滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

「ミネルギーの日」:新基準ミネルギー・Aの快適住宅訪問

2011-11-14 12:47:07 | 建築

ご無沙汰するうちに木の葉がすっかり落ちて、朝は霧深く、いよいよ冬まであと一歩という季節になりました。こちらスイスの秋の庭の紅葉です。



●近況より
先月末には建築デザイン誌「コンフォルト12月号」で、拙著のスイスの製材所エルレンホフの木資源カスケード利用についての記事が掲載されました。木造仮設住宅の特集もとても面白い号ですので、是非ご覧になってみてください。
http://www.amazon.co.jp/CONFORT-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%88-2011%E5%B9%B4-12%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B005SGXGAM/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1321266454&sr=8-3

また、ドイツ語の「フクシマニュース11月号」を下記のスイスエネルギー財団のサイトから読むことができます。ドイツ語が母語のご家族をお持ちの方は是非ご覧になって下さい。
http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2011/11/03/fukushima-news-im-november.html


●11月11~13日はミネルギーの日
先週末は、国際パッシブハウスデイでした。中央ヨーロッパの国では、各地のパッシブハウス建築がオープンハウスになり、自由に見学できます。スイスでも数年来、ミネルギー連盟とスイスパッシブハウス振興会の共同で「ミネルギー・Pの日」を開催していました。

それが、今年から「ミネルギーの日」として、ミネルギー・P基準だけでなく、それ以外の基準(ミネルギーやミネルギー・エコ)も参加することになりました。全国で300の住宅やオフィスが開放され、最寄の住宅をミネルギーのホームページで探すことができます。市民にとってはミネルギーやミネルギー・P住宅に触れる貴重な機会です。

私たちも以前から気になっていた近所のミネルギー・P・エコ住宅を見学に行きました。パッシブハウス基準に相当するスイスのミネルギー・P基準と、環境と健康に害のない建材や構法を認証するエコ建築基準の両方を満たす家です。それだけではなくて、今年の春にミネルギー連盟が新しく導入したミネルギー・A基準の認証の第一号ということで、気になっていたのです。


ケンプフ邸の南ファザードと北・西ファザード


●「ミネルギー・A・エコ」のケンプフ邸
2年前に竣工したケンプフ夫妻の住宅の入口には、ミネルギー・A・エコとミネルギーP・エコの両方の認証プレートがついています。もともと後者の認証を受けていたのですが、今年ミネルギー・A基準が新導入されるにあたり、A基準もクリアするテスト建築として連盟よりこの認証を受けたのです。


認証プレートと施主夫妻のケンプフさん

ケンプフ邸は木造二階建ての二世帯住宅で、住面積は230㎡です。地下室、階段室、バルコニーはコンクリート製になっています。外壁の厚さは45cmで、セルロース断熱材が吹き込まれています。窓は断熱三層の木窓。室内に入って、まず空気の良さ、暖かさ、明るさが印象的でした。室内気温は20度なのに、壁・床・窓が暖かいので、我が家よりもずっと暖かく感じます。床はどっしりとしたオークの無垢材で旦那さんは裸足でした。暖かな色合いの綺麗な粘土壁はご夫妻が施工したそうです。







またケンプフ邸は、旦那さんのご両親が電磁派に敏感だそうで、電磁派対策を行っています。建物には直流と交流のコンセントの両方が敷設されていて、照明機器には直流コンセントが使われます。それにより蛍光灯でも電磁派が生じず、光がちらつかず、照明器具が長持ちするというお話。また普通のミネルギー・P住宅ではIHC電磁調理器が一般的ですが、これも電磁派の影響を考慮してガス調理器を選んでいました。オーブンについても直流で対応できる機材でした。家電はエネルギーラベルでA以上の省エネ性能のものです。




左が直流用コンセント  右は給気口





LEDのダイニング照明

室内を案内頂いた後、地下室の12㎡ほどの機械室を見に行きます。この家の暖房は低温床暖房なのですが、驚いたのは床暖房の送水温度が24度であること。戻ってくる温度は22度でした。これで室温20度を保っています。暖房と給湯の熱源は、9㎡の太陽熱温水器と4.5kWという小さなペレットボイラー。ペレットの消費量は1年2世帯で1.5㎥だそうです。暖房・給湯にかかるペレット代は二世帯で年420フラン(4万円弱)!ミネルギー・Pならではです。


小型ペレットボイラーと一年二世帯分のペレット(1.5㎥)

通常、全館暖房用のペレットボイラーはペレットサイロから自動的に燃料の供給を行うのですが、ケンプフ邸では消費量が少ないので、週に2回ほど袋詰めペレットをボイラー付属の小タンクに入れています。機械室には、容量1200ℓの太陽熱温水器が接続したタンクが置かれています。このタンクにペレットボイラーも接続されていて、太陽熱で足りない時にペレットで熱を供給します。もちろん熱回収付きの機械換気設備も付いています。給気を地下に敷かれたヒートチューブを通してから取り入れていました。


熱交換式の機械換気設備と太陽熱温水器の蓄熱タンク

地下室では洗濯機も見せてもらいました。スイスでは洗濯物は30度、60度、90度に仕分けして洗いますが、従来的な洗濯機は電気でこの温水を作っており、電気浪費源になっています。エコな家庭では太陽熱温水器の給湯ボイラーから直接温水を洗濯機に取り入れる配管になっており、ケンプフ邸でもそうしていました。



最小限の熱・電気消費のこの家は、屋上に9㎡の太陽熱温水器と4.2kWの太陽光発電が乗せられています。それにより、一年の収支では家で使う以上のエネルギーを生産しています。もちろん家電も調理も含めて。電気は全量買取制度を利用して売電しています。スイスでプラスエネルギーハウスの研究を行なうエネルギークラスター連盟の定義によると、ケンプフ邸は「年間収支で外部から取り入れる以上のエネルギーを生産」するプラスエネルギーハウスと呼べることになります

●ミネルギー・Aはゼロ熱エネルギー建築基準
ここでミネルギー・Aについてちょっと説明します。ミネルギー連盟の新しい基準である「A」は、アクティブのA、つまりエネルギーを作る家です。基本的に熱エネルギー消費量(暖房・給湯・換気)がゼロであることを求めます。これには木質バイオマスに関して後述する例外が設けられています。また建物の建設にかかるグレーエネルギーに制限値が儲けられていることと、厳しい家電と照明の規制も特徴です。

ミネルギー・Aの特徴をまとめると下記の通りです。
・躯体の断熱性能:ミネルギー基準と同じ(法規規制値の90%)
・気密性:ミネルギー・P基準と同じ(50パスカルの圧力差で漏気回数0.6以下)
・建物の建設にかかるエネルギー:1年1㎡あたり50kWh以下(太陽光発電の余剰電力を差し引き可能)
・家電と照明:エネルギーラベルでトップクラスのもの
・熱回収型機械換気:義務・熱エネルギー消費量制限値:ゼロkWh/m2年、バイオマス利用時15kWh/m2年以下

熱源については主に2つの選択肢があります。
① 太陽光発電+ヒートポンプ
この場合、太陽光発電がヒートポンプと換気の電力消費を自給しなくてはなりません。(太陽光発電、太陽熱温水器、ヒートポンプを組み合わせる例も有り。)ただし全量買取制度で売電している電気については、ミネルギー・Aに加算することができない規則になっています。

② 太陽熱温水器+木質バイオマス
この場合、例外的に木質バイオマスと換気を合わせて一年一㎡あたり15kWhまでの熱エネルギー消費が許されます(ゼロにしなくても良いということ)。ただし熱需要の半分以上は必ず太陽熱温水器でまかなわなくてはなりません。

もともとミネルギー・Aの開発では、ミネルギー・Pが基盤となり、ドイツのパッシブハウス基準のように家電の電気消費量にも制限値がかけられるという触れ込みでした。しかし基準の導入にあたり、ミネルギー連盟が建設業界に聞き取りを行ったところ、現在の妥協形に収まったというわけです。さらに建物の生産エネルギーに関しても、伝統的なレンガ構造が許される程度となっています。

