★セザール・フランク:ピアノ五重奏曲とピアノ作品集
(演奏:アリス・アデール(p)、アンサンブル・アデール)
1.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18 (ピアノ編曲版)
2.前奏曲、コラールとフーガ
3.ピアノ五重奏曲 ヘ短調
(2002年録音)
前記事でフランクのヴァイオリン・ソナタのディスクを取り上げながら、また3本の指に入るぐらい好きと言いながら、その内容にはほとんど触れませんでしたねぇ。
てなわけで、罪滅ぼしにフランクの特集をしようと思いたちました。
要するに『前奏曲、フーガと変奏曲 作品18』という絶品の名曲をご紹介しようという趣向であります。(^^)v
お気をつけ願いたいのは、『前奏曲、コラールとフーガ』ではありませんということです。もちろん、これも泣く子も黙る名曲であると思うのですが、そこはそれ、久しぶりに天邪鬼を発揮してですねぇ・・・。
これは、フランクがまだ比較的若い頃に書かれた曲で、元来はオルガン曲であります。
プレリュードの旋律はごくごく簡素なメロディーですが、実に痛切に哀切の情を漂わせるものであります。
この部分を聴いて「おっ」と思わない方は、多分私とは音楽的感性が合わないなと思えるぐらい印象的なメロディーなのです。もちろん、オルガンとピアノではその聴こえ方もやや違うんですけどね。
そして中間部はフーガとなっていますが、むしろ和音の壮麗さを感じさせる部分であって、その後単旋律のフーガらしい経過句を経て最後のパートの変奏曲へ流れていく構成になっています。
その変奏曲のテーマには冒頭の旋律が回帰します。変奏曲となっていますが装飾が若干違うぐらいで、私の耳にはあまり派手に変奏されているという感じはしませんのですが・・・。作った人が「変奏だ!」というからには変奏曲なのでしょう。
ともあれそんなこの曲に惚れ込んだいろんな人がピアノ用に編曲したものをご紹介したい、とこういうことであります。
(あるいは ―私は知りませんが― 他の楽器用に編曲したものももしかしたらあるのかもしれませんが・・・。)
まずは、編曲者とピアノは不詳ですがアりス・アデールが弾いたディスクであります。
この演奏の最大の特徴は、音色そのものの佇まいであります。
このアデールという人は、現代音楽でも広くその菜を知られている存在のようです。私は、このフランクの他はブラームスとドビュッシーしか知りませんが、いずれもその音色そのものに注意を促されます。
書の世界でいうなら、字や書全体から受ける感覚・イメージというものよりも、一点一画の線・点の美しさが傑出しているといった風情なのです。
それも楷書のように平凡な型にはまったものではなく、とはいえ一画一画が個性の刻印を押されているようなものなので、『隷書』とでもいったらいいんでしょうか。
冒頭のメロディー・ラインやその和声の左手のニュアンスなど、木製の木目濃やかな触感といった音といった感じがします。
それは、クリアに音が放たれているのにもかかわらず、その音触に仏像のアルカイックスマイルをイメージしてしまうような響き・・・。
もちろん、そのような音の積み上げられた空間が密度の低いはずがなく、無垢でありながら濃密な感じのするアコースティックな音世界が繰り広げられていきます。
そしてフーガにおいては、そのくっきりした音色そのものを轟かせるように世界を描いていきます。ベートーヴェン的に構築的という感じではないのですが、楽曲の構成はとても堅固です。そしてそれが曲調に非常にマッチしているために、素晴らしい解釈の演奏だといってよいと思います。
もちろん、この特質は『プレリュード、コラールとフーガ』にも最適であり、同曲のもっともコクのある演奏だと私は思っております。
ピアノ五重奏曲も同様の美質は感じるのですが、もう少しその良さを理解しないとコメントのしようがありません。もうすこし、聴きこんでみたいと思っております。
★セザール・フランクと一緒のクリスマス
(演奏:イェルク・デームス)
1.プレリュード、フーガと変奏曲 (1899年製エラール・コンサート・グランド使用)
2.プレリュード、コラールとフーガ (1880年製エラール・コンサート・グランド使用)
3.18のスピリチュアルナ前奏曲集 (1913年製シートメイヤー・サロン・グランド使用)
4.プレリュード、アリアと終曲 (1913年製スタインウェイC使用)
(1993年、2004年録音)
このディスクのタイトル訳は私がしました。フランス語翻訳サイトで調べた直訳であります。
