★Liszt
(演奏:キャロライン・セイジマン)
1.リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
2.オーベルマンの谷 巡礼の年 第1年(スイス)より
3.愛の夢 第3番
4.2つの伝説 第2曲 波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ
(2005年録音)
今回は、SACD(含むハイブリッド盤)で出ている比較的新進のピアニストの巻。
まずこの方はお若いのに落ち着きはらって、“大家”然とした演奏マナーを身につけておられますなぁ。
若いころ(今も若いだろうが・・・)アラウの弾くベートーヴェン“告別ソナタ”に触発されて研鑽し、この“ロ短調ソナタ”を何かの機会に演奏したときはアラウやペルルミュテールに比されたみたいなことがライナーに書いてあります。
確かに弱音で奏される旋律がクリアであったり静謐であったり変幻自在で、ひとつひとつのフレーズごとにしっかりと意味づけをしながら進めているという意図が見受けられるところなどから、それは感じられますなぁ。
そして音楽が勝手に走らない。たっぷりとした進行でゆとりを感じさせます。確かにアラウもそうでした。
併せて思いの深さも伝わってきますが、決して声高に叫ばない。進行の中で雄弁に語ってきます。むしろピアニシモが消え入りそうに思えて、こちらから聴きに行ったところ(特にオーベルマンの谷の中間部、尋常じゃなく集中された演奏です)を引き込まれてしまうといった風。
すべての秘密は”左手“が旋律を奏でるにしても、オクターブで低域を支えるにしても、最高の雰囲気を醸し出すいい仕事をしていることにあると思います。
そんな演奏を実現する最高に繊細な感性を持った女性が、まさに質実剛健に演奏した好盤です。
ブラボォ~~!
ここでは「けたたましく盛り上げてよ!リストなんだからぁ~!」という人はちょっと黙っててくださいネ。
ところで、お名前(姓:Sageman)の読み方が分からず“セイジマン”と書きましたが本当はどう読むか分かりません。途中ローマ字読みをしてしまって思わず赤面してしまいましたが、先に述べたように夢見がちな文学少女を思わせる“身持ちが堅そうな”かたなのでくれぐれも誤解なきよう!
誤解しかかったのは私だけかもしれませんが。。。輸入盤に日本語でフリガナを振れとも言えないし!
★シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17 ・ リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
(演奏:ペドロ・ブルメスター)
1.シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17
2.リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
(2005年録音)
このブルメスターというピアニストもこれまで全く知らなかったのですが、ポルトガルのトップピアニストとのことです。英ライナーを読んだ限りは私と(多分)同学年の人であり、20年来この2つの作品と作曲家には親近感を抱いてきたらしいです。
ディスク入手の理由は、どうも“アルゲリッチの肝煎りらしい”という未確認情報によります。それも、どこから情報を取ったかすら覚えていないぐらい未確認な情報でして。。。
演奏を聴いたとき、まずはシューマンのフレージングの間に得もいわれぬ風情があると思いました。私はどちらかというとシューマンの感情表現が苦手なのですが、珍しく当たりかなという感覚を抱きました。
そして“ロ短調ソナタ”ですが、これも明晰です。こうと思ったとおりに弾き進め、弾き切る。立派です。さすがに永年インティメートな付き合いをしてきた楽曲たちですね。本当に仲良しの“お友達”だからこそ、その良いところを上手に紹介することも可能なのでしょう。
ディスク制作の原点がこの親密さにあることは間違いありません。
この演奏を聴いたときに思ったのはフィギュアスケートの安藤美姫選手の演技に、国際スケート連盟のチンクアンタ会長が「安藤はまだ自分が美しいと信じていない」と語って、さらなる練習の必要性を説いたという話。。。
ブルメスターはハンパじゃない練習を積んで、自分の友達を「他に比類がない美しさにまで磨き上げた」という“揺るぎない自信”を手に入れたのだろうな、と思わされました。
そうでなければ、天才的ではあるけど、ただのノー天気で不遜極まりないヤツなのかもしれない。。。
何故なら彼の演奏はどんなに素晴らしくとも、件のアルゲリッチのように形而上学的世界にイッチャッテルとか、この世のものとも思われないという非日常的なものでは決してありません。
にもかかわらず、非常な説得力を持っている。。。
そうだとすれば演奏のどこかで、何かの理由で“ある種の謙虚さ”を欠いていると思うほかありません。
そんなことを考えていたら、ブレンデルがブルメスターを評した言葉を見つけました。
曰く、
彼は強い個性でもって自我を押し通し、聴衆を魅了する。彼の演奏には見事な創造性と完璧なテクニックが存在する。その知性と教養にただちに着目せざるをえない。
ですって。。。
なるほど、言わんとすることはよーく分かります。さすがはブレンデル!
