彦根市番場に門を構える真言宗豊山派寺院「金亀山:北野寺」。『聖観世音菩薩』を本尊とします。養老4年(720)に元正天皇の勅願により建立。開基は護命上人と伝えられ、彦根藩2代藩主井伊直孝が上州の北野寺に学んだことから、築城時に北野寺と改称され、井伊家の祈祷所とされました。
道路に面して建つ仁王門の内には、阿吽の見得を切る一対の仁王像。どれほどの長い時間が流れたのか・・薄れかけた朱の色がその事実を物語っているようです。
北野寺に隣接して鎮座される「北野神社」。御祭神は『菅原道真』。井伊家の天神信仰による再興とされ、もとは彦根山に鎮座していましたが、彦根城築城により移転。
寛政七年に社殿焼亡するも井伊直中公により再建。明治維新、神仏混淆廃止令により北野寺と境内を折半し、北野神社と改称。彦根市中・西部の氏神様として尊崇され、現在に至っています。
本殿拝所前の左右より神域を守護されるのは、神殿狛犬のようにも見える浪花タイプの狛犬さん一対。羽団扇のような尾をいっぱいに広げて、豪華な猫足の台座から参拝者を見守っています。
拝殿千鳥破風の上に見える鬼瓦には「梅鉢」の御神紋
彦根市本町1丁目に門を構える浄土宗寺院「宝厳山:大信寺」。『阿弥陀如来』を本尊とします。山門は入母屋、桟瓦葺、三間一戸、2重楼門、上層部四周高欄付き。
山門の両脇には彦根城の残石を利用した石垣(彦根城の石垣と同様の牛蒡積)が積まれています。
創建は慶長8年(1603)、彦根藩初代藩主井伊直政による開基。2代藩主死去に際し、遺骸は江戸の菩提寺である豪徳寺に葬られましたが、歯骨の一部が大信寺の境内に葬られ、御廟(直孝鎮魂の銘)が建立されました。
境内に建立されたお堂には、安永年間に井伊直禔公が琵琶湖湖中より引き上げられたと伝える「木像:琵琶湖観音」が祀られています。
寺町通りでも一際目立つ二層式の山門を持つ浄土宗寺院「来迎寺」。木造阿弥陀如来坐像(重文)を本尊とします。
慶長8年(1605)宗誉来極の開基とされ、安土・佐和山を経て現在地に移転。境内に保存された鬼瓦、中々の迫力です。
彦根市本町に門を構える浄土宗寺院「宗安寺」、淀殿の念持仏と言われる『阿弥陀如来立像』を本尊とします。
井伊道政の正室東梅院の父母の菩提を弔うため上野国箕輪に建立された安国寺は、佐和山山麓へ移され、宗安寺と改名。その後、彦根城築城のさい現在地へ再度移転されました。
入母屋造、三瓦葺に間口十間半、奥行八間半の本堂は、元禄14年(1701)の大火で焼失、翌元禄15年に、長浜城附属御殿を移築し再建されました。
表門は、かって石田三成の居城であった佐和山城の朱塗の正門を移築したと言われています。
徳川幕府の最後の時まで、幕臣として仕えた井伊家。豊臣家の重鎮として最後まで秀頼に仕え、関が原で徳川方に滅ぼされた石田三成。その三成の居城であった佐和山城の正門が、徳川の武将であった井伊家の菩提寺を守るとは、何とも皮肉な巡り合わせ・・
参拝日:2009年9月6日
こんにちは!
浪花タイプの狛犬
凛々しい顔して参拝者を見守っているのでしょうね。
今朝は少し肌寒くて2度からスタートの札幌です😸😸
桜の花も咲き始めたのに、なかなか春の実感がわきません^^;
今日は朝から車検の為に、コバックに
新車購入で三度目の車検です😓