ミネルギー・Aは、始まったばかりの基準ですから今後改善が重ねられていくことでしょう。しかし、EUが2020年までに義務化するニアリーゼロエナジーに関して、スイスにおける定義への一歩となったことは間違いありません。私としては、家電分もちゃんと自給する定義にして欲しかったのですが、それはミネルギー基準開発の次の一歩になりそうです。

政治的には、スイスの州のエネルギー大臣会議は「2020年までに新築では通年して可能な限り熱を自給し、自家による電力供給に貢献すること」という姿勢をとっています。いづれにしても建物の省エネ規制は2020年までに、あと1~2度は厳しくなるでしょう。それがミネルギー・Pとミネルギー・Aのどちらに近くなるのか、あるいはもっと進歩的な次の展開があるのか楽しみなところです。


最近の福島効果

●緑リベラル党の躍進
随分と前の話になりますが、スイスでは10月23日には国会の下院の選挙がありました。この選挙で議席を大幅に増やしたのが中道の小さな2政党、ブルジョア国民党(+9議席)と緑リベラル党(+9議席)です。
ブルジョア国民党は福島第一原発事故後にいち早く方向転換して「学べる政党」を印象づけました。また、もう1つの緑リベラル党は、環境・エネルギーに関しては元から徹底してグリーン、ですが社会や経済に関してはリベラル・中道派です。どちらもフクシマ後に脱原発を推進した比較的新しい小さな政党で、既存大政党の硬直関係に変化を求める国民の希望が現われたようです。
ただしこの選挙では、長年に渡り第二党の社会民主党(+3議席)と共にスイスの脱原発運動を支え続けてきた緑の党が5議席も失ったのは残念でした。また、原発推進派の姿勢を変えなかった第一党のスイス国民党(-8議席)と自由民主党(-5議席)は議席数を減らしています。
この様子ですと下院では、脱原発は無事に進められそうです。とはいえ、より重い決定権を持つ上院の二次選挙と年末の内閣選出までは気が抜けません。
私と視察に行ったことのある方の何人かはご存知のヨシアス・ガッサーさん(ガッサー建材会社)が、この選挙で緑リベラル党の政治家として初出馬・当選しました。パッシブハウスやプラスエネルギー建築、地域の再生可能エネルギー推進の広告塔のような人です。今後のご活躍に期待します。

●黒塗り資料「福島第一原発事故の結論としてのスイスでの対策」
現在販売されているスイスの雑誌「ベオバハター(観察者)」に、福島第一原発事故に関する情報公開について、スイスのエネルギー庁と原子力安全委員会を批判する記事が載っています。同誌の編集部では、エネルギー庁に2011年度のスイスの原子力安全委員会の会議議事録の閲覧を要請しました。2週間後に届いた資料は手数料が400フランした上に、98ページ中33ページが全て黒塗り、52ページが一部黒塗りだったそうです。特に3月23日の福島原発第一事故の背景の情報収集から8月末の事故影響によりスイスで必要な対策の議論に関しては、タイトル以外は脚注を含んで黒塗りされていました。これに対して、原子力安全委員会のブルーノ・コベッリ委員長の「全てが公開されたら一定のことについては議論ができなくなる、あるいは議事録をとらないようにするしかなくなる」というコメントが同誌に掲載されており、スイス原子力村の隠蔽体質に愕然としました。
参照:Beobachter誌


ニュース

★スイス:エネルギー・シュバイツのホームページリニューアル
国のエネルギー庁による省エネ・再生可能エネルギー促進プログラムであるエネルギー・シュバイツの国民向けホームページがリニューアルされた。住い、建物、企業、モビリティ、行政、エネルギー生産、教育の分野ごとに、効率的エネルギー利用の様々な側面が分かりやすく説明されている。特にエネルギーホットラインは面白い。これまでも、各州のエネルギー専門局や州に委託を受けた中立の専門家が、住民のエネルギーにまつわる相談を受けてきたが、その電話番号を国で一本化。ホットラインに電話すると最寄のアドバイザーに繋がる仕組み。下記のリンクから新しいサイトを是非ご覧下さい。
www.energieschweiz.ch

★スイス:大ブームの電気自転車、フライヤー社
坂の多いスイスでは近年電気自転車が大人気で、既に自転車市場の市場の約15%を占めるようになっている。ベルン州にあるBiketec社のフライヤーという電気自転車は、スイスの市場シェア・ナンバーワンだ。同社の従業員数は160人で年5万台の高品質な電気自転車を生産。シティバイク、マウンテンバイク、スポーツバイク、タンデム、輸送用バイクなど様々な需要に応えられる製品を揃える。特に160kg積載可能な輸送用バイクは最近ヨーロッパの自転車メッセで金賞を受賞した。同社が8万人の顧客を対象に調査したところ、顧客の6割が自動車の代わりに電気自転車を使っていると答えたそうだ。自動車移動の3割が3km未満のスイスでは、電気自転車による自動車の代替は今後も期待できそうだ。
メーカサイト:
www.flyer.ch
参照:DerBund誌

★スイス:アールガウ州のリサイクリング・エネルギーセンター
10月末にアールガウ州にリサイクリング・エネルギーセンターがオープンした。生ゴミ・緑のゴミからはバイオガスを、使用済みの植物油からはバイオディーゼルを、剪定材や木のゴミからはチップを作る。バイオガス・コージェネで作った電気はチューリッヒ市営電力会社に20年間に渡り、全量を販売する。
http://www.recycling-energie.ch/
参照:プレスリリースEWZ

★11月24日~27日ベルン住宅建設エネルギーメッセ
11月末にベルン市で毎年恒例の住宅建設エネルギーメッセが開催される。住宅での省エネ構法による建設会社や設計会社、建材メーカ、設備メーカ、エンジニアオフィスなどが出典する。小さなスペースで濃い内容が見られるのが魅力。メッセと並行して開催される会議は「省エネにより100%再生可能エネルギー」がテーマ。
http://www.hausbaumesse.ch/

★ドイツ:ソーラーコンプレックス社が6つ目のバイオエネルギー村
市民出資のエネルギー会社であるソーラーコンプレックス社では、ボーデン湖地方で、毎年2村の農村をバイオエネルギー村化している。基本的に農業バイオガスと木質バイオマスの組み合わせで熱と電気を自給する村のことだ。今回運転を開始したのはヴァイターディンゲン村。1.2MWのチップボイラーと6kmの地域暖房網が130の建物に接続された。熱の基礎負荷はバイオガス・コージェネの廃熱が担う。これにより年40万ℓの灯油が代替された。バイオガス発電は年300万kWhを生産。さらに数多くの太陽光発電も設置されている。投資額は300万ユーロで、3分2が地元の銀行経由でドイツ復興銀行(KfW)の融資、4分1がソーラーコンプレックス社の自己資金による出資である。
参照:プレスリリースSolarkomplex社

★ユーヴィ社、南西ドイツに53MWの風力パーク
ライン・フンズリュック郡キルヒベルグ町では23基の風車設備の建設が進む。各風車の出力は各2.3MW。これは年末までに南西ドイツで最も大きな出力のウィンドパークとなり、3.5万世帯分の電気を生産する予定だ。ウィンドパークを運営するのは、再生可能エネルギーに特化した会社のユーヴィ社と、地域の市営エネルギー会社によるジョイント企業。「このプロジェクトでは、エネルギーが消費される場所の近くでエネルギーを作ります」と、ユーヴィ社代表のマティアス・ヴィレンバッハー氏は語る。ユーヴィ社はライン・フンズリュック群に今年末までに7箇所51基のウィンドパーク、計114MWを建設。昨年までに建設された50基を合わせると同地方には200MWの風車が15万世帯の電気を作っており、この地域は電力輸出地帯になっているという。
出典:プレスリリースJuwi社

