年末も押し迫った中,【早稲田大のキャンパスでビラをまいていたアルバイトの男性(22)が建造物侵入の疑いで逮捕、勾留(こうりゅう)されていたことがわかった。】という(朝日)。【警視庁の調べなどによると、男性は20日昼、東京都新宿区の文学部がある戸山キャンパスで、学生会館移転問題に絡むビラをまいた。学校側がキャンパスの外に出るように求めたが従わなかったため身柄確保(私人による逮捕)をし、警察に通報して引き渡した。】という。

しかし,逮捕された側は,【早稲田大学文学部キャンパスで昼休みの情宣活動をしていた我々の仲間が突如7~8名の文学部教員に取り囲まれ、警備員詰所に軟禁された上、文学部教員の森元孝(社会学)の「(警察を)呼ぶぞ!」という号令から程なくして現れた牛 込警察署員によって”建造物侵入”の容疑で逮捕され】たと主張している(支援ページ)。

男性の弁護人は勾留理由開示公判で,「大学当局による政治的な弾圧だ。罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれもない」と即時釈放を求めたが,坂田正史裁判官は「証拠を隠滅する可能性がある」などと勾留の理由を述べたらしい。(傍聴記はここ

【早大などによると、今回のビラは、01年に学生会館が移転する際、繰り返し反対運動をしていた大学OBら3人を構内への立ち入り禁止とした処分の撤回などを求める内容だった。大学側は今月に入り、再三にわたり注意をしていたという。早大広報室は「学生証の提示を求めたが応じなかった。不審者として通報した」としている。】

その後の情報では,結局,この男性は29日には身柄を解放されたらしい。

しかし,通報した大学,逮捕した警察,勾留請求した検察官,認めた裁判官,みんな何を考えているのか?

自治が求められる大学においてこのような形で表現の自由が弾圧されたことは,ある意味今年を象徴する出来事といえないでしょうか。大学内でビラをまいただけで10日間身柄をとられる…萎縮しちゃいますよね。そのはけ口として言いやすいところ,言ってもお上に目をつけられないところを攻撃することになる。

先日,あるテレビ番組で,サイパンで1人戦争を続けていた小野田氏が「1人ひとりが自分のできることを一生懸命やって豊かな社会にすることが戦争を防ぐことだ。貧しくなれば互いに攻撃的になる」という趣旨の発言をしていた。ビラまいて逮捕されることを容認する社会(少し迷惑なことをお上の力によって互いに攻撃し合うことを容認する社会)について,彼はどんな感想を持つのだろうか?
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公衆浴場よりも表現の自由の場の方が公共性は高いのでは?

2005-12-30 18:04:58 | インターネットとメディア
BigBanさんから【「交通事故により受傷した救急患者の治療を拒否しその後患者が死亡した場合において、診療拒否に正当事由がないとして市に不法行為責任が認められた事例」や 「公衆浴場が入場拒否して違法とされた事例」と、インターネット上における検索広告とでは明らかに公共性の度合いが違う。例示された2例はいずれも契約を拒否されることで、生存権や生活権の根本を脅かされる重大な権利侵害が生じるが、本件では広告契約を拒絶されただけであり、権利侵害の重大度が違う。これらを一緒に言及することは乱暴ではないか。】というご指摘をいただいたが,「公衆浴場に入れないこと」と「インターネット上の検索連動型広告システムでの広告掲載を拒否されること」のいずれがより公共性の高い問題なのか?これは,自明ではないでしょうか?(二重の基準論参照)

日本における表現の自由に関する議論は非常に低調であり,このことは他の国の学者の議論や判例と比較すると明白です。奥平教授は「なぜ『表現の自由か』」(東京大学出版会)で,「日本では,これまでに一体,表現の自由の原理論が本格的な争点の的になったことがあるだろうか。私にはなかったように思われる」と指摘しています(9頁)。インターネットというこれまでにない情報流通伝達手段の枠組みを決める際,その意識の低さこそが問題にされるべきなのです。

診療拒否されること,あるいは公衆浴場に入れないことについてどう思いますか?という問いかけをし,それがやはり違法なことだとみんなが考えるようになるのも表現の自由が確保されているからこそ実現されることなのです。表現の自由が確保されていなければ,そのような問題があることすら伝達されなくなる。

BigBanさんが引用するサイトには【gooleやyahooは、検索における「支配者」であり、そのルールは神聖不可侵なのだ。その上で決められた「遊び=検索上位」をするだけ。 】とあるが,表現の自由の優越性を理解していない発言ではないでしょうか?表現の自由は,「支配者」の掌で飛び回る孫悟空であってはならないのです。

