すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

おとなは、引き寄せる

2017年09月28日 | 読書
 中学生の頃からラジオの深夜放送にハマっていた友人Yから、何度「レモンちゃん」の話を聞かされたことか。当時夜10時になれば瞼を閉じる生活をしていた自分に、そのレモンちゃんがいわゆるフェミニズムの旗手と登場したのは、ずいぶんと時間が経ってからだ。作家活動は知っていたが、小説は読んではいない。


2017読了95
 『おとなの始末』(落合恵子  集英社新書)



 数年前から「終活」という言葉を頻繁に聞くようになった。団塊世代に限らずこれだけ長寿化が進めば、確かに大事な問題と言えよう。しかし、なんとなくそこには経済感覚が強調されるようで、今一つ馴染めない。それよりは「始末」という素晴らしい日本語があるではないか。始末の意味を把握して臨む人生がある。



 大きく「片づける」がある。そして「問題解決」や「仕上げ」という意味も含む。「料理の始末」の本質は「材料を全て使う、活かしきる」ことにあるという。著者もそんな視点で「仕事」「人間関係」「社会」「暮らし」「わたし」を取り上げ、加齢とともに向き合い方を変化させるための考えや行動が綴ったように思う。


 一番ページが割かれているのは「社会」。それは彼女が今まで信念を貫いて活動してきたことと深く関わる。堂々と先頭に立ち、差別を廃し平和を希求する活動してきた著者が今、「『正しい』という狭さ」と題して、より多面的により緩やかに怒りを発しようとする姿は、運動家の一つのモデルとも言えるのではないか。


 それは確かに「おとな」の姿だなと思う。冒頭で「おとなの条件」を語っている箇所をもう一度振り返ってみたら、著者はこのように記していた。「おとなとは、『引き寄せ・引き受ける』ことのできるひとのことなのかもしれない」目の前の仕事に追い回されているようでは、引き寄せる感覚はなかなか生まれてこない。