今年は久々に吉野山の桜を堪能した。2月上旬に宿を押さえ、出発日の1か月前(発売開始日)に近鉄特急を押さえ、万全の体制で臨んだ。出発日の土曜日は朝から小雨だったが、午後3時を過ぎて青空が顔を出した。前日の雨のお陰か、翌朝は雲海が立ちこめる絶景を眺めることができた。
シーズン中に約30万人が訪れるという吉野山の桜であるが、その裏で老齢化と寄生キノコ被害などにより、樹勢が衰退していることは、あまり知られていない。以前、NHK大阪放送局が「かんさい熱視線」(08.4.18)という番組で、詳しくレポートしていた。番組のHPによると
※写真はいずれも、吉野山で4/14(土)に撮影
サクラに何が起きているか ~吉野山からの報告~
全国有数の桜の名所「吉野山」。その桜に異変が起きている。病気や寄生植物に冒され、立ち枯れてしまう木が、ここ数年急増しているのだ。なぜ桜に異変が起きているのか。今年春、京都大学のチームが吉野山に入り、始めて本格的な調査に乗り出した。その結果、枯れた桜には細菌が大量に繁殖していることが判明。背景には、近年の気候変動が関係している可能性があることもわかってきた。吉野山の桜の異変とその原因に迫る。

京都大学を中心とする調査チームの結果概要が、読売新聞(3/27付)の「伝えたい吉野桜 支援の花咲かす」(イベント情報)で、「立ち枯れ ゴミも要因 菌繁殖を助長」のタイトルで紹介されている。
危機に直面する吉野山の桜はどんな現状なのか。近年、特に目立っているのは、シロヤマザクラの立ち枯れや樹勢の衰えだ。2008~10年度には原因究明のため、地元で桜の保護に取り組む財団法人「吉野山保勝会」(福井良盟理事長)や、京都大の森本幸裕教授の研究グループなどによる調査チームが中千本の7か所に調査区を設定し、状況を調べた。
その結果、09年までの約20年間に、推定で1ヘクタール当たり年に5・1本が枯れたことが判明。さらに枯死した桜の切り株などにキノコの一種、ナラタケ属菌が生えていることを確認。広い範囲で生息しており、いずれも周辺には空き缶やプラスチックなどが散乱し、ゴミが繁殖を助長した可能性が高いことがわかった。
調査チームは、長期計画に基づいた桜の管理が重要と結論づけた。山を管理する担い手の確保は急務とし、計画をもとに桜の育苗や植栽、育成のガイドラインを作成すること――などを保勝会に提言した。保勝会側も提言を踏まえ実行に移す考えだ。
一方、吉野町教委は昨年4月と8月に桜の生育状況を確認するため、上空からヘリコプターでレーザー光線を照射する「リモートセンシング調査」を実施した。両月のデータを比べると、4か月間の桜の成長は場所によって大きな差があることが判明。原因を分析し、近く結果を公表する予定だ。また、同町では2月、桜の保護・育成のため保勝会や住民グループなどの連携組織「吉野山桜の学校」も発足した。事務局は「地上と空から行った町の調査結果を、桜の学校の活動に生かしたい」としている。

前置きが長くなったが、このほど京都大学を中心とする吉野山サクラ調査チームがまとめた「平成20~22年度 吉野山サクラ調査報告書」を拝読した。これはA4版100ページ以上の労作である。概要は上記記事のとおりであるが、ポイントを列挙すると
1.キノコ(ナラタケ、ナラタケモドキなどの「ナラタケ属菌」)による被害(同報告書P72)
観桜の名所である「五郎平茶屋」斜面下の調査によると、枯死した桜の切り株のうち25.5%にキノコ(ナラタケ属子実体)が発生していた。
推定枯死年が2000年から2010年7月までの切株に限って分析すると、枯死木の45.5%からナラタケ属子実体が発生し、この10年間のヤマザクラの枯損にナラタケ属菌の感染が強く関与していることが示唆された。
実際に、伐倒時期の明確な2005年の3本と、2007年の4本の枯死木(切株)のすべてから、2008年~2010年にナラタケモドキ子実体が発生した。これらのヤマザクラは、枯死した時点ですでに根系の大部分や樹幹地際部分がナラタケモドキに腐朽分解されていたと推定される。換言すれば、2004年以降のヤマザクラの樹勢衰退や枯損には、ナラタケモドキの根系への感染と地際部の腐朽分解の進行がもっとも大きな要因になっていたことが推定される。