★ドイツ:風力設備の運転停止69%増える
ドイツ風力連盟がコンサルタント会社Ecofysに依頼した調査によると、ドイツでは送電網の容量不足を理由とする風力発電機の運転停止が増えている。送電網運営者が発電機の運転を停止したために、2010年度には150GWhまでの風力が失われ、前年度比で69%も増えた。「これは警鐘を鳴らす値です。何年も送電網増強が遅延しているというだけの理由で、貴重なCO2フリーの電力が失われている。2010年が風の少ない年だったことを考えると、これからはもっと(停止が)増加する傾向が予測される。」と、ドイツ風力連盟の会長のヘルマン・アルバー氏は語る。停止回数は2009年には285回であったのが2010年には1085回に増えた。停止回数の4分の3は、E.ON送電網会社の管轄地域で行なわれている。一部のウィンドパークでは年生産量の4分1が失なわれたという。
出典:プレスリリースBWE


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今年のスイスソーラー大賞を授賞したプラスエネルギー建築たち

2011-10-15 21:56:24 | 建築

本当にご無沙汰しております。現在、次の本の執筆を必死で進めているところで、なかなかブログの時間が取れない毎日です。その間、スイスはすっかり秋深まり、遅咲きの菊の蕾も開きかけてきました。温暖な日が続いているものの、朝晩は冷え込み、我が家は暖房が入っています。

■ご報告

★ビオシティ2011年48号発売
環境と持続可能なまちづくり専門誌「ビオシティ」のリニューアル第一号です。拙著のオーストリアのエネルギー自立村、ケッチャッハ・マウテンについてのロングレポートが掲載されています。是非ご覧下さい。また「ビオシティ」の応援をお願い致します!!
http://www.amazon.co.jp/BIOCITY-%E3%83%93%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3-2011%E5%B9%B448%E5%8F%B7/dp/4903295524/ref=sr_1_cc_1?s=books&ie=UTF8&qid=1318688584&sr=1-1-catcorr

★オルタナ2011年26号発売
環境経済誌のオルタナの木の特集号に、拙著の小さなインタビューが掲載されました。スイスのフォレスターから近自然森づくりを学ばれている総合農林社の佐藤浩行さんへのインタビューです。スイスの近自然学を日本に伝えたパイオニアの山脇正俊さんがこの2人を繋げています。 http://www.alterna.co.jp/6930


■2011年度スイスソーラープライス発表
10月10日にジュネーブで、今年度のスイスソーラー大賞が、ソーラーエージェンシーにより授賞されました。大統領のミシュリン・カルミレさんや英国のスター建築家のノーマン・フォスター氏という豪華ゲストを迎えての授賞式です。いろいろな部門がありますが、建築部門の目玉は、今年もプラスエネルギーハウスたち。下記にいくつかハイライトをご紹介します。

★ハイツプラン社の事務所ビル、エネルギー自立度448%
2010~11年にサンクトガレン州ガムズに建てられた、ハイツプラン社の省エネ型の工場・オフィス建築。この建物は太陽光発電パネルにより年55000kWhの電力と太陽熱温水器により10900kWhの熱を作る。同社の年間エネルギー消費量は13000kWh(熱・電気)。よってプラスエネルギー度は448%となる。発電量に占める割合は、単結晶セルパネルを乗せた平屋根が67%、南ファザードが16%。アモルファス薄膜セルを使った東ファザードが8%、多結晶セルのパネルを載せたコンベアが9%を生産。屋根だけでなくファザードの活用、太陽熱温水器との組み合わせがポイント。

Quelle : Solaragentur

 ★シュレッティ家の戸立て住宅 自立度147%
ベルンのアルプス地帯の麓、ツヴァイジンメン村にあるミネルギー・P基準の新築一戸建て。エネルギー生産量は年25100kWh。対して床面積306㎡のこの家の消費量は17105kWhなので、プラスエネルギー度は147%となる。南向きの屋根の中央部が太陽熱温水器になっていて年17100kWhの温水を生産。その周囲が太陽光発電パネルで年8000kWhを発電。この家は、お隣の木質ボイラーで暖房する既存住宅と熱配管で結ばれている。それにより太陽熱温水器で余剰な熱が出たら、お隣の建物の蓄熱タンクに供給する。対して太陽熱温水器では熱が足りない日には、お隣の木質ボイラーがこの建物に熱供給するというのが面白い。太陽熱温水器を積極的に活用したプラスエネルギーコンセプトがポイントだ。

Quelle : Solaragentur

★サニーワット、ミネルギー・P・エコの集合住宅 自立度80%
サニーワットと名づけられた木造集合住宅はミネルギー・P・エコ基準で建てられており、19世帯が入る。住面積3580㎡の集合住宅の総エネルギー消費量は年109870kWh。対して、屋根面の太陽光発電パネルと太陽熱温水器による生産量は88400kWh。高断熱性能やパッシブソーラー利用により熱需要が最小限に抑えられている。太陽熱温水器で足りない熱は地中熱ヒートポンプでまかなう。一世帯あたりの屋根面積が限られた集合住宅でも、高いエネルギー自立度を達成できる例。設計はソーラー建築家として有名なベアット・ケンプフェンさん。下記リンクから写真が見られます。
http://www.kaempfen.com/images/stories/kaempfen/pdf/pdf_sunny_watt.pdf

Quelle : Solaragentur

★ルーファー・フーバー家の戸立て住宅 自立度315%
知人のトーマス・メッツラーさんが設計した、チューリッヒ近郊にあるコンクリート造の戸立て住宅。ミネルギー・P・エコ認証を受け、バウビオロギーの手法で建てられた。床面積185㎡のこの家のエネルギー消費量は熱と電気をふくめて、一年で僅か4612kWh。対して屋根材一体型の太陽光発電パネル13.2kWが、年14533kWhを生産する。プラスエネルギー度は315%だ。外壁のU値は0.10。設備は低温床暖房と地中熱ヒートポンプの組み合わせ。メッツラーさんらしい、シンプルでも温かみのあるデザイン。おめでとうございます!!こちらから写真が見られます。
http://www.bauatelier-metzler.ch/architektur/haus_rufer/index.html

Quelle : Solaragentur

参照:Solaragenturプレスリリース


■カッセルで「100%再生可能エネルギー地域」会議
9月末にドイツのカッセルで、2日間に渡る会議「100%再生可能エネルギー地域」が開催されましたので、本の取材を兼ねて聴きに行きました。参加者はなんと780人!!ドイツ国内の自治体関係者、エネルギー会社、設備建設会社、エンジニア事務所、市民団体などの人々が集まりました。

いくつものフォーラムが並行開催され、自治体や地域がエネルギー自立する上での手法・経験・課題などを、あらゆる角度から具体的に議論。既に数多くの自治体がエネルギー自立(とそれによ
り地域への価値創出)に向かって取り組みを進めているドイツでは、この会議が貴重な経験交換の場、ネットワーキングの場となっています。

会場の一部は小さな展示場となっており、自治体を顧客とする企業たちがアピールしていました。エネルギーサービス会社、設備メーカ、計画作成するエンジニア事務所、フォンド、再生可能エネルギーの業界団体・・等々。100%再生可能を政治的目標にすえて切磋琢磨する自治体たちのポスター展示も、ずらっと100枚くらい並んでおり圧巻でした。

人の数もそうですが、人々の熱気のすごいこと。ドイツではこのテーマが社会の一大運動になっていることを改めて実感しました。


■最近のフクシマ効果

9月末にスイスの上院も(驚いたことに)、内閣と下院に続いて原発の新設禁止を可決しました。しかし、法制化されるまでは、まだ不確定要素が大きいのが現実です。同時に上院も(下院に続き)、スイスの全量買取制度を機能不全にしている買取予算の上限を除去することを可決しました。現在、買取のウェイティングリストは1.3万件にも及んでいますから、すぐにでも実行すべきことなのですが、これについても実現までにはまだ時間がかかりそうです。

