どうやら古くから、衆議院の解散には名前が付けられてきたようです。ネーミングは主にマスコミが行ってきたのではないかと思います。新生日本(戦後に成立した日本国憲法下のわが国)においては、今回を含めて24回(うち1回は解散ではなく任期満了による総選挙)の解散・総選挙がなされ、その解散全てに名前が付けられています。
今回の解散については、安部晋三総理大臣はオバマ米国大統領の真似をして、“正義は吾に在り”をアピールする目的で、政権の経済政策の是非を問うべく『アベノミクス解散』と自ら名付けています。裏返せば、アベノミクス以外のことを取り上げられたくないと考えているようです。「集団的自衛権」、「原発」、「新たな貧困層の創出」、「女性活用」、「少子化対策」などの問題から国民の目を逸らすために、財務バランスを中心とした経済政策・「三本の矢」の成否に目を向けさせたいとの魂胆ではないでしょうか。
これに対して甘利明大臣は『この道しかない解散』、野党の維新の党の江田憲司共同代表は『国民そっちのけの解散』としています。
幾人かの識者や著名人もそれぞれにネーミングしているようです。月刊WiLL編集長の花田紀凱(はなだかずよし)氏は『野党殲滅解散』、政治評論家の有馬晴海(ありまはるみ)氏は『勝てるとき解散』、作曲家のすぎやまこういち氏はドラクエを捩って『勇者が国を思い踏み切った解散』、直木賞作家の黒川博行氏は『迎合・棚上げ解散』などとしています。中でもUSAカリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏や桜美林大学教授・かつて朝日新聞コラムニストを務めた早野透(はやのとおる)氏が名付けた『いまのうち解散』は“言いえて妙”と言えるのではないでしょうか。
この命名の意図するところは、「消費税率引き上げ、原発再稼働など世論を分ける問題を抱えたまま、2年後はどうなっているか分からないので、これらが大きく問題化していない、選挙戦に勝てる見込みがある今のうちに解散総選挙を実施して、今後4年間の過半数を獲得しよう。」と考えているのではないかと思うとのこと。
そして、この「いまのうち解散」という名は様々な社会で、多くの人々に支持されているようです。
マスメディアは多分、総理大臣が使う名前をメインにして報道表現するのではないかと思います。
≪日本国憲法下の衆議院解散とそのネーミング≫
1.1948年12月23日 (第2次吉田内閣) 馴れ合い解散
2.1952年 8月28日 (第3次吉田内閣) 抜き打ち解散
3.1953年 3月14日 (第4次吉田内閣) バカヤロー解散
4.1955年 1月24日 (第1次鳩山内閣) 天の声解散
5.1958年 4月25日 (第1次岸内閣) 話し合い解散
6.1960年10月24日 (第1次池田内閣) 安保解散
7.1963年10月23日 (第2次池田内閣) 所得倍増解散、ムード解散、予告解散
8.1966年12月27日 (第1次佐藤内閣) 黒い霧解散
9.1969年12月 2日 (第2次佐藤内閣) 沖縄解散
10.1972年11月13日 (第1次田中内閣) 日中解散
-. 1976年12月 9日 任期満了三木内閣) ロッキード解散・ロッキード選挙
11.1979年 9月 7日 (第1次大平内閣) 増税解散、一般消費税解散
12.1980年 5月19日 (第2次大平内閣) ハプニング解散
13.1983年11月28日 (第1次中曽根内閣) 田中判決解散
14.1986年 6月 2日 (第2次中曽根内閣) 死んだふり解散
15.1990年 1月24日 (第1次海部内閣) 消費税解散
16.1993年 6月18日 (宮澤内閣) 嘘つき解散、政治改革解散
17.1996年 9月27日 (第1次橋本内閣) 小選挙区解散、新選挙制度解散
18.2000年 6月 2日 (第1次森内閣) 神の国解散、ミレニアム解散
19.2003年10月10日 (第1次小泉内閣) マニフェスト解散、構造改革解散
20.2005年 8月 8日 (第2次小泉内閣) 郵政解散
21.2009年 7月21日 (麻生内閣) 政権選択解散
22.2012年11月16日 (野田内閣) 近いうち解散
23.2014年11月21日 (第2次安部内閣) いまのうち解散など