滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

脱原発と脱化石を追う、スイスのエネルギー戦略2050について

2012-12-04 09:01:51 | 政策


写真:標高2300mのギュッチュ・ウィンドパーク、今年一基が増築された。 Foto:EW Ursern

●遅ればせながら、「エネルギー戦略2050」について


ベルンも本格的に冬らしい気温になってきました。11月は視察や〆切に加えて、お客様の庭の冬仕舞いが忙しい月でした。9月末に発表されたエネルギー戦略2050に関する法案改訂のパブコメ期間中ということもあってか、再生可能エネルギー関係の記者会見や講演会、シンポが多い一月でした。

エネルギー戦略2050は、脱原発と脱化石エネルギーを目指す、長期的かつ総合的なエネルギー政策のロードマップです。もちろん電気だけでなく、熱と交通も含まれます。この戦略の概要については、10月に私が執筆した記事が、先月Webronza(下記リンク)に掲載されましたのでご覧ください。
 http://webronza.asahi.com/global/2012112200001.html

今日は、この記事の中では字数の関係で触れられなかった点についていくつか補足します。

エネルギー戦略2050には目標となるシナリオがあります。その目標の一部を達成するために、「第一対策パッケージ」というのが策定されました。そして、これを実施するために必要な、エネルギー法やCO2法といった諸法規の改訂案が、9月末から州や関係団体、国民からの意見聴衆にかけられています。そして来年には修正案が議会で審議されます。

ただし、対策の効果分析によると、「第一対策パッケージ」だけでは目標を半分しか達成することができません。ですので2020年に発行となる、エコロジー的な税制改革を主眼とした「第二対策パッケージ」の開発が既に着手されています。

 ●目標の特徴はエネルギー消費量の半減

現在、スイスの最終エネルギー消費量(熱、交通、電力)は一年236TWhです。エネルギー戦略2050の特徴的な目標は、これを2035年までに152TWh(目標1人頭-35%)、2050年までに125TWh(目標1人頭-50%)に減らすという点です。さらに再生可能エネルギーへの転換により、エネルギー由来のCO2排出量が今日は一人頭5tのところ、2050年には一人頭1~1.5tの社会となることを目指しています。

電力消費量については、今日は60TWhですが、目標では、人口増加をもってしても2020年までに安定、2050年までに53TWh(揚水ポンプの消費を入れると57.6TWh)に減らすこととあります。結果として、脱原発を考慮した、増産が必要な発電量は2035年に27.5TWh、2050年に23.7TWhとなります。

再生可能電力の増産についても、エネルギー法改定案の中に目標が記されています。水力以外の再生可能な電力の増産量は、2035年までに11.94 TWh、2050年には24.22TWh以上に増やすこと、とあります。電力増産量に関しては「第一対策パッケージ」にある対策で達成できる予定です。増産の主力は11TWh以上を担う太陽光発電です。これに加えて水力の生産量は、2035年までに37.4TWh、2050年までに38.6TWhに増やすこと、とあります。

つまり、政府の目指すシナリオ通りの電力消費量となれば、2050年には国内消費量については、年間収支で再生可能電力で賄える計算になります。

●第一対策パッケージの中心は建物分野

こういった脱原発と脱化石エネルギーの目標を達成するための「第一対策パッケージ」については、エネルギー庁のサイトからダウンロードできます。
http://www.bfe.admin.ch/themen/00526/00527/index.html?lang=de&dossier_id=05673

エネルギー戦略2050の背景には、「エネルギー展望2050」というPrognos社によるシナリオ計算があります。この中で、「現行継続」「政治対策」「新しいエネルギー政策」という3種の政策シナリオが計算されています。スイス内閣がエネルギー戦略2050で目指すのは、「新しいエネルギー政策」のシナリオです。ただし、「第一対策パッケージ」で実施されるのは「政治対策」のシナリオです。ただ、今後継続的に更なるパッケージを実施していくことで、「新しいエネルギー政策」のシナリオに近づくという方針です。

昔からスイスのエネルギー政策ではそうでしたが、「第一対策パッケージ」でも、建物分野の省エネ、中でも断熱改修が最重要対策分野と定義されているところが興味深い点です。これらの対策については別の機会に紹介するとしましょう。

●スイスインフォの記事との違いの説明

スイスインフォというニュースサイトでも、編集部の方が執筆されたエネルギー戦略2050についての記事が11月中旬に紹介されています。
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=33958990