★フクシマニュース第一号配信
10月頭より月1回のペースで、スイスの環境団体であるスイスエネルギー財団のホームページにドイツ語で「フクシマニュース」を掲載しています。第一回目のリンクを下記にはります。スイスの人々の意識から福島第一原発事故を忘れさせないことが目的です。ドイツ語のニュースですので、ドイツ語が母語の皆さんのご家族やお友達に是非広めて下さい!
●この夏の節電成功:
http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2011/10/05/fukushima-news-japan-braucht-keine-akw.html
●処理・汚染・補償の現状:
http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2011/10/05/fukushima-news-stand-der-dinge.html
●再生可能普及の動き:
http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2011/10/05/fukushima-news-die-zukunft-ist-erneuerbar.html#post_content_extended


■ニュース

★スイス:ヨーロッパ最高峰の風車の記録更新
これまでもヨーロッパ最高峰の風車パークは、アンデルマットのギュッチュにある標高2332mの風車(600kW×1、900kW×)だった。だが、9月30日にヴァリス州ゴムズ地域にある標高2465mのグリースという場所に、出力2.3MWのEnercon社の風力発電機が運転開始し、記録を更新した。この設備は、年300万kWh(約850世帯分)を発電する。立地はアルプスの大型水力ダムの隣で、既存の送電網を活用できた。景観的や自然への影響も少ないとされている。設備の総コストは550万フラン。SwissWinds社が、ジュネーブ市営エネルギー会社と、EnAlpinエネルギー会社との共同出資で実現した。自治体のObergomsも参加し、これらのパートナーでグリース・ウィンド社を設立した。
出典:プレスリリース、http://swisswinds.com/

★スイス・ドイツ:ラインフェルデン河川発電所のリパワリング竣工
9月15日に、ラインフェルデン河川発電所の建替えの正式な竣工式が行われた。ドイツとスイスの国境をなすライン河上にある同発電所は、100年以上の歴史を持つ。今回、8年間に渡る工事期間を経て、建替え工事が終了した。工事後の発電量は以前の3倍に増え、年600GWh(17万世帯分)を生産。また、再自然化対策により水系のエコロジー的な価値も向上した。4つのタービンの出力は計100MW。ヨーロッパでも最大規模の河川発電所となる。工事費用は3.8億ユーロ。発電所周辺の水系の再自然化には1200万ユーロが投じられている。1989年にスイス内閣とフライブルグ市が、運営会社の営業権を80年間延長する条件として発電量の増加を挙げた。そしてその際に、この区間に特徴的な岩がちな河川景観を維持し、周辺の水系を再自然化し、魚の通行性を確保することを要求したのだった。1994年には運営会社は建設許可申請をドイツとスイスに提出。その後、総合的な環境審査が行われ、環境団体や漁業団体と共に65の再自然化対策が作成された。建設許可が降りたのは98年。再自然化対策は2012年に完了する。900mの区間に渡る近自然の魚道と産卵水域の竣工が楽しみだ。下記から写真が見られる。 http://www.energiedienst.de/cms/unternehmen/presse/bilder-einweihung-neubau-wasserkraftwerk-rheinfelden.php
出典:EE-NEWs、Energaia

★ドイツ:パッシブハウス基準の室内プール竣工
3年間の設計・建設期間を経て、ドイツ・リューネンにある室内プール施設リッペバードが開園した。ヨーロッパで初のパッシブハウス基準によるプール施設となる。通常の新築よりも半分のエネルギー消費量となる予定だ。ドイツ連邦基金環境ではこのプロジェクトの設計に12.5万ユーロ助成金を出した。対策の基礎は高度な躯体の断熱と断熱三層窓。全ての省エネ対策を合わせると、エネルギーコストの節約は年19.3万ユーロに及ぶ。このプロジェクトは、新築部分と改修部分に分けられる。改修では昔の地域暖房センターをプールのホールに改装し、新築並みの断熱性能を与えた。
出典:ドイツ連邦基金環境プレスリリース、http://www.baeder-luenen.de/


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木資源のカスケード的な利用のお手本、エルレンホフ

2011-07-06 17:36:13 | 建築

暑中お見舞い申し上げます。
スイスは採れたてのさくらんぼが美味しく、庭ではユリが輝いています。
私は庭-来客-視察-締切りに走り回り、ブログを更新できずに悶々としていました...。



■ 近況より・・

NHKの「プロジェクトウィズダム」
という番組のウェブサイトにビデオ参加しました。様々な市民の方が、いくつかの設問に対してビデオで意見を述べるコーナーで、下記から見られます。テーマは、日本のエネルギーシフト。私よりも、ドイツ在住のジャーナリストの村上敦さんや、デンマークのフォルケセンター代表のプレーベン・メガードさんの声が面白いですので、是非ご覧になって下さい!
http://www.nhk.or.jp/wisdom/110625/timeline_jp/movie/index.html

7月5日に発売された建築デザイン誌「コンフォルト」(建築資料研究社)は、省エネ改修が特集です。そこに、チューリッヒにある集合住宅のゼロ熱エネルギー改修事例のルポと、建物省エネ化政策についてのコラムを寄稿しました。建築関係者の方々にご覧になって頂きたいです! http://confort.ksknet.co.jp/

6月30日発売の環境誌「オルタナ」(㈱オルタナ)に、世界のエネルギー事情の一環として、スイスの脱原発事情の小さな記事を紹介しています。
http://www.alterna.co.jp/5989

オルタナ誌のウェブサイトは、日本のエネルギー関連のニュースが盛んに更新されておりお勧めです。そこに先月、チューリッヒ市営電力会社を紹介する短い記事を寄稿しました。電力の基礎商品を、100%再生可能エネルギーの商品に切り替えた事例です。チューリッヒ市営電力が、大きな水力発電の余力を持っていたからできたこととも言えますが、仕組み自体は日本にも役立つと思います。同社では、2018年までに310GWhの再生可能電力を増産するために国内や国外(スペイン、ノルウェー等)の設備に投資しています。
http://www.alterna.co.jp/5953

また先週は、日本からの都市計画の専門の方とシャフハウゼン市の環境部を訪ねる機会がありました。人口3万人強の小さな町ですが、都市発展計画から、交通計画、エネルギー計画までをコーディネートして計画・実施しています。ヨーロッパでは珍しくはありませんが、90年代より徒歩と自転車に優しい「移動距離が短い町づくり」を行い、近年では村や地区の間を自転車(専用)道で直結する計画も進んでいます。自動車よりも自転車道や公共交通が主体となる2000W社会、あるいはCO2-85%社会という大転換に備えて、着実に歩みを進めていることが感じられました。


 木資源のカスケード的な利用のお手本、エルレンホフ

今週の月曜日には、視察で東スイスにあるエルレンホフという木資源の産業クラスターを見に行きました。とても良い事例だったので、皆さんにもご紹介します。 エルレンホフでは、木資源を利用する4つの会社が1つの敷地に集まり、木を余すとこなく使う産業構造を形成しています。



1つ目の会社は、ブルーマー・レーマンという木造会社。木造の住宅やオフィスビル、農業建築、特殊構造などを設計・建設する会社です。2つ目は、レーマンホルツ製材所で、一年10万フェストメートルの丸太を加工しています。3つ目はペレットとブリケットを生産するベニウッド㈱。そして4つ目は、木質バイオマスから熱と電気を作るエルレンホフ・エネルギー㈱になります。施設全体では150名が働いています。

資源利用の流れは次のようになっていました。

 出発点:地域の山から下りてきた木を製材し、乾燥。材はブルーマー・レーマン木造会社に卸したり、外部に販売しています。

 樹皮:
製材所で出るバーク(樹皮)は、敷地内のブリケット工場に移動。バークはふるいにかけて、細かなものからブリケット(樹皮を圧縮した人工薪)を生産。あるいはペット用の敷き藁商品として袋詰めして出荷。バークの大きなものはもう一度裁断したり、造園業者に出荷します。

