すぷりんぐぶろぐ

陥穽から風穴をさがす

絵本を奏でる声を…

2020年10月20日 | 雑記帳
 日曜日、郡市の読み聞かせボランティアグループの合同研修会に参加した。5つの団体から三十名近い出席者がいる。予想したとおりというか、昨年もそうだったので驚きはしないが、男性は私一人である。その現状について今さらあれこれ考えはしない。けれどこういう固定的な流れはやはり寂しいものだと思う。


 それはともかく、今回は他の方々の読みを聴くいい機会となった。まったく絵本の紹介に特化した研修なので、2時間あまりの会でグループ別、全体報告を通して延べ9名の方の読みを聴くことができた。ベテランも多いが新人?もいてそれぞれに特徴がある。技術の巧拙というより「声」による違いが印象に残った。



 劇作家の三好十郎が、「人間の本質は声に最も表れる」といった言葉を残している。これは教育実践においても非常に重く捉えてきた考えだ。今また自分が声を発する活動をしていると、無関心でいられなくなる。スマホを使い絵本の初読みを録音する時がある。そして、もう少しなんとかならないかと思うのが常だ。


 自分の声が好きという人はどの程度いるのだろうか…。まあそれはともかく今回、女性だけだが他の方々の声を聴き、ああ魅力的と感じたり、この詩にあう硬質な声だなと思ったり、いろいろ浮かぶことがあった。先日読んだ本で強調された「合う声」は確かにあるようだ。ふと、声を楽器に見立ててみればと考えた。


 この絵本を奏でるために、自分の声という楽器は適しているのか。どんな音色、どのくらいのオクターブを表現できるか、それを見極めなくてはいけない。しかしなあ、あっいい本だと思うとどうしても読みたくなる。プロではないから割り切って楽しめばいいのだけれど、迷惑になってはいけない。うん、楽器を磨くか。
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