すぷりんぐぶろぐ

陥穽から風穴をさがす

「ねぁ」の生き残りは

2018年10月19日 | 雑記帳
 一昨日「ホジ」のことで方言の本を見ていたら、いつものことながら、この頃使っていないなあという言葉を見つけ、読み入ってしまった。いわゆる共通語(これ自体も死語か)でも同じだが、使われなくなった語は、使われなくなった生活や感覚を表す。探ると今が見えたりする。


 ちょうど「ほじなえ(ほじねぁ)」のページだったので「ねぁ」(ない)を表す語が並んでいた。形容詞・形容動詞にあたる箇所で、本当に何年も口にしていない語を見つけ、ああ、言っていない、言う必要がなくなったのか、言う現象、対象がなくなったのか…と思いを馳せてみた。


◆がじぇねぁ「子供っぽい。幼稚だ」(→頑是ない)

 養育、教育が良くなりそんな子がすくなくなったのか。いや、そういう評価をすること自体躊躇われるからか。まあ第一、子供の総数が少なくなったからね。


◆まんじぇねぁ「臆しない」

 これもどちらかと言えば子ども相手に発する場合が多いか。しかし年齢に構わず性格や行動の一面を表している。ある面のしなり強さも示すので、そういう人は珍しくなってきたと言える。


◆おどげでねぁ「容易でない。冗談でない」

 実際はそういう出来事などまだありそうだが、あまり使わなくなった。適性とかみあうことが重視される世の中なので、抵抗の大きいものは避けているのか。天変地異は結構あるが、使われないようだ。


◆たうぇぁねぁ「だらしない」(→たわいない)

 昔はよく酒飲みに関連して使われた。酒を飲んでだらしなくなる様子にぴったりだ。しかしこの頃はめっきりと少ないように思う。いいことには違いないが、発散できない要素もあるのか。


 その他いろいろあったけれど、いまだに、結構心の中で呟いているのが二つばかりあると気づく。

◆もじゃねぁ「考えが足りない。乱雑」

◆ちらちけねぁ「厚かましい」

 前者は自己反省。

 後者は、お偉い方々を指すのにちょうどいい言葉。
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