人間というものは低きに流れる
それは自然なことであるから
飴と鞭が必要となるのだろう
飴は労働報酬であったり賛辞であったり
鞭は罰則であったり叱咤であったりする
そのようなものが
教育に必要であると認めたくはないのだが
ついついその効きめの強さに
使ってしまいがちだ
甥っ子の夏休みのカードを作った
左側のチェック項目に丸が付けば
ゲームをしてよいという「飴」が与えられる
母親からは二時間までという言質を取っていた
「飴」の効き目は強くて
がんばってノルマを終わらせて
ゲームに興じる姉弟だった
二人で仲良く二時間ゲーム
「二時間で~す。終わりだよ~」
「えー?ボクが二時間お姉ちゃんが二時間で四時間できるんだよ」
「でもキミもお姉ちゃんも二時間ゲームをしていたよね」
甥っ子は地方裁判所の判決に不服を申し立て
最高裁判所たる母親に電話をかけて上告した
最高裁の判断は
「仲良くやっていたら二人で三時間でよろしい」
ということ
被告も満足したようだった
ゲームの力は斯様に強い
だが効きすぎる薬は乱用に注意だ
効かなくなったり
副作用が出たり
上手に利用していかなくてはならぬ