活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

「春の大三角」を見ながら■はやぶさトークショー 第2回 「はやぶさと見た夢」 (その2)

2010-12-20 00:06:08 | 宇宙の海

はやぶさと見た夢 ~関西からはやぶさとその未来を考える~
開催日時:2010年9月20日(月) 14時~ 約2時間半
会場:大阪市阿倍野区民センター 大ホール
主催:和歌山大学宇宙教育研究所、大阪市立科学館
協賛:NEC
前半の部 パネルディスカッション 出演者(五十音順):
池下章裕(スペースアート・クリエイター)
林譲治(SF作家)
森本睦子(JAXA)
吉住千亜紀(和歌山大学)
司会:尾久土正己(和歌山大学)

歌:中谷泰子(ジャズボーカリスト)

後半の部 講演と対談 出演者(五十音順):
山川宏(京都大学)
秋山演亮(和歌山大学)


■「春の大三角」を見ながら

ステージ中央のスクリーンには、スピカを頂点に、アルクトゥルスを右横、
デネボラを最下点に配した、春の大三角の映像が投影されている。

実写だが、星の名と各星を結ぶ補助線が図示されており、誰でもイメージ
しやすいように気配りされている。

そこへ…。
デネボラからアルクトゥルスへの辺を滑るように流れていく、一筋の光。

 ※ Ustで配信された和大の映像に、この補助線を入れた画像を、
   テラノ助さんがご自身のブログにアップされています。

彼の、その最後の輝きが生み出した情景を。

尾久土教授は、こう美しく表現した。

「光の下より、雲が照らされた空」


あの夜。
満月よりも明るく、周囲を照らし出した彼。
あの明るさは、地面に影を作るほどだったという。

そして。
その光源(=彼そのもの)が。
雲を下から照らすという、普段はありえない世界を浮かび上がらせて
僕達に見せてくれた。

全く。
最後の、最後まで。
なんて子だったんだろうね。



映像の余韻も、覚めやらぬ中。

尾久土教授から、今日の全体像が紹介される。


第一部:関西縁のはやぶさ関係者四名による、パネルディスカッション。
第二部:中谷泰子氏による、ミニコンサート。
第三部:山川、秋山両教授による有識者会議。


以上の三部構成である。


なんと、豪華な!
しかも、これがタダ!なのである。

本来2~3千円のチケット制にしても、十ニ分な内容である。
それを今回、こうした形で提供していただいた主催者に多謝!
なのである。



■はやぶさを見守り続けて(1)

一人10分くらいで、簡単に自分とはやぶさとの繋がりを紹介して。
そういった尾久土教授の前ふりを受けて、最初にマイクを握ったのは
森本さん。

そう。
週間トロ・ステーションに登場した、あの森本さんである。

【PS3】週刊トロ・ステーション第38号『小惑星探査機はやぶさのキセキ』





(この稿、続く)




(付記)
今回、紹介させていただいた、テラノ助さんのブログに。
加藤隼戦闘機隊の隊歌の一部が、紹介されていた。

その歌詞が、あまりにもはやぶさの生き様と重なるようで。
読んでいると、思わず胸が熱くなってしまった。

以下、その全歌詞を紹介しよう。


 加藤隼戦闘隊の歌詞
 作詩 加藤部隊 作曲 陸軍軍楽隊

 エンジンの音 轟々と 隼は征く 雲の果て
 翼に輝く 日の丸と 胸に描きし 赤鷲の
 印はわれらが 戦闘機

 寒風酷暑 ものかわと 艱難辛苦(かんなんしんく) 打ちたえて
 整備に当る強兵(つわもの)が しっかりやって 来てくれと
 愛機に祈る 親ごころ

 過ぎし幾多の 空中戦 銃弾うなる その中で
 必ず勝つの 信念と 死なばともにと 団結の
 心で握る 操縦桿

 干戈(かんか)交ゆる 幾星霜 七度(ななたび)重なる 感状の
 勲(いさお)の蔭に涙あり ああ今は亡き武士(もののふ)の
 笑って散った その心

 世界に誇る 荒鷲の 翼のばせし 幾千里
 輝く伝統 受けつぎて 新たに興(おこ)す 大アジア
 われらは皇軍戦闘隊

 (歌詞引用元:「昭和歌謡大全集」より

加藤隼戦闘隊 -Kato Hayabusa Fighter Wing-



あの時代。
国威発揚の号令の下、どれだけの悲劇がこの国で生み出されたことか。

そう、考えるとき。
時代の空気を知りもしないで、歌詞だけを見て単純に好悪を言う
ことに憚りを覚えつつも。

それでも、この歌詞に胸踊る思いを感じてしまう僕がいる。

「2番で何がいけないんですか?」

その言葉の真意論争は、ともかくとして。
少なくとも、そこで切り取られた語彙が、バブルを経てすっかりと
スポイルされたような国勢を的確に表しているような今の日本。

それでも。
その日本にあっても。
はやぶさを再び地球に還すために、あそこまで頑張った人々がいた。

そして。
その思いに応えて。
あそこまで頑張った彼がいた。

2010年も終りを迎えようとしている今。
そのことは、しっかりと胸に刻みこんでおきたいと思う。









小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡
的川 泰宣
PHP研究所

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 開演! ■はやぶさトークショ... | トップ | はやぶさを見守り続けて■はや... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

宇宙の海」カテゴリの最新記事