奥平教授は上記著作で「公共的なことがらについて人々にメッセージを伝達したいと欲する者がつねにかならずしも,この目的のために必要な場所あるいは空間を自ら所有・管理しているとは限らない。いやむしろ,それにふさわしい場所・空間を自らが所有・管理していないのが,普通一般である。そこで,実際には他人の所有・管理する場所・空間であるが機能上多かれ少なかれ公共的な場所・空間と見なされているところを用いて,伝達行為を行うことが現代社会では事実上比較的に大目に見られている状況がある」と指摘しています。

オーバーチュア(ヤフーの100%子会社)が提供する広告システムは,インターネット上で検索という入り口の部分を寡占的に使用したものであり,そのような場所はグーグルとオーバーチュアしか提供していない。もちろん,寡占体制が崩れる見込みがあれば問題はないが,恐らく,より寡占化が進むだけだろう。したがって,そのような場所をいかに活用するかについては,当然,公共性が考慮されるべきだと思うのです。

方法としては,広告規程に反しないものは全て受け付けるという内容規制か,検索連動型広告を多くの会社に門戸を開かせるという中立規制かしかないのではないでしょうか?

例えば,NTT以外の企業が通信事業に参入する際,NTTの回線が使われた。
であれば,ヤフーの検索システム上の検索連動型広告スペースだって,門戸を開放させるべきではないか?それは新たな立法を伴うかもしれないが,公共性の高さからは必要な枠組みづくりではないだろうか?

そうでなければ,やはり,違法な広告など一部の広告を除いて全て掲載するような法的枠組みを作るか?

インターネット上の表現の自由の枠組みが作られようとしている今,表現の自由の優越性をいかに考慮するかを正面から検討する必要があると思う。

参照:踊る新聞屋さん
【新聞でもしばしば、広告掲載拒否“事件”が起きる<「誤報」広告掲載を拒否 朝日新聞、週刊新潮に抗議>が、神保さんのエントリによれば、<はじかれたキーワードを見てみると、「憲法改正」「靖国参拝」「中国反日デモ」のような政治的にデリケート>なキーワードが標的となっており、自社への批判を含む広告はともかく、この程度の文言で広告掲載が拒否される例というのは、新聞では恐らくないだろう。
 Yahooといえば以前、論談同友会による批判の対抗手段として、同会のwebサイトを検索結果から外したことを思い出す。<論談:孫 正義(ソフトバンク(株))社長の暗部をえぐる>。現在は、yahooで「論談」「論談同友会」と検索すれば、1位で表示されるのだが。】

ネットの無秩序の異常さについて参照記事
【欧州連合(EU)の欧州委員会は22日、米マイクロソフト(MS)のEU競争法(独占禁止法)違反問題で「5週間以内に十分な改善策が示されなければ、1日当たり最大で200万ユーロ(約2億7000万円)の制裁金を科すことを検討する」と発表した。 欧州委によると、MSは基本ソフト「ウィンドウズ」の独占的な地位を利用し、音楽・映像再生ソフト「メディア・プレーヤー」を抱き合わせ販売するなど、公正な競争を阻害している。MSはメディア・プレーヤーを搭載しない基本ソフトの販売も始めたが、値段は従来と変わらず、ほとんど売れていない。】





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表現の自由に無頓着な国民性~インターネットはパブリックフォーラムであるべきではないか

2005-12-29 10:56:56 | インターネットとメディア
日本ビデオジャーナルの提訴が突きつけたのは,表現の自由に対する日本人の意識の問題だ。例えば,病院が理由も明らかにしないで診療を拒否した場合,それは,違法となりうる【「第三次救急医療機関である市立病院が交通事故により受傷した救急患者の治療を拒否しその後患者が死亡した場合において、診療拒否に正当事由がないとして市に不法行為責任が認められた事例(神戸地裁平成4年6月30日判決)」判例評論421号(判例時報1479号)】 。公衆浴場が入場拒否して違法とされたことは前にも触れた(ここの5番目の判例)。タクシーが乗車拒否すると,違法とまでは言えないが近代化センターに通報され,注意を受ける。業界としての自主規制に違反するというわけだ。公共性が求められる場では,市場原理が後退することに国民は合意している。

ひるがえって,表現の自由に関する場では,そのような公共性に対する理解があるだろうか?

