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補陀洛山寺(ふだらくさんじ)は、「補陀落渡海信仰」の根本道場/奈良新聞「明風清音」第79回

2022年09月20日 | 明風清音(奈良新聞)
毎月1~2回、奈良新聞「明風清音」欄に寄稿している。先週(2022.9.15)掲載されたのは〈「補陀落渡海記」を読む〉だった。私は今年の5月に補陀洛山寺(小説では「補陀洛寺」)にお参りし、補陀落渡海信仰と、井上靖の短編小説「補陀落渡海記」のことを知った(当ブログ記事は、こちら)。
※写真は、いずれも補陀洛山寺で撮影(2022.5.11)

この小説は、生きたまま「棺桶船」に乗せられ、「捨身の行」を強制される僧侶の恐怖と葛藤を見事に描いている。この小説を紹介することで、自ずと補陀落渡海信仰のことが理解されるだろうと、本欄で紹介することにした。なお補陀洛山寺のことは、サイト「名所旧跡案内」に詳しい。では全文を紹介する。

今年5月、補陀洛(ふだらく)山寺(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)をお参りした。この寺は、補陀落渡海信仰の根本道場として知られる。補陀落渡海とは〈仏教で、補陀落を目指して小舟で海を渡ろうとすること。捨身の行の一〉(デジタル大辞泉)。

南方海上にあるという観音の浄土・補陀落世界へ往生しようとする信仰である。30日分の食料と灯油を屋形船(いわば棺桶船)に積み、外から釘で密閉されて船出したそうだ。「捨身の行」という通り、生きて帰ることはできない。NHKの「ブラタモリ」(2019年4月20日)でも紹介されたので、ご覧になった方もいらっしゃることだろう。番組のサイトには〈命をかけた究極の信仰にタモリさんも感動〉。



この寺で、かつての補陀落渡海をテーマとした小説があると知った。井上靖の短編「補陀落渡海記」で、同名の短編名作集が講談社文芸文庫から出ていた。カバーには〈熊野補陀落寺の代々の住職には、61歳の11月に観音浄土をめざし生きながら海に出て往生を願う渡海上人の習わしがあった。周囲から追い詰められ、逃れられない時を俟(ま)つ老いた住職金光(こんこう)坊の、死に向かう恐怖と葛藤を記す〉とある。

早くに入手していたが読む勇気が湧かず、放置していた。本欄で紹介するために読んでみたところ、あまりの怖さに鳥肌が立った。この本は深夜に1人で読むものではない。以下、ざっとあらすじを紹介する。

補陀落寺は補陀落渡海の儀式を司る寺だが、そこの住職自らが渡海しなければならないという決まりはなかった。しかし近年住職が三代続いて61歳の11月に渡海したため、世間では「補陀落寺の住職は渡海するものだ」という見方が行われるようになった。室町時代の永禄8年の春、61歳となった金光坊は、渡海のことを真剣に考えるようになった。

彼は7人の渡海者に立ち会ったが、自分の番となると心構えが違う。金光坊は「まだ十分な心の準備ができていないので、渡海時期の先延ばしを了解してもらおう」と考えていたが、周囲はそれを許さなかった。町に出ると賽銭が降り注ぎ、浄土に持って行ってくれと位牌を届ける者もいた。

〈こうなると、金光坊は好むと好まざるに拘(かかわ)らず、渡海しなければならぬもののようであった。若(も)し自分に目下渡海する考えのないことなどを口走ったり、それが何年か先のことであるなどと言おうものなら、世間というものは承知しないに違いなかった。どのような騒ぎが起こり、どのような危害が身に及ぶか見当が付かなかった〉(本書より抜粋、以下同じ)。

11月に入り、渡海の日がやってきた。金光坊の乗った屋形船は別の船に曳かれて綱切島に向かった。ここでとも綱が切られ、屋形船は単独で海の彼方をめざす。しかし夜になって嵐が来る。金光坊は力任せに屋形船を脱出し、板に乗って身を守る。やがて綱切島に打ち上げられる。

前日の同行者たちは嵐のため、島に留まっていた。金光坊はそこで食事を供せられる。やがて別の舟が用意され、金光坊は再びそれに乗せられる。その時彼は〈聞き取れるか取れないかの声で、救けてくれ、と言った。何人かの僧はその金光坊の声を聞いた筈(はず)だったが、それは言葉として彼等の耳には届かなかった〉(同)。

金光坊の渡海後、補陀落寺の住職が61歳で渡海することはなくなり、物故した住職の死体が、補陀落渡海と称されて海に流される習慣となった。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)


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