ただ聴衆が個々に魅了されるかはどうでしょうか?
ビビッとくるかどうかはやはり相性としか言いようがないかもしれません。
そうは言っても、この演奏家を認めない人はいないに違いないというだけの凄みを確かに持った人ですね。
要注目の人がどんどん増えて困ります!
★リスト:ピアノ・ソナタロ短調、BACHの主題による幻想曲とフーガ、死の舞踏(P独奏版)
(演奏:マルクス・グロー)
1.ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
2.BACHの主題による幻想曲とフーガ S.529
3.死の舞踏 (リスト自身によるピアノ独奏編曲版)
(2004年録音 スタインウエイ使用)
このディスクはとんでもなくコメントしづらいディスクです。
正直に書きます。
“ロ短調ソナタ”は奏者グローによりとても鮮やかに弾き上げられています。迫力もあるように聞こえます。すみずみまで気持ちも行き届いているようです。決して単調でも退屈でもありません。楽曲の解釈も、“ここはこうであってほしい!”という普遍的にしてほぼ理想的な内容です。それを実現しているのですから、太鼓判を押してもよい技術の持ち主だと思われます。
そして他の2曲も本当にこの上なく鮮やかな手さばきで、とてつもない難所と思われるところも極めて安定しており、技術の冴えを見せるべきところでさえインテンポできっちり弾き抜けていくさまは思わず溜飲が下がる想いでした。。。
が、ほとんど心に迫ってこないのです!!!
SACDの余りに流麗な録音のせいだろうかと思って、CDモードでも聴きましたが同じでした。
我が家には5.1chで聴く設備がないので確かめられませんが、そのモードで聴いたときには目くるめくように思えるのかもしれませんが。。。
小学生が読書感想文を書くときに、「ぼくが、この本を読んで感じたのは・・・」に当てはめるものがどうしても見出せません。すべてが揃っているのにねぇ。。。
こんなに褒めて心の琴線に響かないというのは無責任かもしれませんが、これ以上説明できません。
ごめんなさい!
奏者のグローは、95年のエリザベート・コンクールの優勝者らしいです。
演奏の力量について“なるほど”と思う反面、煮え切らなさが残るディスクでありました。
我が国ではヴァイオリンの諏訪内さんと組んでのリサイタルが好評だったようですね。それは当然だろうと思えます。
そんなこんなで次回作に期待したいと思います。
今回SACDの特集でしたが、音はSACDのフォーマットで再生するよりも、エソテリックのX-50wのCD層の再生で聴くほうがことごとくよかったです。
確かにエソテリックはCD単体プレーヤーの完成形だと確信した次第ですが、他のSACD再生機種もフォーマットは上回っているわけだし、決して劣るとは思えないですけどねぇ。。。
単に私の音の好みのせいかなぁ~? ビミョーに複雑。。。
(演奏:キャロライン・セイジマン)
1.リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
2.オーベルマンの谷 巡礼の年 第1年(スイス)より
3.愛の夢 第3番
4.2つの伝説 第2曲 波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ
(2005年録音)
今回は、SACD(含むハイブリッド盤)で出ている比較的新進のピアニストの巻。
まずこの方はお若いのに落ち着きはらって、“大家”然とした演奏マナーを身につけておられますなぁ。
若いころ(今も若いだろうが・・・)アラウの弾くベートーヴェン“告別ソナタ”に触発されて研鑽し、この“ロ短調ソナタ”を何かの機会に演奏したときはアラウやペルルミュテールに比されたみたいなことがライナーに書いてあります。
確かに弱音で奏される旋律がクリアであったり静謐であったり変幻自在で、ひとつひとつのフレーズごとにしっかりと意味づけをしながら進めているという意図が見受けられるところなどから、それは感じられますなぁ。
そして音楽が勝手に走らない。たっぷりとした進行でゆとりを感じさせます。確かにアラウもそうでした。
併せて思いの深さも伝わってきますが、決して声高に叫ばない。進行の中で雄弁に語ってきます。むしろピアニシモが消え入りそうに思えて、こちらから聴きに行ったところ(特にオーベルマンの谷の中間部、尋常じゃなく集中された演奏です)を引き込まれてしまうといった風。
すべての秘密は”左手“が旋律を奏でるにしても、オクターブで低域を支えるにしても、最高の雰囲気を醸し出すいい仕事をしていることにあると思います。
そんな演奏を実現する最高に繊細な感性を持った女性が、まさに質実剛健に演奏した好盤です。
ブラボォ~~!
