霧島市田口のオガタマノキを紹介します。
霧島中学校前の県道を霧島神宮へ向かうと、道路左の民家脇にあります。
オガタマノキ(招霊木・小賀玉木、モクレン科)の全容。
幹周り:3.9m
樹高:20m
前の写真の右から見たものです。和名は招霊(おぎたま)から転じたもので、霊を招くことから神社に植えられることが多いです。
下部。
根元。
枝が垂れ下がっています。
木の下から田園風景を望む。
枝を広げた上部。
霧島市田口のオガタマノキを紹介します。
霧島中学校前の県道を霧島神宮へ向かうと、道路左の民家脇にあります。
オガタマノキ(招霊木・小賀玉木、モクレン科)の全容。
幹周り:3.9m
樹高:20m
前の写真の右から見たものです。和名は招霊(おぎたま)から転じたもので、霊を招くことから神社に植えられることが多いです。
下部。
根元。
枝が垂れ下がっています。
木の下から田園風景を望む。
枝を広げた上部。
霧島神宮の北に霧島神宮台という別荘地があり、そこのスダジイを紹介します。
霧島神宮から高千穂河原に向かうと、霧島神宮台へ行く三差路があり、これを左へ行くと、別荘地付近の道路脇にスダジイがあります。
道路から見たスダジイ。
幹周り:5.8m
樹高:15m
樹齢:200~300年
下部。
風格のある根元。
上部。
多くの植物が寄生しています。
反対側から見たものです。こちらにも古い道があり、向こうの道との間の斜面に生えています。
根元。
中部の幹。筋状に苔が生えています。
上部。
菅原神社へ行きます。
神社の前のイチョウです。
桁橋を渡って社殿へ行きます。
横から見た桁橋。池に水はありません。
池の石造物(石灯籠の台?)。
二つ目の桁橋を渡ります。
菅原神社社殿。菅原道真を祀る神社です。
御神木の大楠。加治木で一番古くて大きい木です。
根回り:12m
樹高:25.5m
樹齢:約470年
下部。
上部。
菅原神社から国道10号を渡ると性応寺(しょうおうじ)があります。
お堂。与謝野鉄幹の父は、明治14年、本願寺鹿児島別院の加治木説教所(現在の性応寺)の僧侶として赴任し、9歳の鉄幹も父に従い、1年余りを加治木で過ごしました。
鐘楼。
土台は、美しい色合いの加治木石でできています。
鉄幹が住んでいた時植えたタブノキです。
下部。樹齢約140年です。
昭和4年、鉄幹晶子夫婦は加治木を訪れ、歌を詠みました。その歌碑です(タブノキは右奥)。
老の身の 相見て嬉し をさなくて 加治木の寺に 植ゑしたぶの木 寛
加治木なる 五つの峰の波形の 女めくこそ あはれなりけり 晶子
垂水市軽砂にある切目王子神社のアコウを紹介します。
神社の前にあるアコウの全容。
斜めになったアコウです。
正面(鳥居)から見る。
階段より見る。
気根が支えになっています。
アコウの下から錦江湾を望む。写真ではわかりませんが、開聞岳が見えます。
下部。
神社側より見る。
上部。
社殿。ここには次の伝説があります。
ここ軽砂で生まれた美女大宮姫は朝廷に仕え、中大兄皇子の妾后姫(きさき)になりました。切目王子が生まれましたが、他氏族の妬みを買い、迫害の手が追ってきたので親子は軽砂に身を隠しました。
645年、中大兄皇子は中臣鎌足と一緒に曽我一族を滅ぼし、天智天皇となりました(大化の改新)。切目王子親子は再び朝廷に呼び戻されました。
隣の祠。
天智天皇が崩御すると、弟の大海人皇子は天智天皇の子大友皇子一族を滅ぼし、天武天皇となりました(壬申の乱)。天智天皇勢力の切目王子親子は再び軽砂に帰ってきました。親子の不運を悲しんだ村人が神社を建て、御霊を祭ってきました。
日置市伊集院町にある徳重神社の大クスを紹介します。
徳重神社です。
参道を進みます。
前の写真の左奥に見えるイヌマキ。枯れています。
