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千葉県佐倉市のタヌキの食性 

2024-06-24 19:11:17 | 調査
千葉県佐倉市のタヌキの食性

高槻成紀・原 慶太郎

 タヌキの食性は関東地方を中心にかなりわかってきた。これまでの報告例の生息地をタイプわけすると、市街地、東京都心の皇居のような大きな緑地、里山、二次林を含む自然植生にわけられる。タヌキはそれぞれの環境に応じて食性を変化させる柔軟性をもつ。それだけにより多くの事例報告が蓄積されるのがのぞましい。
 今回、原慶太郎氏から、千葉県佐倉市の自然公園の一部でタヌキのため糞があったので分析してもらえないかと提案があった。原氏は古くからの知人であり、景観生態学研究者でもあり、この場所の観察や調査もしておられるので、ただの食性分析よりも、環境のことを調べながら進められそうだという期待もあり、引き受けることにした。

 場所は図1-1の通りで、佐倉市の北西部、北総台地に谷津が接している場所で、図1-2の空中写真を見ると、雑木林と耕作地がモザイク状に混在する地域である。

図1-1 調査地の位置図

図1-2a 調査地の空中写真


図1-2b タヌキの糞採集地の空中写真
 <2023年1月>
 1月21日に採取された13の糞サンプルを分析したところ、極めて単純であることがわかった。すなわち果実と種子で90%を占めていた。この全てはムクノキの果実と種子であった。そのほかでは、2例でゴム片がに比較的多く含まれていたにすぎない。


図1-4. 佐倉(左)と他の2カ所での1月のタヌキの糞組成

 タヌキは雑食性なので、10個の糞があれば、数個に同じ食物が含まれていることはあっても、そのほかの糞には別のものが含まれているのが普通であり、全ての糞で果実だけが優占していることは珍しい。しかもそれがムクノキただ1種であったことは、これまでの報告でもなく、私自身の分析でも経験していない。
 図1-4には、参考までに浦和市の浦和商業高校と愛媛県松山の里山で調査した1月の結果を合わせて示した。浦和でもムクノキ果実は検出されたが、他にも植物の葉、茎などの支持組織、昆虫なども検出され、組成は多様であった。松山ではキウイフルーツなど果実が多く、ゴマ、米、カキノキなど「作物」としたもの、ゴム片などの人工物なども目立つなど、いずれも佐倉のように単純な組成ではなかった。

 ムクノキはタヌキが好んで食べる果実だが、多くの場合、エノキの果実が一緒に出てくる。原氏によれば、ため糞場の近くにムクノキが多い樹林があるということなので、タヌキはこの季節にはもっぱらムクノキ果実を食べているのであろう。なお微量ではあるがゴマの種子も検出された。

 図1-5には検出物を示した。

図1-5. 2023年1月の検出物

<2月>
 2月19日に回収された糞の状態は図2-1のようであった。

図2-1. 2023年2月19日のため糞(原慶太郎撮影)

 糞の組成をその後のものを含め図2-2に示した。1月の糞がムクノキの果実と種子だけだったのに対して、2月には果実全体は減少し、ムクノキ以外の果実が増え、種子も減少した。代わって作物が増えたが、大半はサツマイモであった。人工物としてはゴム片が検出された。ムクノキ種子は1月の26.0%から4.6%に減少した。そして1月にはなかったエノキが3.5%検出された。エノキとムクノキの果実は夏の終わりから落下しているから、1月にエノキを食べていなかったのは、なかったからではなく、ムクノキを確保する方が効率的だったからであろう。したがって今回エノキ果実が検出されたのは、ムクノキ果実をほぼ食べ尽くし、1月にもあったが食べていなかったエノキ果実も食べるようになった可能性が大きい。2例でサツマイモが多く出たが、これは農耕地に生息するタヌキらしい食性といえる。つまり2月になったら、これまでムクノキ果実だけに依存的であった状況を脱し、他の食物を探しながらややメニューが拡大したといえる。


図2-2.  佐倉の2024年6月までのタヌキの糞組成

 糞中のサツマイモと思われる物質を潰して確認したところ、澱粉粒が確認された(図2-3)。これは市販のサツマイモとも、インターネットで確認したものとも符合した。


図2-3 検出された澱粉粒(A)と市販のサツマイモの澱粉粒(B)
およびインターネットのサツマイモ澱粉粒(C)


