映画と本の『たんぽぽ館』

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「光媒の花」 道尾秀介 

2012年11月30日 | 本(ミステリ)
“白い光”で、いつか実を結ぶ花々

光媒の花 (集英社文庫)
道尾 秀介
集英社


            * * * * * * * * *

道尾秀介さんの連作短編集です。
第23回山本周五郎賞受賞作。
一応一つ一つのストーリーは独立していますが、
前後するストーリーでほんの少し、重なっている部分があります。
強いていえば同じ地域に住む人達の話とはいえます。
ただし、回想シーンもあるので時間軸は自在。
そして最期のストーリーが一番初めのストーリーとつながっていたりする、
大変ユニークな作りとなっています。


「隠れ鬼」
一番初めは、認知症の母と暮らす印章店を営む男性の話。
自身が少年の頃、憧れた一人の女性とのエピソード。
けれどそれは思いがけない結末へとつながります。
美しいけれども切なく、そして怖い。

「虫送り」
その次に来るのは小学生の兄妹の話。
二人はよく夜の河原で虫取りをするのですが、
ある夜、二人は大変なことをしてしまう・・・。

「冬の蝶」
そしてその次に来るのが、ある男の中学の頃の思い出。
孤独な魂が呼び合い、親しくなった同級の女子との思い出なのですが、
ある時彼女の家を訪ねて、見てはならないものを見てしまう。


このへんまではやはり道尾秀介だな・・・と思うのです。
ちょっぴり救いがたいような暗さが・・・。
ところが、次のあたりからトーンが変わってくるように私には思えます。


「春の蝶」
どんなに長い冬でも、いつかは春が来る。
そういう意味合いもありそうです。
「冬の蝶」では救い難く不幸のようにみえた少女の成長した姿がここにあった。

「風媒花」
ここに登場する若い男性。
さすがに若いだけあってここまでどうにもはかなげだった登場人物たちと比べると、
ぐんと活き活きしてきます。
どうにも子供じみて拗ねたようなところがあるのですが、
ある気づきで心の扉を開いていく。
ここに登場する彼のお姉さんが素敵。

「遠い光」
風媒花で登場したお姉さん自身のストーリーとなります。
前話では元気な初任の小学校の先生と思えたのが、
実はまだ教師としての自信がもてない新米先生。
その彼女が一人の女の子との交流を通して、自信を取り戻していきます。
そんな彼女が思う。

「窓から太陽など差し込まないでも、天上の明かりが灯っていなくても、
かつて世界は十分に光っていた。
わからないからこそ光っていた。
・・・・私は考える。
今日は何が起きるだろう。
どんなふうに過ごそう。
何をしよう。」


・・・まだ幼いそんな時に、彼女は白い光を見たと言うのです。
いつからあの白い光は消えてしまったのか。
いや、消えてしまったのではなく白い光は本当はそこにあるのだけれど、
私達のほうが変わってしまったのかも、
とそんな風に彼女は思います。


気がつけば、救いがたく思えていた登場人物たちの上にも
白い光が降り注いでいるようにも思える。
なかなか、素晴らしく練られたストーリーたちでした。


さて、ところでこの本の題名、「光媒の花」。
作中に「風媒花」という章はありますが、このような題名のストーリーはありません。
「風媒花」のところで語られるのは、こんな話です。
虫が花粉を運ぶ虫媒花は、虫を呼び寄せるために派手に美しく咲きます。
けれども虫を呼ぶ必要のない風媒花は、
自らを飾り立てる必要がないので、たいていは小さくで地味なのだと。
作中では、決して美しいとはいえないけれど家族のために地道に一生懸命に働く「お母さん」を例えた話しなのでした。


つまりはこの本に登場する、
それぞれの悩みを抱え行きづまった名も無き人々の例えでもあります。
けれど、この人達も本当は「白い光」を見ることができて、
いつか実を結ぶのだと、この題名はうったえているわけなのですよね。
いやあ・・・深い。
じんわり感動がきます。

「光媒の花」道尾秀介 集英社文庫
満足度★★★★★