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週刊朝日の橋下徹・大阪市長についての連載記事に関する、朝日新聞社報道と人権委員会の見解

2012年11月13日 00時32分31秒 | マスコミ批判

2012年11月9日

朝日新聞社報道と人権委員会
委員 長谷部恭男
委員 藤田 博司
委員 宮川 光治

1.当委員会の調査の経緯と見解の要旨
 当委員会に対し委員藤田博司から,本年10月20日,週刊朝日10月26日号掲載の標記記事(以下「本件記事」という。)に関して,重大な人権侵害,及び朝日新聞出版記者行動基準に触れる行為があると判断されるので当委員会で取り上げることが相当であるとする問題提起があった。また,株式会社朝日新聞出版(以下「朝日新聞出版」という。)から,10月24日,今後の再発防止策等を検討するため記事の内容や作成過程,批判を招いた事態などについて見解を示すよう要請があった。当委員会は調査を開始した。まず,朝日新聞出版より企画段階から取材・報道,連載中止に至るまでの経緯について報告書の提出を受けた。次に,本件記事の取材・報道に関わった週刊朝日編集部(以下「編集部」という。)の河畠大四編集長(以下「編集長」という。),デスク,記者,雑誌部門の責任者である雑誌統括ら及び筆者であるノンフィクション作家・佐野眞一氏から聞き取りを行った。11月3日,委員会を開催し,朝日新聞出版から詳細な説明を受けたうえで,編集長,デスクらのほか佐野氏からもあらためて説明を聞いた。そして,以上の調査の結果を踏まえて審議し,以下の通り本見解をまとめたものである。

(当委員会の見解の要旨)
 本件記事は,橋下徹・大阪市長(以下「橋下氏」という。)についての人物評伝を意図したものであり,10回から15回を予定した連載の第1回分であるが,見出しを含め,記事及び記事作成過程を通して橋下氏の出自を根拠にその人格を否定するという誤った考えを基調としている。人間の主体的尊厳性を見失っているというべきである。そして,差別を助長する表現が複数個所あり,差別されている人々をさらに苦しめるものとなっている。また,各所に橋下氏を直接侮辱する表現も見られる。さらに記事の主要部分が信憑性の疑わしい噂話で構成されており,事実の正確性に関しても問題がある。
 以上は,報道を通じて差別や偏見などの不当な人権抑圧と闘うことを使命の一つとし,正確で偏りのない報道に努めなければならない報道機関として,あってはならない過ちである。本件記事の作成及び掲載に携わった者たちは差別に対する認識及び人権への配慮を欠いていたというべきで,編集部におけるチェック体制が的確に機能していないという問題も存在している。
 また,企画段階からタイトルの決定,表紙の作成,情報収集,原稿チェック,おわびの掲載まで編集部が主体になり,佐野氏は編集部の意向を受けて取材・執筆活動をしており,問題の責任は全面的に編集部側にある。ただし,佐野氏も人権や差別に対する配慮の足りない点があったと思われる。
 以下,企画から掲載後の対応に至る経緯を検討し,そこにおける問題点を指摘する。

2.企画段階での問題
 この連載企画は,本年春頃,編集部において,編集長の提案により将来の首相候補とも言われる橋下氏の人物評伝として検討され,編集部の「目玉企画」として部数増対策の一環にも位置づけられた。編集長は外部の作家に執筆を依頼した方がよりインパクトの強い記事ができると考え,ノンフィクション作家として多くの実績があり孫正義ソフトバンク社長の評伝『あんぽん』を上梓した佐野氏が適任であると判断し,同氏と親交があるデスクに本企画を担当させた。担当デスクは,『あんぽん』と同様の手法で,橋下氏の人物を描くことはもちろんのこと,家族の視点で日本の社会史を描くというスケールの大きい作品をイメージした。
 デスクは佐野氏と話し合い,企画の狙いとして概ね次の3点を説明し,単なる人物評伝にとどまらず,各視点を総合した作品とすることに関して佐野氏の同意を得た。①橋下氏を知る多くの人たちの証言を得て橋下氏の人物像に迫り,それが彼の政治姿勢や政治思想とどう関わるのかを探る。②橋下氏の巧みなマスコミ操作を検証し,他方,メディアに今何が起きているのかを考える。③ツイッターを多用する橋下氏の手法を通じて,政治とネット社会を探る。担当デスクは,①との関連で,橋下氏の政治信条や人格に出自が投影しているであろうとの見方に立ち,出自について書くべきだと考えていた。それが差別を助長することにならないかという点に関しては,橋下氏は公人中の公人であり,知る権利,表現の自由からもその名誉及びプライバシーは制限されること,その人物の全体像を描くこととの関連で取材の対象に家系を構成する人々を入れることは必然であることから,表現することは可能であると考えた。
 6月末頃から,記者2人が取材活動を開始した。9月半ばまでに,橋下氏の親戚,各地の知人,維新の会議員,関西政界関係者,解放同盟関係者,郷土史家ら,60人近い人々に取材した。9月中旬には数日,佐野氏も取材に出向いた。9月20日頃,デスクは佐野氏から構想について書かれたペーパーを受領し,説明を受けた。2回目までは父親の話,3回目,4回目は母親の話,5回目以降は橋下氏の中学・高校時代,弁護士時代,知事時代,市長時代と続き,各回においてマスコミ論やツイッター社会論に触れるという構想であった。10月初め,10月16日発売の10月26日号から連載を開始することが決定した。
 以上の経緯によれば,本企画は,多様な視点を含みつつも,差別や偏見を助長する危険の伴う極めてセンシティブな内容であったことが認められる。したがって,本企画については,その狙いの当否,各視点の相互関係,手法,表現のあり方等について,社内において慎重に議論すべきであった。しかし,これらを検討する資料となる企画書はなく,レジュメもコンテもない。佐野氏が示した連載展開の概要像も編集部で検討した事実はない。本件は,企画の段階において,慎重な検討作業を欠いていたというべきである。