根元から他の木が生えています。
徳重神社は、島津義弘公を祀る神社です。
社殿。関ヶ原の戦いでの義弘公の敵中突破をたたえて、鹿児島市からここまで歩く妙円寺詣りが行われます。私も歩いたことがあります。
義弘公の殉死者13名の地蔵塔です。
境内の大クス。日置市指定保存樹林です。
幹周り:8m
樹高:30m
樹齢:750年
上部。大きく枝を広げ、樹勢がいいです。
下部。
根元。
姶良市蒲生町白男の芝桜を見た日、近くの蒲生八幡神社へ行きました。
八幡神社へ行きます。
前の写真の左に見えるクスノキ。これもなかなかの巨木です。
蒲生八幡神社社殿。
社殿と蒲生の大クス。
蒲生の大クスの全容。日本一の巨樹です。
幹周り:24.22m 根回り:33.57m 樹高:30m 樹齢:1500年
下部。
根元。風格があります。
別の角度から見た根元。扉があります。
扉の中には、直径4.5m(約8畳敷)の空洞があるそうです。
苔むした根元。
上部。
関吉の疎水溝の左岸側に、小鷹神社があるので訪ねました。
疎水溝を渡って神社へ行きます。ここに、鹿児島市保存樹林のタブノキとモミがあります。
参道にある2本のタブノキの巨木です。
大きく枝を広げた上部。
根元。
小鷹神社です。社殿の後ろに、モミの巨木が6~7本あります。左は下田町公民館。
社殿へ行きます。
社殿と両側のモミの木。創建は1654年です。
向かって右のモミ。
左のモミ。
上部。
疎水溝へ戻って下流へ進みます。
小さな桁橋がありました。
この桁橋の向こうには、立派な家があります。
畑の横の疎水を下流へ行きます。
ヒメツルソバの花の下を流れる疎水。
実方付近まで流れていますが、この辺で関吉の疎水溝の散策を終わります。
南さつま市金峰町白川の日枝(ひえ)神社にあるイヌマキとタブノキを紹介します。
日枝神社。左がイヌマキ、右がタブノキで、どちらも南さつま市名木に指定されています。
イヌマキの全容。樹高はわかりませんが、イヌマキとしては相当高いです。
下部。
上部。
道路から見たタブノキの全容。
境内より見る。
根元。
社殿へ行きます。
階段の横にある石祠と石像です。
反対側にもあります。
日枝神社社殿。祭神は猿田彦命です。
神社の前の長谷川に堰があります。この右岸から取水しているのが、1728年に完成した阿多御新田用水路で、3月28日に紹介した阿多麓の近くを流れています。
この堰(頭首工)は平成3年に完成しました。
南さつま市加世田のまち歩きをしました。
竹田神社がスタートです。
クスノキの巨木がたくさんあります。
前のクスノキを境内から見たものです。
左のクスノキ。
反対から見た根元。
もう1本のクスノキです。
以前は日新寺でしたが、1798年の日新寺大火で焼け、今もその傷跡が残っています。
根元は空洞化しています。
反対から見た根元。
竹田神社拝殿。島津忠良(日新公)を祀る神社です。
本殿。
別のクスノキです。
上部。
根元。右下は井戸と水神碑です。
裏山にイヌマキの古木があります。国内でも有数の大木で、南さつま市の市木です。
幹周り:3.65m 根回り:4.6m 樹高:25.5m 樹齢:350年
上部。
下部。
今年も、鹿児島市五ケ別府町三重野の山桜を観に行きました。
人家の庭に山桜があります。
満開の山桜の全容。鹿児島市指定保存樹です。
樹齢:110~120年
山桜から人家を見る。
庭には花見台が設置されており、一般に開放されています。
花見台から見た全容。ご主人のおじいさんが明治時代に植えた山桜だそうです。
下部。
中部。
青空に映える上部。
近くに八重桜も咲いています。
人家の前にある別の山桜。他にも多くの花が咲き乱れており、まるで桃源郷のようなところです。