ここでは「けたたましく盛り上げてよ!リストなんだからぁ~!」という人はちょっと黙っててくださいネ。
ところで、お名前(姓:Sageman)の読み方が分からず“セイジマン”と書きましたが本当はどう読むか分かりません。途中ローマ字読みをしてしまって思わず赤面してしまいましたが、先に述べたように夢見がちな文学少女を思わせる“身持ちが堅そうな”かたなのでくれぐれも誤解なきよう!
誤解しかかったのは私だけかもしれませんが。。。輸入盤に日本語でフリガナを振れとも言えないし!
★シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17 ・ リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
(演奏:ペドロ・ブルメスター)
1.シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17
2.リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
(2005年録音)
このブルメスターというピアニストもこれまで全く知らなかったのですが、ポルトガルのトップピアニストとのことです。英ライナーを読んだ限りは私と(多分)同学年の人であり、20年来この2つの作品と作曲家には親近感を抱いてきたらしいです。
ディスク入手の理由は、どうも“アルゲリッチの肝煎りらしい”という未確認情報によります。それも、どこから情報を取ったかすら覚えていないぐらい未確認な情報でして。。。
演奏を聴いたとき、まずはシューマンのフレージングの間に得もいわれぬ風情があると思いました。私はどちらかというとシューマンの感情表現が苦手なのですが、珍しく当たりかなという感覚を抱きました。
そして“ロ短調ソナタ”ですが、これも明晰です。こうと思ったとおりに弾き進め、弾き切る。立派です。さすがに永年インティメートな付き合いをしてきた楽曲たちですね。本当に仲良しの“お友達”だからこそ、その良いところを上手に紹介することも可能なのでしょう。
ディスク制作の原点がこの親密さにあることは間違いありません。
この演奏を聴いたときに思ったのはフィギュアスケートの安藤美姫選手の演技に、国際スケート連盟のチンクアンタ会長が「安藤はまだ自分が美しいと信じていない」と語って、さらなる練習の必要性を説いたという話。。。
ブルメスターはハンパじゃない練習を積んで、自分の友達を「他に比類がない美しさにまで磨き上げた」という“揺るぎない自信”を手に入れたのだろうな、と思わされました。
そうでなければ、天才的ではあるけど、ただのノー天気で不遜極まりないヤツなのかもしれない。。。
何故なら彼の演奏はどんなに素晴らしくとも、件のアルゲリッチのように形而上学的世界にイッチャッテルとか、この世のものとも思われないという非日常的なものでは決してありません。
にもかかわらず、非常な説得力を持っている。。。
そうだとすれば演奏のどこかで、何かの理由で“ある種の謙虚さ”を欠いていると思うほかありません。
そんなことを考えていたら、ブレンデルがブルメスターを評した言葉を見つけました。
曰く、
彼は強い個性でもって自我を押し通し、聴衆を魅了する。彼の演奏には見事な創造性と完璧なテクニックが存在する。その知性と教養にただちに着目せざるをえない。
ですって。。。
なるほど、言わんとすることはよーく分かります。さすがはブレンデル!
ただ聴衆が個々に魅了されるかはどうでしょうか?