ナラタケモドキ子実体の発生地は明らかな集中分布を示した。五郎平茶屋周辺地域の一部は局所的にナラタケ属菌の多発地帯であることは明白である。五郎平茶屋周辺は他の調査区と比べ空缶・空瓶・プラスチック等のゴミの集積が際立って多く、また、過去の土壌のかく乱の痕跡がある。これらの土壌かく乱がナラタケ属菌の繁殖を助長してきた可能性が推察された。
なおWikipediaによると、ナラタケとは《主として木材腐朽菌として生活しているキノコ(中略) 枯死植物を分解吸収して生活するのみならず、生きている植物に対する寄生性、病原性も強い。ナラタケの寄生による病害は「ならたけ病」と呼ばれ、リンゴ、ナシ、モモ、ブドウ、クリなどの果樹、サクラやナラ類などの木本類、ジャガイモ、ニンジンなどでの発生が報告されている》という憎っくき奴である。
2.ナラタケ属菌による感染のメカニズム(P80)
ナラタケ属菌は最終的にはヤマザクラなどの樹木を攻撃して枯死させる病原菌とされているが、一次攻撃性微生物ではなく二次的作用生物または日和見感染菌と位置づけられてきた。すなわちナラタケ属菌糸体はなんらかのストレスを受けて弱った樹木の細根系、あるいは土壌環境の悪化や不適合によるストレスを受けた細根系に感染し腐朽分解を開始する。
吉野山のヤマザクラは献本のための植樹の歴史から密植となっており、樹冠競合が激しく樹冠は概して小さく、そのわりに樹高は高くなる傾向がある。このため根系の樹間競合も激しいものと推定され、根系は樹体の大きさのわりには未発達であることが推測される。根系の発達は枝葉の発達と相補的に関連する。未発達で貧弱な根系は、高温・乾燥・多雨などの気象変化の影響ばかりでなく、土壌環境の影響を受けやすく、条件によっては恒常的にあるいは短期的に細根が弱体化する。根系とりわけ健全な細根の発達は土壌環境と密接に関連している。(中略) 五郎平茶屋」斜面下の土壌は有機態窒素に富み、硝酸イオン量も高い箇所も見られることから、ナラタケ属菌の菌糸体生長には適した状態になっている可能性がある。

3.ナラタケ属菌感染の防除対策(P82)
感染個体の根株の掘り取りや土壌の入替え、さらには土壌消毒などの防除方法は現実的とはいえない。現在の土壌環境とナラタケ属菌糸体の存在を是認したうえで防除方法を考えるならば、ナラタケ属菌やバクテリアなどの微生物の攻撃に抵抗しうる活力あるヤマザクラを植栽し、健全に育成することが防除対策の根幹になる。
(1)ヤマザクラ苗木の養生
購入大苗の多くは根回しのためや輸送のために過度に根を切ることが多く、これをナラタケ属菌糸体密度の高い場所に移植すれば、移植時点でナラタケ属菌の攻撃を受ける。今後は吉野山の優良なヤマザクラの母樹を選定し、それから採った種子を吉野山で播種し養生した苗木のみを使用する。できるだけ根切りしない小苗を植え、シカの被害を受けないように防護網を巻いて育成する。
(2)植栽密度
今後、新たにヤマザクラを植栽するには植栽密度を低く保つために最低でも8~10m間隔を保つ。密植による樹冠競合は枝葉量を減少させ、ひいては根系の拡がりと根量を減少させる。吉野山のヤマザクラの多くは、少ない葉量と少ない根系面積や根量で光合成や蒸散のバランスをかろうじて保っているといえる。そのため地上部と地下部の収支バランスが狂うと枝条の伸長成長が停滞し、根系が衰退して容易にナラタケ属菌の侵入を許すことになる。
(3)植栽場所
植栽場所はナラタケ属菌が多量に発生する場所をさける。付近にナラタケ属菌の発生場所があるにもかかわらず植栽しなければならない場合は、大き日の穴を掘り土壌を入れ替えて移植する。これまでに新規に開発されたヤマザクラ植栽地においては、いまのところ活着と生育はおおむね良好である。とりわけ斜面中部から上部の新植地での成績はよいようである。目当たりのよい斜面上部のアカマツ林跡地やヒノキ林などは、ナラタケ属菌の繁殖の可能性もほとんどなく、新規植栽地の候補となる。

(4)土性・土壌改良
