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その他、音楽編、自然編も有り。

宇宙というフロンティアを統べるもの■陸域観測技術衛星「だいち」(その5)

2011-08-01 00:07:52 | 宇宙の海

地球観測衛星による東日本大震災をはじめとした利用事例の紹介」
開催日時:2011年6月20日(月) 18時半~ 約2時間
会場:府大中之島サテライト 2階ホール
主催:Kansai Space Initiative:特定非営利活動法人関西宇宙イニシイアティブ
講演者:石館和奈氏((財)リモートセンシング技術センター 利用推進部)


■宇宙というフロンティアを統べるもの

先の章では。
文部科学省とJAXAにとっては、日本の衛星を取り巻く現状が

 ・「だいち」を含む数々の衛星の目的が、あくまで利用実証であること
  =研究開発目的であって、実用ではない

 ・そこで得られたデータに付いては、無償あるいは実費提供を基本と
  すること(ただし、民間が市場に照らし合わせて自ら設定する価格で
  販売することは可能)

という後退的な立脚点に在(あ)ることを書いた。

だが。
このスタンスを、余儀なくさせている頚城(くびき)が。
実は、日本には存在する。

それが、日米貿易摩擦を受けて日米両政府間で1990年に交わされた
「日米衛星調達合意」である。


日米貿易摩擦について、ここで詳述することは本意でないため割愛する。
ただ、その概要のみ総括すると、大凡(おおよそ)以下のとおりとなる。

 ・1980年代に入って、日米貿易収支は日本の黒字超過が顕著に。
  →1989年には、アメリカの対日貿易収支は-491億ドルに達した。
   当時は1ドルが約160円程度だったため、約8兆円近い規模である。
   更に、日本の対米投資額は626.7億ドル(10兆円超!)。
   ロックフェラーセンターを三菱地所が、コロンビア映画をソニーが
   それぞれ買収し、「アメリカの聖域にまでジャパンマネーが押し
   寄せた!」としてアメリカ国民の反感を買ったことも、今昔の感
   がある。
   (データ出典:荒木睦彦氏のHP「アラキラボ」内
         「どこへ行く、世界 -世界経済と日本の行方」に
         掲載されたアメリカ商務省統計より)

 ・アメリカは、俗にいう双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)に苦しみ、
  その是正のために1985年のプラザ合意による円高誘導、1988年の
  (悪名高き)スーパー301条報復措置の決定等、様々な手立てを実行。

 ・日本政府、ならびに企業も以下の取り組みにより呼応。
   A) 公定歩合の引き下げによる金融緩和政策(=バブルの主要因)
   B) 自動車産業等の現地生産の拡大(=日本からの輸出逓減が狙い)
      
 ・それでも減らない赤字幅を見たアメリカが、1989年に日米構造協議の
  開催を提案。日本市場の開放や規制緩和に関する協議が行われた。

 ※ 南英世のVIRTUAL政治・経済学教室を参照。
   高校教諭の氏が「講義ノート」としてまとめているHPは、要点が
   整理され、とても見やすく内容も分かりやすい。
   日米貿易摩擦に関する記述は、こちら
 


ともあれ。
上記の経済情勢の奔流は、日本の宇宙開発も巻き込んでいく。
その結果取り交わされたものが、この「日米衛星調達合意」である。

日本政府の中に、対外的な市場開放の促進を目的として1985年に設置
されたアクション・プログラム実行推進委員会という組織がある。

今日に至るまで連綿と活動中のこの組織は、内閣官房副長官をTOPとし
政府調達のみならず、民間における輸入基準や認証、手続きの諸プロセス、
更にはスパコンをはじめとする具体的な製品やサービスの調達までも
その所掌範囲とし、市場アクセス改善のフォローアップをしてきた。

誰にとってのフォローアップであるかは、言うまでも無かろう。

そして。
1990年6月14日に開催された第14回の委員会において議決されたのが、
「非研究開発衛星の調達手続等について」であり。
これを受けて日米政府間で合意されたものが、日米衛星調達合意である。

この内容を平たくまとめれば、

 ・日本が衛星を調達する際には、国家の敷居を超えた公開調達を
  かけて、より安価かつ高性能な衛星技術を持つところから購入すべし

更に意訳すれば、
 ・日本は、黙ってアメリカの衛星を買っていればよい

とする日米政府間の合意事項である。


大事なポイントなので、具体的な合意内容を以下に列記する。
(詳細を確認されたい場合は、先述したアクション・プログラム実行推進
 委員会の決定事項資料を参照のこと)

 ・日本は衛星の調達計画について、官報にその内容を掲載し広く
   開示する義務を負う。

 ・その調達については、公正に見てもっとも安価な調達元より
  行う。

 ・研究開発用途の衛星は、上記の対象外とする。
  ただし、その有り様について他者が疑義を感じ申し立てた場合は、
  日本政府は速やかに内容について協議を行い、疑義を解消する
  責務を負う。


この合意には、多分に”江戸の敵を長崎で”的な匂いが漂う。
つまり、自動車・家電等のアメリカの当時のフラッグシップ産業が日本に
蹂躙されたことの意趣返しという訳である。

もちろん、勃興しつつあった日本の衛星開発技術を叩き潰してアメリカの
優位性を確保すべしという、航空機その他でも見られることと同一の構図の
再現でもある。

では、その市場とはどれほどの規模なのか。
ここに、経済産業省がまとめた「宇宙産業の発展に向けて -我が国宇宙
産業の国際競争力強化を目指して-
」という資料がある。