私の記事と比べると数字や発言が多少異なります。この場を借りて、違いの理由を説明させて頂きます(興味のない方はこの部分は読み飛ばしてください)。私の記事はエネルギー戦略2050の目標と対策を紹介していますが、その際に2050年の電源については、目標シナリオの電力消費量に対する、再生可能エネルギー生産量を年間収支で比較しています。

対して、スイスインフォの記事は私が調べたところ、「第一対策パッケージ」のみを実施した際に、2050年の「電力生産」に占めるエネルギー源別の割合を紹介した数字になっています。そのためガスの割合が大きくなっています。 また水力の増産量についても数字の違いがありますが、私の記事では揚水発電の分は入れない数字(+3TWh程度)を採用していますが、後者の記事では揚水発電の分を含む数字を採用しています。

●ガス発電は輸入電力と解釈すべき?

スイスのエネルギー大臣は、脱原発の過渡期にはガス発電が必要だと発言しています。しかし、内閣や議会はCO2法により、ガス発電のCO2排出量を全量相殺することを義務づける姿勢を変えていません。ですので、現在の条件では、ガス発電を設置する経済的な魅力は電力会社にとっては一切ないという意見が、スイスの電力業界のメインストリームです。

むしろ、ガスと書かれている部分は、輸入電力という風に解釈すべきだ、とエネルギー専門家で元国会議員のルエディ・レヒシュタイナー氏は言います。というのも、スイスの電力会社は周辺国の多数のガス発電や風力パーク等に以前から出資してきました。大手電力Axpoの経営開発部の方が先日、ある講演会で、Axpoの今後の電力市場でのビジネス分野は、国の輸入戦略を助けることだと語っていました。小規模分散型発電の苦手な大手電力も、輸入戦略という方向性を望んでいるようです。

●まだまだ太陽光発電苛めは続く

現段階でのエネルギー戦略2050にはいくつかの問題がありますが、その一つが将来的に電力需要の20%を担うべき太陽光発電への「苛め」が改められていない点です。今のシナリオは、全原発が廃炉になるはずの2035年頃まで太陽光発電の伸びは遅々とし、その後急激に伸びるという、非常に不自然なものになっています。

スイスではエネルギー戦略2050と並行して、再生可能電力の全量買取制度が改善され、これまで再生可能電力の成長を妨げていた課徴金の上限額がなくなる予定です。しかし、太陽光発電については相変わらず、一年に買い取りを受けられる総出力に制限がかけ続けられることになっており、2020年までの設置量目標は僅か600MWと信じられないくらいに小さいのです。

2012年の現在のスイスでの太陽光発電の新規設置量は150MWで、総量は350MW、年の電力消費量の0.5%を生産しています。今のペースでも2014年には600MW(年消費量の1%)に達します。スイスソーラー連盟ではドイツやイタリアの前例から、スイスの太陽光発電の2020年までの現実的な目標は、電力消費量の8~10%であるとしています。

スイスの全量買取制度では、課徴金に上限額があることにより生じた予算不足により、ウェイティングリストの数が2.2万件に達しています。そのうち2.1万件が太陽光発電です。リストにある太陽光の出力は944MWにも及びますから、すごい民意の無視ですね。

今日、小水力やバイオマス発電の方が、場合によっては太陽光よりも発電コストは高くなっています。にも関わらず、太陽光のみに年間の買い取り制限量がかけられています。原発や水力といったスイス電力業界の既得権プレイヤーが、太陽光を一番恐れているための扱いです。

スイスソーラー連盟によると、2035年以前に太陽光発電が電力消費の20%を担うことは可能だといいます。しかし内閣としては、政策へのコンセンサスを得るために、素早い市場の構造改革は避けているというのが現状でしょう。とはいえ、パブコメと議会審議を通じて、エネルギー戦略2050にはまだ改善のチャンスがあります。

 ●風力は2035年までに10%が現実的

それからエネルギー戦略2050では、風力のポテンシャルも、技術の発展を考慮していない古い数字に基づいた計算になっています。戦略によると、2050年までの生産目標が4TWhです。

しかし、この数年間の間に、内陸用の風力技術は発展し、より大きなローターや高いタワーにより、発電量が格段に増えました。また以前の環境庁の示すポテンシャルの数字では、風車の間隔が非常に大きく採られていました。経験値により、この間隔は以前の計算に使われていたよりもずっと小さくても問題がないことが分かっています。