水の溜まりやすい土壌は溝を掘って排水をよくする。さらに必要があれば排水性がよく通気性のある材料を用いて土壌改良を行う。五郎平茶屋斜面下部調査区のナラクケモドキの集中分布域の形成は、土壌の化学性の影響を受けている可能性がある。施肥などの影響に加え、調査区内には空瓶、空缶、食器類、衣類、プラスチックゴミ、プラスチックシート、外灯、電線、鉄柱、台所用品、ふとんなどありとあらゆるゴミが散乱または埋め込まれており、土壌の物理性と化学性を変え、ひいてはナラタケ属菌の繁殖に有利な土壌環境を作り出している可能性がないとはいえない。できるだけ速やかに撤去してヤマザクラの成育に適した土壌環境に戻すべきであろう。
観光客が捨てるゴミが原因かと思っていたら、電線に台所用品、ふとん!とは。しかもこれらを埋め込んでいるとは、最悪である。これまでの下草刈りより、ゴミの撤去が先決だ。
(5)「キノコキラー」(ツチアオカビ=トリコデルマ属菌)による防除
トリコデルマ属菌は対峙培養によって比較的短期にナラタケ属菌を死滅させることが明らかになり、ナラタケ属菌にたいするトリコデルマ属菌の防除効果が確認された。(中略) 今後、吉野山においてもナラタケ属菌の集中生息地の土壌にトリコデルマ属菌分生子のサスペンジョン(懸濁剤)を散布することによって、ナラタケ属菌の生息密度を減少させてヤマザクラ根系への感染を防除することが可能となるであろう。
ハブにはマングース。カビキラーならぬ「キノコキラー」で、悪いキノコをやっつけろ!
4.吉野山保勝会(吉野山の景勝を守ることを目的とした財団法人)へのヒアリング結果(P89)
■サクラの植栽管理の履歴について
・現在のサクラの履歴がわかる資料がほとんど残されていない。
■吉野山のサクラの通常の管理
・毎年、施肥(春・秋の2回)を行っている。広いため、場所を変えて施肥するので、同じ場所に戻ってくるのは、2~3年に1回となっている。
・以前は、油粕を与えていたが、現在は発酵鶏糞を与えている。
・以前は、木のまわりに深さ15~20 cm の溝を掘って埋めていたが、今は撒くだけである。
・下草刈り(年1回、6・7・8月~終わらなければ秋まで)を、2名で毎日行っている。
■寄付(土地や苗)
・寄付等でサクラの植栽地の面積は増えている。
・寄付される土地や苗はいただきものであるので、選択できない。
■花山
・以前は畑であったところが雑木林になった。その後、雑木林を開いて、サクラを植えた。
■以前のサクラの植栽や管理について
・昔は尾根にサクラを植えろと言っていた。谷筋は耕作地(水田)にするからであろう。
・平らな所があれば、畑にしていた。川沿いは、田んぼであった。
・『さくらんぼ百年史』に、戦後の燃料不足の時代に薪にするために、乱伐にあい、3分の1にまで減少してしまったと載っている。これは、枝を切ったということだと思う。株からということはない。スギやヒノキの間になってしまったサクラを切ってしまったということはあるだろう。
・昭和45年頃から20年前までは、Sさん(樹木医・管理人・窓口)が20年間、奈良県の職員として、職員1人で管理をされていた。目についたところだけ手入れしていた。ゴミの掃除などをしながらなので、できることは限られていた。
・県の調査のあった平成6年以降から、保勝合が大規模に植え始めた。
・保勝合で、累計2500~3000木は植栽した。場所は、花山や塔足。
・民有地は、畑→スギ・ヒノキ植林地へと変わった。畑→サクラは五郎平茶屋だけではないか。
・年に1度の肥料やりを、住民(高齢者や女性中心)が関わる場として行っている。下千本→中千本→上千本というように、同じ場所には3年で1度まわるように行っている。
・毎年200本に、30人ほどで、肥料を与えている。
■吉野山の現状
吉野山の人口 800人弱 観光業 約115軒(専業はこの内35軒)

5.提言
調査書の最後に、今回の調査を踏まえた提言が掲載されている。相当耳の痛いことまで、ハッキリと書かれている。
(1)長期的な景観計画(マスタープラン)の作成
長期的な景観計画(マスタープラン)に基づいてサクラを管理する必要がある。利害関係者(ステークホルダー)が集まって、吉野山のサクラの景観を長期的にどのように形成していくのかを話し合い、合意する必要がある。
サクラの植栽面積とサクラ1本に投資できる労力の間に二律背反(トレードオフ)の関係があることを認識することは特に重要である。費用対効果と、費用の継続的な調達方法について考慮した上で、景観計画が作成されなければ、改善は一時的なものに終わると考えられる。
