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「高血圧マフィア」とは?

2016年12月18日 | 医療
高血圧の新基準値はなぜ潰された?

20年前欧米では『高血圧マフィア』と呼ばれるその集団に米国政府やWHOの血圧基準が下げられた
欧米では、その反省から、基準が緩和されました
日本では、既得権に固守する勢力が、学会と厚生労働省の定める基準に強い影響を及ぼしています
 ☆降圧剤のセールスのために、学会に働きかけて血圧の基準を下げてきた「高血圧マフィア」集団
日本の血圧新基準は患者激減恐れた「高血圧マフィア」が潰したのでは?
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典、週刊ポスト記事参照&引用










「高血圧マフィア」(ネットより画像引用)

新基準「血圧147は健康値」発表
日本人間ドック学会と健康保険組合連合会との共同研究のデーター結果
共同研究結果では、健康な人の基準値は、血圧147という数値を公表した
週刊ポストも「血圧147は健康値」という大特集を組んだ
 ☆根拠は、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会との共同研究によるデーターです

医療界が、新基準を潰した背景
30~80歳の男女で『血圧の上が130以上』は、全体の約30%の人が当てはまります
新基準で基準範囲外とされる148以上の人は、約8%で、高血圧とその予備群が3分の1以下になります
この基準が臨床に適用されれば、高血圧患者が激減して町医者・薬局も大ダメージになる

「血圧147は健康値」という新基準は誤りだったのか?
米連邦政府のガイドライン作成委員会が同時期決めた新基準値
 ☆血圧は60歳以上なら上は150以上が高血圧とされた
 ☆60歳未満については上の基準を定めること自体に『科学的根拠がない』とも指摘
人間ドック学会の新基準は、この数値は、評価されるべきものだったのでは?

日本高血圧学会が定める「高血圧」の14年ガイドライン基準値
血圧の上(収縮期)130mmHg以上を正常高値血圧と呼び“高血圧予備群”として注意を促す
血圧の上(収縮期)140mmHg以上を「高血圧」と分類し治療対象にしている

高血圧と診断されていた人たちが「正常」?
人間ドック学会の発表に対し、他の学会が猛反発した
高血圧学会や動脈硬化学会は、日本国民の健康に悪影響を及ぼしかねない危険なものと強く批判した
人間ドック学会は「健康の目安であり、病気のリスクを示したものではない」とトーンダウン





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雅子さま&愛子さまの「ご病気」

2016年12月18日 | 日本国内問題
天皇陛下の「生前退位」、皇太子家に注目が集まる

有識者会議では女性天皇や女系天皇の議論は排された
雅子妃の公務と疲労や愛子さまの体調は大丈夫か
女性皇族の将来的な仕事についてもいずれはっきりさせなければならない
腫れものに触るが如く、雅子さまと愛子さまの問題を避けているのでは
愛子さも、きちんとした肉声で語る機会を持ったほうがよいのではないか
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典、『THEMIS』12月号詳細確認ください






東宮御所(ネットより画像引用)

美智子皇后の誕生日を祝う会が皇居で行われた
皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻のほか、旧皇族ら約20人の出席
宮内庁関係者が推測する
 ☆「お祝いの会の後、美智子さまと雅子さまが別室でお話しされる場面があった
 ☆雅子さまの次期皇后としての覚悟を問うようなお話だったのではないか?(
 ☆愛子さまが中学校を1か月以上休んでいたことも、美智子さまは心配されていた
雅子さまも、9月は数回の公務、官中晩餐会など、体調の回復が伝えられていた
 ☆『生前退位』問題が、皇太子ご夫妻を動かした
雅子さまは焦りすぎて再び体調を崩されているご様子(公務キャンセル)

次期天皇につながる皇太子ご一家の動向です
雅子さまの公務キャンセルは、ご自身の体調のためだけではないらしい
愛子さま1か月欠席の波紋
雅子さまは、愛子さまの体調のことを一番に気にかけておられるのではないのか
愛子さまは、中等科で仲のいい友達も多く、家族づき合いをしている親友もいるという
それなのに、中等科で行われる学校行事には最近余出席していない

東宮職は愛子さまの体調不良についてはっきりした原因を発表しない
ある心療内科医の懸念
 ☆お顔がほっそりされたことから、『拒食症』の可能性
 ☆『拒食症』なら、朝も早く起きることができない「起立性成長性障害」の症状が出てくる
愛子さまは、極端なダイエットを試みたのではないかとの噂も絶えない
 ☆「もっと痩せたい」という気持ちが高まってきたのか?


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世界の宗教(チベット仏教)

2016年12月18日 | 宗教
政教一致の伝統をつ政教一致の伝統をつくったチベット仏教

チベット仏教の成り立ち
チベットの宗教と政治を握るダライ・ラマ
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典、『宗教史(成美堂出版)』他引用&参照
 ☆本には、綺麗な絵画が記載されています










チベット仏教(ネットより画像引用)

チベット仏教の成り立ち
吐蕃(とはん)王朝のもとに統一されたチベットヘ、インドと中国から仏教が伝えられた
仏教は吐蕃の国教に定められたが、王朝分裂後は国家の統制を失った
11世紀、地方の氏族の援助で戒律復興運動が起こり、仏教教団は再興された
仏教が衰退したインドから、チベットヘ多くの教義が伝えられ、異系統の宗派が設立された
僧ツォンカパが、新しくゲルク派をおこし、この宗派がのちのグライ・ラマを輩出する

チベットの宗教と政治を握るダライ・ラマ
師僧(ラマ)を尊ぶチベツトでは、ラマは仏の化身で転生をくり返して衆生を導くとされた
宗派間の権力争いのなかで、カルマ派とゲルク派は、転生活仏を宗派の指導者とした
ゲルク派の転生活仏は、モンゴル部族のアルタン・ハ―ンからダライ・ラマの称号を受けた
ゲルク派2代目の転生者が、全チベットを統一し、政教一致のグライ・ラマ政権が成立した
グライ・ラマの転生者が、全チベットの宗教・政治の最高指導者です
現在の指導者は、14世です

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