 おが粉・かんな屑:
対して、おがくずは製材所からパイプで、お隣のペレット工場のサイロに送り込みます。ペレット製造のキャパシティは、製材所で生じるおが粉やかんな粉の量に合わせられています。

 チップ: 製材所や木造工場から出る端材からのチップは、ふるいにかけられて、適したサイズの良質材は製紙工場などに販売。低質材はベルトコンベアで、敷地内の木質バイオボイラーのある建物に送り込まれます。

 エネルギー: このチップを燃料とした木質バイオボイラーでは、ORC(オーガニックランキンサイクル)方式で電気を作り、全量買取制度を利用して売電。廃熱は、製材所で材の乾燥と、ブリケットとペレット製造、冬には施設の暖房にも使います。冬の熱需要ピーク時には、昔から使っていた3.8MWの木チップボイラーを用いて、バックアップしています。

これら全ての設備が隣り合っているため、無駄な輸送が避けられます。
特に印象的だったのが、木質バイオマスエネルギーの本当に無駄なく活用している点です。エネルギー効率は、発電が18%、熱利用が70%以上ということで、総合すると90%近くになります。製材所やペレット工場での熱需要に合わせて、ボイラーの稼動出力を変える「熱主導式」設備で、それによって発電量も上下します。

ボイラーは燃焼出力8MWと中型のサイズで、暖房出力は6MW、ORC式発電の出力は1MW。一年のチップ消費量は5.5万㎥です。通年すると5GWh、約1200世帯分の電気を作っています。熱については20~24GWhを生産。エレクトロフィルターもついていて、排気中の煤塵量は法律で定められているよりもずっと低く抑えられています。

水蒸気を利用するタービンと異なり、ORCでは気化温度の低いシリコンオイルを蒸発させてタービンを回します。蒸気タービンと比べたメリットは設備コストが低いこと、そして熱需要に合わせてフレキシブルに発電出力を調整できることだそうです。

エルレンホフで面白いのは、高価なORC発電設備の部分は地元の州営電力会社に属していること。発電と売電に関しては電力会社にまかせ、発電設備の運転も遠隔管理させています。それ以外の熱利用部分の設備はエルレンホフ・エネルギーが運営しています。

エルレンホフでは、長い時間をかけてこのような産業構造が育ってきたわけですが、日本にも参考になるモデルだと思いました。
http://www.zuendholz-erlenhof.ch/cms/


オーストリア土産その3

★ラース村の太陽熱温水器で冷暖房する病院
オーストリアとスロベニア・イタリア国境近くの谷、標高900mにあるケルンテン州営地域病院Laasでは、太陽熱温水器で冷房・暖房・給湯を行なっています。
屋根の改修をきっかけとして、南側の屋根材の代わりに364㎡の太陽熱温水器を設置。収穫した温水で夏の間は、給湯水を供給し、余った熱を吸熱式冷媒を用いて病院の冷房に使います。冬の間は、給湯と暖房補助に熱を用います。



これにより年3.5万リットルの灯油を節約。設備の寿命は25年で、償却期間は10年。総投資コストは32万ユーロですが、この設備により一年3.2万ユーロの灯油を節約できる計算です。同病院には135床があり、200人が勤務します。
スイスの場合、トゥン市にあるベルン州銀行でも5年前より、太陽熱温水器を用いた冷暖房を行っており、冷房時のエネルギーの36%を節約しています。
http://www.wolfnudeln.at/index.php?option=com_content&view=article&id=21&Itemid=18

★ ギュッシング市のバイオガスでエネルギー自給するパスタ工場
ギュッシング市の工場地区にあるパスタ工場Wolf社では、自社の生ゴミや、農場の鶏糞、牧草、飼料用トウモロコシなどを混ぜて発酵させたバイオガスのコージェネ設備で、エネルギーを自給します。熱はパスタの乾燥などの工業熱に利用し、電気は全量買取制度を利用して売電。またバイオガス発酵後の残滓は、契約農家に肥料として戻しています。
スイスでもビール工場や食肉工場などでバイオガス・コージェネを行い、産業熱と電気を生産している例があります。
http://www.wolfnudeln.at/index.php?option=com_content&view=article&id=21&Itemid=18


最近のフクシマ効果

最近スイスでは、東日本大震災とフクシマの被災者や被災地に関する情報が、一般メディアからはほとんど入ってこなくなりました。ドイツやスイスの知人からどうなっているのかと訪ねられることしばしばです。日本の原発54基中37基が運転停止中で、再稼動への地方の反対が大きいことや、大型消費者に15%の節電義務が実施されていること、節電キャンペーンなど、スイスの人は全く知りません。

● スイス経団連による原発推進派の巻き返し
スイスでは、原発推進派の大手電力3社と経団連や商工連、原発ロビー団体が中心となり、巻き返しキャンペーンが始まっています。
例えばDerBund新聞によると、ロビー団体は60人ものジャーナリストをロンドンに招待、原発推進国イギリスを視察するツアーを実施しています。また秋の上院での脱原発を巡る決議で、原発技術を禁止させず、原発というオプションを残すよう、議員の説得活動を行なっているとのこと。
秋に上院が原発禁止を決めても、脱原発法を議会が決めるのは2013年で、その一年後に国民投票が行なわれるというスケジュール。原発推進派には、民意を覆すためにまだ3年の時間があるというわけです。

● プロの原発延命戦略
スイスの原発推進ロビーは以前より、国際的なPR会社のバーソン・マーステラー社にPRを委託しています。Der Bund新聞によると、同社のアドバイスを受けてスイスの経団連らは、長期PRキャンペーンの戦略を決めたそうです。
そのポイントは、公に直接に原発推進するのではなく、次の2~3年の間に「再生可能エネルギーがいかに困難か」を社会的議論の場で畳み掛けていくこと。それを裏付けるための「新しい調査」も予定していると、キャンペーン担当者が新聞に発言しています。
チェルノブイリの後にも同様な対策により、1990年の国民投票では脱原発案が否決に持ち込まれています。大手電力はエネルギーシフトにより市場シェアを失うことが確実であるため、ガスであれ、原発であれ、一極集中供給の手法を断固手放さない姿勢です。

● ミューレベルグ原発、突如の運転停止
6月29日にベルン州電力は、ミューレベルグ原発の運転を予定されていた定期メンテナンスより5週間も早く、突然、自発的に停止させました。ミューレベルグは、スイスで一番危ないと言われている高齢原発です。
しかも6月30日は、スイスの原発が連邦核安全監視委員に対して、1万年に一度の洪水に耐えうるという証明を提出する期日だったのです。ベルン州電力がミューレベルグ原発を停止させた理由は、チューリヒ工科大学の調査により、川から冷却水を取水する管が洪水時には詰まりうることが判明したため修繕作業を行なうとのこと。
本来ならば、連邦核安全監視委員に修繕作業への許可を得てから作業を始める手順ですが、ベルン州電力は作業を始めてから許可を申請。ベルン州電力の怪しい行動に批判が集中しています。

● 25都市の市営エネルギー会社も脱原発を支持
人口100万人の地域を供給する、25都市の市営エネルギー会社が集まった「スイスパワー」社は、6月22日、内閣と下院の脱原発決定を支持すると発表。同時に、スイスが2050年までに、総エネルギー需要を100%再生可能エネルギーで供給することを目指すといいます。
具体的には9月までに「マスタープラン・エネルギー2050」を発表し、その中でエネルギー生産、送電、インフラ、効率化、ヨーロッパ市場への進出などについての戦略をまとめる予定。
この発表の中で、スイスパワーが深層地熱利用を再生可能エネルギー増産の中心的要素として力説しているのには驚きました。スイスでは成功事例がまだないのですから。市営エネルギー会社としては、今後協力して深層地熱の実現に取り組んで行きたいと考えている、という市民へのメッセージだと私は考えます。
スイスの市営エネルギー会社は、地域暖房、ガスや電気、水の供給に関して、地域に密着したサービスを提供しており、エネルギーシフトが行なわれていく際には、将来の勝ち組に属するグループと考えられます。