(2)サクラの管理指針(ガイドライン)の作成
現在の下草刈りを中心とした管理から、サクラの樹勢を維持、増進する管理や、サクラの世代交代を円滑に進めるための管理に重点を切り替える必要がある。
(3)効果を検証し教訓を活かすことが可能な体制(フィードバックシステム)の構築
対策の効果を検証し教訓を活かすための体制(フィードバックシステム)を構築する必要がある。いつ、どこに、どのようなヤマザクラの苗をどれだけ植栽したのか、その後、どのような管理を行ったのか、順調に生育しているのか、枯死した木があるとすればどのような理由で枯死したのかなどの情報が、これまでまったく収集されて来なかった。このような基本的な情報の収集と分析、それを反映した改善の積み重ねがなければ、吉野山のサクラの危機は乗り越えられないであろう。
(4)人材の育成
サクラの良好な個体の育成と景観の形成についての専門的知識を持った人材を、地域内に育てる必要がある。サクラの管理作業を行う人材だけでなく、サクラの状態を日常的に観察し、記録、分析して適切な対策を示すことのできる人材や、吉野山に関わる様々な事業の調整役となるマネジメントを担う人材の育成も必要となる。吉野山の地域の高齢化は進んでおり、サクラの管理の担い手の確保は急務である。
(5)管理方法の見直し
サクラの育苗に関しては、優良なヤマザクラの母樹から種子を採取し、主根を活かした吉野山のヤマザクラの苗づくりを行うことが提案される。ナラタケ属菌の根系への感染や、吉野山の土壌の乾燥のしやすさが明らかになってきたため、植栽後、根系が良好に発達するための苗づくりを試行する必要がある。
サクラの植栽に関しては、まず、健全な根系の発達があまり望めない大苗の植栽を避けることが必要である。また、植栽間隔を密にし過ぎない必要がある。吉野山のヤマザクラの遺伝子の保全の観点からは、ヤマザクラの群生地内では、ヤマザクラとカスミザクラ以外の、本来は吉野山に生育しない野生種(オオヤマザクラ(別名ベニヤマザクラ)など)や栽培品種(ソメイヨシノや、ヨシノザクラとして売られている栽培品種など)を誤って植栽しないようにする必要がある。誤植されたサクラは、吉野山のヤマザクラに植え替える必要がある。同様に、吉野山のヤマザクラの遺伝子の保全の観点から、吉野山以外の地域からのヤマザクラの種苗の持ち込みは制限されるべきである。

サクラの育成に関しては、まず、施肥の方法を見直す必要がある。ナラクケ属菌やベッコウタケの繁殖を防ぐためには無施肥とするのがよいが、従来与えてきた施肥の量を突然に大きく変えることには問題がある。これまで施肥してきた場所では、少しずつ減量するのがよいと考えられる。景観計画(マスクープラン)を作成して、区域を限定して施肥することも考えられる。なお、施肥しないと決めた区域においては、最初から無施肥とするぺきである。
五郎平茶屋斜面などに放置されたゴミを除去することは、ナラタケ属菌の繁殖を抑える効果もあると考られるため、直ちに実施されるべきである。
本調査によって明らかとなった、吉野山の調査地のヤマザクラの状態や、ヤマザクラの生育不良に関わる自然・社会環境要因は、吉野山のサクラの良好な個体の育成と景観の形成に向けての出発点であり、現状の理解に過ぎない。長期的な景観計画(マスクープラン)の作成や、サクラの管理指針(ガイドライン)の作成、効果を検証し教訓を活かすことが可能な体制(フィードバックシステム)の構築、人材の育成を実現するまでには、多くの壁があるものと想像される。しかし、生活様式の変化にともないサクラとのつき合いが以前よりも疎遠になった現在の状況において、先人から受け継いできた吉野山のサクラの景観を将来に渡って保全するためには、これらの抜本的な対策が必要不可欠であると考え、ここに提言を行った。
いかがだろう。約4年の歳月をかけただけあって、徹底した調査であり、充実した提言であった。「下草刈りを中心とした管理から、サクラの樹勢を維持、増進する管理」に切り替えなければならない、これまでは基本的な情報が「まったく収集されて来なかった」、「施肥の方法を見直す必要がある」など、核心にズバリ切り込んだ提言であり、これを実施しなければ、吉野山の桜の将来はない。