まぁ、ジャケットのデザインを見れば整合しているように見えるので勘弁してください。
ちなみに、ウムラウトとか無しで表記すると原題は“NOEL AVEC CESAR FRANCK”であります。(^^)v
さらに副題があって、これは英語表記なので訳のみ書きますが“イェルク・デームズ、3つの歴史的ピアノを弾く”となっています。
よく見るとピアノは確かに3つのメーカーのものではあるけど、曲ごとに全て弾き分けているので4台のピアノを使用しているんですよねぇ・・・。
この辺、やはり謎です・・・。
ジャケットの解説はデームス自らが筆をとっていて(フランス語と英語なのでよくわからん)、何よりピアノの写真が貴重だと思えました。もちろん、CDですから聞いただけではわかりませんが、冒頭の『プレリュード、フーガと変奏曲』で使用されているエラールは金色の装飾が施された白いピアノであります。
年季の入った白いピアノで演奏されていると思うだけでも、味わいがいや増すのは単なる思い込みだとわかっていても趣深いものがあります。
そしてその白いエラールで弾かれている『プレリュード、フーガと変奏曲』はこれも絶品なのであります。
この編曲はデームスその人の手になるもの。この版は我が国でも出版されているようで、アルゲリッチ肝煎りの我が国のピアニスト広瀬悦子さんのデビューCDにも収められていましたね。
彼女の演奏を聴いた時の印象では、稀有壮大に弾かれていたようにおもいます。あと、密度がそこについてきたら彼女も大ピアニストになれるんでしょうね。「先が楽しみじゃわい」と思ったものです。(^^)v
そして、肝心のデームス本人の演奏は時代楽器であることもあってか古色蒼然としています。
今の楽器と比べると少し音色がパサついているというか不安定なのですが、適度な響をペダルで、そして録音のマイクセッティングで加えて、旨みまろみを感じさせる音色にしています。
この演奏ですと、プレリュードはあくまでも前奏曲であるということがわかるような気がします。
何が違うというわけではないのですが、きわめて小規模・コンパクトにまとめられて中間部の和音に突入するように思えるのです。それも、きちんとプレリュードの最後で一拍おいておもむろに「ここから本編ですよ」といった風情で・・・。
広瀬さんのようなスケールの大きさは感じさせませんが、切迫した充足感とでもいうものが伝わってきます。また、緊張するわけではないのですが、どこにも弛緩するところがないという、名演によくあるパラドキシカルな背反する事柄の両立が聴き取れるように思います。
ピアノを代えて弾かれている『プレリュード、コラールとフーガ』も大変な名演だと思います。
『プレリュード、アリアと終曲』はずっと前に録音されていたものをこの中にフィルアップで付け加え、フランクのピアノの大曲を網羅する企画にしたのだと思いますが、スタインウェイで弾いているとはいえシートメイヤーのピアノとほぼ同時代の楽器ですからねぇ・・・4つの歴史的ピアノを弾くでもよかったんじゃないかと・・・。
★フランク:前奏曲、コラールとフーガ 他
(演奏:ポール・クロスリー)
1.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18 (編曲:ハロルド・バウアー)
2.前奏曲、コラールとフーガ (1884)
3.ゆるやかな踊り (1885)
4.前奏曲、アリアと終曲 (1886-1887)
5.コラール第3番 (1890)(編曲:ポール・クロスリー)
(1993年録音)
私がこの曲に触れて感銘を受けた盤です。このバウアー版が最も有名なトランスクリプションであるようですね。
この演奏の感想は、よく言えば慎ましく思慮深い演奏。それなりに憂いと奥行きを伴っていて、当初聴いたときのイメージからは味わい深い演奏だと思っていたのですが・・・。
今あらためて聴いてみると“ネクラ”に聴こえる・・・。うーん、どうしちゃったんだろう。
何はともあれハロルド・バウアー版はこの演奏しかないので、編曲のせいなのかもしれません、とかいいながら、『前奏曲、コラールとフーガ』などの有名どころの演奏についても同じ感想を持ってしまったものだから、版のせいではないのでしょうな。
本当に心が疲れてしまったときに聴いたんだとしたら、そっと心の内に沁みてきて温かなキモチを呼び覚ましてくれるかもしれない、マッチ売りの少女的演奏ではないか・・・と言っておきましょうか。。。
★フランク:グレート・オルガン・ワークス (2枚組)
(演奏:マリー=クレール・アラン)
1.英雄的作品
2.カンタービレ
3.幻想曲イ長調