● アールガウ州とベルン州がクリーンテク産業政策?
スイスの原発銀座であるアールガウ州。スイスに5基ある原発のうち、州内に3基、州境に1基が立地し、さらに放射性廃棄物の中間保存庫や原子力関連の研究所が立地する州です。
アールガウ州の内閣は6月16日に、国の内閣と下院の原発を更新しない方針を支持。アールガウ州をクリーンテク産業の中心地に育てて行くために国の支援を要請すると発表しました。とはいえ、原子力技術を法律で禁止することには反対というスタンスです。
アールガウ州では、既存原発の廃炉により州内の職場が減少します。それよりも多くの職場が再生可能エネルギーや省エネ技術「クリーンテク」により国内に生まれますが、その職場をアールガウ州に誘致しようという狙いです。
同じような動きが、1基の原発が立地するベルン州でも見られます。ベルン州には既に、再生可能エネルギー関連の国際的な機材メーカがいくつも立地しています。ベルン州内閣は、2025年までの経済戦略の中でベルン州に「クリーンテククラスター」を作り、スイスのクリーンテク産業中心地になるという目標を打ち出しています。

● ベルン州、住民発議案「再生可能なベルン」
ベルン州の緑の党が、2009年に提出した住民発議案「再生可能なベルン」について、州議会が対案を出しました。住民発議案は下記を求めています。
ベルン州の総電力需要を、2025年までに75%以上、2035年までに100%を再生可能エネルギーで供給すること。既存の建物の暖房給湯エネルギーについては、2025年までに50%を、2035年までに75%を、2050年までに100%を再生可能エネルギーで供給すること。新築される建物では再生可能エネルギーのみの使用を許可すること。
対して、州議会の対案は、電気、暖房・給湯エネルギーを基本的に30年以内に100%再生可能エネルギーで供給することとしていますが、住民案にあった細かな分野別の中間目標は削除しています。
対案と住民案は2012年に投票される予定です。


ニュース

★スイス、再生可能エネルギー19.4%に
エネルギー庁より2010年度のエネルギー統計が発表された。それによると2010年度、スイスの最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合は、19.4%。09年は18.9%だった。再生可能エネルギーの割合は、熱生産で15%、電力消費量で54%となっている。また、電力の国内生産量の57%が再生可能エネルギーだが、その大半は水力。それ以外の新エネは2.2%で、昨年度比では7.1%の伸びとなっている。熱分野では、再生可能な熱の54%が木質バイオマス、18%がゴミ焼却場からの廃熱(半分を再生可能としてカウント)、22%がヒートポンプによる環境熱利用となっている。

★スイス、エネルギー消費量が史上最大に
エネルギー庁によると2010年度スイスの総エネルギー消費量は前年度比で4.4%伸び、史上最高の91.1万テラジュールを記録した。理由は、寒冷だった冬(暖房ディグリーデイが12.7%増)、経済成長(GDP成長率2.6%)、そして人口増加(+1%)だという。温暖化防止と持続可能なエネルギー利用のためには、2050年までにエネルギー消費量を3分2減らす必用がある。そのためには年2%~の省エネが必要だが、トレンドの転換はまだ起こっていない



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断熱改修ブーム、1年で3万件の助成申請

2011-05-11 10:36:09 | 建築

スイスは春だというのに雨が降らず、初夏のような天気が続き、歴史的な旱魃と言われています。農作物や水力発電への影響が心配です。温暖化の影響としてスイスでは今後も雨量の減少が予想されるため、農業の方法も適応させていかねばならない、と国営ラジオのニュースではコメントされていました。

フクシマ、リビア内戦、異常気象と続くこの春。温暖化防止も、脱原発も、脱化石も、待ったなしのところまで来ていることを、スイスでも多くの人が感じています。

今日で東日本大震災から2ヶ月。改めて被災地の皆様にお見舞い申し上げます。スイスの人々も皆さんのことを忘れていません。首都ベルンでは木曜日にフクシマ被災者を悼むデモ行進が行なわれます。また先日はスイスでも、日本の浜岡原発の運転停止、原子力推進政策見直しというニュースが流れました。長年、停止運動に取り組まれてきた市民の方々に感謝です。

短期間に大量の原発が運転停止するという状況に追い込まれた日本には、今こそ明確な持続可能なエネルギー政策の目標を打ち出し、火力は過渡期技術と位置づけ、省エネと再生可能エネルギーの増産に全力を注いで欲しいものです。

●2010年度、3万件の断熱改修を助成
スイスでは近年、断熱改修ブームがいっそう熱しています。断熱改修への助成金を申請した物件の数は、2010年度だけで3万件。助成額は2億4400万フラン(約227億円)に上ります。国と州は1.2~1.6万件程度の申請を予測していましたが、実際の反響はその倍です。

建物の断熱改修は、スイスのエネルギー政策の要です。家庭では暖房がエネルギー消費の72%、給湯が12.4%も占めています。そのためスイスでは、灯油に課したCO2税収の一部を用いて、2010年から省エネ改修助成の10ヵ年プログラムを昨年スタートしました。それまでも断熱改修の助成は継続されてきましたが、それをいっそう強化したのです。

助成金は多ければ良いのではなく、いかに少ない助成金で大きな省エネ効果を引き出すかがポイントです。省エネ改修プログラムでも、限られた予算でより多くの省エネ効果を得られるよう、助成金額の見直しが4月1日より実施されました。特に断熱三層窓は技術発展が早く、価格がどんどん下がっています。それに合わせて、窓一㎡への助成金が70フランから40フランに下げられました。

現在の断熱改修プログラムの助成額は、壁や屋根がU値0.2W/m2K以下(断熱材18cm程度)
の断熱強化には一㎡40フラン(約3700円)、窓交換にはガラスU値0.7以下(断熱三層窓)で一㎡40フランとなります。

財源は、国が灯油へのCO2税収の1部を用いて
1億3300万フラン(約124億円)を、躯体の断熱改修に出しています。これとは別に、再生可能熱源への交換の助成には、国がCO2税収から6700万フラン(約62億円)を、州が8000万~1億フラン(約74~93億円)を出資しています。

省エネ改修の費用は所得税課税額から控除できるため、総合すると省エネ改修費用の3割程度が直接・間接的に助成される仕組みです。

★ 省エネ改修効果の簡単なシュミレーションツール
断熱改修や熱源交換のメリットを施主に分かりやすく伝えるために、改修効果を簡単に計算できるウェブサイトも作られています。
例えば、http://www.egokiefer.ch/evalo/では、郵便番号を入力し、およその家の構造や仕様を選んだ上で、ファザード、窓、屋根、ドアの断熱強化や熱源交換を選択していくと、省エネ効果やコストが表示されます。具体的には、改修前と改修後の建物のエネルギー証明書のクラス付け(A~G)、電力需要量、CO2排出量、騒音防止、およその投資額、補助金額を計算してくれます。

対して、太陽熱温水器の効果を簡単にシュミレーションできるのがこちらのページ。 http://www.swissolar.ch/de/solardach-rechner/
スイスソーラー産業連盟とWWFが共同で開発したツールです。郵便番号を入力し、5つの簡単な質問に答え、「計算する」をクリックすると、自分の家でどれくらいの温水を太陽熱で供給でき、それによる灯油やガス、電気、CO2の節約量が分かります。さらに、助成金と税控除分を引いたスタンダード設備の価格を計算してくれます。また、地域ごとの建設許可の必要性の有無、地域のソーラー専門家のリストも表示されるなど、とても親切なツールになっています。


