滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

川の生態系への負荷が少ない小型水力の新技術

2011-02-26 10:57:05 | 再生可能エネルギー

「金のワット賞」は小型水力発電の新技術へ
スイスのエネルギー庁は5年前より毎年一月に、優れたエネルギープロジェクトに対して「金のワット賞(Watt d’Or)」を授与しています。今日は、2011年度に授賞した6つのプロジェクトのうち、「再生可能エネルギー部門」で表彰された、アールガウ州シェフトランド町の小型水力発電プロジェクトを紹介します。

昨年9月末より運転を開始したこの発電所は、スーレ川の再自然化事業と一緒に実現されました。そこには、川の生態系への負担が少ない「水渦発電(Wasserwirbelkraftwerk)」という新技術がスイスで初めて採用されています。英語では「Gravitation water vortex powerplant」というそうで、直訳すると「重力水渦発電機」となります・・。

水渦発電とは?
「金のワット賞」の資料では、この技術の原理を次のように説明しています:
川から自然な落差により水を引き、ローターの設置された円筒形のコンクリートの水槽に導く。水槽の底の中心には穴が開いていて、お風呂から水を抜くときのように、水の重力で渦が生じる。その力によりローターが回転、発電する(下記のヴィデオを見るとよく分かります)。

ローターは一分に20回程、ゆっくりと回転するので、魚が傷つく事なく上下流を行き来できます。驚くほどシンプルな作りであるため、メンテ要らずで、長寿命(50~100年)であるとのこと。さらにスイス水渦発電組合によると、渦により水の中に酸素が沢山取り込まれるので、水を浄化する効果があるそうです。落差70㎝で毎秒1000ℓの流量があれば利用できます。

ニュースヴィデオ(装置の全体、再自然化された川が良く見えます。)
http://www.youtube.com/watch?v=OAuX8I2zgmA

スイス水渦発電組合のヴィデオ(大学の実験装置が見れられます)
http://www.youtube.com/user/thedstgroup


地元住民が設立した水渦発電組合が実現
非常に興味を持ったので、スイス水渦発電組合の代表者の1人であるダニエル・シュティーガーさんに電話で話しを聞きました。

プロジェクトのきっかけは、アールガウ州のシェフトランド町にあるスーレ川の洪水。この川に接する敷地にある建設エンジニアのアンドレアス・シュタインマンさんの自宅は、浸水してしまいます。そこでシュタインマンさんは、溝と化していたスーレ川を再自然化することにより洪水防止機能を高め、生態系を回復させることと、新しい水力利用を同時に実現するプロジェクトを立ち上げます。

そのためにシュタインマンさんは、同じくアールガウ州出身の電気エンジニアのクラウディオ・ウルバーニさんとマーケティング専門家のダニエル・シュティーガーさんと共に、スイス水渦発電組合(GWWK)を設立。発電所と再自然化のための資金を集め始めました。同時に有限会社WWKEnergieを設立し、こちらが設備の実現を手がけます。

そしてスイス水渦発電組合は、大学や企業、環境団体等の協力を得て、僅か19ヶ月という猛スピードで、設備の運転開始に漕ぎ着けました。同組合は現在260名の組合員を持ち、技術の普及活動を行なっています。組合員にはスイスばかりでなく、ドイツやイタリアからの個人、企業や環境団体も参加しているそうです。

固定価格買取制度を利用、25世帯分の電力を生産
シェフトランド町の水渦発電設備は、スーレ川の1.5mの落差のある場所に設置されています。コンクリート水槽の直径は6.5m。出力は水量次第で10~15kWで、年8万~13万kWhの電気を生産します。これは20~25世帯分、あるいは50~60人分の電力消費に相当します。

