サザンの名物マネージャーでもある中西正樹社長の社長退任とアミューズ退職(連結子会社の社長は継続と新聞に書かれていた。)でこんなことを思い出した。
サザンがエリーとC調と思い過ごし(昨年のロッキンのセットリストに入っていました。)で快進撃を始めた昭和54年の私は小学3年生で、小学2年生の弟が桑田さんの歌声に感動し、エリーとC調と思い過ごしのシングルレコードがありました。
私はアニメとクイズ番組の好きな子供でドラえもんと花の子ルンルンとクイズ100人に聞きましたとザ・ベストテンは欠かさず見ていました。
初めて買って貰った歌謡曲のレコードはジュディ・オングさんの「魅せられて」でした。
サザンもベストテンの常連で桑田さんを元気なお兄さんという見方をしていました。
その元気なお兄さんを28年後に日本ガイシホールのアリーナ1列目で見るとは思いませんでした。
その年の10月にとんでもないクイズ番組がスタートしました。
人生ゲームハイ&ローです。
司会は故愛川欽也さんでゴージャスな番組でした。
どう言う番組かというと双六の要領で社員→係長→課長→部長→重役→社長とトランプの数字で進むもので、着いたマスがダイヤとハートとクラブとスペードで、ダイヤとハートは商品をもらえるゲームで、クラブは昇格クイズでした。
スペードはペナルティのコーナーで、最終コマは倒産でした。
一番盛り上がるのはキンキンマーク(のちにジョーカーになる)で、他の出場者から1組を指名してを5マス後退させ、さらに他の出場者が持つ好きな賞品1つ貰うことが出来るというもの。
クイズ100人に聞きましたの続きで見ていたので楽しかった反面、簡単に豪華な景品やお金がもらえるので子供に見せたくない番組と言われたことがありました。
番組では一獲千金で簡単に社長になれたけど、現実は難しい。
私の父が材木屋を経営していましたが、社長をしていたときが一番辛かったと言っていました。
むしろ雇われている方が楽だと言っていました。
前回のブログにも書いたように中西社長は「やさしい夜遊び」でネタ掲示板のアドレス読みを突っ込まれたり、恥ずかしいエピソードを暴露されていたときが一番好きでした。
投稿ネタで中西社長に絶叫してもらうというのもありました。
中西社長が役付きになったことで夜遊びには出なくなりましたが、桑田さんから「中西」と呼び捨てにされ、恥ずかしい話からいろんな話が出たときは内心嬉しかったです。
心配なのは会長として隠居していた大里洋吉氏が社長に戻ったことと、中西社長の後任になる人がアミューズ内にいなかったことで週刊誌等におかしなことを書かれることです。
フジテレビと中居正広さんの件でピリピリしているので余計です。
中西社長もそれを覚悟しての退任だったのかもしれません。
明日からサザンの京セラドーム公演が開催されますが、中西社長を人一倍信頼し、叱咤激励した桑田佳祐さんのことも心配です。
最後に社長になるのは人生ゲームハイ&ローのように上手く行かないと言うのを中西社長の姿を見て考えさせられました。