放送行政を握っている竹中が「なぜ、タイム・ワーナーみたいな大企業が日本にはないのか」と発言することの危険性に声をあげる市民がいかに少ないか…

表現の自由に関する規制を内容面で行うことは,非常に危険だ。政府に批判的な内容は流通させないなどということになりかねないからだ。

そこで,言論の多様性を確保するために,資本の寡占化を防ぐという途を選択しているところが多い。新聞業界内での寡占化を防ぐ法制は,北欧各国,ドイツ,韓国などで整備されている。

テレビを含むメディア全体となるとほとんどの先進国が集中排除規制をかけている。

しかし,日本での集中排除原則はテレビと新聞が系列化しているようにまったく無力なものでしかない。

いま,インターネットの世界は,ほかのメディアに比べると法的には未整備な状態だといえる。

いま,そのインターネットの世界をコントロールするのがグーグルであり,ヤフーである。インターネットがメディアの主流となると,それらの検索サイトに載らない情報は存在しないことと同じこととなる。

未来風景を描いたEPIC2014は,情報の価値が希薄化したインターネット世界が実現したことを受けて,ほかの選択肢があったのではないかという指摘で終わっている。

いまこそインターネットの世界で公共性をいかに確保するかが問われており,それが実現されなかった場合,「多くの人にとって最悪の事態」が来るのはそう遠くない将来なのではないでしょうか?
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裁判所の実態~こんなところに有罪無罪の判断を任せて良いのか,とすら思う…

2005-12-28 23:32:07 | 適正手続(裁判員・可視化など)
政府に任せればいい,警察に任せればいい,そうお考えの皆様に是非,直視していただきたい現実を引用します。【弁護士の仕事を始めて2,3か月経った頃だったでしょうか,所属弁護士会から送られてきたファックスの中に,家事調停委員への希望があるかどうかを問うものがあったので,長いこと携わってきた家事事件担当の裁判官としての経験を活かせるので,多少調停委員としての仕事もすることにしてもよいのではないかと考えて,希望する旨記載して,ファックスでの回答をした。
 その後,9月に弁護士会の事務局から○○家裁の家事調停委員に推薦することになったので,戸籍抄本と履歴書(写真付き)を弁護士会に提出するようにとの連絡があったので,それらの書類を整えて,提出した。
 ところが,10月下旬に○○家裁の所長代行から電話があり,話したいことがあるので,裁判所まで来て欲しいとのこと。約束の日に代行室に出向いたところ,「弁護士になってまだ間がないから,弁護士会があなたが家事調停委員として適任かどうかわかるはずがない。それにもかかわらず推薦されたというのは,何か特別の運動でもしたのか。当裁判所としては,これまで弁護士会からの推薦を断った例がないので,できればあなたに家事調停委員の志望の取下げをしていただきたい。あなたが取り下げず,弁護士会に断るわけにもいかないということになれば,一応最高裁への上申はして,調停委員に任命ということにはなるが,その場合は,事件の配点はしないことになるであろう。」などというびっくりするようなことを言われた。】(日々を大切に(齢はとっても気持ちは若く))

この件について,ここで次のように解説してあります。

【これは、要するに、中途退官者に対する「嫌がらせ」でしょう。その人のキャリアや仕事ぶりなどを見れば、弁護士になって間がなくても、調停委員としての適格性は十分判断できるはずです。言っていることは単なる口実で(本当に適格性に問題があれば、わざわざ本人を呼びつけている以上、その旨はっきり述べれば足りるでしょう)、実際は、中途退官者を「干す」ことにより、陰湿な嫌がらせをするとともに、組織内部に対する「中途で辞めるとこうなるぞ」という威嚇効果でも狙っているのでしょう。嫌な奴ですね。】

…権力は監視されなければならない…
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紙の爆弾の鹿砦社支援の会HP立ち上げ~松岡社長に応援の声を

2005-12-28 23:15:11 | メディア(知るための手段のあり方)
パチスロメーカーに関する記事などについて名誉毀損で逮捕基礎された鹿砦社社長松岡氏を支援するためのHPがやっと立ち上げられた。

