おでかけたいむす

東海・関東地方を中心に名所・旧跡・B級スポット、釣行記までおでかけ情報を現地取材した情報を写真入りで紹介。

関宿(せきやど)城 (千葉県野田市) 川の城下町

2013-07-30 21:04:39 | 
[関宿城] ブログ村キーワード

せきやど

関宿(せきやど)は関東平野のほぼ中心にあたり軍事的に重要な地であり戦国時代末期には激しい争奪戦が行われたそうです。

天守が見えますが、この天守は実際に城のあった場所ではありません

江戸後期の関宿


関宿城は室町時代に古河から関宿一体を支配していた足利氏の家臣である簗田成助が建てたといわれていますが、三度の合戦を経て後北条氏の支配となります。

小田原征伐の後は徳川家康の支配下となり、譜代大名が城主となっています。

江戸時代には利根川・江戸川を利用した水運の重要拠点として城下町は栄えて行きます。

現在の関宿城下


現在は利根川・江戸川の流れが大きく変わり、本丸のあった場所は江戸川の河川敷となってしまっている、そのため現在天守がある場所は城とは無関係な場所です。

関宿城址

本丸があったと思われる場所には「関宿城址」の石碑と案内板が建てられているが、地図を見ると本丸のごくわずかの部分のようである。

関宿城天守

天守のある建物は博物館で利根川の治水、関宿城下の歴史などが主な展示内容です。

さて、天守閣ですが(くどいようだが実際に本丸の場所ではない)文献には江戸城の富士見櫓を模して寛文11年(1671年)に再建とあり、博物館の天守も皇居内の富士見櫓を参考にして(しつこいけど、本丸とは関係ない場所に)建てられました。

関宿城博物館付近の地図


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足柄城址 (静岡県小山町・神奈川県南足柄市) 足柄古道の山城

2013-07-28 20:18:29 | 
足柄城縄張り

古来の足柄峠は箱根を越える道として重要な場所であり、その要衝に造られたのが足柄城です。

平安時代の末期には砦のようなものがあったとされていますが、後北条氏により小田原城の支城として本格的に整備されたようです。

(縄張り図は案内板を修正したもの)

足柄峠

静岡県側から見て右側には明神郭、右側には一から五の郭があります。一の郭から橋が架けられているが老朽化のためか現在は通行できませんでした。

一の郭

一の郭には「玉手池」と呼ばれる池があり、伝説では池の底は小田原まで通じているとか。

空堀跡

空堀跡

各郭を隔てている空堀の跡も残っています。

領地争い

「足柄峠笛まつり」では小山町と南足柄市とで城の領地を争う綱引きも行われています。

足柄城址付近の地図

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潮来散策その2 (茨城県潮来市) 稲荷山公園古墳群

2013-07-22 20:14:13 | 公園
稲荷山公園古墳群の看板

あやめ園からぶらぶら歩いてやってきたのは「稲荷山公園」

展望台に石碑、古墳群まであるではないか!

稲荷神社

長い階段を上って丘の上に上がると神社がある、稲荷山公園なので当然、稲荷神社です

技芸学校跡

まず目についた石碑は女学校跡の石碑、来歴を調べると現在の茨城県立潮来高等学校の前身だとわかった。明治40年に開校し昭和13年までこの地にあったそうで、移転した後は何度か名前が変わり潮来高校になったようです。

茨城百景の石碑

茨城百景の石碑

野口雨情の石碑

野口雨情が作詞、中山晋平が作曲した「船頭小唄」の石碑

菊池寛記念碑

菊池寛の記念碑

橋本登美三郎記念碑があると看板には書いてあったが見落としたらしいけど、まぁいいや

稲荷山古墳群

林の奥を進むとこんもり盛り上がった丘がいくつもある、これが古墳らしい

「稲荷山古墳群」と書かれた木柱だけがあり説明版もなにもなし

古墳みたいな

前方後円墳みたいだけど、これもそうなのか?

せめて1号墳、2号墳・・・ぐらい表示を付けてくれればいいのに

遺愛亭跡

さらに林の中を進むと

おぉ 水戸光圀公が休憩した跡だそうです

だけどこれも名前が書いてある看板だけで来歴もなにもわからない・・・

稲荷山公園付近の地図

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潮来散策その1 (茨城県潮来市) 前川あやめ園

2013-07-18 21:14:33 | 名所
潮来駅

ぶらっと降り立った駅は水郷の町で知られる潮来、有名な観光地なのでもっと大きな駅かと思いきやかなり小さい駅。

改札を出ようとしたら、「鹿島線ではSuica等は使えません」の張り紙
ガビ~ン 駅員にSuicaで乗りましたと言ったら 「読み取り機が入ったので出場だけはできるよ」とのこと、処理をしてもらい無事に改札を出ることが出来ました。

潮来駅周辺の案内図

しかし観光客がいない・・・暑い中散策する人も少ないだろうし、隣の佐原でお祭りがあるので皆そっちに行ってるのか?

見所は色々ありそうですが、暑い中を歩くのは辛いので今回は駅周辺を散策することにします。

潮来の伊太郎

とりあえず駅からすぐのあやめ園へ

あやめの時期に来れば綺麗なんでしょうが、花が咲いていなくても情緒はある風景である

潮来と言えば「潮来の伊太郎」

潮来花嫁さん

こちらは「潮来花嫁さん」の記念碑

潮来の顔ハメ

顔ハメもありました。

水雲橋

アーチ型の橋は「水雲橋」

元々は前川水門にある場所に架けられていたそうですが、現在の場所に再建されあやめ園のシンボルになっているそうです。

前川あやめ園付近の地図

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山手イタリア山庭園・外交官の家 (神奈川県横浜市中区) 明治時代のセレブな邸宅

2013-07-15 22:06:57 | 歴史建築物
山手イタリア山庭園

横浜の歴史建築物を幾つか見てきたが、山手地区には行ってないので訪れてみました

石川町駅からすぐの距離だが急な坂や階段を上るのでかなり疲れました

山手イタリア山庭園

イタリア山庭園はその昔、イタリアの領事館があった場所。
今でも山手地区にはセレブな邸宅が多くカメラ片手にブラブラ歩いていると怪しい人がいると通報されるのではと心配しましたが、カメラを持って散策する人が多く安心しました。

さて、庭園は花壇と水路を幾何学模様に配したイタリア式庭園になっています。

庭園の先に見えるのが「外交官の家」

外交官の家

外交官の家は明治から大正時代に活躍した外交官・内田定槌氏の私邸だった建物。
明治43年に渋谷に建てられたが、平成6年に横浜に移築・復元され国の重要文化財に指定されました。

元々は和風の建物もあったそうですが、今は洋館のみになっています。
和風建築があった部分はカフェや事務棟が新たに作られているが、洋館は無料で見学出来るので中に入ってみましょう。

外交官の家・1階

一階は主には応接間やリビング、私邸といっても半公邸的な感じですね。

サンルーム

特徴的なのはガラス張りのサンルーム

こんな部屋で午後のティータイムを過ごしてみたいものです。

書斎

二階は書斎や寝室でプライベートな空間、家具なども当時のものです。

寝室

こちらは主寝室、質素だが貴賓がある部屋になっています。

バス・トイレ

バス、トイレは完全に洋式

この他に内田定槌氏の資料を展示してある部屋もありました。

外交官の家付近の地図

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