●3カ国7都市が共同で2000W社会への戦略発表
5月6日には、スイスとドイツ、オーストリアが国境を接するボーデン湖地方の7都市が、「2000W社会」を実現するための地域戦略を発表する会見を開いたので聞きにいきました。7都市とは、ドイツ、コンスタンツ地方のジンゲン、ラドルフツェッレン、コンスタンツ、ユーバーリンゲン、フリードリッヒスハーフェン。オーストリア、フォーアールベルグ州のフェルドキルヒ。スイス、シャフハウゼン州のシャフハウゼン市です。

 いづれも人口3~8万人程度の小さな町で、これまでも個別に体系的なエネルギー政策を実施していました。ただ、人口密度が高く、産業活動が盛んな都市部だけで、2000W社会やエネルギー自立を達成するのは難しいものです。田舎と都市を合わせた広域コンセプトにより、地域全体として2000W社会を実現し、魅力的な地域を作ろうではないかという主旨です。

2000W社会とは、エネルギー消費量を3分2減らして、残りの75%以上を再生可能エネルギー源でまかなう社会ビジョンです。CO2排出量は1人頭で1年1t以下となります。現在の西ヨーロッパの平均的な一次エネルギー消費量を出力に換算すると、1人頭6000Wになります。それを世界平均の2000Wに減らすことを目指します。一次エネルギー消費量の大きな石炭発電や原子力発電では、2000W社会を達成することはできません。

さて、上記の7都市の環境・エネルギー局の代表者たちは1年半に渡り、ボーデン湖地帯の2000W社会化について調査してきました。それによると、同地方では再生可能エネルギー源により、今の総エネルギー消費量の50%近くが担えます(熱・電気・交通を含む)。つまり、ここでも50%の省エネによって、はじめて2000W社会が可能になります。この目標は、フォーアールベルグ州やコンスタンツ地方では2050年までに可能だそうです。

調査では、2000W社会を達成するために地域間協力できる45の対策セットを定義。うち11対策を短期的に実施することを決めました。7都市の協働により、例えば、市営エネルギー会社が一緒に地熱発電所や風力パークを実現したり、地域のバイオマス資源利用戦略を作るというようなことが可能になります。 

また自治体の重要な役割のひとつが市民啓蒙ですが、市民レベルで「もっと何が必要か」ではなく、「何が要らないか」を議論していくことの重要性が何度も言及されていました。そして自治体による市民コミュニケーションのあり方を変えていくこと。kWhだけでない、もっと感情に訴えるコミュニケーションが必要だといいます。

7都市の市長や自治体のエネルギー執行委員たちの誰もが、非常にポジティブかつ現実的に、エネルギー自立や2000W社会に組んでいることが印象的でした。2000W社会は可能であるだけでなく、チャンスであり、必用。それなくしては、地域の持続可能な経済はありえないというわけです。

 
 7都市の市長や自治体のエネルギー執行委員たち


今週のFukushima効果

★スイスの原子力村批判
スイスでも、政治・役所・産業・学会が癒着した「原子力村」の実態への批判が高まっている。連邦核安全監視委員(Ensi)の執行委員長が、原発を運営する電力会社の子会社で役職を得ていたため、中立性を問われ一次辞職。さらに、原発を運営する電力会社が出資するチューリヒ工科大学の原子力物理学教授が、連邦核安全監視委員の査察委員となっていることも批判されている。

★スイスの全原発に安全上の問題
連邦核安全監視委員は、スイスにある原発の地震と洪水に対する安全性検査を行なった結果、4箇所5基の全ての原発に安全上の問題があると発表。特に高齢原発のベッツナウ(2基)とミューレベルグ原発では、原子炉や使用済み燃料プールの冷却機能に関する不完全さが指摘されている。今後スイスの原発運営者は、6月末までに1万年に一度の洪水に耐えうる証明、8月末までに問題点の解決策の提示、2012年の3月末までに地震とダム決壊の同時発生に耐えうる証明を提出しなくてはならない。

★ミューレベルグ原発、早期廃炉の可能性
首都ベルンから西15kmに位置するベルン州電力のミューレベルグ原発については、安全基準を満たすための工事費用が高額に上るため、経済性の観点から早期廃炉になる可能性が出てきた。以前より安全性が疑われていた同原発の運転停止を求める市民たちは、4月5日よりベルン州電力本社前の芝生でデモキャンプを続けている。

★日本も新規ガス発電は電熱併用コンセプトを
来欧された日本人の方から、日本で既存の火力発電の敷地に新しいガス発電設備を設置する計画がどんどん進められているという話を聞いた。そのような立地では熱利用は無理ということ。しかしガス発電設備は、無駄な設備投資を避け、CO2排出量をむやみに増やさないためにも、電熱併用できる立地に作って欲しい
。もともと大量の熱を消費する工場地帯や、町の中心部の地域暖房の熱源として電気も生産するような計画。そのような立地ならば、将来的に木質バイオマス熱源に切り替えて行っても、ガス設備をバックアップとして利用することもできるのではないか。

★スイス在住の方へお知らせ5月22日Menschenstrom
スイスでは、毎年恒例の脱原発を求めるデモ行進「Menschenstrom」が5月22日に実施されます。長距離コース10kmは、Siggental-Würenlingenから出発します。短距離コース3kmは、Döttingenからの出発です。ゴール地点では演説やコンサートがあります。昨年は5000人が参加しましたが、今年はフクシマの影響で参加人数がもっと多くなると思います。当日は、専用の電車とバスが多数出ていますので、詳しいプログラムは下記をご覧下さい。
http://www.menschenstrom.ch/dp/



ニュース

●オーストリア、パッシブハウスが新築の25%
オーストリアのパッシブハウス振興会(IGPassivhaus)によると、現在オーストリアには1.5万世帯、1万棟以上のパッシブハウス建築があり、新築の25%がパッシブハウス技術により建設されている。さらに現在5000世帯のパッシブハウスが建設中だ。その中でも最大のものが、ウィーン近郊のコルノイブルグに建設中の裁判所センターで、床面積は2.6万㎡に及び、州と地域、国の裁判所が入る。

●ドイツ、16階建てマンションをパッシブハウス改修
ドイツのフライブルグ市、ウィンターガルテン地区にある16階建てのマンションが、1.5年に渡る工事を経て、パッシブハウス基準を満たすレベルに省エネ改修された。同プロジェクトはフラウエンホーファー・ソーラーエネルギーシステム研究所の支援を受け、暖房・給湯・換気・照明・家電への一次エネルギー消費量を40%減らした。同機関は4月21日の竣工式の後も、2年間に渡りこの建物の実際のエネルギー消費量を測定していく。
改修後の暖房熱需要量は20kWh/m2年となり、以前より80%減った。熱供給はガスコージェネの地域暖房により行なわれている。主な対策は下記の通り:バルコニーの室内化、熱橋の解消、ファザード断熱、窓交換、熱交換式の換気設備、大きな窓による日射獲得、外付けブラインドによる日射遮蔽、24kWの太陽光発電設備、家電消費量の低減

●スイス、2010年の電力消費量、4%増加
スイスのエネルギー庁は、2010年度スイスの電力消費量が前年度比で4%増加し、59.8TWhであったと発表。2010年度に電力消費量が増えてしまった原因は、前年比で2.6%の経済成長、約0.9%の人口増加、そして特に寒冷だった冬が暖房温度日を12.7%増やしたことにあるという。エネルギー消費量の分析からは、電力消費の10%が暖房用途に使われている。

●電力消費量減るバーゼル・シュタット州
国全体で電力消費量が上がる他方で、脱原発政策を30年来実施してきたバーゼル・シュタット州では、2010年度、3.1%の経済成長したにも関わらず電力消費量が-1.1%減った。バーゼル・シュタット州によると、同州では長年に渡り電気暖房を禁止してきたため、寒冷な冬が電気消費量に影響を与えなかったのも一因だ。また、同州で導入されている節電税も電力消費量の低減に貢献しているという。kWhあたり3~6ラッペンが課税され、税収は家庭と企業に還付される。