スイスの風力促進連盟スイスエオルは、このような状況の変化を反映させた新しいポテンシャル計算を行わせました。その結果、スイスでは風力が2035年までに需要の少なくとも電力の10%は担えるそうです。2020年までに2TWh、2035年までに6TWhの生産が、景観や自然の面でも問題なく実現できるといいます。スイスにとって風力は、電力需要ピークの冬の生産が主体となるため、夏に生産量の多い太陽光を補う、非常に貴重な電源となります。

再生可能電力の促進政策に遅れてきたスイスでは、今日国内に僅か32基の風車しかありません。同じく内陸のドイツのラインランド・プファルツ州は、スイスの半分の大きさで人口密度も高いにも関わらず、今日既に1200基の風車が電力の10%を供給しています。

スイスエネルギー財団の調査によると、太陽光発電と風力発電の一人頭の設置出力について、スイスは欧州中部9か国の比較ではビリという恥ずかしい位置づけになっています。ドイツはスイスの27倍、フランスですら7倍。一番大きな理由は、原発議論を背景に全量買い取り制度の導入が大幅に遅れたことでしょう。反対に言えば、まだまだ成長する幅は大きいということです。

●エネシフのコストはアルコール消費量3年分


スイスのエネルギーシフトのコストですが、エネルギー庁長官によると年10億フラン、30年で約300億フランかかるといいます。これは、いづれにしても必要な送電インフラの更新費用などを差し引いたコストだそうです。このコストについて、11月中旬に開かれた再生可能エネルギー国家会議で、エネルギー庁の長官が、「スイス人は年110億フランをアルコールに支出している。それに比べたら年10億フランは多くない」と発言していたのには、笑ってしまいました。

現在スイスが毎年エネルギー代金として支払っている額は、毎年310億フラン(約2.7兆円)にもなります。8割のエネルギーを輸入していますから、大半は外国に流出してしまうお金です。エネルギーシフトにより、毎年310億フランの大半が国内に留まり、省エネや再生可能エネルギーに投資されることの国民経済的な効果を考えれば、エネルギーシフトのコストなど大したことはないように思われます。

スイスでもコストに関しては様々な数字が飛び交っていますが、化石燃料の価格高騰を含めて、2050年までのエネルギーシフトの追加コストを正確に予測するということは、不可能に近いことです。


 ●分かりやすいリンク(ドイツ語)

エネルギー戦略2050の概要については、9月28日のドリス・ロイトハルト大臣の記者会見のヴィデオがとても分かりやすいです。 
http://www.tv.admin.ch/de/archiv?video_id=506

また、パブコメの対象となっている資料は下記からダウンロードできます。 エネルギー戦略2050と第一対策パッケージについて説明する資料(140ページ)
http://www.admin.ch/ch/d/gg/pc/documents/2210/Energiestrategie-2050_Erl-Bericht_de.pdf

エネルギー戦略2050の実行に必要な法改訂案
http://www.admin.ch/ch/d/gg/pc/documents/2210/Energiestrategie-2050_Vernehmlassungsvorlage_de.pdf


ニュース

●スイス: ツェンダー社、真空管式の太陽熱温水器で塗装の工程熱
温水暖房器や換気システムのメーカとして有名なツェンダー社。同社は、グレンヒェン市にある倉庫ホールの屋根に400㎡の大型の太陽熱温水器を設置した。この設備により、ラジエータ塗装工場で必要な工程熱の需要の50%を、太陽熱で供給していく予定。採用されたのは高効率の真空管式温水器で、メーカはRitter XXL Solar社。少ない日射でも高温水を作ることができる。同設備では110度の高温水を暖房センターの蓄熱タンクに供給。暖房センターでは2台の暖房ボイラーが、太陽熱温水器による工程熱と暖房熱の生産をサポートする。最良の日射条件の時には、太陽熱だけで工程熱を供給できる。メーカにより最低でも年157.6MWhの熱獲得が保証されており、これは灯油2万リットル分に相当する。
出典:EE-News、Zehnder