吉野山の桜は、吉野町民だけでなく、奈良県民、ひいては日本国民の宝である。ぜひこの現状を知っていただくとともに、「さくら募金」(吉野町を通じ桜の保護・育成に使われる)などへのご協力をお願いしたい。
シーズン中に約30万人が訪れるという吉野山の桜であるが、その裏で老齢化と寄生キノコ被害などにより、樹勢が衰退していることは、あまり知られていない。以前、NHK大阪放送局が「かんさい熱視線」(08.4.18)という番組で、詳しくレポートしていた。番組のHPによると
※写真はいずれも、吉野山で4/14(土)に撮影
サクラに何が起きているか ~吉野山からの報告~
全国有数の桜の名所「吉野山」。その桜に異変が起きている。病気や寄生植物に冒され、立ち枯れてしまう木が、ここ数年急増しているのだ。なぜ桜に異変が起きているのか。今年春、京都大学のチームが吉野山に入り、始めて本格的な調査に乗り出した。その結果、枯れた桜には細菌が大量に繁殖していることが判明。背景には、近年の気候変動が関係している可能性があることもわかってきた。吉野山の桜の異変とその原因に迫る。

京都大学を中心とする調査チームの結果概要が、読売新聞(3/27付)の「伝えたい吉野桜 支援の花咲かす」(イベント情報)で、「立ち枯れ ゴミも要因 菌繁殖を助長」のタイトルで紹介されている。
危機に直面する吉野山の桜はどんな現状なのか。近年、特に目立っているのは、シロヤマザクラの立ち枯れや樹勢の衰えだ。2008~10年度には原因究明のため、地元で桜の保護に取り組む財団法人「吉野山保勝会」(福井良盟理事長)や、京都大の森本幸裕教授の研究グループなどによる調査チームが中千本の7か所に調査区を設定し、状況を調べた。
その結果、09年までの約20年間に、推定で1ヘクタール当たり年に5・1本が枯れたことが判明。さらに枯死した桜の切り株などにキノコの一種、ナラタケ属菌が生えていることを確認。広い範囲で生息しており、いずれも周辺には空き缶やプラスチックなどが散乱し、ゴミが繁殖を助長した可能性が高いことがわかった。
調査チームは、長期計画に基づいた桜の管理が重要と結論づけた。山を管理する担い手の確保は急務とし、計画をもとに桜の育苗や植栽、育成のガイドラインを作成すること――などを保勝会に提言した。保勝会側も提言を踏まえ実行に移す考えだ。
一方、吉野町教委は昨年4月と8月に桜の生育状況を確認するため、上空からヘリコプターでレーザー光線を照射する「リモートセンシング調査」を実施した。両月のデータを比べると、4か月間の桜の成長は場所によって大きな差があることが判明。原因を分析し、近く結果を公表する予定だ。また、同町では2月、桜の保護・育成のため保勝会や住民グループなどの連携組織「吉野山桜の学校」も発足した。事務局は「地上と空から行った町の調査結果を、桜の学校の活動に生かしたい」としている。

前置きが長くなったが、このほど京都大学を中心とする吉野山サクラ調査チームがまとめた「平成20~22年度 吉野山サクラ調査報告書」を拝読した。これはA4版100ページ以上の労作である。概要は上記記事のとおりであるが、ポイントを列挙すると
1.キノコ(ナラタケ、ナラタケモドキなどの「ナラタケ属菌」)による被害(同報告書P72)
観桜の名所である「五郎平茶屋」斜面下の調査によると、枯死した桜の切り株のうち25.5%にキノコ(ナラタケ属子実体)が発生していた。
推定枯死年が2000年から2010年7月までの切株に限って分析すると、枯死木の45.5%からナラタケ属子実体が発生し、この10年間のヤマザクラの枯損にナラタケ属菌の感染が強く関与していることが示唆された。
実際に、伐倒時期の明確な2005年の3本と、2007年の4本の枯死木(切株)のすべてから、2008年~2010年にナラタケモドキ子実体が発生した。これらのヤマザクラは、枯死した時点ですでに根系の大部分や樹幹地際部分がナラタケモドキに腐朽分解されていたと推定される。換言すれば、2004年以降のヤマザクラの樹勢衰退や枯損には、ナラタケモドキの根系への感染と地際部の腐朽分解の進行がもっとも大きな要因になっていたことが推定される。