この事件は,民事をすっ飛ばして刑事で逮捕したという異常な展開をたどっており,言論弾圧であることは一見明白である。なぜ,マスメディアが書かないのか,理解に苦しむ。

とはいえ,嘆いていても仕方がない。われわれができることを始めるしかない。

松岡社長のメッセージを引用する


□□

松岡利康・拘置所からのメッセージ

ご無沙汰しています。鹿砦社・松岡利康です。
7月12日、突然の逮捕劇から早4ヶ月余りが経ってしまいました。
未だ神戸拘置所にて勾留が続いています。逮捕以来ずっと弁護士以外の接見も手紙も禁止されていて、皆様方にはご連絡さえできませんでした。拘留もこたえますが、この接見禁止というのもけっこうこたえました。10月17日の第一回公判には、神戸地裁の大法廷は満席となり、公判後、浅野健一同志社大学教授と同志社大学の旧友らが記者会見もしていただき、本件逮捕-拘留、起訴、総じて私や鹿砦社に対する前代未聞の大言論弾圧を弾劾してくださいました。
またこの後、接見禁止は解除となり、制約ある中で、ぼちぼち皆様方にメッセージを送り始めているところです。どうしても弁護士や家族、そして会社関係のものが優先し、遅くなりましたことをご容赦ください。しかし、保釈はまたしても却下となりました。
次回公判は12月19日午後1時半からですが、この終了後に3止めの保釈請求を出していただくことになっています。師走も押し迫り、これが認められるかどうかで、正月をシャバで迎えられるか、「別荘」で過ごすのかが決まりますので、内心は正直穏やかではありません。また年明け以降の仕事や生活の再建もありますので、そろそろ出して欲しいところです・・・
この間、会社はほぼ潰れ、本社も支社も撤去、社員も全員散りました。
小出版社なんて権力からの一撃で脆いものです。ただ、たった一人残った若い社員が「月刊紙の爆弾」を隔月の合併号にして出し続け、再起を目指していますので、皆様方も是非応援ください。
この間の状況は、雑誌「創」や、「紙の爆弾」等にてレポートされていますので、これらをご一読ください。(中略)五十代半ばの身にとって、長期拘留が堪えないと言えば嘘になりますが、「ペシャンコ」にされてもへこたれないぞ!!という気持ちです。第一回公判で陳述しましたように、私は今、獄につながれ、私の唯一の財産だった鹿砦社も潰され、全てを失おうとしていますが、「鉄鎖以外に失うべき何物も持たない」という想いで、血の一滴、涙の一滴が涸れ果てるまで闘い抜く決意です。
季節の変わり目、皆様方もお身体に気をつけてお過ごしください。私も老骨に鞭打って、人生最大の大勝負に立ち向かいます。

造反有理、言論無罪!!


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防衛庁立川宿舎イラク反戦ビラ投函事件高裁判決に対し,東京弁護士会会長が憂慮すると声明

2005-12-27 20:24:01 | 適正手続(裁判員・可視化など)
「防衛庁立川宿舎イラク反戦ビラ投函事件高裁判決に関する会長声明」
 
 2005年12月9日、東京高裁第3刑事部は、防衛庁立川宿舎イラク反戦ビラ投函事件について、これを無罪とした東京地裁八王子支部刑事第3部判決を破棄し、被告人ら3名に対し、「正当な理由なく人の看守する邸宅に侵入したものである」として各罰金刑の言渡しを行った。

 地裁判決は、「ビラの投函自体は、憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一態様であり、民主主義社会の根幹を成すもの」であるとして政治的表現活動の自由の優越的地位にも言及し、被告人らの行動は住居侵入罪の構成要件に該当するが、動機・態様・生じた法益侵害の要素にてらし可罰的違法性がないとした。

他方、高裁判決は、地裁判決がビラの投函に優越的地位を認めている点を批判して,「しかしながら,表現の自由が尊重されるべきことはそのとおりであるにしても,そのために直ちに他人の権利を侵害してよいことにはならない」「何人も,他人が管理する場所に無断で侵入して勝手に自己の政治的意見を発表する権利はない」と判示して,被告人らの行動の可罰的違法性を肯認した。

本件で投函されたビラの記載内容は、政府の自衛隊のイラク派遣政策を批判したものである。民主主義社会において表現の自由とりわけ政治的表現の自由は、大きな意義を有する。地裁判決の「ビラの記載内容は・・・自衛隊のイラク派遣という政府の政策を批判するものであるから・・・不当な意図を有していると解することは根拠に乏しい」「ビラの投函自体は・・・政治的表現活動の一態様であり・・・商業的宣伝ビラの投函に比して、いわゆる優越的地位が認められる」との判示も、この理を認めたものと解される。しかるに、高裁判決は政治的表現活動の自由の意義をふまえた被害法益保護などとの比較考量に乏しいと言わざるを得ない。