3.タイトルの決定及び本件記事の問題
 9月23日頃,担当デスクと佐野氏が打ち合わせる中で,デスクは孫正義氏に関する評伝が,孫氏の通名であった「安本」からとった「あんぽん」というタイトルであることにも影響され,また,すでに週刊朝日(8月17日,24日合併号)で,橋下氏の父が「ハシシタ」姓を「ハシモト」に変えたと報じていたこともあり,連載のタイトルをもともとの呼び名である「ハシシタ」とすることを思いつき,佐野氏に提案した。佐野氏はこれを了承した。
 氏名はその人の人格を表象するものであり,氏名権は人格権の一つとされている。一般に,氏名と異なる呼称をことさらに用いることは,人格権を侵害することにもなりかねない。本件では,「ハシシタ」とことさら呼称することに,読者は橋下氏に対する侮蔑感情を読み取ると思われる。また,「奴の本性」というサブタイトルの「奴」「本性」という言葉にも橋下氏への敵対意識,侮蔑意識を窺うことができる。それらが大きなタイトル文字として表紙を飾っていることが,一層,敵対・侮蔑の度合いを強めている。なお,表紙の作成には佐野氏は関与していない。
 表紙の「DNAをさかのぼり 本性をあぶり出す」といった表現を含め,本件記事全体の論調から,いわゆる出自が橋下氏の人柄,思想信条を形成しているとの見方を明瞭に示している。人物像を描く際に,出自をたどる取材をすることはあり得る。しかし,極めて慎重に報道することが求められる。出自が人格と何らかの関連を有することがあり得るとしても,それは人格を形成する非常に多くの要因の一つにすぎないのであって,決定的要因とはなり得ないものである。出自と人格を強く関連づける考えは,人間の主体的な尊厳性を見失っており,人間理解として誤っているばかりか,危険な考えでもある。なお,家系図を掲載しているが,こうした流れに照らすと橋下氏が家系(血筋)に規定されているという前提での参考図と位置づけられているとも理解でき,極めて問題である。
 本件記事の主要部分は,「大阪維新の会」の旗揚げパーティーに出席していた正体不明の出席者と,縁戚にあたるという人物へのインタビューで構成されている。彼らの発言内容は,橋下氏の親族に関する話であり,橋下氏の出自につながる部分であるが,噂話の域を出ていない前者は発言自体から信憑性がないことが明白である。後者はその信憑性を判断する手がかりが読者にはまったく提供されていない人権に関わる伝聞事実については裏付け取材をすることが基本であるが,本件記事ではそうした裏付け取材がなされていることを読み取ることができない。
 本件記事には被差別の地区を特定する表現がある。朝日新聞出版記者行動基準には「報道を通じて,民族,性別,信条,社会的立場による差別や偏見などの人権侵害をなくすために努力する。」とあるほか,報道の取り決めにも「人権を守る報道」に関する基本的な考えが示されている。また,取り決めには,具体的に「被差別の場所が特定されないよう十分配慮する。」と明記されてもいる。本件記事は,これらに明白に違反している。

4.記事チェック段階での問題
 10月9日夕刻,本件記事の原稿が佐野氏から担当デスクの手元に届いた。デスクと2人の担当記者は読んだが,編集長の手元に原稿が届いたのは12日昼頃であった。遅れた理由について,デスクは「原稿には秘匿すべき情報提供者らの名前が入っており,そのままでは渡せなかった」と言っている。しかし,編集長は当然すべての情報源を知るべき立場にあり,編集部の責任者にデスクが情報源を伝えないという考えは誤りである。
 原稿を読んだ編集長は,差別に関連する文章上の問題点をデスクにいくつか指摘し,同時に,雑誌統括に当該原稿をメールで転送した。折り返し雑誌統括は「こんなことを書いていいと思っているのか。掲載できると思っているのか」と編集長と電話で激しくやり合った。雑誌統括からの依頼で原稿を読んだ他部門の社員からも,原稿には多数の問題があるという指摘があった。12日夕刻にも雑誌統括の依頼で原稿を読んだ雑誌編集の経験が長い社員は,「出自が悪い者はろくなやつがいないという考えそのものが誤りだ。完全な差別表現であり,これはダメだ。」という意見を述べている。雑誌統括はこうした意見を編集長に伝え,編集長は,デスクに佐野氏と交渉して直しを検討するよう求めた。佐野氏は当日,テレビのゲストコメンテーターとしての仕事があり,検討が遅れたが,締め切り日である13日夕刻,数点の修正を行った。雑誌統括は,さらに被差別の地区の特定その他の削除を強く求めたが訂正されなかった。最後は,編集長が「これは佐野さんの原稿です。これで行かせてください」と押し切った。表紙が12日に校了しており,この段階では掲載中止は困難であった。掲載するか雑誌自体の発行を停止するかという選択であったが,発行停止が検討された形跡は見られない。
 こうして16日発売に至った。
 編集部内ではこれまで,このようなセンシティブな問題に関する記事掲載の際には,顧問弁護士に助言を求めるリーガルチェックを行うことがあった。しかし,締め切り間際に表現の手直しに追われたため,今回はリーガルチェックを受けることもなく,最後は「時間切れ」の状況で,掲載に至っている。出自が人格を規定しているという誤った考え方を基調とし,主要部分を信憑性が乏しいインタビューで構成していることが問題なのであって,表現の手直しでは解消できる問題ではなかった。編集部としては,その点にいち早く気づき,本件記事の掲載を止めるべきであった。佐野氏から本件記事の原稿が編集部に届いたのは9日夕刻であり,デスクが原稿を直ちに編集長に示していれば,編集長は社内の意見を聞くとともにリーガルチェックを受けることが可能であった。
 なお,社内では差別的表現や侮蔑的表現に関し多くの点が指摘されている。編集部はデスクを通じて佐野氏にすべて伝えたとしているが,佐野氏は「指摘があったところで飲めないところはなかった」といい,言い分が食い違っている。社内の指摘が担当デスクを通じて佐野氏に的確に伝えられていたかどうか疑問である。また,編集部は筆者のオリジナリティーを大切にしたいという思いがあったとしているが,そのような範疇の表現ではなく,事柄の重大性に対する認識が欠けていたといわなければならない。
本件記事と同内容に近い記事が既に他の月刊誌・週刊誌等に複数掲載されている。編集部や記事をチェックした者たちは,それらについては橋下氏からの特段の抗議はなく,社会問題ともなっていないと即断し,こうしたことから本件記事も許されるものと考えたとしている。しかしながら,仮にそうだとしても,人権侵害を拡散し,再生産した責任を免れることはできない。

