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伊奈忠順の像(静岡県小山町) 災害復興に命を懸けた伊奈忠順

2010-11-23 22:27:42 | 記念碑・歌碑
◎静岡県◎
伊奈半左衛門の像

伊奈半左衛門忠順(ただのぶ)は江戸時代に関東郡代を務めた人物で御厨(みくりや)の父とも呼ばれています。

宝永4年(1707年)の富士山噴火は非常に大規模なもので、風にのった火山灰は江戸まで飛びました。また、この噴火で富士山の中腹にできた火口が宝永山です。
御厨地方と呼ばれる御殿場、小山町、裾野市の一部では甚大な被害が出ました。当時この地方を支配していた小田原藩では処理できず被災地を幕府直轄領としました。

幕府は廃村の方針でしたが、住民らの嘆願によって治水・土木に優れた伊奈忠順を復興の責任者として任命しました。被災地に赴任した忠順は苦しむ住民のために駿府にある幕府の米蔵を独断で開放して被災民に分け与えたため罷免のうえ切腹させられたと伝えられています。

忠順は「御厨の父」と呼ばれ、伊奈神社に祀られるようになりました。

伊奈神社

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