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日本初の官寺につながる大安寺/毎日新聞「かるたで知るなら」第46回

2022年04月04日 | かるたで知るなら(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は同会が制作した「奈良まほろばかるた」の各札を題材に毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「かるたで知るなら」を連載している。

3月10日以降の連載では、新聞連載のために新たに描き下ろした札を紹介している(1年間の連載とすると、札が足りなくなるため)。今回も描き下ろしの札で、見出しは〈筆頭寺院 威容CGで/大安寺(奈良市)〉、執筆されたのは大和郡山市在住の森田康義さん、会社の先輩だった人である。

お寺は2021.10.4~11.30まで、クラウドファンディング「大安寺天平伽藍CG復元プロジェクト」で資金を募っておられ、私も少し協力させていただいた。目標1,000万円に対し、1,631万円が集まり見事、目標を達成された。完成したCGは3/26(土)から、同寺で公開されている。では記事全文を紹介する。

〈日本初の官寺につながる大安寺〉
大安寺といえば、がん封じの寺として信仰を集めていますが、奈良時代の平城京で壮大な伽藍(がらん)を誇る国家の筆頭寺院であったということをご存知でしょうか。

『大安寺伽藍縁起幷流記(ならびにるき)資材帳』によれば、聖徳太子が創建した寺院・熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)に始まります。のちに舒明(じょめい)天皇の百済大寺(くだらのおおてら)に継承され、我が国最初の官寺(国立寺院)となります。

その後、高市大寺(たけちのおおてら)、大官大寺(だいかんだいじ)を経て、平城遷都にともない現在の地に移され、大安寺と名称を変えました。『扶桑略記』には「大官大寺を改め大安寺とする」と記されています。

大安寺は、東大寺、西大寺と並んで「南大寺」と呼ばれ、約26万平方㍍の広大な敷地です。南大門、中門、金堂、講堂が一直線に並び、南大門の南に相対して東西の七重塔が建つ伽藍配置で、塔は推定70㍍もの高さがあったといいます。

また、長大な僧坊が建ち並び、その中に887人の僧侶が居住し、勉学修行に励んでいたとされます。しかし、時代の変遷とともに次第に衰退し、当時の伽藍は全て消滅してしまいました。

そこで大安寺は「大安寺天平伽藍CG復元プロジェクト」の資金をインターネットで募るクラウドファンディングで集めました。完成したCG(コンピューターグラフィックス)が3月26日から大安寺嘶堂(いななきどう)で公開され、伽藍を見ながら、ゲームコントローラーを操作して境内を歩いたり、上空に浮かんで堂塔を見下ろしたりできます。みなさんも往時の姿を体験してみてはいかがでしょうか。(奈良まほろばソムリエの会会員 森田康義)

【大安寺】
(住 所)奈良市大安寺2の18の1
(交 通)近鉄・JR奈良駅からバス「大安寺」下車、徒歩約10分
(拝 観)9~17時(受付は16時まで)、一般400円(特別拝観時500円)
(駐車場)無料
(電 話)0742・61・6312


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