また、ビラ投函行為は、マスメディアのような意思伝達手段を持たない市民にとって表現の自由に基づいて自己の意見を他に伝達する重要な手段となっている。2005年5月14日、当会と日本弁護士連合会及び第一・第二東京弁護士会共催の憲法記念行事において、「今、問われる表現の自由、憲法21条―テレビからビラまで」と題してシンポジウムを行ってきたのは、このことを明らかにするためである。高裁判決は、この点についての理解も乏しいと言わざるを得ない。

ビラ投函に関連しては、本件以後も起訴される事案が続いている。当会は、こうした高裁判決が民主主義社会の根幹をなす表現の自由を萎縮させる結果をもたらすことを憂慮し、本声明を発するものである。

2005(平成17)年12月26日
東京弁護士会
会 長  柳 瀬 康 治
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警察の情報コントロール権を強化~犯罪被害者等基本計画案閣議決定

2005-12-27 20:19:08 | 匿名発表問題(警察→メディア)
懸念されていたとおり,【犯罪被害者を支援するため、総合的な対策として政府が初めてまとめた犯罪被害者等基本計画案が27日の閣議で正式決定された。計画には、被害者を実名で発表するか、匿名にするかは、「警察が個別に判断する」という項目が入った。】(朝日新聞)早くも,沓掛国家公安委員長は「被害者が実名を希望するならば、意向を尊重しながら総合的に判断する」と述べ,原則,匿名発表をする構えだ。

メディアは,この問題について,もっと早くから取り組むべきであった。決定直前になって【匿名発表では被害者の周辺取材が難しくなる。加害者の供述や警察情報に偏った報道になりがちだ。被害者特定のため過熱取材に走るメディアも出てくる。 本当に被害者が匿名を望んだのか、検証も困難だ。警察が「誘導」したり、捜査ミスや不祥事を隠すため匿名にしたりすることもないとは限らない。】(読売12月26日付社説)などと言い出しても遅い!(個人的には神奈川方式を推します)

もちろん,もう少し早くから取り組んでいたメディアもあったが,こういう社説をパブリックコメントを受け付ける前に展開しないとだめだ。

この日の朝日は,【岡村代表幹事は「少なくとも、これまでのように無条件に名前を公表されることがなくなり、進歩だ」と肯定的。「実名を発表されると、過熱取材で外にも出られない。マスコミは『知る権利』というが、こちらは『生きる権利』を阻害されている」と訴えた。高橋代表世話人は「実名発表されたからこそ、夫が搬送された病院に駆けつけることができた。匿名では『被害者はどういう人なのか』と周囲の人に取材され、ダメージがかえって大きくなるのでは」と話した。】と両論併記で,いかにも弱腰。この点は,産経も同様。

毎日は次のとおり,しっかり批判している。もちろん,朝日,産経もこれまで批判したことはあるだろうが,決議を伝える記事とともに批判することに意味があると思う。

□□引用□□
◇メディア側のチャンネルを狭める恐れ

 事件・事故の被害者が誰かという情報は、誰が容疑者なのかと同様、メディアにとって取材の根幹である。政府が被害者の実名・匿名発表の判断を警察に委ねたことは、被害者取材へのメディア側からのチャンネルを狭める恐れがある。「実名」が分からなければ犯罪が起きた背景の取材はできず、警察が適正な捜査活動を行っているかチェックすることも妨げられる。

 近年、警察が被害者を匿名発表するケースが増加している。「犯罪に巻き込まれたことを一般に知られてほしくない被害者が増えている」などが理由だ。犯罪被害者等基本計画もそのような被害者の意向を反映している。だが、犯罪の被害に遭うことが「知られたくない」とすれば、別の議論が必要なはずだ。被害者たちを偏見や好奇の目で見ていないか、社会全体で考え直すべきだ。

 警察が「実名発表」することと、メディアが「実名報道」することは、全く別のことだ。メディアは犯罪の態様や軽重などを判断し、警察が実名で発表しても自らの判断で匿名で報じることがある。その判断材料の中には被害者・遺族の意向が含まれる。そのためにも被害者とメディアをつなぐチャンネルは必要だ。事件発生直後に遺族に殺到するような取材についてメディア側は真剣に反省し、さらに対応の工夫を重ねる必要がある。

 被害者名の発表について警察当局は、これまでの運用と変わらないと説明する。しかし、警察庁は従来「捜査上の支障」も実名・匿名発表を決める際の判断基準だと説明してきた。今後も第三者のチェックが入らない「捜査上の支障」の判断で被害者の名前が伏せられる可能性が出てくる。捜査ミスの隠ぺいにつながりかねない。