図2-4 2月の糞からの検出物

<3月>
 3月20日に採集した10例のサンプルを分析した。3月になると果実と種子が減少し、植物の支持組織(主に繊維)が増えた(図3-1)。果肉は識別できなかったが、果皮にはムクノキが少量含まれていた。種子はエノキとムクノキが全体でそれぞれ1個と2個あったにすぎない。2月よりは昆虫が増えたが、幼虫が主体であった。葉が14.0%であったが、枯葉(5.6%)が多く、イネ科(4.4%)がこれに次いだ。農作物として2月に多かったサツマイモは少なく、籾殻が見られた。人工物としては2例でゴム片が検出された(6.0%)。
 全体的に3月は地上に残っていた果実類も少なくなり、新しい果実はないため、また農閑期でもあるために、タヌキにとって食物が乏しい月といえる。1月から2カ月しか経過していないが、内容が大きく変化した。このことも里山農耕地のタヌキの食性の特徴であるかもしれない。

図3-1. 3月の糞からの検出物

<4月>
これまで利用されていた「ため糞場」は利用されなくなったので、少し離れた場所に見つけたため糞場でサンプリングした。
4月になるとフンの組成は 大きく変化した。これまで多かった果実が非常に少なくなった。また安定的に検出されていたムクノキの種子が 全く検出されなくなった。これに対して、これまで少なかった昆虫が56.2%と大きく増加した。また 作物と識別されるものは検出されなくなった。
このような違いはサンプリングの場所が違ったことにも影響されるかもしれないが、場所の違いよりも、季節的な違いの方が大きいと思われる。4月は新しい草本類などが生育し始め、タヌキにとっては利用しやすいはずだが、糞中の植物の葉は特に多くなったわけではない。この時期、作物はあまりないものと思われる。タヌキはおそらく摂取しにくい小さな昆虫を探して食べていたものと思われる。その意味では、4月がこれまでよりも食物事情が良くなったとはいえないのかもしれない。しかし人工物も検出されなかったので、食料事情がそう悪くなかった可能性もあり、現段階では判断を保留したい。

<2023年12月>
 その後、タヌキの糞が発見できなくなった。これは珍しいことではなく、タヌキは突然、それまで利用していたため糞場を放棄することがある。また、糞をしても糞虫の分解が活発になって、分解された糞の残りしかないこともしばしばある。そのため11月まではサンプルを確保することができなかった。それでも12月17日にはB1で、12月23にはA1で発見された。
 結果は図2-2の通りで、A1では果実が非常に多かった。その多くはカキノキとムクノキの果皮であった。動物質は検出されなかった。B1でも果実が最も多く、昆虫が次いだ。一部の糞からはイネ科のはも検出された(図12-1)。果実はムクノキが最も多かった。昆虫は幼虫が多かったが、甲虫の薄い膜状の翅も検出された。図2-2では野生植物を「果実」や「種子」とし、カキノキの種子は「農作物」に分けた。

図12-1 2023年12月の検出物

 この結果を振り返ると、1月にはほとんどがムクノキの果皮と種子で閉められていたが、2月になると作物が増え、3月に緑葉や繊維、人工物などが増えて、4月になると昆虫が大幅に増えて果実が少なくなるという変化を示し、夏さ糞が確保されなかったので不明であるが、12月には再び果実が増え、昆虫も残っているという状況を示した。ただしAでは昆虫は検出されず、1月にはほとんどがムクノキであったのに対して、カキノキが多くなるという違いがあった。全体としては農作物に対する依存性は低く、雑木林の植物に依存的であった。

 糞採集地は農耕地であるが、農作物への依存度は小さく、カキノキなどはここでは農作物としたが、どちらかといえば庭などに植えられることが多く、畑の農作物ではない。したがって里山といっても農地よりは雑木林に依存度が高い食性を持っているといえる。なお人工物は1-3月に数%検出されたが、12月には全く検出されず、依存度が高いとはいえないようだった。

<2024年1月>
1月の糞組成は12月と大きい違いはなかった(図2.2)。最も重要であった果実は47.5とさらに増加し、昆虫はやや減少して15.8%となった。昆虫の多くは幼虫であった(図24-1)。農作物にはコメ(図24-1)とカキノキ(図24-1)を含め10.1%を占めた。カキノキが3.8%と増えた。前年の同期と比較すると前年はムクノキが非常に多かったが(図2.2)、今年はそうではなかった。
 ここまでで分かったことは、調査地のタヌキは基本的に雑木林のムクノキなどを食べ、時に農作物や人工物も食べるという、里山でも雑木林に依存性が強い食性を持っているようである。

図24-1. 2024年1月の検出物

<2024年2月>
2月になると糞組成に大きな変化が見られた(図2.2)。一つにはコメが大きく増えて27.1%に達したことである。このほかキウイフルーツの種子やギンナンの種子も検出された(図++)。糞から検出されたコメは炊いたものではなく硬い種子であるが、籾殻はごく少なかったので、農地に残された未脱穀のコメではなく農家やその近くに置かれた脱穀米を食べた可能性が大きい。2月の変化のもう一つは一部の糞にゴム片など人工物が多く含まれていたことである(図24-2)。そして野生植物の果実は大きく減少し、ムクノキが少量検出されたにすぎない。


図24-2. 2024年2月のタヌキの糞からのおもな検出物, 格子間隔は5 mm.