5.掲載後の対応の問題
 掲載後の対応にも問題があった。橋下氏が記者会見をした10月18日前日の17日夜に朝日新聞出版が発表した「今回の記事は,公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的です。」などとするコメントは,発行から2日経っていながら,本件記事の正当化とも受け取れるものである。また,18日夜に発表したおわびコメントや,週刊朝日11月2日号に掲載した編集長名での「おわびします」でも,タイトルや複数の不適切な記述に関するおわびにとどまっていた。この段階においても,問題の本質に気づいていなかった。
 連載中止については,佐野氏は「1回目だけを読んで判断すべきではない。中止は言論機関の自殺行為だ」としている。また,この問題に関する新聞等の報道では,中止は読者の期待を裏切り,知る権利を損なうことを意味すると指摘する識者もいた。しかし,連載を続けるためには,この問題についての検証,編集態勢の見直し,企画の狙いや記事執筆の基本的な考え方などの再検討,タイトルの変更などが必要だった。さらに,2回目以降も橋下氏の親族を取り上げることが予定されており,過ちを繰り返さないためには一層の慎重さが求められた。以上の点を考えると,継続は困難であり,連載中止はやむを得なかった。

以上


週刊朝日「橋下徹・大阪市長についての連載記事」経緯報告書

2012年11月13日 00時19分33秒 | マスコミ批判

週刊朝日「橋下徹・大阪市長についての連載記事」経緯報告書

1.企画立案

 橋下徹・大阪市長の連載は、今年4月、週刊朝日の河畠大四編集長(当時)がデスク会(編集長と副編集長6人で構成される編集会議)で提案した。維新の会の支持率が高まり、将来の総理候補とも言われ始めた橋下氏の人物像を掘り下げ、「人間・橋下徹」の全貌に迫りたいと編集長は考えた。デスク会の中では「今なら橋下市長が一番注目を集める」という話が出た。編集長は当初、編集部員に取材・執筆させようとしたが、ノンフィクション作家のほうがインパクトがあると考え、人物評伝で数々の作品がある佐野眞一氏が適任ではないかと思い、以前から親交のあるデスクを担当にあてた。しかし、編集部内で企画書やレジュメが作られることは最後までなく、企画の詳細な内容について本格的に議論されないまま進んだ
 5月8日、編集長、担当デスクら4人で佐野氏と会い、編集長が「佐野さんが『あんぽん 孫正義伝』で描いたように、(重層な内容で)橋下氏の本質に迫ってほしい。橋下氏の半生はもちろんのこと、その時代の空気や、社会が抱える問題なども描いてほしい」と橋下氏の評伝の執筆を正式に依頼し、了承を得た。
 以後、担当デスクが佐野氏と何度か話し合い、橋下氏の成育環境や中学・高校・大学時代、弁護士になった頃、タレント弁護士時代、政治家になって以降を、多くの人の証言を得て人物像に迫り、それが彼の政治哲学や思想とどう関わるのかを探ること、その中でマスメディアの使い方や、ツイッターを多用する手法などにも触れるといった狙いが、取材チームで共有された。
 このうち、橋下氏の成育環境については、昨年秋に週刊誌や月刊誌で父親のことが報じられ、橋下氏が報道を激しく批判したことがあった。編集長と担当デスクは、橋下氏は政界のキーマンとなる公人中の公人であり、プライバシーは一般の人より制限されると考えた。また彼の政治信条や人格に本人の出自が投影しているであろうと考え、書かなければならないと考えていた。さらに「他誌がどんどん報じており、自分の中で(書くことの)ハードルが下がっていた」(担当デスク)。
 しかし、公人とはいえ、出自を書いていいのか、なぜ必要なのか、どういう文脈で書くのか、どこまで書くのか、それが政治姿勢とどう関わりがあるのかなどについて、デスク会はおろか、編集長と担当デスクの間でもきちんと議論されていない。企画立案の段階で、極めて重大な問題があった。