 個人情報保護法の全面施行(今年4月)などで個人情報への過剰反応が広がる中、警察の匿名発表が今後さらに増加し、「匿名社会」が加速する懸念が強まる。実名・匿名発表の判断を警察に委ねる項目は早期に見直すべきだ。【伊藤正志】
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鳥取県弁護士会、委員派遣拒否を臨時総会で正式決定 ~「人権擁護」条例

2005-12-27 05:34:09 | 人権擁護法案(原則必要派)
やや旧聞の部類になりますが,【鳥取県弁護士会(松本光寿会長)は二十三日、鳥取市内で臨時総会を開き、同県人権侵害救済条例の施行規則検討委員会への委員派遣を拒否すると同時に、同条例の改廃を求める決議をした。決議文は同日、鳥取県知事や議長に送付した。同弁護士会は検討委員会への派遣拒否を先月、常議員会で決定。片山善博知事に松本会長が直接伝えていたが、臨時総会で正式に決定した。
決議文では「違憲の疑いがある現状の条例の存続を前提とする限り、いかなる協力もなしえない」としている。】ということです(山陰中央新報)。

独立性の担保のない機関が迅速な手続を旨とする人権救済手続をすることは避けるべきだと思う。また,メディア規制も問題あり,ということで,鳥取県弁護士会は従前からこの条例案には反対していたが,今回委員の派遣拒否まで決議した。この決断は今後大きい意味を持ってくると思う。

話は変わるが,日弁連も刑事手続きの改悪などに対しては,きっぱりとした姿勢を示してほしいところだ。地方がきちんと注文をつけることができるのに中央はダメダメっていうのは,マスコミと同じ図のように見えるなぁ。もちろん,日弁連も分野によっては頑張っている部分もあるし,執行部に反対して(あるいは執行部内で)頑張っている人もいるので,こういう単純な切り口ができるものではないとは思うが,鹿児島の国選拒否なんかのきっぱりした態度を見ると,日弁連ももっと頑張れって気になってしまう…。

参照:第159回国会 法務委員会議事録(平成16年6月2日)

【さらに、鹿児島新聞の二〇〇三年の七月十二日付の報道によれば、検察庁、鹿児島地検が国選弁護人の解任請求を行って、それを鹿児島地裁が解任を認めるという、そのような事実が存在しております。
 その理由は何なのかというと、報道によれば、弁護士が接見禁止中の被疑者と接見したときに、親族の手紙、お父さん頑張ってねとか、あなた頑張ってねというような手紙を、メッセージをガラス越しに見せた。被告人を励ますために、被疑者を励ますために、証拠隠滅のおそれなど全くないような、そのようなメッセージを見せた。このことを理由に、国選の解任請求を鹿児島地検が行って、それを鹿児島地裁が決定する、認めるというようなことをしておる。
 これは、鹿児島弁護士会はこれに対して抗議声明を出して、その後の二カ月間、国選弁護の推薦手続について拒否している、裁判所、検察庁のやり方が極めて違法であるということで拒否しております。このような事案、事例も生じています。
 そして、この問題については、志布志町の有志の人たちを中心に、住民の人権を考える会ということが組織されて、一万人近い署名を集めて、公安委員会やいろいろなところで訴えておられます。】
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検索連動型広告運営会社(ヤフーの子会社オーバーチュア)を提訴~恣意的な広告掲載拒否を理由に

2005-12-27 03:59:29 | インターネットとメディア
ヤフーの子会社オーアバーチュアに対し,検索連動型広告の掲載を求めて仮処分を申し立てていた(ここのほか,ここここここなど)日本ビデオニュース社が26日,仮処分を取り下げ,通常訴訟を提起した(産経GripBlog)。仮処分の過程で不掲載理由について,オーバーチュア側が「警察・検察・裁判所などの司法制度や天皇制に対する批判など,思想的にも価値の対立が著しいセンシティブなトピックについて,ジャーナリズムの観点からその不合理性などを批判質得るものが散見された」「私企業による純粋な広告ビジネスであって,公共的な事業ではな」い,と主張したことから,仮処分ではなく,本訴でじっくりと,その主張の正否を見定めてもらうために,提訴したものだ。

本件では,オーバーチュア側は,基本契約は存在せず,一回一回の広告キーワード申請がそれぞれ契約の申込み行為になると主張している。そこで,日本ビデオニュース社は,仮に契約関係がないとしても広告掲載を拒否したことは不法行為になるとする主張を行っている。

公共的な事業において,不当な差別をした場合に慰謝料が認められるケースとしては,小樽の公衆浴場の例が有名だ(ここの5番目の判例,ここ)。

インターネットの公共性は,いまや,公衆浴場の比ではないように思うのは私だけだろうか?

