![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/4e/14960c85bc89bc4b717415ed5a9eb9df.png)
日時:平成23年8月20日(土) 午後2時~
場所:わかやま館1Fイベントホール
主催:みさと天文台友の会
テーマ:「星への憧れ-宇宙と神話の世界-」
写真画像提供:@j_pegasus(わかやま館元シアターディレクター村田氏)
CG画像提供:KAGAYA氏(※ 掲載は、氏の許可を得て行なっています)
<Atention>
このレポートは、KAGAYA氏のトークショー、ならびにその前後に
氏に対してブログ主が行った質問等を再構築しております。
内容に関して事実と齟齬等有った場合には、その責は当然ながら
全てブログ主に帰します。
■影を慕いて
北上川のほとり。イギリス海岸と呼ばれている河川敷の横を通り、
内陸の花巻から釜石方面へと向かう仙人峠までの約64Kmの距離を
結んで。
かつて、岩手軽便鉄道と呼ばれた汽車が。
夏は、絞れるような濃緑の中を。
冬は、全てを包み込もうとする灰色の重しを纏いながら。
ごとごとごとごとと、その小さな車体を走らせていた。
※ 軽便鉄道は、主に”けいべん”と発音するが、地方によっては
”けいびん”とも呼称するようである。
ちなみに岩手では、”けいべん”と発音されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/2f/9265980a77738c8ceca232a5224c819c.jpg)
(路線図画像提供:Wikipediaより)
今から、約百年ほども昔。
大正から、昭和初期にかけての時代のことである。
この汽車が、賢治の生み出した銀河鉄道のモデルであることは
よく知られているが、残念ながら今はもう当地では、その走る
姿をみることは適わない。
線路についても、似内(にたない)から釜石方面はJR東日本の
釜石線として路線図上は残っているが、それも線路幅(軌間)の
関係もあり、往時の線路はもう使用されていない。
※ 岩手軽便鉄道 : 762mm
JR東日本 釜石線 :1,067mm
更に、花巻市内はかつての終着駅だった軽便花巻から似内まで
の間は、路線さえ別ルートとなってしまっている。
ちなみに。
花巻市内の旧路線のルートについては、hamagakiさんが主宰を
されているブログ「 宮澤賢治の詩の世界」の中に、グーグル
マップの上に路線図をマッピングしていただいているものが
UPされている。
これを見ていると、イギリス海岸と軽便鉄道の位置関係等が
一目瞭然である。
また、実際に市内の路線跡の現状については、鷹羽雅人さんが
主宰するブログ「Cafe Dragoon」内の
旅の記録の廃線・廃道・道路関係に収められている「釜石線
(旧岩手軽便鉄道)旧線区間(花巻~似内間)」に、実に
丹念にかつての線路跡の情景がUPされている。
そこには。
鉄道の線路が走っていたことを示す面影は、既に殆ど残って
はいない。
それでも。
路線跡の県道の写真を眺めていると、なんだか二重写しに
線路やそこを走ってくる軽便鉄道の姿が浮かび上がってくる
ような感覚も沸き上がってくるから不思議である。
更には。
往時の軽便鉄道そのものの面影を知りたい方には、こちら。
楓ちゃんさんが主宰されているブログ「楓村通信」の中の
「軽便追想」~過ぎ去りし夢の世界へ~ に、JR東日本
花巻駅構内にパネリングされている軽便鉄道の写真がUP
されている。
#しかし、蒸気機関車はセピアな写真がよく似合うなぁ。
いずれも。
賢治の面影を訪ねて、花巻を散策する際には是非連れ出したい
ページである。
そして、いよいよ。
満を持して登場するのが、KAGAYA氏による取材の模様である。
まずは、KAGAYA氏ご自身のHP「KAGAYA STUDIO」内にある
「銀河鉄道の夜」メイキングより。
【エピソード6】岩手軽便鉄道の取材では。
トンネル跡の廃坑等の遺跡を訪ねていくKAGAYA氏の遠景を、
眺めることができる。
そして、更に。
氏のご友人である加倉井厚夫さんが、2003年の5月にKAGAYA氏と
一緒に花巻を訪ねた際のルポ「イーハトーブの春旅」にも。
KAGAYA氏が写っているものも含めて、様々な写真がUPされている。
この旅では、帰路の途中で宮城県沖で発生したM7.1の地震に
遭遇し、電車がストップしてしまい、八戸駅で新幹線泊するといった
ハプニングにも遭遇されたようだが、そうしたエピソードも含めて尚
とても楽しそうな雰囲気がよく伝わってくる写真ルポである。
ちなみに、この写真に写っている宮守橋は。
花巻市内から約30Kmほど太平洋側へ向かったところにある橋
である。
この橋にイメージを喚起されて、KAGAYA氏は「銀河鉄道の夜」の