2.取材から掲載まで

 取材は6月下旬からスタートした。取材記者2人が基礎的な証言や資料を集め、それらを基に佐野氏が再取材して原稿を書く方法だった。取材記者2人が取材予定を担当デスクに伝え、デスクが了承する形で進めた。取材した内容はメモにしてメールでデスクに送られ、それをデスクが佐野氏に転送して情報を共有した。9月初めまでに取材した人は、橋下氏の親族、幼少期を過ごした東京都渋谷区の店主、中学・高校・大学時代の友人、弁護士仲間、元テレビプロデューサー、維新の会議員、関西政界関係者ら約60人になった。佐野氏は9月中旬に関西に取材に入った。
 この間、編集長は担当デスク任せで、どういう取材が進んでいるのか、連載の内容はどうなるのか、把握していなかった。雑誌統括兼コンプライアンス担当(以下、雑誌統括)には、8月初めまで連載を始めることも伝わっていなかった。
 これだけの大型連載であれば、通常は各回のレジュメを作り、検討するのが通例だ。しかし、編集長がおおまかな企画の構成を知ったのは連載開始が近づいた時期だった。
 連載のタイトルは担当デスクが9月23日に佐野氏宅に出向いた時に決まった。担当デスクは、橋下氏の親が姓の読み方を変えたいきさつについて8月初めの誌面で報じたことを思い出し、自らタイトル案を提案した。担当デスクは「『あんぽん』(のタイトルイメージ)が色濃くあった」と話している。
タイトル案について編集長は週明けに、担当デスクから伝えられた。編集長は特に違和感を持たなかった
9月25日のデスク会で、担当デスクが連載のおおまかな流れを説明し、編集長がタイトルを伝えた。他のデスクからは特に異論は出なかった
 10月9日(火)に編集長は「今週号から連載を開始します」と社長室に伝え、同日午後6時前に佐野氏の原稿が届いた。通常の進行であれば、翌日にはゲラになる予定だったが、作業が遅れた。編集長は結局、校了前日の12日(金)午後になって初めて原稿を読んだ。編集長は原稿を一読して担当デスクの席に行き、「この表現はだめだ」として、「日本維新の会」旗揚げパーティー会場にいた男性の差別的な発言▽地区を特定している箇所▽橋下氏の父親に関する表記を指摘した。
 編集長は雑誌統括に原稿をメールで転送した。雑誌統括は、すぐに編集長に「この原稿を載せることはできない」と言って編集長を呼び、「朝日新聞と違うコードで誌面を作っているわけではない」と削除や再考するように厳しく指摘した。法務担当や他の社長室メンバーからも「出自を材料に人を攻撃する文章は許されない」などの声があり、雑誌統括は編集長に約10カ所の指摘をした
 神徳英雄社長は、雑誌の記事作成には関わっておらず、編集長らに任せているのが実態だ。この記事については、12日(金)夕、雑誌統括から原稿を渡され、さっと目を通したものの、次の予定が詰まっており、雑誌統括に「問題表現が多い。直るね」と概括的な指摘にとどまった
 校了は翌13日(土)夜に迫っていた。12日夜は佐野氏がテレビの報道番組に出演していたため、作業は翌日に行うことになった。編集長は、雑誌統括から指摘された点をまとめて担当デスクに伝え、直しを検討するよう指示した。編集長は橋下氏の写真を使った表紙がすでに校了していたことなどから、掲載を延期して原稿を根本的に検討する措置は頭になかった
 翌13日、担当デスクは編集長から指摘された点について佐野氏に電話で伝えて相談し、差別的な表現の一部を削除したり、表現を変えたりした。編集長からは指摘されていない表現を直した箇所もあった。しかし、橋下氏の父親のことについては、担当デスクが「原稿のどこかに書かなければいけない」と思っていたため、削らなかった。場所を特定した箇所についても、表現を一部変えたものの削らなかった。担当デスクは「作家のオリジナリティー表現を最大限認めよう、記者が書くものと作家が書くものは性質が違うと思っていた」。編集長は担当デスクが入れた直しを見て、それ以上の指摘はしなかった。他のデスクがゲラを見ることはなかった。
 雑誌統括は13日も編集長を呼んで、前日に指摘した箇所について繰り返し修正を指示した。最終ゲラが出たのは午後8時半ごろ。雑誌統括は、場所を特定した箇所と、父親に関する表記だけは削るように指示した。しかし、編集長は「これは佐野さんの原稿ですから」「これで行かせてください」と譲らず、校了した。編集長は「ぎりぎりの表現をすることが、読者が興味を持つものになる。記事のインパクトを弱めてはいけない」と考えていた。表紙がすでに降版していて電車の中吊り広告も校了しており、刷り直すか、この号の発行をやめない限り、掲載がストップできない状況にあった。
 校閲は橋下氏に関する8月初旬の記事で、差別表現について指摘したことがあった。今回の原稿でも当然気づいていたが、編集部はそれも踏まえたうえでやっているのだろうと思っていたことや、外部筆者の原稿であえてそうした表現を使っているのだろうと思い込み、指摘を怠った。
 雑誌統括は「発行停止を社長に上申できなかったのは私の決断のミスだと思う」としている。編集長は「差別を助長する不適切な表現を削除できなかったことは、編集長として痛恨の極み。佐野眞一さんに対し、直してきた原稿をさらに直すよう要請することに遠慮が働いたことが潜在意識にあったかもしれない。しかし、多くの人を傷つけ、佐野氏の名誉をも傷つけたことは慙愧の念に堪えない」と言っている。