インターネットというルールがまだ確定していない場で,今後,その場を利用して事業を行うもの,しかも,その場のあり方を定めると言ってよい検索業を行うものが完全に資本のルールだけでやっていってよいのか,それともインターネットという空間の公共性からは表現の自由を守るために一定の制限を課すべきなのか?非常に重要な問題が焦点となっている。

検索連動型広告は,オーバーチュアを含む2社の寡占状態であり,このような圧倒的なシェアを握っている会社が契約自由の原則だと称して自由に広告掲載の可否を定める権限を行使すること(例えば,アサヒビールは載せるけど,キリンビールは載せない。あるいは,大手ビールは載せるけど,地ビールは載せない)は,非常に大きな問題をはらんでいるのではないでしょうか。インターネット広告の急激な伸びなどを考慮すると,今後はインターネットで広告してもらえない企業は伸び悩むことが考えられ,まさにインターネット広告業を牛耳る者に企業が首根っこを押さえられることになりかねない…。

ネット利用者が声をあげるべきテーマではないでしょうか?

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NHKの内部調査でも,「野島国会対策局長が現場CPに指示」~尋問でのNHKの反対尋問に重大な矛盾

2005-12-26 06:59:43 | NHK番組改編事件
先日の長井氏尋問で,長井氏が野島国会対策局長が直接現場の永田チーフプロデューサーに指示したのはおかしいと証言したところ,NHK側は,「永田チーフプロデューサーの上司の吉岡部長はそうは言っていない」と反対尋問した。しかし,NHKは,内部調査で,野島局長が現場CPに直接指示をしたことを認めていることが分かった。

この調査結果は,「ETV2001~シリーズ戦争をどう裁くか~第2回 問われる戦時性暴力」の編集過程を含めた事実関係の詳細について,と題するウェブページに掲載された「編集過程を含む事実関係の詳細(PDF 46KB)」というPDFに書かれている。

ミという項(14頁)に「これらの変更箇所を,番組制作局長室前のソファで待機していた永田に対して,野島が伝えた」と明確に記してある。

この内部調査に対しては,原告のバウネットが抗議をしており,掲載後も内容については十分に検討しているはずだが…。
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人心を操るのには2年で足りる~対中感情過去最低にしたのは誰?!

2005-12-24 23:45:53 | 有事法制関連
読売新聞によると,【内閣府は24日、「外交に関する世論調査」結果を発表した。中国に「親しみを感じる」と答えた人は、2004年より5・2ポイント減の32・4%で、同様の質問を始めた1978年以降、最も低かった。】という。1978年以降,果たして,客観的に日中関係が最悪なのであろうか?

半藤一利の「昭和史」(平凡社)によると,昭和14年に発表された司法省(現法務省)の調査によれば,対中戦争の最中,日本人はしきりにぼやいていたという(204~205ページ)。

「戦争はいつまで続くものでしょうか。御上はなんのためにかように人命を犠牲にして,大金を要してまで戦争をなさるのか,私には不思議でなりません」

「大事な人の子を連れて行って,幾年も幾年も無駄奉公させられてたまったものではない」

「わが軍は漢口から先へ行くつもりか,広い国を先から先へ占領しても後が困るのではないか」

ところが,政府が昭和15年,日本の戦争目的として,東洋平和,王道楽土建設などをうたいあげ,スポーツ用語が和訳化されたりすると,軍国主義国家化がすすんだという。

昭和14年からわずか2年後の昭和16年には太平洋戦争が勃発した。

そして,その末期には,竹槍で鬼畜米英をやっつけると本気で考える人が多く現れた。昭和14年からわずか5年ほどのことであった。


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有事立法の指定公共機関問題で沖縄の5社が承諾拒否続けている~応援を

2005-12-23 17:58:58 | 有事法制関連
12月17日朝日新聞朝刊37面に,沖縄の民放テレビラジオ5社が有事立法に関連する指定公共機関の指定受け入れを保留している記事が掲載されている。この記事はインターネット上で探せないので,当初保留した際に報じられた記事を引用する。

