てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

工芸に生くる人々(4)

2007年10月31日 | 美術随想
 秋晴れの日曜日、岡崎公園へ散策に出た。掃除しきれていない部屋や、まったく手をつけていない録画済みのビデオや、山ほど買ったものの床に積んだまま開かれたことのない本や、ぼくが家で片付けなければならないことは山積しているが、休みの日をそんなことでつぶすようなインドア派ではない。とはいってもアウトドア派というのともちがうが、こういうのを何派といったらいいのだろう。

 最近はようやくデジタルカメラを手に入れたので、うれしくていろんなものを写しにいきたくなる。とはいっても旧式のものを安く買ったので、スマートな新製品と比べると相当な厚みがあり、人前で取り出すときに少々気が引けたりもするのだが・・・。買った翌日はたまたま時代祭があり、絶好の機会だと喜んでカメラ片手に走り回ったが、御池通の北側に陣取ったため逆光になってしまったのと ― 祭が通過しているときは道を渡ることができない ― 沿道の観客が多く、華やかな行列が人の後頭部越しにしか移っていないのとで、ここでお見せできるようなものは撮れなかった。

 それでも、夜勤明けに寝る間も惜しんで、ブログを書く間も惜しんで ― というのは冗談だが ― あちこち撮影に出かけているのである。これまでは携帯で撮ったピンボケ画像しかなかったが、今後はしばしばデジカメの鮮明な写真を添付していこうと思う。きっとそのほうが、ぼくの晦渋な文章よりも見ごたえがあるにちがいない(実は一昨日の記事の最後に載せた写真も、それである)。

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 府立図書館で本を借り、美術館へと向かうあいだに、「みやこめっせ」と呼ばれる施設に立ち寄った(正式には京都市勧業館という)。ここはとても天井が高くて、ひろびろした空間が気持ちいいのだが、古本市などにときどき立ち寄った以外はベンチで一息ついただけで出てしまうことが多かった。この日は画材まつりがおこなわれていて、けっこうな賑わいだったので、はじめて地階へ降りてみることにした。地下には京都の伝統工芸に関する展示があるらしいことを、うすうすではあるが知っていて、最近工芸のことについて書きつづけてきたせいか、いつになくぼくの気を惹いたのである。


〔「みやこめっせ」1階ロビーから天井をのぞむ〕

 さて階段を降りていき、「京都伝統工芸ふれあい館」というところに足を踏み入れてみて驚いた。予想もしない広大な空間に、おびただしい種類の伝統工芸品のかずかずが、丁寧な説明パネルとともに陳列されていたのである。先日の「日本伝統工芸展」では、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸という7つのカテゴリー(それとは別に「遺作」という部門もある)に分類されていて、工芸のすべてのジャンルはほぼ網羅されていると思っていたが、細分化していくと数え切れないほどの種類にわかれるようだ(同館のホームページによると、66品目あるらしい)。

 なかには花かんざし、きせる、かるた、釣竿、足袋などという珍しいものもある。興味は尽きないけれど、展示をひとつひとつ丹念に観ていくと丸一日かかってしまいそうなので、この日はざっと一巡するにとどめたが、京都の伝統工芸を知るためにこれほど有益な場所はなさそうだった。ぼくはこんな素晴らしい施設を知らずに、何年間も京都に暮らしていたのかと思うと、顔が赤らむ思いがした。

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 この前の日には、京都文化博物館で開かれていた「京の名工展」にも足を運んだ。「京の名工」というのは一般的な名称ではなく、府が毎年表彰している「京都府伝統産業優秀技術者」の通称なのだそうだ(「重要無形文化財保持者」を「人間国宝」と呼びならわすようなものだろう)。その日は、ひょっとしたら截金の素晴らしい作品が観られるのではないかと思って出かけたのだったが、残念ながらそれはなかった(この日はちょうど、急逝した截金師・江里佐代子さんの葬儀の日でもあった)。

 でも、はじめて眼にするような工芸品がいろいろあって、ますます興味をかきたてられた。なかでもお菓子(飴細工?)で作られた華麗な花には驚かされた(菓子師という職人がいるのだそうだ)。見事な装飾をほどこした笙や篳篥(ひちりき)を観ることもできた。

 規模の大きなものでは、造園師の仕事がある。普段は殺風景な貸しフロアの一隅に、巨大な枯山水の庭園が出現していた(同様のものは「みやこめっせ」にもあった)。それを観るまで、造園が“伝統産業”だなどとは考えたこともなかったが、なるほど多くの名園を擁する京都においては、先人たちの作庭の極意が着実に受け継がれているということだろう。

 会場の一画には、京焼の作られ方を細かく紹介したコーナーが設けられていた。学生とおぼしき数名の若いグループに向かって、ひとりのご老人が大きな声で説明をされていた。その方をぼくは存じ上げなかったが、おそらく陶芸の職人のどなたか、いわゆる「京の名工」のおひとりなのだろう。見たところすでにかなりの年齢に達しているらしく思われたが、声にはぴんと張りがあり、いいよどむことも全然なく、まるで街頭演説をしているみたいに、焼物の魅力について滔々と語っておられた。聞き役の学生たちのほうがむしろ圧倒されていて、棒立ちになったまま相槌をうつのが精一杯のようだった。

 職人というと、世間に流布している大まかなイメージがある。気難しく頑固で、口が重い。工房に座り込んだまま黙々と手を動かし、仕事をきっちり仕上げる。そんな判で押したような生活を、来る日も来る日も同じように繰り返す・・・。まあ、こんな感じだろうか。

 だが、その老陶芸家がほとばしらせた熱意は、ぼくを揺すぶった。自分に与えられた仕事を黙ってこなすだけではなく、その仕事を多くの人に知ってもらい、特に若い人たちに受け継いでもらいたい、という思いが、痛いほど伝わってきたのである。これほどの情熱をもって仕事をしている人は、少なくともぼくがこれまで勤めた会社の中には、ひとりとしていなかった。

                    ***

 その人の意を継ごうというわけではないが、今後は絵画や彫刻などとともに、工芸にもどんどん眼を向けていきたいと思う。この随想録でも、機会があれば取り上げていくことにしよう。現代という不可解な世の中に揉まれて生きるわれわれが、腰の据わった職人たちから学ぶべきことは決して少なくないにちがいないと、ぼくは信じる。


DATA:
 「平成19年度 京の名工展 ― 京都府伝統産業優秀技術者作品展 ―」
 2007年10月24日~10月28日
 京都文化博物館

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2 コメント

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興味深く読ませていただいてます。 (keiraku)
2008-08-04 03:41:25
はじめまして。
偶然、迷い込んできたのですが、同じ京都にお住まいとのこと、とても興味深く読ましていただき、カキコさせていただきました。
また自分も関わっている会のことも書いてあったので、ちょっと、どきどきしながら読みました。
どの文章も、とても響く物があります。また、勉強になります。美を文にとどめるという思いはとても感じられております。追々、他の文章も是非拝読させていただきます。

また、漆にもチャレンジしてください。
そのときにはそういう取り組みもしておりますのでお力になります。(笑)
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はじめまして (テツ)
2008-08-05 05:27:19
漆芸家の方からコメントをいただけるとは思っていませんでした。励ましのお言葉、ありがとうございます。

高島屋で個展を開かれたようですね。残念ながらぼくは見逃してしまいましたが、今度開かれるときはぜひお知らせください。

ただ、自分で作ることは恐らくないとおもいます。自他共に認める不器用ですので。どうもすいません・・・。
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