資料の作成日付こそ入っていないが、経済産業省の宇宙産業政策のTOPに
掲げられた資料であることや、データの出典が平成21年度と新しいこと
から、リアルタイムにおける経済産業省の思いが込められている資料と
思ってよいであろう。

本資料の冒頭に、日本の宇宙産業がピラミッドに模してビジュアル化
されている。

その中で、宇宙利用サービス産業として位置づけられている衛星ビジネス
の市場規模は、なんと7,461億円である。

衛星の中での研究開発分野に属するものは別に分計されているため、
この数字は純粋に実用衛星の市場規模としてみることが出来る。

同じ平成21年度の日本の名目GDPが470兆円であることから見れば、この
数字はさほどの規模には見えないかもしれない。

ただ。
この数字は、あくまで国内需要に限定したものである。
少し古い(2002年度)のデータであるが、ここに世界における衛星
ビジネス市場規模を表すグラフがある。

それによれば…。
その当時でおいてさえ、49.8B$の市場が存在しているのだ。
2002年初頭の円ドル相場を130円とすれば、そこにどれほどの肥沃な
市場があるかがはっきりと見て取れる。

そして…。
先に挙げた日米合意により、実用衛星を打ち上げる術をほぼ封印され
た日本は。
その国際市場はおろか、国内市場でさえ海外(というよりアメリカの)
衛星に席巻されてしまい、後にはペンペン草さえ生えない状態とされ
ているのである。

実際。
この合意が成された1990年以降。
日本の実用衛星は2005年までに23機発注されたが、そのうち国内企業が
受注できたものは僅か1機に留まっているのだ



この合意によって。
日本の衛星開発は、壊滅的なダメージを受けたといっても、全く過言で
ないことがよく分かる数字である。

なにせ。
それまで、アメリカが国家の威信を賭けて予算をつぎ込んで来た宇宙開発
分野である。
(アメリカは既に1958年以降、宇宙産業を基幹産業と定義付けしている)

蓄積されてきたノウハウも、実用化された技術も、それこそ日本を圧倒
する物量である。

更に、そこに追い打ちをかけるものは軍事衛星の開発~打ち上げ、運用に
より得られる技術力である。

2002年度において。
日本の宇宙予算は約2,000百万$。
対するアメリカの場合、軍事関連の宇宙予算は16,000百万$。
非軍事宇宙予算が約14,000百万$である。
JAXA長期ビジョン- JAXA 2025 - 参考資料集 P11より)

この圧倒的な費用差を元に得られた実用ノウハウを供与することで培われ
てきたアメリカの衛星産業のコストパフォーマンスに、日本が試行錯誤を
繰り返しながら開発をする衛星が費用面で太刀打ちできる道理もないのだ
から。

このあたりの事情は、経済産業省製造産業局航空機武器宇宙産業課宇宙
産業室が平成16年に著した「宇宙産業の現状と課題」
によくまとめられて
いる。


日本側の最後の抵抗で入ったものであろう「研究開発分野を除く」という
条件によって、技術実証的な衛星は自前で開発することは可能となった。

だが、放送衛星や気象衛星、その他の生活に密着したサービスを国民に
供する目的の衛星は、すべからくコスト比較でアメリカ製を買わされる
こととなってしまった。

しかも、先の合意を受けて。
日本が衛星の開発計画を立てた場合は官報で公知する義務があり、
かついくら日本が”研究開発”と主張しても、アメリカは異議申し立て
を行う権利を有しているのである。

いつでも、「それは研究の名を借りた実運用用途の衛星だろう!」と
指摘を受ける可能性に苦慮しながら、それでも自前での衛星開発を
何とか進めたい日本の思惑は、日本の衛星開発をどんどんとよく言えば
先端的、口を悪く言えば畸形的な方向へと推し進めることとなってしまった。

更に。
そうして何とか実績を積んで、ではそこで培われた技術を実運用に適用
した衛星を打ち上げようとすると、先の合意が牙を剥くのである。

これでは、日本の衛星開発は永遠に研究開発しかできないこととなって
しまう。

冒頭に挙げた日本の衛星の立脚点には、こうした背景があったのである。


(この稿、続く)



2010 カレンダー 衛星「だいち」から観た地球アート
クリエーター情報なし
財団法人 日本宇宙フォーラム

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2 コメント

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Unknown (シャドー81)
2011-08-01 07:58:11
すばらしい。一緒に講演を聴いたはずなのに。それから数歩先に行っているって感じだ。

衛星写真料金の安さに疑問を感じ、そこから、取材?調査を進めて、日米衛星調達合意まで行く着くとは。

もう、単なる講演記録ではなく、日本の衛星開発・ビジネスに一考を促すようなレポートになっている。

これなら、書くのにも時間がかかるわけだ。

この先どこまで構想ができているかわからないが、楽しみ楽しみ。

PS
「宇宙産業の発展に向けて -我が国宇宙産業の国際競争力強化を目指して-」
のところのリンク先がうまく表示されてないですが・・・
返信する
コメント、ありがとうございます (MOLTA)
2011-08-02 00:08:58
いやいや。
本当ならもっと早くにUPしないといけなかったのですが、資料を読めば読むほどに根深いものがありまして、超亀UPとなってしまいました。

反省です。

ちなみに、経済産業省のリンクですが、おそらくリンク内のファイル名に「'」が用いられているために、うまく表示できないのだと思います。

仕方が無いので、当該pdfファイルを含む一つ上の画面にリンクを貼り直しました。
ここを開くと、上の方に
「宇宙産業の発展に向けて -我が国宇宙産業の国際競争力強化を目指して-」
の文字が確認出来ると思いますので、読まれる場合はそちらをクリックしてください。
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