3.発行後の経過

 16日(火)の発売後、橋下徹・大阪市長が17日(水)朝、報道各社のぶら下がり取材で、この記事を批判し、「朝日新聞社やABC放送を含めて、朝日新聞社関連の質問には、答えることは控えさせてもらいたい」との考えを表明した。メディア各社からも取材が相次いだ結果、発行の責任は朝日新聞出版にあり、朝日新聞出版が対応すべき問題であることを明確にすることに注力することになった。
 そのため、同日午後7時に発表したコメントでは、「週刊朝日は、当社が発行する週刊誌であり、朝日新聞とは別媒体です。同誌を含め、当社の刊行物は当社が責任を持って独自に編集しています。今回の記事は、公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的です」と別媒体」であることを強調することに意識が集中してしまい、「おわび」の具体的な検討にまで至らなかった
 雑誌統括は「原稿を止めきれずに、出してはいけないものが出た、おわびしなければならないと思った。ただ、朝日グループの取材拒否という事態に対し、市長や各メディアに『別媒体』であることをわかってもらうことを急いだ。それが結局、おわびの遅れにつながった」と話している。
17日午後9時前、市長に面談をお願いする編集長名のファクスを大阪市報道課に送った。

◯ファクスの文案(要旨)

「本件記事に関するご批判やご意見などは、弊社で真摯に受け止め、責任をもって対応させていただきます。週刊朝日の記事に関する編集権は株式会社朝日新聞出版にあり、朝日新聞社や朝日放送は本件記事には関係ありませんので、その点はご理解賜りたく存じます。つきましては、本件記事に関しまして、直接お会いしてご説明をさせていただく時間を頂戴できれば幸いです。ご都合のよろしい日時をご指定いただけませんでしょうか」
 18日(木)朝には、編集長が市報道課に電話し、口頭でも面会をお願いした。しかし、同日は多忙で時間が取れないとの打ち返しがあり、同日午後の定例会見で市長は「人格を否定する根拠として先祖や縁戚を徹底的に暴いていく。その考え方自体を問題視している」「どこどこ地域が被差別かどうかを明らかにするのは日本の社会においては認められていない」と批判した。この会見を受け、朝日新聞出版は同日午後7時に、「おわび」コメントを発表。

◯「おわび」(要旨)

「地区を特定するような表現など、不適切な記述が複数ありました。橋下市長はじめ、多くのみなさまにご不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことを深くおわびします。私どもは差別を是認したり、助長したりする意図は毛頭ありませんが、不適切な記述をしたことについて、深刻に受け止めています」
 19日午後、朝日新聞出版の顧問弁護士と相談した。同弁護士から「決定的な問題は、地区を特定していること。その地域の住民に対する差別を助長するもので、重大な人権侵害だ。タイトルからして問題があり、連載中止の判断もありうるのではないか。もし中止を決めるなら、いますぐ早急に対応すべきだ」との見解が示された。社外の関係者の抗議や、読者からの批判の声も届いた。
 朝日新聞出版の発行物で表記する場合は、「差別や偏見などの人権侵害をなくすために努力する」ことを「基本姿勢」に掲げている記者行動基準(朝日新聞出版の基準は、朝日新聞と同じ内容)等の社内の規定が基準になる。今回の記事はそれに反して決定的に人権意識に欠けるもの、「連載中止」が妥当と判断した。同日午後7時に「連載中止」のコメントを発表。

◯「連載中止」(要旨)

「記事中で地区などに関する不適切な記述が複数あり、このまま連載の継続はできないとの最終判断に至りました。橋下市長をはじめとした関係者の皆様に、改めて深くおわび申し上げます。不適切な記述を掲載した全責任は当編集部にあり、再発防止に努めます」
 23日(火)発売の週刊朝日11月2日号に、編集長名の「おわびします」を掲載した。上記と同趣旨のおわびとともに、「今回の反省を踏まえ、編集部として、記事チェックのあり方を見直します。さらに、社として、今回の企画立案や記事作成の経緯などについて、徹底的に検証を進めます」と表明した。
 橋下市長をはじめ、多くの人々に多大な苦痛を与えた今回の記事について、迅速に検証して公表し、同時に再発防止策も明らかにする必要があった。検討の結果、常設機関で中立性が担保されている第三者機関「朝日新聞社報道と人権委員会」に見解の表明を要請することになり、24日に申し立てを行った。

以上


佐野眞一のコメント

2012年11月12日 23時57分04秒 | マスコミ批判

見解とお詫び


 報道と人権委員会の厳しい評価と重い処分が出たことを深刻に受け止めています。この件に関する私の意見を申し述べたいと思います。
 まず初回で連載打ち切りの事態になり、日本維新の会代表の橋下徹氏を通じて現在の未曾有の政治的停滞状況と言論の置かれた危機的状況を描きたいという筆者の真意が読者の皆様にお伝えできなかったことが残念でなりません。人物評伝を書く場合、私には鉄則があります。テーマとする人物の思想や言動は、言うまでもなく突然生まれたわけではありません。
 生まれ育った環境や、文化的歴史的な背景を取材し、その成果を書き込まなくては当該の人物を等身大に描いたとはいえず、ひいては読者の理解を得ることもできない。それが私の考える人物評伝の鉄則です。ましてや公党の代表である公人中の公人を描く場合、その人物が生まれ育った背景を調べるため、家族の歴史を過去に遡って取材することは、自分に課したいわば私の信念です。
 取材で得た事実をすべて書くわけではありませんが、取材の自由は保障されなければなりません。それが許されなければ、まさに言論と表現の自由の危機です。
 こうした手法を取るのは、当該の人物を歴史の中に正確にポジショニングして描くためであって、差別や身分制度を助長する考えは毛頭ありません。
 しかしながら、ハシシタというタイトルが、不本意にも橋下氏の出自と人格を安易に結び付ける印象を与えてしまい、関係各位にご迷惑をかけてしまいました。
 人権や差別に対する配慮が足りなかったという報道と人権委員会のご指摘は、真摯に受け止めます。また記述や表現に慎重さを欠いた点は認めざるを得ません。
 出自にふれることが差別意識と直結することは絶対あってはならないことです。差別に苦しめられながら、懸命に生きてきた心から尊敬できる人は数多くいます。
 そのことが重々わかっていたつもりだったにもかかわらず、それら心ある人たちのひたむきな努力や痛みに思いを致せない結果となってしまいました。
 私の至らなかった最大の点は、現実に差別に苦しんでおられる方々に寄り添う深い思いと配慮を欠いたことです。その結果、それらの方々をさらなる苦しみに巻き込んでしまったことは否めません。今後はこのようなことがなきよう、慎重な上にも慎重な記述を心がけます。関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします。