ナラタケモドキ子実体の発生地は明らかな集中分布を示した。五郎平茶屋周辺地域の一部は局所的にナラタケ属菌の多発地帯であることは明白である。五郎平茶屋周辺は他の調査区と比べ空缶・空瓶・プラスチック等のゴミの集積が際立って多く、また、過去の土壌のかく乱の痕跡がある。これらの土壌かく乱がナラタケ属菌の繁殖を助長してきた可能性が推察された。
なおWikipediaによると、ナラタケとは《主として木材腐朽菌として生活しているキノコ(中略) 枯死植物を分解吸収して生活するのみならず、生きている植物に対する寄生性、病原性も強い。ナラタケの寄生による病害は「ならたけ病」と呼ばれ、リンゴ、ナシ、モモ、ブドウ、クリなどの果樹、サクラやナラ類などの木本類、ジャガイモ、ニンジンなどでの発生が報告されている》という憎っくき奴である。
2.ナラタケ属菌による感染のメカニズム(P80)
ナラタケ属菌は最終的にはヤマザクラなどの樹木を攻撃して枯死させる病原菌とされているが、一次攻撃性微生物ではなく二次的作用生物または日和見感染菌と位置づけられてきた。すなわちナラタケ属菌糸体はなんらかのストレスを受けて弱った樹木の細根系、あるいは土壌環境の悪化や不適合によるストレスを受けた細根系に感染し腐朽分解を開始する。
吉野山のヤマザクラは献本のための植樹の歴史から密植となっており、樹冠競合が激しく樹冠は概して小さく、そのわりに樹高は高くなる傾向がある。このため根系の樹間競合も激しいものと推定され、根系は樹体の大きさのわりには未発達であることが推測される。根系の発達は枝葉の発達と相補的に関連する。未発達で貧弱な根系は、高温・乾燥・多雨などの気象変化の影響ばかりでなく、土壌環境の影響を受けやすく、条件によっては恒常的にあるいは短期的に細根が弱体化する。根系とりわけ健全な細根の発達は土壌環境と密接に関連している。(中略) 五郎平茶屋」斜面下の土壌は有機態窒素に富み、硝酸イオン量も高い箇所も見られることから、ナラタケ属菌の菌糸体生長には適した状態になっている可能性がある。

3.ナラタケ属菌感染の防除対策(P82)
感染個体の根株の掘り取りや土壌の入替え、さらには土壌消毒などの防除方法は現実的とはいえない。現在の土壌環境とナラタケ属菌糸体の存在を是認したうえで防除方法を考えるならば、ナラタケ属菌やバクテリアなどの微生物の攻撃に抵抗しうる活力あるヤマザクラを植栽し、健全に育成することが防除対策の根幹になる。
(1)ヤマザクラ苗木の養生
購入大苗の多くは根回しのためや輸送のために過度に根を切ることが多く、これをナラタケ属菌糸体密度の高い場所に移植すれば、移植時点でナラタケ属菌の攻撃を受ける。今後は吉野山の優良なヤマザクラの母樹を選定し、それから採った種子を吉野山で播種し養生した苗木のみを使用する。できるだけ根切りしない小苗を植え、シカの被害を受けないように防護網を巻いて育成する。
(2)植栽密度
今後、新たにヤマザクラを植栽するには植栽密度を低く保つために最低でも8~10m間隔を保つ。密植による樹冠競合は枝葉量を減少させ、ひいては根系の拡がりと根量を減少させる。吉野山のヤマザクラの多くは、少ない葉量と少ない根系面積や根量で光合成や蒸散のバランスをかろうじて保っているといえる。そのため地上部と地下部の収支バランスが狂うと枝条の伸長成長が停滞し、根系が衰退して容易にナラタケ属菌の侵入を許すことになる。
(3)植栽場所
植栽場所はナラタケ属菌が多量に発生する場所をさける。付近にナラタケ属菌の発生場所があるにもかかわらず植栽しなければならない場合は、大き日の穴を掘り土壌を入れ替えて移植する。これまでに新規に開発されたヤマザクラ植栽地においては、いまのところ活着と生育はおおむね良好である。とりわけ斜面中部から上部の新植地での成績はよいようである。目当たりのよい斜面上部のアカマツ林跡地やヒノキ林などは、ナラタケ属菌の繁殖の可能性もほとんどなく、新規植栽地の候補となる。

(4)土性・土壌改良
水の溜まりやすい土壌は溝を掘って排水をよくする。さらに必要があれば排水性がよく通気性のある材料を用いて土壌改良を行う。五郎平茶屋斜面下部調査区のナラクケモドキの集中分布域の形成は、土壌の化学性の影響を受けている可能性がある。施肥などの影響に加え、調査区内には空瓶、空缶、食器類、衣類、プラスチックゴミ、プラスチックシート、外灯、電線、鉄柱、台所用品、ふとんなどありとあらゆるゴミが散乱または埋め込まれており、土壌の物理性と化学性を変え、ひいてはナラタケ属菌の繁殖に有利な土壌環境を作り出している可能性がないとはいえない。できるだけ速やかに撤去してヤマザクラの成育に適した土壌環境に戻すべきであろう。