4.交響的大曲 嬰へ短調 作品17
5.パストラール ホ長調 作品19
6.幻想曲 ハ長調 作品16
7.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18
8.コラール 第1番 ホ長調
9.コラール 第2番 ロ短調
10.コラール 第3番 イ短調
11.祈り 作品20
12.終曲(フィナーレ) 変ロ短調
(1995年録音 サン・エティエンヌ教会のカヴァイエ=コル・オルガンによる演奏)
これを聴くと、この曲がオルガンのための曲だとわかります。
しかしフーガ部分の冒頭のオルガンの持続音の効果たるや絶大ですなぁ~。スペィシーって感じまでする・・・。
マジで宇宙と交信しようとしてたんじゃないかと思わせるほど、空間感・世界観に違いがあります。
こんな技はピアノじゃゼッタイできんけんね。
要するにピアノに編曲するということは、オルガン曲としての適性を切り捨てて、旋律などを生かしてピアニスティックな曲として再構築するということなのかもしれませんね。
マリー=クレール・アランという人は、この楽器の世界での女王的存在であると認識しておりますが、化け物的機械楽器だと思えるオルガンを知り尽くした方のようですね。
ストップやレジスターの選び方なども普遍的で当を得たものだと感じました。
というわけで、あれやこれやとご紹介してきましたが、フランクのこの名曲がさらに人口に膾炙するものになったなら、世の中捨てたモンじゃないと思えるようになるかもしれません。
なんとなれば、この曲は人としての心のありようやうつろいを表現した名曲であるから・・・私はそう信じています。
※出張のため、先日付投稿しています。
(演奏:アリス・アデール(p)、アンサンブル・アデール)
1.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18 (ピアノ編曲版)
2.前奏曲、コラールとフーガ
3.ピアノ五重奏曲 ヘ短調
(2002年録音)
前記事でフランクのヴァイオリン・ソナタのディスクを取り上げながら、また3本の指に入るぐらい好きと言いながら、その内容にはほとんど触れませんでしたねぇ。
てなわけで、罪滅ぼしにフランクの特集をしようと思いたちました。
要するに『前奏曲、フーガと変奏曲 作品18』という絶品の名曲をご紹介しようという趣向であります。(^^)v
お気をつけ願いたいのは、『前奏曲、コラールとフーガ』ではありませんということです。もちろん、これも泣く子も黙る名曲であると思うのですが、そこはそれ、久しぶりに天邪鬼を発揮してですねぇ・・・。
これは、フランクがまだ比較的若い頃に書かれた曲で、元来はオルガン曲であります。
プレリュードの旋律はごくごく簡素なメロディーですが、実に痛切に哀切の情を漂わせるものであります。
この部分を聴いて「おっ」と思わない方は、多分私とは音楽的感性が合わないなと思えるぐらい印象的なメロディーなのです。もちろん、オルガンとピアノではその聴こえ方もやや違うんですけどね。
そして中間部はフーガとなっていますが、むしろ和音の壮麗さを感じさせる部分であって、その後単旋律のフーガらしい経過句を経て最後のパートの変奏曲へ流れていく構成になっています。
その変奏曲のテーマには冒頭の旋律が回帰します。変奏曲となっていますが装飾が若干違うぐらいで、私の耳にはあまり派手に変奏されているという感じはしませんのですが・・・。作った人が「変奏だ!」というからには変奏曲なのでしょう。
ともあれそんなこの曲に惚れ込んだいろんな人がピアノ用に編曲したものをご紹介したい、とこういうことであります。
(あるいは ―私は知りませんが― 他の楽器用に編曲したものももしかしたらあるのかもしれませんが・・・。)
まずは、編曲者とピアノは不詳ですがアりス・アデールが弾いたディスクであります。
この演奏の最大の特徴は、音色そのものの佇まいであります。
このアデールという人は、現代音楽でも広くその菜を知られている存在のようです。私は、このフランクの他はブラームスとドビュッシーしか知りませんが、いずれもその音色そのものに注意を促されます。
書の世界でいうなら、字や書全体から受ける感覚・イメージというものよりも、一点一画の線・点の美しさが傑出しているといった風情なのです。
それも楷書のように平凡な型にはまったものではなく、とはいえ一画一画が個性の刻印を押されているようなものなので、『隷書』とでもいったらいいんでしょうか。
冒頭のメロディー・ラインやその和声の左手のニュアンスなど、木製の木目濃やかな触感といった音といった感じがします。
