滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

CO2課徴金、交通燃料にも導入なるか?

2019-01-01 07:11:56 | 政策


写真:
2018年のスイスソーラー大賞ノーマンフォスター・ソーラーアワード第一位を受賞したピラトゥス社の飛行機製造工場。木造のプラスエネルギー率114%のZEB建築。屋根には1.05メガワットの太陽光発電がきれいに収まっている。写真 ©Schweizer Solarpreis 2018

スイスの排出量削減の問題児、交通分野
スイスに住んで長くなりますが、住民として、ガーデナーとして、2018年ほど温暖化の影響が日常的に差し迫って感じられた年はありませんでした。アルプス北部では150年の観測史上、最も暖かい年となったそうです。スイスの一年の平均気温は、すでに2度も温暖化しています。

そのような中、温暖化防止対策には待ったなしの全力投球が必要であることは、スイスの大多数の住民が頭と体で理解しているはずです。しかし年末の国民議会(下院)では、パリ協定の目標を達成するための具体的な対策を定めるCO2法の改訂の審議にて、右派と左派の政党の間で全くコンセンサスを築くことができず、法案が否決されてしまいました。

スイスのCO2排出量の削減目標は2030年までに90年比でマイナス50%。閣僚案では、国内削減は30%以上とされています。現在の排出量を分野別で見ると、熱分野が36%、交通分野が33%を占める二大重点分野になっています。(ちなみに発電分野の占める割合は電源構成が水力と原子力であるため8%弱です。)全体としては、スイスでは90年比で人口が毎年1%前後成長を続け、GDPが50%近くも成長していますが、同時にCO2排出量は11%減っています。とはいえ2020年までの目標はマイナス20%ですから、目標は達成していません。

達成できない大きな理由が交通です。上記のような成長にも関わらず、熱分野では目標路線で3割近くの削減が行われていますが、交通分野では5%も増えてしまっており、熱分野での成果を相殺してしています。そして道路交通に関する削減対策は、昔から最も合意が難しい分野です。

CO2課徴金(炭素税)という優れた制度
このような削減成果の差が生まれる理由の一つとして、熱分野では進歩的な規制強化と並んでCO2課徴金(CO2税)が導入されているのに、交通燃料は規制も遅くCO2課徴金もない特別扱いがなされてきたという事情があります。

CO2課徴金は、スイスでは削減目標を達成するための最も重要な政策ツールの一つです。化石熱源(暖房用オイル、天然ガス等)には、2008年から導入されており、現在、暖房用オイルでは1リットルあたり25ラッペン(27.5円)が課金されています。削減量が目標路線でないと課徴金額が上がる仕組みです。当初はCO21トンあたり12スイスフランで始まりましたが、現在では96スイスフラン、最大で120スイスフランまで上げられる法律です。今回の改訂では、この上限がさらに上がる予定です。CO2課徴金が導入されてから10年間に、化石熱源分野からの排出量は15%減りました。

化石熱源からのCO2課徴金収入は、一年で12億スイスフラン(約1320億円)になります。基本は税制中立を旨とする制度なので、企業には年金費用経由で、国民には健康保険経由で還付されています。ただ収入の3分1は、建物の省エネ改修への助成金財源に用いられてきました。また、政府の機関と省エネ協定を結び、実際に約束した省エネを実施している企業に対してはCO2課徴金の減免処置がとられます。このような仕組みにより、企業排出分の半分にあたる企業が、省エネ協定を結んでいます。省エネする世帯や企業は損をせず、企業・住民への還付により公平感のある制度として、スイスでは今のところ広く受容されています。

交通燃料を巡る20年来の議論
この優れた制度やそれに類似したものを交通分野にも導入しようという政治的な動きは、この20年来に何度かありましたが、右派やネオリベラル経済派の反対によりことごとく撃沈されてきました。その過程については、昔の拙著「サステイナブル・スイス」にも紹介しました。その後、効果的なCO2課徴金の代替策として、交通燃料の輸入業者が排出量の一部(今は10%)を相殺する義務が課されました。相殺のための費用は、ガソリンやディーゼルに上乗せされています。

今回のCO2法改訂では、その相殺義務量が90%に嵩上げされる案となっています。そのために上乗せ額が上がるわけですが、それに9円程度の上限額を設ける案が議論の的になりました。それでは少なすぎるという左派と、それでは多すぎるという右派の間で。CO2法改訂案については、来年の上院での審議に持ち越されます。総選挙を控える中、交通分野に効果の高い課徴金が導入されることはあまり期待できませんが、少なくとも上乗せ金額が上がることは確かでしょう。

増加する太陽光の自家消費コミュニティ
このように国レベルでは相変わらず発展が遅々としていますが、今年も地元、地域、中小企業レベルではたくさんの勇気づけられる新しい発展が見られました。例えば太陽光発電の自家消費コミュニティの数が2000にも増え、各地で普及してきていること。これまでは集合住宅地や商業ビルにて、屋根からの電気を建物内・敷地内の消費者に販売するタイプが多かったのですが、2018年からは所有者の異なる隣り合う敷地間でも、太陽光発電からの電力を売買することができるようになりました。

地元シャフハウゼンの州営電力会社では、大きな体育館の屋根に太陽光を設置して、周辺の集合住宅地にその電気を販売するだけでなく、その電気で地中熱ヒートポンプを動かして、熱も契約販売するプロジェクトを実現しました。また別の事例では、小さな地区単位で複数の太陽光設備から複数の電力消費者に、相互に電力を融通するタイプのコミュニティも出てきました。電気自動車や蓄電池も投入しながら自家消費を最良化するコミュニティも増えています。

現在、各州で施行が進められている建物分野の州の省エネ規制改訂では、新築では熱に100%の再エネが義務化されているほか、太陽光発電の利用が基本的に義務化されていることも、こういった自家消費コミュニティの普及に貢献する要素となっています。

2018年も多数の方々に、スイス・南ドイツ・オーストリアでの視察セミナーにご参加頂きました。これらの参加者の皆様の、地域に密着した持続可能な地域づくりやエネルギーヴェンデの取り組みを、2019年もスイスから応援しております。


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