観光客が捨てるゴミが原因かと思っていたら、電線に台所用品、ふとん!とは。しかもこれらを埋め込んでいるとは、最悪である。これまでの下草刈りより、ゴミの撤去が先決だ。
(5)「キノコキラー」(ツチアオカビ=トリコデルマ属菌)による防除
トリコデルマ属菌は対峙培養によって比較的短期にナラタケ属菌を死滅させることが明らかになり、ナラタケ属菌にたいするトリコデルマ属菌の防除効果が確認された。(中略) 今後、吉野山においてもナラタケ属菌の集中生息地の土壌にトリコデルマ属菌分生子のサスペンジョン(懸濁剤)を散布することによって、ナラタケ属菌の生息密度を減少させてヤマザクラ根系への感染を防除することが可能となるであろう。
ハブにはマングース。カビキラーならぬ「キノコキラー」で、悪いキノコをやっつけろ!
4.吉野山保勝会(吉野山の景勝を守ることを目的とした財団法人)へのヒアリング結果(P89)
■サクラの植栽管理の履歴について
・現在のサクラの履歴がわかる資料がほとんど残されていない。
■吉野山のサクラの通常の管理
・毎年、施肥(春・秋の2回)を行っている。広いため、場所を変えて施肥するので、同じ場所に戻ってくるのは、2~3年に1回となっている。
・以前は、油粕を与えていたが、現在は発酵鶏糞を与えている。
・以前は、木のまわりに深さ15~20 cm の溝を掘って埋めていたが、今は撒くだけである。
・下草刈り(年1回、6・7・8月~終わらなければ秋まで)を、2名で毎日行っている。
■寄付(土地や苗)
・寄付等でサクラの植栽地の面積は増えている。
・寄付される土地や苗はいただきものであるので、選択できない。
■花山
・以前は畑であったところが雑木林になった。その後、雑木林を開いて、サクラを植えた。
■以前のサクラの植栽や管理について
・昔は尾根にサクラを植えろと言っていた。谷筋は耕作地(水田)にするからであろう。
・平らな所があれば、畑にしていた。川沿いは、田んぼであった。
・『さくらんぼ百年史』に、戦後の燃料不足の時代に薪にするために、乱伐にあい、3分の1にまで減少してしまったと載っている。これは、枝を切ったということだと思う。株からということはない。スギやヒノキの間になってしまったサクラを切ってしまったということはあるだろう。
・昭和45年頃から20年前までは、Sさん(樹木医・管理人・窓口)が20年間、奈良県の職員として、職員1人で管理をされていた。目についたところだけ手入れしていた。ゴミの掃除などをしながらなので、できることは限られていた。
・県の調査のあった平成6年以降から、保勝合が大規模に植え始めた。
・保勝合で、累計2500~3000木は植栽した。場所は、花山や塔足。
・民有地は、畑→スギ・ヒノキ植林地へと変わった。畑→サクラは五郎平茶屋だけではないか。
・年に1度の肥料やりを、住民(高齢者や女性中心)が関わる場として行っている。下千本→中千本→上千本というように、同じ場所には3年で1度まわるように行っている。
・毎年200本に、30人ほどで、肥料を与えている。
■吉野山の現状
吉野山の人口 800人弱 観光業 約115軒(専業はこの内35軒)

5.提言
調査書の最後に、今回の調査を踏まえた提言が掲載されている。相当耳の痛いことまで、ハッキリと書かれている。
(1)長期的な景観計画(マスタープラン)の作成
長期的な景観計画(マスタープラン)に基づいてサクラを管理する必要がある。利害関係者(ステークホルダー)が集まって、吉野山のサクラの景観を長期的にどのように形成していくのかを話し合い、合意する必要がある。
サクラの植栽面積とサクラ1本に投資できる労力の間に二律背反(トレードオフ)の関係があることを認識することは特に重要である。費用対効果と、費用の継続的な調達方法について考慮した上で、景観計画が作成されなければ、改善は一時的なものに終わると考えられる。
(2)サクラの管理指針(ガイドライン)の作成
現在の下草刈りを中心とした管理から、サクラの樹勢を維持、増進する管理や、サクラの世代交代を円滑に進めるための管理に重点を切り替える必要がある。