あの冒頭の美しいシーンを生み出したのだろうか…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/3a/fb0419b3369ee90cb92cd37e91eb8c57.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):
「旅立ちの渚 The shore for Setting out」)
更に補完すると。
岩手軽便鉄道が通っていた頃の宮守橋の写真が、こちらのページに
UPされている。
賢治も、かつて。
この鉄道に乗って行き来したのだということを思うとき。
しみじみと、感慨深いものがある。
長らくと、イギリス海岸や岩手軽便鉄道にまつわる影を追って
きた。
今回のトークショーにおいても。
この鉄道やイギリス海岸に、賢治の銀河鉄道の残照を求めて。
何度も花巻に通いつめたというKAGAYA氏の述懐があったことは
既に紹介した。
そのようにして、KAGAYA氏は。
宮守橋の橋脚を見上げて。
そこから天に駆け上がっていく銀河鉄道の幻影を見。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/84/05169b0f497e67260e98cd54be4da1a8.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):「銀河の彼方」)
旧暦のお盆に北上川で行われる灯篭流しに、烏瓜(カラスウリ)に
ロウソクをつけて流す星祭りを連想し。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/9f/195cbcb9eea115ada73bd1a6fac807a7.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):「光の川へ」)
イギリス海岸で拾ったバタクルミの化石に、プリオシン海岸の
渚を重ねあわせ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/12/4baf3ce5a4026b8a5c47c8aa0efc1810.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):「プリオシン海岸」)
草木の中に埋もれるように、永劫の静謐の中にあるトンネルの
遺構では。
トンネルの内壁にこびりついていた煤を観て。
その遺構がかつて”生きていた”証のような気配を身近に感じ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/a8/e33623a606b3af573f7b3ea4bde11102.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):
「銀河へ続く道 The way to Fantasy Railroad」)
その廃線の線路脇に咲き誇るりんどうの花に、銀河鉄道の車窓から
カムパネルラとジョバンニが見た情景を思い出す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/ec/1066b194b79e112d6311749a29ba5408.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):
「秋の軽便鉄道 Fantasy Railroad in autumn」)
このりんどうの花言葉は。
「悲しみに沈むあなたを愛す」というもの。
どういう経緯で付けられた意味かは不明だが、まさにこの物語の
ためにあるような言葉である。
#まあ、博識な賢治がその言葉も知っていた上で、この物語を
生み出したと考える方が自然だけれど。
そして。
イギリス海岸では、天の川がちょうど川面にかかる情景を観て。
日本からは見えない、遙かなサウザンクロスを思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/2c/89bff798b317867245586f9e734b1b56.jpg)
(リミテッドエディション(限定版画):
「サウザンクロス Southern Cross」)
※ 画像は、クリックすると拡大します。
いずれの版画も、アールクールのKAGAYA オンラインストアにて
好評発売中です。
もう少し手に入りやすいものであれば、末尾のリンク先に
ある絵葉書セットがあります。
こうした繰り返しの中で。
氏の「銀河鉄道の夜」が、徐々にその姿を見せていったのである。
「銀河鉄道の夜」予告編(日本語版)
(この稿、続く)
(付記)
ささやかなる、トリビアを。
「銀河鉄道の夜」に出てきた機関車の汽笛や車両の走行音は、
岩手軽便鉄道と同型車両が今も運行されている明治村にて
氏が収録してきたものである。
博物館明治村の蒸気機関車
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