● スイス、ガソリンへのCO2税導入なるか
スイスの交通分野はCO2排出量が90年比で12%も増えている問題分野。これまで、業界が自主的にガソリン1ℓあたり1.5ラッペンの気候料金を上乗せし、それを国内外での排出権の購入に当ててきた。
しかし、より大きな省エネ効果が必要となる今日、CO2法改訂において、上院ではガソリンに1ℓあたり28ラッペン(約26円)のCO2税を課すことを可決した。CO2税の目的は、高い税額によりガソリンを節約させることで、税収は国民に還付される。
しかし下院はこれに猛反対。CO2税ではなく、ガソリン1ℓあたり5ラッペン(約4.7円)の気候料金値上げを推進している。気候料金は払戻されず、省エネ対策の助成に用いられる仕組み。


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工事現場も建物運営もカーボンニュートラルな「環境アリーナ」

2010-12-20 10:44:50 | 建築

 環境技術を体験してもらう常設展示場

チューリヒ市の郊外で大型ショッピングセンターが立ち並ぶシュプライテンバッハ町。
そこに現在、環境技術のための常設展示場「環境アリーナ(Umweltarena)」の建設が進められています。
2012年にオープン予定のこの建物、運営エネルギーを再生可能エネルギーで自給するだけでなく、工事についても「世界発のカーボンニュートラルな大型建設現場」であるといいます。


Quelle:Umweltarena

「環境アリーナ」プロジェクトを立上げ、実現するのは、建設会社シュミード社の社長であるヴァルター・シュミードさん。
スイスの環境パイオニアの中でも、カリスマ的ビジネスマンとして有名な方です。シュミードさんは長年、社の利益の1部を様々な環境事業に投入してきました。その中で開発された、自治体や産業の生ゴミからバイオガスとコンポスト(堆肥)を製造するコンポガス技術はヒット商品となっており、遠くは日本にも技術輸出されています。

そのシュミードさんの最新プロジェクトが「環境アリーナ」。ショッピングセンターを梯子する感覚で、「環境技術を手にとって見られるようにする」ための、展示スペースとインフォメーションセンターです。

太陽熱で冷房、100%ソーラーエネルギーで運営

建物は、スタジアムに幾何学的な形の屋根をかけた形をしています。屋根材は5300㎡の太陽光発電パネルで出来ており、施設の運営に必用とする以上の電力を生産する計画です。 (写真上)

「環境アリーナ」の冷暖房は、ソーラーエネルギーと地熱を併用しています。冷暖房には、コンクリート天井の中に敷設した60kmのチューブに温水・冷水を通して天井に蓄熱・放射させることで、やんわりと快適に冷暖房する「サーモアクティブ建材(TABS)」の手法を採用。この手法では高温の冷水により冷房、低温の温水による暖房ができるのが特徴です。

熱源となるのは、建物の地下を利用した蓄熱体です。建物の下には9kmの地下チューブが敷かれて、その中を不凍液が循環しています。地下から熱交換器を介して取り出した熱を、夏の間にはそのまま冷房に用い、冬の間はヒートポンプ経由で暖房に使います。さらに夏の間の余剰熱は、地下の蓄熱体に送り込んでおいて、冬に使えるようにします。 住宅では実用化されているシステムですが、このように大きな建物ではまだ珍しいものです。

また短時間で素早く冷が必用な時のために、太陽熱温水器の熱で動く吸収式冷媒機も備えられています。具体的には、天気の良い日に太陽熱温水器で作った熱湯を、容量7万ℓの蓄熱タンクに蓄えておきます。そして冷房が必要な時には、この熱から吸収式冷媒で冷水を作り、それをもう1つの7万ℓの蓄熱タンクに蓄えておくのだそうです。このシステムに必用な電力は、太陽光発電パネルが作ります。(下図参照)

下記リンクから7万ℓのタンク施工の様子がヴィデオが見られます。

http://www.umweltarena.ch/de/erdkollektoren_und_speichertanks_content---1--1076.html


Quelle: Umweltarena

カーボンニュートラルな建設現場

建設現場では、可能な限り環境に負荷が小さく、CO2を排出しない方法を選んだといいます。例えば、地下駐車場を建設するために採掘した砂利を近くのコンクリート工場に運び、生コンクリートを作らせた後、同じトラックで現場に戻して基礎の建材として使うことで、トラックの空輸送を節約しています。

建設に必要な電力には、電力会社から水力とバイオマス電力を購入。現場小屋には太陽光発電パネルが設置されています。また、シュミット社の建設重機には、燃料としてバイオガス・天然ガスが用いられ、一部のトラックには食料廃油やバイオディーゼルが利用されています。

そして最後に残るCO2排出量をオフセット団体に依頼して相殺する、という方法で、建設活動をカーボンニュートラル化。ただ建材の生産・輸送に必要なエネルギー消費量の相殺についてはどう計算されているのかは、今のところ示されていません。

展示はエネルギー、衣食住、余暇、経営、サービスまで

「環境アリーナ」には一万㎡の展示面積に、生活全般に関わる環境技術やサービスが展示される予定です。その範囲は、持続可能を切り口とした家電や熱源、発電設備、建設、余暇、経営、電気や燃料、衣類に食糧、リサイクリングから自動車、情報にまで及びます。その他、環境に優しい自動車や自転車を試乗できるスペースや、イベントや会議場のスペースも提供します。

質の高い展示のために、展示品の選択においては、エネルギー庁やエネルギー産業クラスター、専門団体による中立のアドバイスを受けているそうです。また展示品のエコロジー的な品質を消費者に明確に提示して、オープンに比較できるようにするとか。「何となくエコ」ではなく、「実力派エコ」の展示を期待するところです。

環境アリーナはチューリッヒの、いやヨーロッパの新名所となるのでしょうか。また実際の運営においては、どのように上記のような展示の質を保ってゆき、また施設として生き延びることができるのでしょうか。消費者や国内外の企業の反響はいかに。2012年のオープンが楽しみです。

参照:
www.umweltarena.ch



短信


アールガウ州政府も放射性廃棄物の最終処分地にノー
スイスの原発銀座と呼べるアールガウ州は、放射性廃棄物の最終処分場の候補地になっている。だが同州政府は先週、もう核の負担は十分に受けたとして最終処分場を拒否した。同じく候補地であるニッドヴァルデン・オヴァルデン州政府も最終処分地を拒否。
スイスでは6つの候補地域が6州にまたがる。そのうち、これまでに4州の政府が処分地を拒否。州境にまたがる候補地のうち片方の州が拒否した地域を数えると、全候補地が地元政府に拒否されたことになる。
この問題に関して全く矛盾しているのは、チューリッヒ州やニッドヴァルデンの州政府は処分地を拒否しながらも、今後の原子力発電所との契約更新(原子力発電の電気を今後も使い続けること)には賛成である点。ゴミは出すが、処分は他所で、というわけである。

● エネルギー庁~太陽熱温水器で住宅の熱需要の半分を担える
エネルギー庁の委託により、フリブール州とチューリッヒ市における太陽熱温水器のポテンシャル調査が行なわれた。調査の対象となったのは田園地帯であるフリブール州の1000棟の住宅と都市部であるチューリッヒ市の210棟の住宅。ポテンシャル調査では、従来型建築(8ℓ建築)と省エネ型建築(3ℓ建築)、そして従来型蓄熱タンクと改良型蓄熱タンクの4つのバリエーションが検討された。計算においては、屋根の方位による収穫量の差異も考慮されている。
それによると8ℓ建築で改良型蓄熱タンクを使う、あるいは3ℓ建築で従来型の蓄熱タンクを使う場合、地方の住宅では半分(48%)、そして都市部の住宅8棟に1棟(12%)が、熱需要(暖房と給湯)の70%以上を太陽熱で供給することができるという。また地方では省エネ型住宅ならば50%以上が、熱需要をほぼ太陽熱温水器だけで担えるという。
参照:エネルギー庁プレスリリース


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