壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

海棠の花

2009年04月21日 20時42分25秒 | Weblog
        海棠の花しづくする甘雨かな     鬼 城

 「甘雨(かんう)」は、慈雨(じう)ともいい、草木をうるおし育てる雨をいう。
 海棠は、バラ科の落葉低木で、高さは2~3メートル。庭などによく植えられる。4月ごろ、赤みを帯びた若芽とともに、花柄の長い淡紅色の五弁の花が、総状に咲く。一重咲きと八重咲きとがある。
 ふつう、花を愛でるものは垂糸海棠(はなかいどう)で、実海棠ともいう海紅は、花色が淡い。

    「明皇、沈香亭ニ登リ、楊妃ヲ召ス。妃、酒ヲ飲ンデ、新(イマ)起キ
    タリ。力士従侍児(ジュウジジ)ニ命ジ、カイゾエシテ至ラシム。
     明皇笑ツテ曰ク、コレ真(マコト)ニ海棠ノ眠リ未ダ足ラザルナリ」

 海棠はまた、「眠れる花」とも呼ばれる。これは、唐の玄宗皇帝の寵姫であった楊貴妃の伝記に、上のような一節があるからである。
 海棠の花は、楊貴妃の美しさを喩えるほどに珍重されていた。リンゴの花にも似て、長い花柄を垂れた濃い紅の蕾が開くと、やや淡紅色の花びらが少し頭を持ち上げたように咲くところを、酔い醒めの楊貴妃の眼のふちの淡紅色に喩えたのであろう。

 ところで、海棠の花の名前が、わが国の書物に初めて登場したのは、室町時代のことで、実のなるナガサキリンゴのことであったろうといわれている。
 そして、今の海棠すなわちシダレカイドウが、中国から渡来し、日本で見られるようになったのは、江戸時代のことであった。
 したがって、海棠に対する日本人の好みも、中国人の趣味に合わせたものであった。
        海棠や折られて来てもまださめず     蓼 太
 という句や、
        海棠や戸ざせしままの玉簾        蘭 更
 という句などは、前に掲げた楊貴妃伝の一節を、明らかに踏まえたものである。

        海棠やかきくらし降る法の雨     風 生

 「法(のり)の雨」とは、仏法が衆生を慈しみ潤すのを、雨に喩えていう語で、「法雨(ほうう)」ともいう。
 鎌倉の妙本寺にある海棠は、老木として知られている。その閑寂な寺院の庭に、あでやかな海棠の花の紅が、雨に濡れているさまは、まさに「色即是空、空即是色」と説かれた『般若心経』の経文そのままの姿である。


      海棠の花にかなひし写経堂     季 己