それは、クリアに音が放たれているのにもかかわらず、その音触に仏像のアルカイックスマイルをイメージしてしまうような響き・・・。
もちろん、そのような音の積み上げられた空間が密度の低いはずがなく、無垢でありながら濃密な感じのするアコースティックな音世界が繰り広げられていきます。
そしてフーガにおいては、そのくっきりした音色そのものを轟かせるように世界を描いていきます。ベートーヴェン的に構築的という感じではないのですが、楽曲の構成はとても堅固です。そしてそれが曲調に非常にマッチしているために、素晴らしい解釈の演奏だといってよいと思います。
もちろん、この特質は『プレリュード、コラールとフーガ』にも最適であり、同曲のもっともコクのある演奏だと私は思っております。
ピアノ五重奏曲も同様の美質は感じるのですが、もう少しその良さを理解しないとコメントのしようがありません。もうすこし、聴きこんでみたいと思っております。
★セザール・フランクと一緒のクリスマス
(演奏:イェルク・デームス)
1.プレリュード、フーガと変奏曲 (1899年製エラール・コンサート・グランド使用)
2.プレリュード、コラールとフーガ (1880年製エラール・コンサート・グランド使用)
3.18のスピリチュアルナ前奏曲集 (1913年製シートメイヤー・サロン・グランド使用)
4.プレリュード、アリアと終曲 (1913年製スタインウェイC使用)
(1993年、2004年録音)
このディスクのタイトル訳は私がしました。フランス語翻訳サイトで調べた直訳であります。
まぁ、ジャケットのデザインを見れば整合しているように見えるので勘弁してください。
ちなみに、ウムラウトとか無しで表記すると原題は“NOEL AVEC CESAR FRANCK”であります。(^^)v
さらに副題があって、これは英語表記なので訳のみ書きますが“イェルク・デームズ、3つの歴史的ピアノを弾く”となっています。
よく見るとピアノは確かに3つのメーカーのものではあるけど、曲ごとに全て弾き分けているので4台のピアノを使用しているんですよねぇ・・・。
この辺、やはり謎です・・・。
ジャケットの解説はデームス自らが筆をとっていて(フランス語と英語なのでよくわからん)、何よりピアノの写真が貴重だと思えました。もちろん、CDですから聞いただけではわかりませんが、冒頭の『プレリュード、フーガと変奏曲』で使用されているエラールは金色の装飾が施された白いピアノであります。
年季の入った白いピアノで演奏されていると思うだけでも、味わいがいや増すのは単なる思い込みだとわかっていても趣深いものがあります。
そしてその白いエラールで弾かれている『プレリュード、フーガと変奏曲』はこれも絶品なのであります。
この編曲はデームスその人の手になるもの。この版は我が国でも出版されているようで、アルゲリッチ肝煎りの我が国のピアニスト広瀬悦子さんのデビューCDにも収められていましたね。
彼女の演奏を聴いた時の印象では、稀有壮大に弾かれていたようにおもいます。あと、密度がそこについてきたら彼女も大ピアニストになれるんでしょうね。「先が楽しみじゃわい」と思ったものです。(^^)v
そして、肝心のデームス本人の演奏は時代楽器であることもあってか古色蒼然としています。
今の楽器と比べると少し音色がパサついているというか不安定なのですが、適度な響をペダルで、そして録音のマイクセッティングで加えて、旨みまろみを感じさせる音色にしています。
この演奏ですと、プレリュードはあくまでも前奏曲であるということがわかるような気がします。
何が違うというわけではないのですが、きわめて小規模・コンパクトにまとめられて中間部の和音に突入するように思えるのです。それも、きちんとプレリュードの最後で一拍おいておもむろに「ここから本編ですよ」といった風情で・・・。
広瀬さんのようなスケールの大きさは感じさせませんが、切迫した充足感とでもいうものが伝わってきます。また、緊張するわけではないのですが、どこにも弛緩するところがないという、名演によくあるパラドキシカルな背反する事柄の両立が聴き取れるように思います。
ピアノを代えて弾かれている『プレリュード、コラールとフーガ』も大変な名演だと思います。
『プレリュード、アリアと終曲』はずっと前に録音されていたものをこの中にフィルアップで付け加え、フランクのピアノの大曲を網羅する企画にしたのだと思いますが、スタインウェイで弾いているとはいえシートメイヤーのピアノとほぼ同時代の楽器ですからねぇ・・・4つの歴史的ピアノを弾くでもよかったんじゃないかと・・・。