□□引用開始□□

【沖縄県の民放5社は21日、有事の際に警報や避難指示の放送を義務づけられる「指定地方公共機関」への指定について、米軍取材が規制された現状では報道統制につながるとして、慎重な対応を求める要望書を稲嶺恵一知事に提出した。県は24日までに承諾書の提出を求めているが、民放各社は当面、指定を受け入れるかどうかの判断は留保する。

 有事の際の米軍との連携について、県は「国が調整中だが、外国相手のことなので、限界があると認めざるを得ない。警報や指示は、得られた情報の範囲内で判断するしかない」としている。

 要望書では、昨年8月の沖縄国際大で起きた米軍ヘリ墜落事故の際に、事故現場では米軍による取材規制が敷かれ、民放1社が取材テープを没収されそうになったことを指摘。「有事の判断について、放送局自体に検証の機会がないまま、県の指示通りに放送を行うことは、かつての大本営発表を想起させる」と懸念を表明している。

 国民保護法によると、指定地方公共機関への指定に放送局側の承諾は不要。だが、一方的に指定しても「実効性がない」として、沖縄県は民放側に承諾書の提出を求めている。

 田島泰彦・上智大教授(メディア法)の話 米軍基地が集中し、米軍絡みの事故や事件が日夜起こる沖縄は、ある種、有事と背中合わせといえる。警報や指示の前提となる情報は米軍から開示されず、取材すること自体も米軍によって超法規的に妨害される現実を、沖縄のメディアはシビアに認識している。すでに指定を受けた本土のメディアも、想像力を働かせて、考慮すべきだ。】

□□引用終わり□□

12月17日朝日新聞朝刊37面には,琉球朝日放送の具志堅勝也放送政策局長の談話が次のとおり,引用されている。
「民有地の墜落現場や公道まで封鎖された。今でも理不尽なことが起きているのに,指定を受けたら,日本の法律が米軍の行動にお墨付きを与えかねない」

また,基地問題の取材に携わっている宮城歓沖縄テレビ従業員の談話は次のとおり。
「沖縄戦でも住民は群の足手まといになるからと『疎開』させられた。米軍が展開しやすいよう,避難の指示が出されるおそれがある」

琉球大学法文学部保坂廣志教授の「沖縄では毎日,米軍基地に関するニュースが報道されている。本土と違い,県民の安全に直結している。県内のメディアは国や自治体への協力には慎重にならざるを得ないだろう」というコメントも引用されている。

直前のエントリーで,記者が戦争を前に陥りがちな「罠」を紹介したが,日本全国,特に東京のメディアはいまこそ沖縄のメディアに学ぶ必要があるのではないだろうか…。

そして,それ以上に,われわれ市民も…。
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日本人記者が自戒の念を表明「大量破壊兵器の存在を否定する情報を軽視…」

2005-12-23 17:36:28 | メディア(知るための手段のあり方)
ブッシュ大統領がイラクには大量破壊兵器がなかったことを認めたが,この点について,共同通信ワシントン支局の杉田弘毅さんが,新聞研究2006年1月号で,「イラク戦争の期間中,東京でデスク作業をした私にも苦い思い出はある。開戦の流れが固まったと判断してからは,イラクの大量破壊兵器の驚異を伝える記事は説得力を持って見えたし,大きく扱いもした。大量破壊兵器の存在を否定する情報があっても『どっちにしても戦争は始まる』との思いから,軽視した。『政権の速記者』との批判は耳に痛い」と告白している。

この告白は,ニューヨークタイムズで開戦の機運を煽る記事を書いたジュディス・ミラー記者に関する記事の中で触れられたもの。ミラー記者が政府の言い分を伝える速記者だなどと批判されていることを紹介した後,「これはミラー記者だけの問題ではない。どこの国でも安全保障担当の記者は『脅威が迫っている。戦争は近い』という記事を書きたがる。一面に大きく載るし政府からも情報を得やすい。だが,『大騒ぎするな』といった記事は厚遇されない。政府からも嫌われる」と実態を赤裸々に明かしている。

戦争に対して,本来,批判的に書かなければならない記者が熱狂的な記事を書いてしまう歴史は,いまも続いている。だからこそ,常日頃から,政府の言動に批判的な視点から記事を書く癖を怠ってはならない。

もし,ペンの力によって,イラク戦争を未然に防ぐことができたなら,何万人の命を救うことができただろうか?

米国政府がテロ対策のために(?!)行った非合法な盗聴に関して,ニューヨークタイムズが記事を書いたことに対し,米国政府は「国を危険にさらした」などと批判しているようだが,そのような批判に筆を折ってはならないことは,上の例からも明らかだろう。
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