2012年11月12日 佐野眞一


朝日新聞は韓国の御用新聞か?またまた本名(李正則)を記載せず

2012年11月07日 22時08分22秒 | マスコミ批判

朝日新聞は、尼崎の連続変死事件で、「義理のいとこの「李正則」と書くべきところを「いとこの角田正則」と書いた。

美代子被告ら8人逮捕へ 54歳男性遺棄容疑 尼崎変死

朝日新聞デジタル 11月7日(水)5時53分配信

 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、角田(すみだ)美代子被告(64)と親族らが同居人の橋本次郎さん(54)の遺体をドラム缶に詰めて海に捨てた疑いが強まったとして、県警は死体遺棄容疑で8人の逮捕状を取った。7日に逮捕する。周辺では合わせて男女5人の死亡が確認されており、殺人容疑も視野に全容解明をめざす。

 逮捕するのは、美代子被告、いとこの角田正則受刑者(38)、義妹(59)、内縁の夫(62)、長男(25)、長男の妻(27)、長男の妻の姉の夫(42)、養子の男(30)。

 いずれも遺棄当時、美代子被告宅で集団生活をしていたとされる。美代子被告と義妹、長男の妻の3人は別の事件で勾留され、正則受刑者は服役中。橋本さんは被告の義妹の夫の弟で、被告宅で同居していた。

他の報道は李正則と記載。

李容疑者ら3人も逮捕=岡山のドラム缶遺体遺棄―逮捕者8人に、兵庫・尼崎連続変死(時事通信) - goo ニュース

なお、gooニュースは何故か、朝日新聞の記事をスルーしている。


マスコミはひどい、いつの間に、日本は中国より下になったのか

2012年11月05日 22時46分24秒 | マスコミ批判

野田が温を無視したと書くべきだ。
マスコミの世界では、いつの間にか、日本は中国より下になったようだ。
中国と話をしても、互いに自己主張し喧嘩するか、すり寄れば騙されるだけだ。

温首相、野田氏を「無視」…「日本外し」顕著に(読売新聞) - goo ニュース


東京スカイツリー移転大幅遅れ

2012年10月28日 19時58分56秒 | マスコミ批判

移転することによる電波障害が想定以上で、その対策に苦慮しており、移転予定がかなり遅れそうだ。

<東京スカイツリー>電波障害、想定以上 機能移転大幅遅れ

東京タワーからスカイツリーへの電波塔移転が、当初予定の来年1月から大きくずれ込む見通しとなった。


自民党系の自由同和会は週刊朝日に抗議していた

2012年10月27日 23時43分02秒 | マスコミ批判

以下は抗議文(10/18)の全文です。
                                              平成24 年10 月18 日
週刊朝日編集長・発行人
河畠大四様
                                               自由会中央本部

週刊朝日の緊急連載「ハシシタ奴の本性」の記事に対する
抗議文


 週刊朝日は10 月26 日号において、緊急連載として「ハシシタ奴の本性」との記事を掲載した。
 この記事は、昨年、私どもが緊急声明を出し、謝罪とお詫びの記事を求めた、週刊新潮、週刊
文春と同様な内容であり、関係者への差別・偏見を助長するものである。
 今回は特に、血脈やDNA の文字を使用して、橋下市長の人格形成とは全く関係のない実父や
従兄弟の事件を関係づけ、修羅が渦巻いているとしている。
 18 日行った記者会見で橋下市長は、血脈主義や身分制、そして、差別を肯定するのかと、
週刊朝日や親会社である朝日新聞に憤りを露わにした。
 橋下市長の論理的指向や政策に批判があるのであれば、そのことを批判すべきであり、出自を
絡めての批判は、同和問題に関する偏見を肯定するもので、著しい差別助長である。
社会の公器としてのメディアの役割は、差別や偏見を助長させるのではなく、解消させる方向に
世論を形成することにあるのではないのか。
 今回の緊急連載は、出自を絡めたとにより、橋下市長を貶めるだけではなく、全国に散在する
すべての関係者をも貶め、これまでの同和教育・啓発を無にしたことに抗議するとともに、
本来の役割とは真逆であることを認識して、連載を中止し、次号に橋下市長と全国に散在する
 関係者に謝罪する記事を掲載するよう要求するものである。