★フランク:前奏曲、コラールとフーガ 他
(演奏:ポール・クロスリー)
1.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18 (編曲:ハロルド・バウアー)
2.前奏曲、コラールとフーガ (1884)
3.ゆるやかな踊り (1885)
4.前奏曲、アリアと終曲 (1886-1887)
5.コラール第3番 (1890)(編曲:ポール・クロスリー)
(1993年録音)
私がこの曲に触れて感銘を受けた盤です。このバウアー版が最も有名なトランスクリプションであるようですね。
この演奏の感想は、よく言えば慎ましく思慮深い演奏。それなりに憂いと奥行きを伴っていて、当初聴いたときのイメージからは味わい深い演奏だと思っていたのですが・・・。
今あらためて聴いてみると“ネクラ”に聴こえる・・・。うーん、どうしちゃったんだろう。
何はともあれハロルド・バウアー版はこの演奏しかないので、編曲のせいなのかもしれません、とかいいながら、『前奏曲、コラールとフーガ』などの有名どころの演奏についても同じ感想を持ってしまったものだから、版のせいではないのでしょうな。
本当に心が疲れてしまったときに聴いたんだとしたら、そっと心の内に沁みてきて温かなキモチを呼び覚ましてくれるかもしれない、マッチ売りの少女的演奏ではないか・・・と言っておきましょうか。。。
★フランク:グレート・オルガン・ワークス (2枚組)
(演奏:マリー=クレール・アラン)
1.英雄的作品
2.カンタービレ
3.幻想曲イ長調
4.交響的大曲 嬰へ短調 作品17
5.パストラール ホ長調 作品19
6.幻想曲 ハ長調 作品16
7.前奏曲、フーガと変奏曲 作品18
8.コラール 第1番 ホ長調
9.コラール 第2番 ロ短調
10.コラール 第3番 イ短調
11.祈り 作品20
12.終曲(フィナーレ) 変ロ短調
(1995年録音 サン・エティエンヌ教会のカヴァイエ=コル・オルガンによる演奏)
これを聴くと、この曲がオルガンのための曲だとわかります。
しかしフーガ部分の冒頭のオルガンの持続音の効果たるや絶大ですなぁ~。スペィシーって感じまでする・・・。
マジで宇宙と交信しようとしてたんじゃないかと思わせるほど、空間感・世界観に違いがあります。
こんな技はピアノじゃゼッタイできんけんね。
要するにピアノに編曲するということは、オルガン曲としての適性を切り捨てて、旋律などを生かしてピアニスティックな曲として再構築するということなのかもしれませんね。
マリー=クレール・アランという人は、この楽器の世界での女王的存在であると認識しておりますが、化け物的機械楽器だと思えるオルガンを知り尽くした方のようですね。
ストップやレジスターの選び方なども普遍的で当を得たものだと感じました。
というわけで、あれやこれやとご紹介してきましたが、フランクのこの名曲がさらに人口に膾炙するものになったなら、世の中捨てたモンじゃないと思えるようになるかもしれません。
なんとなれば、この曲は人としての心のありようやうつろいを表現した名曲であるから・・・私はそう信じています。
※出張のため、先日付投稿しています。
正直言って語学は苦手です。輸入盤の横文字は苦労します。
私がもし英語を読もうと思う機会があったとしたら、輸入盤のライナーしかないでしょうね。
でも、そこここでクラシック音楽の市場としてマーケットがでかいといわれる割には、外盤で日本語のライナーが付いているものは殆どない。
日本語がマイナーという以上に、日本市場が欧米からナメられているとしか思えない私です。
流行語も「欧米化」ではなく、「日本化」にしてもらいたいもんです。
ピアノの調律師さんから、イエルク・デムスのCDのコピーを頂き、初めてこの曲を知りました。
あまりの美しさに驚き、今までこの曲を知らなかったことが信じられなく、また幸運にも知り得たことに感謝しています。
もっと詳しく知りたいと思って検索していて、こちらのサイトに行き当たりました。
もともとはオルガンの曲だったんですね。オルガンの演奏も聴いてみたいと思います。
いろいろ紹介して下さってありがたいです。
私の書いたものが、ゆきりんごさんの参考になっていたなら嬉しいです。
今でもとても大好きなこの曲、ほんとうに素晴らしい曲ですよね。
繊細に、そして壮大にこの曲を表現してくれる演奏家の存在も大きいと思います。
フランクに、そしてそれを解釈して表現してくれる演奏家に私も感謝しています。