(3)効果を検証し教訓を活かすことが可能な体制(フィードバックシステム)の構築
対策の効果を検証し教訓を活かすための体制(フィードバックシステム)を構築する必要がある。いつ、どこに、どのようなヤマザクラの苗をどれだけ植栽したのか、その後、どのような管理を行ったのか、順調に生育しているのか、枯死した木があるとすればどのような理由で枯死したのかなどの情報が、これまでまったく収集されて来なかった。このような基本的な情報の収集と分析、それを反映した改善の積み重ねがなければ、吉野山のサクラの危機は乗り越えられないであろう。
(4)人材の育成
サクラの良好な個体の育成と景観の形成についての専門的知識を持った人材を、地域内に育てる必要がある。サクラの管理作業を行う人材だけでなく、サクラの状態を日常的に観察し、記録、分析して適切な対策を示すことのできる人材や、吉野山に関わる様々な事業の調整役となるマネジメントを担う人材の育成も必要となる。吉野山の地域の高齢化は進んでおり、サクラの管理の担い手の確保は急務である。
(5)管理方法の見直し
サクラの育苗に関しては、優良なヤマザクラの母樹から種子を採取し、主根を活かした吉野山のヤマザクラの苗づくりを行うことが提案される。ナラタケ属菌の根系への感染や、吉野山の土壌の乾燥のしやすさが明らかになってきたため、植栽後、根系が良好に発達するための苗づくりを試行する必要がある。
サクラの植栽に関しては、まず、健全な根系の発達があまり望めない大苗の植栽を避けることが必要である。また、植栽間隔を密にし過ぎない必要がある。吉野山のヤマザクラの遺伝子の保全の観点からは、ヤマザクラの群生地内では、ヤマザクラとカスミザクラ以外の、本来は吉野山に生育しない野生種(オオヤマザクラ(別名ベニヤマザクラ)など)や栽培品種(ソメイヨシノや、ヨシノザクラとして売られている栽培品種など)を誤って植栽しないようにする必要がある。誤植されたサクラは、吉野山のヤマザクラに植え替える必要がある。同様に、吉野山のヤマザクラの遺伝子の保全の観点から、吉野山以外の地域からのヤマザクラの種苗の持ち込みは制限されるべきである。

サクラの育成に関しては、まず、施肥の方法を見直す必要がある。ナラクケ属菌やベッコウタケの繁殖を防ぐためには無施肥とするのがよいが、従来与えてきた施肥の量を突然に大きく変えることには問題がある。これまで施肥してきた場所では、少しずつ減量するのがよいと考えられる。景観計画(マスクープラン)を作成して、区域を限定して施肥することも考えられる。なお、施肥しないと決めた区域においては、最初から無施肥とするぺきである。
五郎平茶屋斜面などに放置されたゴミを除去することは、ナラタケ属菌の繁殖を抑える効果もあると考られるため、直ちに実施されるべきである。
本調査によって明らかとなった、吉野山の調査地のヤマザクラの状態や、ヤマザクラの生育不良に関わる自然・社会環境要因は、吉野山のサクラの良好な個体の育成と景観の形成に向けての出発点であり、現状の理解に過ぎない。長期的な景観計画(マスクープラン)の作成や、サクラの管理指針(ガイドライン)の作成、効果を検証し教訓を活かすことが可能な体制(フィードバックシステム)の構築、人材の育成を実現するまでには、多くの壁があるものと想像される。しかし、生活様式の変化にともないサクラとのつき合いが以前よりも疎遠になった現在の状況において、先人から受け継いできた吉野山のサクラの景観を将来に渡って保全するためには、これらの抜本的な対策が必要不可欠であると考え、ここに提言を行った。
いかがだろう。約4年の歳月をかけただけあって、徹底した調査であり、充実した提言であった。「下草刈りを中心とした管理から、サクラの樹勢を維持、増進する管理」に切り替えなければならない、これまでは基本的な情報が「まったく収集されて来なかった」、「施肥の方法を見直す必要がある」など、核心にズバリ切り込んだ提言であり、これを実施しなければ、吉野山の桜の将来はない。
吉野山の桜は、吉野町民だけでなく、奈良県民、ひいては日本国民の宝である。ぜひこの現状を知っていただくとともに、「さくら募金」(吉野町を通じ桜の保護・育成に使われる)などへのご協力をお願いしたい。