1978年のある日、レオ・キャステリは、ソーホーの同じビルでギャラリーを運営しているメアリー・ブーンが、自分に内緒で何か企んでいることに気が付いた。当時のコンセプチュアリズムの停滞感にウンザリしていたレオ・キャステリは、この若い女性のギャラリストの元気のよさが気になって仕方がない。訊けばどうやら凄いアーティストを発見したらしい。「そういえば最近、メアリー・ブーン・ギャラリーに出入りしている妙な風体の男をよく見かける。しかしあの男はどこかで見かけたことがある。そうそう、レストラン『ロカール』で皿を洗っていた男じゃなかったかな。でも厨房の皿洗いがギャラリーに何の用だ? いったいメアリーは何を考えているのだろう......」 1979年、その皿洗いの男ジュリアン・シュナーベルは、メアリー・ブーン・ギャラリーで最初の個展を開く。おそるおそる覗いたレオ・キャステリは、そのありえないネオ・エクスプレッショニズムの絵画に驚愕し、次の年にはメアリー・ブーンと共同で、そのシュナーベルやデビッド・サーレの個展を手掛けるに至る。このメアリー・ブーンにより発見されたアメリカン・ポストモダニズム絵画の最初の衝撃は、当時台頭しつつあったドイツ新表現主義の絵画と合流することで、その破壊力を増して世界中に拡散させていくことになる。このとき、メアリー・ブーンは30歳前にして既にニューヨーク・アート界の「女王」と呼ばれていた。だがこの「女王」は、美術の歴史以後をプロデュースした最初のギャラリストでもある。1980年、ついに虚構の時代が始まったのだ。
http://www.maryboonegallery.com/
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