前月の1月までは雑木林に生育する野生植物の果実が多く、農作物は10.1%に過ぎなかったが、2月になると野生植物の果実は13.1%になって農作物は32.8%に大きく増加し、人工物も28.0%に大きく増えた。このことは冬になって雑木林の植物の果実を食べていたタヌキが、それらが乏しくなって農作物や人工物に依存するようになった可能性を示唆する。調査地は雑木林と農地が交錯しており(図1.2a)、タヌキは行動圏内に両方の植生を持っているが、可能な限りは安全な雑木林の食物を利用し、それが乏しくなると農地に出て農作物や人工物を口にするようになるものと推察される。

<2024年3月>
2024年3月までの結果を図2-2に、検出物を図24-3に示す。3月には2月と大きな変化が見られた。最大の違いは農作物が増えて74.3%に達したことである。その内訳はイモ類であり、サツマイモが多く、ジャガイモもあった(図24-3)。またギンナンが大量に含まれるサンプルもあり、またニンジンが多いサンプルもあった。ただしコメは検出されなかった。そのほかは少なかったが、人工物として2mm厚ほどのゴム片があった(図24-3)。
 雑木林に生息するタヌキの場合、秋に実った果実類を利用しながら冬を過ごし、その供給量が次第に減少して、2月、3月に最も食物が乏しくなり、糞中では哺乳類や鳥類の骨や羽毛、毛などが多くなることが多い。これに対して本調査地では2月、3月の農作物が多くなり、この季節の食物が乏しくはないようであった。これは本調査地のタヌキの食性の特徴の一つと言えそうである。


図24-3. 2024年3月のタヌキの糞からのおもな検出物, 格子間隔は5 mm.

<2024年4月>
4月になると、新鮮な糞が少なくなり、6サンプルを分析した。以下のような変化があった(図2-2)。大きい変化は作物が3月の74.3%から40.9%に減少したことである。作物の大半はコメであったが、1例にダイコンまたはカブと思われるものが多く含まれていた(図24-4)。また昆虫が3月の3.4%から18.8%に増加した。昆虫は甲虫が多かった。多くはないがイネ科も増加した。果実は9.3%であり、これは1月の47.5%と比較すると大幅に減少した。工物としてはティッシュが検出された(図24-4)。
 これをまとめると、4月になると前年の秋のムクノキやエノキなどの果実はほとんどなくなり、コメやダイコンなどの作物を食べ、現れてきた葉や昆虫を食べ、人工物も食べるという状況にあるようである。なお、2022年の4月は作物が検出されなかったので、年による違いもあることがわかった。

図24-4. 2024年4月のタヌキの糞からのおもな検出物, 格子間隔は5 mm.

<2024年5月>
 5月になると、これまでのため糞場が使われなくなり、近くにあった6サンプルを確保して分析した。以下のような変化があった(図2-2)。作物は4月よりさらに減り、昆虫、果実、葉などが増えて、作物依存の程度が弱まった。人工物は全く検出されなかった。種子は不明が多かったが、ハコベの仲間、ケヤキ、イネ科が確認された。
 これをまとめると、冬の間のエノキ、ムクノキなどの果実依存は、春になってなくなったが、その傾向がさらに進み、タヌキにとっての食糧事情は良くなって、人工物を食べる必要もなくなったと思われる。なお、糞の匂いも強くなり、果実から昆虫へのシフトを反映しているようだった。なお、2023年は5月以降は糞が発見されなくなったので、今回5月の糞が確保され、季節変化の新知見が得られた。


図24-5. 2024年5月のタヌキの糞からのおもな検出物, 格子間隔は5 mm.

<2024年6月>
昨年は5月以降は糞が発見できなかったが、今年は5月も6月も確保できた。内容を見ると、双子葉植物の葉が大きく増加し、昆虫も増加した。これに対して農作物は検出されなくなった。また人工物も検出されなくなった。種子としてはヒメコウゾが検出された。他の里山でこの時期によく見られるサクラ類やキイチゴ類の種子は検出されなかった。したがって、タヌキの食糧事情は好転し、タヌキは農作物や人工物への依存はやめ、昆虫や葉を食べるようになったことがわかった。現場で観察した糞はこれまでの分よりも水分が多かったが、これは植物の葉を食べるようになったからである可能性がある。
 これにより、これまで不明であった初夏のタヌキの糞組成が明らかになった。


図24-6. 2024年6月のタヌキの糞からのおもな検出物, 格子間隔は5 mm.
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