以上


(続き)佐野眞一の血脈や経歴

2012年10月27日 12時06分56秒 | マスコミ批判

ネット情報番外編です。
適宜追加していきます。

・佐野眞一はパクリスト
 過去に他人の本を盗用したことがバレて謝罪した前科を持つ。

・早稲田第二文学部は夜間
 この学部は現在はなくなっている、なお、お笑いのハリセンボンのはるかも早稲田の2文(夜間)の出身。

・創価学会連載記事も掲載停止
今年に入って佐野眞一は連続不審死事件の木嶋佳苗のドキュメントを手掛けたのちに、『週刊ポスト』で創価学会についての大型連載「化城の人」を始めた。
 日本の最大のタブーの一つともいえる学会の現状に深く食いついた連載は、危ない香りに満ちていたが、68日号を最後に途切れている。また、小学館の「ポスト」のサイトでの扱いは極めて小さくなっている。

 (追記)この週刊ポストの連載記事は盗作がばれて掲載を取りやめた疑惑浮上。
猪瀬直樹Twitter情報
佐野眞一週刊ポスト「化城の人」の記載。連載第15回目はほとんど文脈を含め「戸田城聖ー創価学会」日隈威徳著のまま。ちなみに同書は創価学会を賛美したものではない。1971年に出版されているのでバレないとでも思ったのだろうか。
 (追記2)関西で取材していないという疑惑が浮上
佐野眞一は関西で取材していないのに記事にしたという疑惑が浮上。
1回目の記事はまだ良かったが、2回目以降で取材していないことがばれる内容が多いとか、間違いがあったとか、そういうことで掲載をやめる判断をしたのではないか。

以下は番外の番外
(本事件はかなり根が深いようです)

・朝日新聞と解放同盟の関係
 昔は以下の本が出版されたが、その後は蜜月?
 「朝日新聞のここが問題だ! その差別の体質を問う」解放出版社発売日:1987年12月。
 (1988年、朝日新聞社と解放同盟の間に和解が成立)
・橋下と解放同盟の関係
 橋下は知事時代、
利権を糾弾しており、関係は良くない
 その証左に解放同盟は今回の件では抗議をしていない
・橋下は本当に民?
 橋下は後からの住所に住んだだけで本来民ではない?

さらに週刊朝日の編集長のTwitter情報をプラス
「知識は浅い(泣)。」と自ら公言

河畠 大四

@dayooon44

1960年東京生まれ。慶大法卒。小学館ビッグコミックで手塚治虫担当、女性セブン、サピオを経て89年に朝日新聞社入社。週刊朝日で鴻上尚史、ナンシー関などを担当。朝日新聞経済部、論座などを経て週刊朝日。芸能から政治、経済、スポーツまで興味の幅は広いものの、知識は浅い(泣)。やじ馬根性が骨身にしみついたジャスフィフ世代。
ほぼ週刊朝日編集部 http://www.wa-dan.com


週刊朝日のお詫び文を検証する

2012年10月24日 01時09分55秒 | マスコミ批判

週刊朝日のお詫び文は以下のとおり。

≪一回目のお詫び文≫

「地区を特定するような表現など、不適切な記述が複数ありました。橋下市長をはじめ、多くのみなさまにご不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことを深くおわびします」

≪二回目のお詫び文≫

記事中で地区などに関する不適切な記述が複数あり、このまま連載の継続はできないとの最終判断に至りました。橋下市長をはじめとした関係者の皆様に、改めて深くおわび申し上げます。不適切な記述を掲載した全責任は当編集部にあり、再発防止に努めます。連載の中止で、読者の皆様にもご迷惑をおかけすることをおわびします。

地区を特定するような表現など→以外に何が不適切なのか不明
不適切な記述が複数→どの部分が不適切なのか不明
橋下市長をはじめ、多くのみなさまに→多くのみなさまとは誰のことか

このお詫び文で一貫して具体的に詫びているのは、「」問題。
「」問題のみクローズアップさせようとしている。

同和問題だけにしておけば、橋下市長は自ら地区出身であることも述べているし、地名も言っている。
だから本来週刊朝日は今回の記事はそれほど問題はないという評価を受けようとしたのだろう。
確かにそういう論調を書く評論家なども多数いる。
また、幸いにも朝日新聞グループは、解放同盟との関係も良い。

しかし、この記事の最大の問題は、「出目」「血脈」だ。
「出目」「血脈」となると以外にも広がる。

「出目」、」「血脈」で人の人格が決まるとされたら、たまったものでない。
恐ろしい差別主義である。

また、橋下市長の父親がヤクザというのは厳密には不正解で、父親が離婚後ヤクザに入ったというのが正解。
つまり正確には橋下市長はヤクザの子ではない。
間違いだらけというか、これは橋下叩きの確信犯による記事だ。

なお週刊朝日が簡単に降参したのは、抗議の電話が殺到したからだという。
恐らく解放同盟からも書きすぎだ、と言われたのだろう。
解放同盟から公に抗議されたら、過去の和解がご破算になる。


佐野眞一の血脈や経歴をネットでかき集めてみた

2012年10月22日 23時13分23秒 | マスコミ批判

gooニュースにようやく関係記事が掲載された。
ただし佐野眞一のことは書いていないけど。

橋下氏「謝り方も知らない」…週刊朝日に不快感(読売新聞) - goo ニュース

なお、ネットでかき集めた佐野眞一の血脈や経歴は以下のとおり。

経歴と学歴

1947年(昭和22年)1月29日 生まれ、東京都生。

家業は乾物屋。

高校は都立墨田川高校を卒業する。

そして早稲田大学第二文学部社会専修卒業。

稲門シナリオ研究会に属し映画監督を目指す。

就職は今は無き日本の中堅出版社、勁文社(けいぶんしゃ)に入社。

1971年12月、当時の怪獣ブームの中で編集を担当した『原色怪獣怪人大百科』が大ヒットとなる。

組合問題で同社を退社。

業界紙記者を経てフリーのノンフィクション作家となり、活動中。

現在は千葉県流山市に在住(千葉県流山市流山7丁目)。

昨年大病を患い入院し手術を。

主な著書
(小泉を書いた本に血脈の2文字が→血脈と書いたのは週刊朝日でなく佐野だという証拠)