●スイス: エミ・グループ、チーズ製造に小型のパラボラ式太陽熱温水器
ジュラ地方名物のチーズ「テート・ド・モワンヌ」を製造するEmmiグループの工場で、工程熱を生産するためのパラボラ型太陽熱温水器が導入された。採用されたのは、NEP-Solar社のPolyTrough1800。出力は360kW、工場の屋根に設置されている。設備は17台のトラフ式(パラボラ型)太陽熱温水器から成り、集熱面積は627㎡。集熱は不凍液により行い、熱はプレート型熱交換器を通じて蓄熱タンクと暖房用温水に移される。「NEP⁻Solarの温水器により化石エネルギー消費量を年3万ℓ減らし、CO2を79t削減できる」とチーズ工場長は語る。NEP-Solarの技術は海水の塩分除去、太陽熱冷房、そして食品加工分野で利用されており、200度以上の温水を生産することが出来る。今回採用されたモデルはラッパースヴィル市のソーラー技術研究所SPFとのコラボにより開発され、以前のモデルよりもより頑丈で、経済的、高効率になっている。
出典:EE-News、NEP Solar

●スイス:2035年までの太陽熱温水器のポテンシャルは6TWh
スイス内閣のエネルギー戦略2050年では、2050年までに建物のエネルギー消費量を半減させることを目指す。さらに太陽熱温水器が4TWhの熱を供給できるというポテンシャルを認めている。これに対し、ソーラーエネルギー産業の連盟であるスイスソーラーでは、2035年までにスイスでは6TWhの太陽熱を生産することが可能であるとし、それを目標に掲げている。これは住宅分野では暖房・給湯需要の20%に相当する。現在スイスソーラーではこの目標を達成するためのマスタープランを作成中だ。
出典:Swissolar

●オーストリア: 太陽熱温水器、オーストリアがトップ
太陽熱温水器の一人頭の設置出力に関して、オーストリアはイスラエルとキプロスに続く世界トップの座を誇る。これまでに500万㎡の太陽熱温水器が設置され、年50万トンのCO2を削減。それにより、年1億5千万ユーロのエネルギー支出を節約している。オーストリアの太陽熱温水器産業は、年4億2千万ユーロを売上げ、4000人の雇用を創出している。輸出率は79%である。9月末には500万㎡目の太陽熱温水器が、環境大臣ニキ・ベルラコビッチ氏の同席の下、ニーダーオーストライヒ州で祝われた。この温水器は食肉工場ベルガ―社に設置されたもので、大きさは1087㎡。「2020年までに我々はオーストリアので陽熱温水器の面積を倍増し、1000万㎡にしたい」と大臣は語った。オーストリアでは近年、工業・産業建築用の太陽熱温水器の促進に力を入れている。
出典:Solarmedia

●スイス:ヨーロッパ最高地点のウィンドパーク増設
アンデルマット村の上部の標高2300mの場所では、2002年から風力生産が行われている。その風車パークを運転する地元のウルセルン電力は、今年、一台の風車を増築した。それにより合計4基の風車、3.3MWが運転されるようになった。増築で採用されたのはエネルコン社のE44 。山地での毎時200㎞にも及ぶ突風にも適したタイプだという。ローター中心までの高さは55m、ローター直径は44m。出力は900kWと小さい。この風車パークは一年に4.5GWh(1300世帯分)の電力を発電する。ウルセルン谷には700世帯が住んでいるので、谷は風力輸出地帯である。増築された風車のコストは140万フラン。風力は電力需要のピークである冬の発電量が多いため、スイスの脱原発にとって貴重な電源である。
出典:EW Ursern

●スイス:ランドクアート町、LED街灯で電力消費52%削減
3つの自治体が統合したランドクアート町では、全ての街灯をLEDに交換、合計680台を施工した。それにより自治体全体の街灯の照明の質が向上し、環境への光害が減った。さらに街灯による電力消費は52%減った。LED自体による電力消費の削減量は40%。さらに夜間の照明量を20%落とすことで、52%まで減らした。照明量の20%削減は視覚的には全く感知できない程度であることが分かった。そのため、今後、更なる照明量の削減が考えられる。ランドクアート町は、スイスの先進的なエネルギー政策を実施する自治体に与えられるエネルギー都市認証を受けている。
出典:EE-News、Energiestadt

●スイス:カーシェアリング団体モビリティの顧客が10万人に
スイスで1997年に生まれた、先進的なカーシェアリング組合「モビリティ」の顧客数が10万人を超えた。ルツェルンに本社を置く同社は、スイスの人口1万人以上の全ての自治体(470自治体)に共用車を配車している。それによりスイス人の3分2が共用車を居住地にて利用できる環境が作られている。同社では今、若い顧客層の獲得に力を入れており、学生には会費を大幅に割り引いている。スイスの発展した公共交通網とカーシェアリングの組み合わせにより、モビリティは大変快適で経済的な移動手法を住民に提供している。
出典:EE-News、Mobility

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