設備建設の費用は、組合によると34万フラン(約3000万円)で、これには発電所だけでなく、スーレ川の再自然化の費用も含まれています。費用は主に組合費でまかなわれましたが、再自然化には州と国から助成金が出ています。また、売電には国の再生可能電力の固定価格買取制度を利用。25年間に渡り、1kWhあたり0.34フラン(約30円)での買取りが保証されています。

シュティーガーさんによると、水渦発電の価格はプロジェクトによって大きく異なり、経験からは小さな設備では20万フラン、大きな設備では100万フラン程度だといいます。この価格には、常に川の再自然化費用が含まれまれているのが興味深い点です。

メイドインスイス
水渦利用は100年前に発明され、その後オーストリアのフランツ・ツォルテラー氏が実用化しました。ですが、水力発電装置として洗練させたのはスイスの技術であると、シュティーガーさんは語ります。

「スイスの水渦発電では、水を貯水しないため、川の水位が常に変動します。そのため15分おきに水位の変化に対応して運転できるコンピューター制御ソフトが、企業秘密の部分なんです。」(シュティーガーさん)

もちろんシェフトランド町の設備はプロトタイプなので、今もシステムを改良する研究が続けられています。アールガウ州の大学研究所では、1対8の模型による実験が行なわれており、改良案は水渦発電組合のプロジェクトに反映される体制です。シェフトランド町の施設はコンクリートの水槽でしたが、スチール製のモジュール式水槽や、木製の水槽のプロジェクトもあるそうです。

再自然化事業と小型水力発電は常にセットで
シェフトランド町では、水渦発電が設置されたスーレ河の区間200mが再自然化されました。5つの堰が外され、川幅は4mから広いところでは40mに広げられ、自然な流れを取り戻しています。スイス水渦発電組合のメンバーでもある地元の自然保護団体が作った河原のビオトープと共に、再生された川は地元住民のオアシスとなっている、とシュティーガーさんは語ります。

シェフトランド町の水渦発電設備の脇には、一応、魚が上下流を通行するための魚道も設けられています。ですが、この魚道を用いなくても、魚が直接にローター水槽の穴を抜けて、通行する様子が観察されているそうです。

ポテンシャルとしては、スイスにある再自然化工事が必用な1.7万箇所に、水渦発電設備を組込むことができ、それにより100万世帯分の電気を生産できるそうです。実際には、スイス水渦発電組合は現在30箇所でのプロジェクトを進めており、さらに100箇所以上でもプロジェクトの準備をしています。

山国のスイスは水資源の豊かな国で、発電量の6割が水力により作られています。同時に水系再自然化の先進国として、何十年もかけて障害物のある河川区間を再自然化していくことを目指しています。そのため、水力設備の改修や新設は、必ずと言って良いほど再自然化工事とセットで考えられています。

それでも従来的な小型水力発電に対しては、役所や環境団体などから川の生態系に与える影響を憂慮する声が少なくありませんでした。ですが、環境への負荷の少ない水渦発電という新技術により、水力利用と川の自然再生の両方が得する関係が生まれます。

水渦発電には、スイスの輸出技術として、そして小型水力発電の推進力としてのこれからが期待されています。


参照:
www.gwwk.ch(スイス水渦発電組合)
energaia 1/2011


■ 2011年度「金のワット」授賞プロジェクト
(社会部門)
ジュネーブ市営エネルギー会社の貧困層を対象とした省エネ促進
(エネルギー技術部門)ツューリヒャーオーバーランド地方のゴミ焼却場と農家との協働による排熱利用の野菜栽培温室
(再生可能エネルギー部門)スイス水渦発電組合によるシェフトランド町の小型水力発電
(省エネ交通部門)スウォッチ子会社のBelenos Clean Power(株)とパウル・シェラー研究所、水素燃料電池によるモーター開発および家庭用水素生産に関する開発
(建物部門)バーゼルシュタット州営エネルギー会社によるシュトゥッキ地区の廃熱利用の地域冷暖房
(審査員特別賞)ソーラーインパルス、ソーラー飛行機プロジェクト


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