1997(平成9)年、民俗学者宮本常一と渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に
『性の王国』
『遠い「山びこ」―無着成恭と教え子たちの四十年』
『巨怪伝―正力松太郎と影武者たちの一世紀』
『カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」』
『東電OL殺人事件』
『だれが「本」を殺すのか』
『宮本常一が見た日本』
『宮本常一のまなざし』
『だから、僕は、書く。』
『だから、君に、贈る。』
『てっぺん野郎―本人も知らなかった石原慎太郎』
『宮本常一の写真に読む 失われた昭和』
『小泉純一郎 血脈の王朝』
『KAWADE道の手帖 宮本常一』
『響きと怒り―事件の風景・事故の死角』
『阿片王―満州の夜と霧』
・・・・・・・・・・・・・・・
『あんぽんー孫正義伝』など。

最新情報
大震災発生から1週間後に三陸入りし更に立ち入り禁止の福島第一原発近くを歩いた佐野さんは、昨年7月には講談社から「津波と原発」を出版。
(大病と原発で頭が悪くなった?)

被災地を歩く佐野さん

個人事務所

(有)佐野眞一事務所
住所: 270-0164 千葉県 流山市 流山7-1182-1
電話: 047-159-1555

その他 同じ流山市には姜尚中という在日の大学教授がいる。
彼は現在東京大学教授だが、出身大学は佐野と同じ早稲田大学。
この人の影響?
在日は好きで、は嫌い?

 

 


 


朝日新聞出版は朝日新聞と一体

2012年10月20日 09時39分03秒 | マスコミ批判

「血脈主義を認める団体」として批判された「朝日新聞出版」の出目は「朝日新聞」。

朝日新聞は週刊朝日の発刊会社「朝日新聞出版」を独立した会社と言っているようだ。
そこで、朝日新聞は恥も外聞もなく橋下市長に週刊朝日の記事の件で取材を申し込んだところ、拒否されたという。
しかし、そもそも100%子会社だし、
社長メッセージには以下の記述がある。

「朝日新聞出版は、朝日新聞社、テレビ朝日とも協力し、日本文化の一翼を担おうと努めています。為になり親しまれる情報を提供し、大切な大事な本を出版したいと願っています。読者とともに、一歩ずつ前に進んでいく覚悟です。」

明らかに朝日新聞と一体的な会社である。
ただし、時々暴走するらしいが・・・

本社など取材、橋下氏が拒否 週刊朝日の連載めぐり(朝日新聞) - goo ニュース


日経新聞も過去に森口氏の記事掲載 真偽関係調査

2012年10月13日 22時45分58秒 | マスコミ批判

日経新聞も過去森口氏に関連する記事を書いていたとのこと。
そのため、以下の記事を掲載した。
今後過去の記事の真偽について調査するとのこと。

本社も2年前に森口氏の記事掲載 事実関係調査

(抜粋)
東京医科歯科大学が12日、「このような実験、研究が行われた事実はない」と否定したC型肝炎の創薬について、日本経済新聞社は2010年6月2日付日経産業新聞に「ハーバード大研究員ら C型肝炎治療 副作用少なく iPS細胞活用」と題した記事を掲載していたことが判明した。

 医科歯科大はiPS心筋の臨床応用を「大学で行われた事実はない」とするとともにiPS細胞を使ってC型肝炎の新たな治療法を見つけたとの2010年5月1日付大阪読売新聞の記事について事実関係を否定した。日経の記者は同年4月に森口尚史氏を直接取材し執筆していた。

 日本経済新聞社広報グループの話 本社は森口氏に関する過去の記事を洗い出し、信頼性や信ぴょう性について調査を始めました。

(参考:日経産業新聞記事の内容)ネット情報から

日経産業 ハーバード大研究員森口尚史氏――iPS細胞でがん治療(先端人)
新薬開発へ逆転の発想
 皮膚などに遺伝子などを導入し、受精卵のように様々な細胞に育つ能力を持たせた新型万能細胞(iPS細胞)。
米ハーバード大学に研究拠点を構える森口尚史(45)は、iPS細胞の研究でがん治療法の開発に取り組む。
がん細胞とiPS細胞は無限に増殖する点で似ている。がん細胞と正常細胞を決める違いを見極めようとしている。
 人の肝臓から取り出した肝臓のがん細胞を化学物質で処理し、iPS細胞に生まれ変わらせることに成功したのが
きっかけだった。化学物質はビタミンの構造を変えたものや、DNA(デオキシリボ核酸)の働きを調節する物質の
合計6種類を使った。
 森口は「がん細胞と正常細胞、iPS細胞の差は、細胞内で働く遺伝子の微妙なバランスにある」と気づく。
試験管の実験ではあるが、化学物質だけで制御できたことは、新しいがん治療薬につながる。
 実験は最初の2日間で、がん細胞の「Oct3/4」や「Sox」という遺伝子の働きを抑えていったん正常な細胞に戻した。
続く4日間でiPS細胞に変えた。iPS細胞は万能性があった。
 研究成果に世界の注目が集まる。4月下旬にカナダのウィスラーに世界の医学・バイオ研究者が集う「キーストンシンポジウム」に招待された。

(コメント)
日経産業新聞も完全にだまされている可能性が高いですね。
森口氏は肝臓からiPS細胞は作れていないと考えられる。