ビビッとくるかどうかはやはり相性としか言いようがないかもしれません。
そうは言っても、この演奏家を認めない人はいないに違いないというだけの凄みを確かに持った人ですね。
要注目の人がどんどん増えて困ります!
★リスト:ピアノ・ソナタロ短調、BACHの主題による幻想曲とフーガ、死の舞踏(P独奏版)
(演奏:マルクス・グロー)
1.ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
2.BACHの主題による幻想曲とフーガ S.529
3.死の舞踏 (リスト自身によるピアノ独奏編曲版)
(2004年録音 スタインウエイ使用)
このディスクはとんでもなくコメントしづらいディスクです。
正直に書きます。
“ロ短調ソナタ”は奏者グローによりとても鮮やかに弾き上げられています。迫力もあるように聞こえます。すみずみまで気持ちも行き届いているようです。決して単調でも退屈でもありません。楽曲の解釈も、“ここはこうであってほしい!”という普遍的にしてほぼ理想的な内容です。それを実現しているのですから、太鼓判を押してもよい技術の持ち主だと思われます。
そして他の2曲も本当にこの上なく鮮やかな手さばきで、とてつもない難所と思われるところも極めて安定しており、技術の冴えを見せるべきところでさえインテンポできっちり弾き抜けていくさまは思わず溜飲が下がる想いでした。。。
が、ほとんど心に迫ってこないのです!!!
SACDの余りに流麗な録音のせいだろうかと思って、CDモードでも聴きましたが同じでした。
我が家には5.1chで聴く設備がないので確かめられませんが、そのモードで聴いたときには目くるめくように思えるのかもしれませんが。。。
小学生が読書感想文を書くときに、「ぼくが、この本を読んで感じたのは・・・」に当てはめるものがどうしても見出せません。すべてが揃っているのにねぇ。。。
こんなに褒めて心の琴線に響かないというのは無責任かもしれませんが、これ以上説明できません。
ごめんなさい!
奏者のグローは、95年のエリザベート・コンクールの優勝者らしいです。
演奏の力量について“なるほど”と思う反面、煮え切らなさが残るディスクでありました。
我が国ではヴァイオリンの諏訪内さんと組んでのリサイタルが好評だったようですね。それは当然だろうと思えます。
そんなこんなで次回作に期待したいと思います。
今回SACDの特集でしたが、音はSACDのフォーマットで再生するよりも、エソテリックのX-50wのCD層の再生で聴くほうがことごとくよかったです。
確かにエソテリックはCD単体プレーヤーの完成形だと確信した次第ですが、他のSACD再生機種もフォーマットは上回っているわけだし、決して劣るとは思えないですけどねぇ。。。
単に私の音の好みのせいかなぁ~? ビミョーに複雑。。。
いろいろありがとうございます。
本日も八王子の人権集会のイベントに高橋多佳子さんがコンサート&トークをすると聞き、代休を取って出かけてまいりました。
Sagemanと多佳子さんは同じショパコンの舞台に立ってた人だったんですね!情報をいろいろ取るよう心がけておりましたが、気づきませんでしたねぇ。
ケナーと横山さんは知ってたんですけど。。。
名前の読み方の件もありがとうございます。
考えましたが文脈上本編は直さず、アル中のトスカ兄さんさんのとこのコメントで「考察の記録」らしきものをとどめておくようにしたいと思います。
発声される音に近い表記にしたいとは、常々考えておりますので、お気づきの点があればぜひご指摘ください。
今後ともよろしくお願いいたします。
しかし、私もハンドルネームをひとひねりすればよかった。。。
>ところで、お名前(姓:Sageman)の読み方が分からず“セイジマン”と書きましたが本当はどう読むか分かりません。
Caroline Sageman は、第12回ショパン・コンクール(1990年)で高橋多佳子さんに次いで第6位に入っているようです。ひょっとしたら、お二人は16年前に言葉を交わされたかもしれませんね。高橋ファンのアラウさんがSageman の音盤にも触れたことは不思議な偶然だ――とでも言えましょうか。
http://www.interq.or.jp/classic/classic/data/perusal/concours/chopin.html
読み方は判然としませんが、HMVとタワー・レコードは「カロリン・サジュマン」と表記しています。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1786746
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=794843&GOODS_SORT_CD=102