滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ベルン州、原発更新を巡る住民投票前の攻防戦

2011-02-01 10:54:52 | お知らせ

早くも2月1日、裏山の森ではきつつきのドラムリングが聞こえるようになりました。そして、国民・住民投票の日曜日まで、2週間を切りました

昨11月末には、ベルン市が2039年までに原発電力をなくす法律を住民投票で決めたばかりです。対して今回の目玉は、ベルン「州」の原発を巡る投票です。首都ベルンの西20kmにあるミューレベルグ原発は、2020年頃に廃炉が予定されています。その隣に新しい原発を建てるか否かを州民に問う投票が行なわれるのです。

そのため私の住むベルン州では、 この一ヶ月というもの、原発更新への賛成派と反対派の間で、熱い攻防戦が言葉と戦略の上で繰り広げられています。ベルン州の新聞「Der Bund」には、ほぼ毎日のように双方の意見が載っています。あちこちの地域で討論会や説明会が開催されては、正反対の意見を持つ教授たちや研究者や、政治家や企業家がパネルディスカッションし、教会や労働組合もそれぞれの意見を表明しています。

とはいえ、今回の投票は住民の意見を聞くためのものであり、法的拘束力は持ちません。しかし2014年ごろに、国レベルで原発新設の可否を問う(拘束力のある)国民投票が行なわれる予定です。ですのでベルン州での投票は、この「本番」へのシンボル的な意味を持つものとして重視されています。また、住民投票で反対票が多ければ、ミューレベルグ原発の更新は不可能とされています。

更新(新設)への賛成派も反対派も「長期的」には再生可能エネルギーしかないという意見では一致しています。問われているのは、すぐに再生可能エネルギー時代型の電力供給構造に転換していくために全力・資金を注ぐのか。あるいはこれまで通りの「水力+原子力」という供給構造を次の50年間続けるのか、ということです。それは、技術的・経済的な問題というよりも、政治的な意思の問題です。

原発更新への賛成派は、「原子力も新再生可能エネルギーも行う」と主張していますが、それは供給構造的にも、経済的にも矛盾していることです。ですので、結局は「再生可能エネルギーか原子力か」という問いであることに、多くの市民は気がついています。今日はローカルな話で恐縮ですが、この投票を巡るベルン州での選挙戦の一月を追ってみましょう。

攻防戦の幕を切ったのは、ミューレベルグ原発を運営し、その更新を目指すベルン州電力です。1月頭に「100%安定供給」というタイトルのカラー刷り新聞が、州の全家庭に届きました。「再生可能エネルギーもやってますが足りません、だから安心でクリーンなミューレベルグ更新を」と勧めます。これだけで1000万円近くかけたそうです。ベルン州電力では昔の社員を動因したり、大々的な施設見学のバスツアーも実施しています。

ベルン州の再生可能・省エネルギー産業も負けてはいません。この業界の地元中小企業60社が団結して「ベルン新エネルギーグループ」を結成。1月頭から、「Aber Sicher(そりゃもちろん)」キャンペーンを開始。ベルン州やスイスに豊富にある再生可能な資源を利用すれば、「そりゃもちろん」原子力なしで雇用と豊かさを創出できる、と呼びかけます。こちらも広告、メディア、ネット、ポスター、講演会など盛んに活動しています。

1月10日にはベルン州電力が突如として、再生可能エネルギーへの投資予定額を60%減らすと発表。スイスの政府は2030年までに再生可能電力に関して、現在の電力消費量の10%に相当する量を増産することを目標にしています。ベルン州電力は、それ達成不可能だから投資しないと一方的に言い放ったのです。理由は、フィードインタリフを利用した風力・小型水力・バイオマス発電プロジェクトへの市民の反対が大きく、プロジェクトが進まないというもの。もちろんこれは解決すべき問題ですが、投票前にこのような発表を行なうことは、市民への圧力であるというブーイングが全党派から聞かれました。

そんな矢先の1月14日。EUのエネルギー委員がスイスとエネルギー協定を結ぶ条件として、スイスが総エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに31%に上げることを譲れないとしている、と「DerBund」誌が大きく取り上げました。(現状は19%で、2020年までの国の目標は27%。)このEUからの要請を考えれば、ベルン州電力は国の目標を放棄することはできないはずです。というのもスイスの大手電力会社はヨーロッパとの電気取引で大もうけしており、この取引を続けるためにはEUとのエネルギー協定の締結が欠かせないのです。

さらに1月16日には、「不都合な真実」が発覚。「ミューレベルグ原発を新設する際には、敷地に高度放射線廃棄物の中間保存庫が建設されることになっている」。という事実が、州の発行する住民向け投票資料に一言も記載されていなかったのです。これまで高放射性廃棄物は、別州にある中央の中間保存庫で一括して保存されていたのです。でも既存の中間保存庫の容量は、既存の原発から出るゴミだけで一杯。だから、ミューレベルグ原発を新設する場合には、隣に中間保存庫がつく。しかも最終処分場の問題は未解決ですから、相当長い間「中間保存」が続くだろうという側面を、住民は初めて知り、慌てました。

