映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「水の柩」 道尾秀介

2013年10月06日 | 本(その他)
ダムの底に沈めたあれこれ・・・

水の柩
道尾秀介
講談社


* * * * * * * * * *

老舗旅館の長男、中学校二年生の逸夫は、
自分が"普通"で退屈なことを嘆いていた。
同級生の敦子は両親が離婚、級友からいじめを受け、
誰より"普通"を欲していた。
文化祭をきっかけに、二人は言葉を交わすようになる。
「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」
敦子の頼みが、逸夫の世界を急に色付け始める。
だが、少女には秘めた決意があった。
逸夫の家族が抱える、湖に沈んだ秘密とは。
大切な人たちの中で、少年には何ができるのか。


* * * * * * * * * *


道尾秀介さんの作品、私が先に読んだ「月と蟹」も少年が主人公でしたが、
本作も中学2年の逸夫が主人公です。
やっぱり私は少年少女が主人公のストーリー、好きですねえ・・・。
さて、逸夫は、近頃寂れてきているとはいえ、旅館を営む家の長男で、
特に不自由も不満もありません。
でも、自分があまりにも"普通"であることをつまらなく感じているのです。
けれど彼は同級生敦子の境遇や、
彼の祖母の深い心の傷を知るにつけ、
"普通"を嘆いていた自分がどんなに恵まれていたかを知ることになるのです。


逸夫はおばあちゃんっ子だったせいか、気持ちが優しいのです。
敦子のこと、おばあちゃんのこと、
自分のことのように胸をいため、
自分がそれをどうしてあげることもできないことにまた、傷ついている。
そんなときに、旅館の従業員のある人が言うのです。

「ぜんぶ忘れちゃって、今日が一日目って気持ちでやり直せばいい」

多くの悩みがそうであるように、
たいていは今、住むところも食べる物もあって、
実はそれだけで恵まれていると言っていい。
けれど人は過ぎたことをぐるぐる心のなかに巡らせて、
どんどんどんどんそれにがんじがらめにされて動けなくなってしまう。
全部忘れて、今日が一日目。
そう思えたらどんなにいいでしょう。
逸夫が考えたそのための奇抜な方法。
なんだか胸がすく思いがします。
確かに子供だまし。
けれども心の中にけじめをつける儀式のようなものでしょうか。
こういうのは実際、効果があるのでは?と思いました。


それから、少女が考えたいじめへの対処法。
潔いな。
タイムカプセルの中身をすり替えるより、ずっといいですね。
(ただし、マネはオススメできませんが)


本作にはちょっと騙しのテクニックがあって、
いじめられていた少女敦子が、
ダムに身を投げてしまおうと決意する部分がはじめの方にあります。
そしてその一連の出来事の9ヶ月後、
逸夫が身近な人々とともにバスでそのダムへ向かうシーン。
このシーンにはなかなか敦子が登場しません。
いったい少女はどうなるのだろう、
もしかすると本当にその時に死んでしまったのか・・・?
不安を抱えたまま、進行するストーリー。
ミステリ作家、道尾秀介さんらしいですね。
少年の心の成長がまぶしい、ステキな物語でした。

「水の柩」 道尾秀介 講談社
満足度★★★★★



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