1月18日には、ベルン州内閣が「原発更新を否決することを市民に勧める」というプレスリリースを発表。その言葉は次のように驚くほどきっぱりとしています。
「ベルン州内閣は、そのエネルギー政策を再生可能エネルギーと省エネルギーに据える。このため内閣は州議会とは反対に、ミューレベルグ原発の更新を拒否する。州政府の視点から、原子力発電は時代遅れで、危険で、高く、不必要である。・・(中略)・・州エネルギー大臣のバルバラ・エッガー・イェンツァーは『州内閣はベルンの市と地域を必要以上にこのリスクに晒す準備はない』
と明言する。」そして、20年以内に電力供給を原子力なしで行なうことが可能であると確信している、と続けます。
しかし、
ベルン州政府と州議会は、この問題に関して意見が違うのです。州議会は原発推進派の方が過半数。そのため州政府のこの行動には、議会から激しい批判が寄せられました。

この頃、ミューレベルグ原発に近い自治体Wohlenで社会民主党(SP)が主催した討論会を訪問しました。パネラーは更新を拒否する社会民主党(SP)と賛成する自由民主党(FDP)の政治家、ベルン州電力の経営陣、エネルギー庁の副長官、ソーラーエネルギーの教授、司会は地元紙の編集者。満場でした。質疑応答の時には、「数年後に太陽光発電の電力が原子力の電力よりも安くなったら何が起きるのか」、「事故が起きたら、我々は何週間どこの核シェルターに篭っていればよいのか」、「保険が十分に掛けられていないのに、不動産などへの被害は誰が支払うのか」、等々という素朴な住民からの質問に対して、ベルン州電力や村長が満足に答えられなかったことが印象に残りました。

1月23日には、ベルン州のソーラーエネルギー会社のMegasolがベルン州電力に対して、(新原発の竣工予定年である)2025年までに新しい原発と同じ価格で同じ電力量を供給する太陽光発電設備を設置する見積もりを送り、メディアでは話題になりました。さらに月末には、スイスの省エネ・再生可能エネルギー機関AEEの科学顧問委員の6人の教授が連名で、ミューレベルグ原発の更新は無駄であると発表しています。

ベルン州の住民はどのように投票するのでしょうか。原子力利用をめぐる住民の意見は、過去10年間では基本的に五分五分で、推進派が僅差で勝つというパターンが多くありました。ただし、10年前と今日とでは再生可能電力や省エネ技術の発展は、天と地の差です。2~3年前まで原子力は不可欠という考えだった知人でも、最近、原子力はもうやめて再生可能エネルギーと省エネに集中して投資しようという意見に転向した人が身近にも何人もいます。この変化には個人的にも驚いています。

しかし、ベルン州の投票が済んでも、スイスには原発の更新の候補地がまだ2箇所あります。それらにけりがつくのは2014年の国民投票。その時まで、スイスのエネルギー政策の議論が原発Yes・Noという側面に集中してしまうのは、非常に不毛で、残念なことです。というのも、とっくに脱原発を決めたドイツや、もともと原発を始めなかったオーストリアといった隣国では、その先のエネルギー議論が進められているからです。例えば、スイスに接するフォーアールベルグ州政府は、2050年までに全てのエネルギーを再生可能エネルギーで自給していくことを決め、そこに向かって既に進み出しているのです。


短信

省エネ改修と再生可能熱源の促進に熱心なサンクトガレン市
前回のブログでサンクトガレン市の深層地熱水による地域暖房・発電プロジェクトを紹介した。その際に、地下資源を利用する前に、地上の省エネルギーやソーラーエネルギー利用を最大活用して欲しいと書いた。その後、スイスの自治体エネルギー政策の専門家からサンクトガレン市では、既に盛んな建物の省エネ改修や再生可能熱源の促進が実施されていると聞いた。スイスでは建物の省エネルギー化への助成は、国と州のレベルで行なわれている。サンクトガレン市は、それに追加する形の助成を実施している。例えば断熱改修に関しては、1kWhの熱の省エネにつき50ラッペンの追加助成が出る。灯油1ℓを節約する対策で5フラン(約425円)が出るという計算になる。その他にも、省エネ改修の総合計画作成費、再生可能熱源(太陽熱温水器、地熱ヒートポンプ、地域暖房接続、熱回収型換気)に追加助成を出している。サンクトガレンの市営エネルギー会社の収益から、毎年約1.7億円を省エネルギー基金に入れており、それを助成資金に当てている。

●ソロトゥン州の住民も原発更新に反対のアンケート結果
スイスの大手電力会社Alpiqは、ソロトゥン州のゲスゲン原発で原発更新を検討している。この地方の住民がゲスゲン原発更新と放射性廃棄物の最終処分場に反対しているという調査結果が発表された。社会・経済学的な調査で、依頼したのはアーラウとオルテンの間の人口3.28万人を持つ15自治体の村長・市長たち。アンケートに答えた住民の45%がゲスゲン原発の更新に反対、賛成は38%。国が計画する中~弱放射性廃棄物の最終処分場については、71%が反対で、全ての15自治体で拒否が多数派。原子力施設は地域のイメージに否定的な効果をもたらすだろうと答えたのは、原発更新に関しては市民と企業の6割、最終処分場に関しては市民の84%、企業の77%である。
参照www.blick.ch, 27.1.2011


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