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FEEL ambivalence

毎日、いろんなことを思います。
両極端な感じで。

両面価値。
同一対象に対する愛憎共存。

『死の壁』。

2005-05-13 22:35:47 | 
養老 孟司。

ベストセラー、『バカの壁』の続編。
今回も、独白を文章にしている形式。

先日映画を見に出かけたときに買ってきて。
すらすらではなくて、考えながら。ゆっくりと読んだ。

去年の秋、ぼくは間近で死を体験した。
著者の言うところの、二人称の死。

何年か前に祖母を亡くしたときと、全く違っていた。
祖母は88歳で亡くなった。大往生だな、なんて。
ショックだったけれど、どこかで心の準備をしていた。

でも、去年向き合った死は、ぼくの根底を揺さぶり、沈んでいた泥をかき回した。

養老さんは語る。人間の致死率は100%だと。
それは、ぼく達が死に向かって生きているから。
死なないヒトなどいないのだから。と。

仕事を辞める決断をしたとき、似たようなことを思っていた。
死ぬまでに何ができるだろう、なんて。
いずれ、ぼくは死んでしまう。けれど、その前に、自分に納得のいくようにしたい。
後悔したくない。

確かに、死は恐怖であり、忌むべきもの。
そして、すぐそばに存在しているもの。なぜなら、ぼくは生きているから。
ぼくが死んだら、「ぼく」はもうどこにも存在しなくなる。
それは、「あなた」も同じ。「あなた」という存在が心の中にいたとしても、もう、あなたの思考を聞くことはできなくなる。

だから、あなたの声を聞こう。考えを聞こう。
共に生きていこう。その寿命が尽きるときまで。

なぜヒトを殺してはいけないのか。
その問いに、きちんと答えられるように、胸を張っていこう。
考えていこう。

そんな当たり前の疑問を突きつけられたときに、うろたえないように。

『黒い家』。

2005-05-10 10:54:32 | 
貴志 祐介。
第4回日本ホラー小説大賞大賞受賞作。

本格的なホラー小説は初めてだった。随分前に購入して、ページをめくる気にならないまま。
昨晩、ふと思い立って読み始め、憑かれてしまった。
怖い。本当に、怖い。ぞくりとする悪寒に鳥肌が立つ。

だが、引き込まれてしまう。
どうなるのか、気になって仕方ない。ちょっと長めの話なのだが、張り巡らされた伏線に絡めとられて、止まらなくなった。もともとぼくは感情移入しやすいタチなのだが、今回も見事に自分を重ね合わせて読んでいた。

そもそも、ホラーなんて、おどろおどろしいだけじゃないのか?なんていうバイアスは微塵に消え去り、漫然とした恐怖感が背後から湧き出してきた。途中、物語の展開はなんとなくわかってしまったけれど。それでも、先を読ませたくなる、その筆者の技術は素晴らしいと思う。興味をそそられる内容が数多く出てきたことも、引き込まれた要因なのかもしれない。主人公の思考は論理的で、読んでいて安心する。かといって、冷静すぎるわけでもない。自分も同じなのだが、論理的であろうとすると同時に、感情の昂ぶりを抑えきれない。その板ばさみの状況が、なおさら恐怖を引き立てる。

人間の心に巣食った暗闇。

ああ、まだ、鳥肌が立つ。


これは、夏の蒸し暑い夜に読むべきだったか。
今日の秋田は肌寒くて。

本当に怖いのは、やはり、われわれなのだろう。
わかっているようで、何もわかってはいないのだから。


この本が、怖くてよかった。いや、恐怖を感じられて、良かった。
もしこれが、ノンフィクションであったとしたら。
そう考えることのほうが、何よりも恐怖、だと思う。

『ダーリンの頭ン中』。

2005-04-20 23:49:09 | 
小栗 左多里、トニ-・ラズロ。


妹のオススメ。
著者は、『ダーリンは外国人』のコンビ。
この本自体は知っていたけど、きちんと読んだことがなかったし。
最近のお風呂場の一冊。

この一冊は、かなりオススメです。面白い。改めて、言葉と文化について考えてみたくなります。生きた文化としての英語に触れられた気がします。ぼくが使っている日本語も、体系的に説明しようなんて思って使っていません。
異文化に触れることの楽しさを紹介してくれる、一冊。
英語の教材に使ったりしたら面白いと思うな。

何気なく存在している自分の文化が、異文化に触れてその存在を主張する。それって、足元を確認しているみたいで、楽しい作業ですよね、きっと。

異文化出身の友達を探したくなりました。

『天使の梯子』。

2005-04-15 23:56:59 | 
村山 由佳。

桜の季節。
透き通るような青と、大地の喜びが聞こえてきそうな薄紅色。
目蓋に浮かぶその光景は、なぜだか心を暖かくする。
ぼくは、桜が負の思い出になるようなことはない。
けれど、囚われてしまうときがくるのだろうか。



前作『天使の卵』を読んだとき、ぼくは高校生だった。突き上げる感情の波を抑える術を知らず、今よりも、もっともっと、単純で。目の前すら見えていなかった、あのとき。成人を迎えようとしている彼の視点で紡がれる物語は大人びて、彼が恋した8歳年上の女性は、さらに大人に見えた。大人ぶって見せていた子供のぼくは、彼らがどうしようもなく惹かれ、恋に落ちていく過程を知り、辿りついた結末を知った。何もかもが想像でしかなかった。傷心のとき。そして、至福のときも。
10年。ぼくは27歳になった。
何を知った?この10年で、ぼくは何を得た?何を失った?
季節は全ての事に無頓着で。淡々と予定をこなしていく。さまざまな思いを引きずりながら巡る、冷静な季節の中で、ぼくは、傷を負うこともあったし、幸せな瞬間もあった。そして、凍らせた思いも。冷たい心の奥に閉じ込めた思い。それは他の誰でもなく、自分が閉じ込め、錠を下ろした思い。罪なのは、鍵をかけたことすら忘れていくこと。よぎるのは、忸怩たる思い。
彼らは、閉じ込めた思いと常に向き合い、背負い、重い足で進んでいく。相手を気遣いながら、自分の悲鳴を堪えながら。ただ、赦してくれる何かを求めて。そんな彼らが痛々しく、そして神々しく見えた。ぼくは、鍵をかけた思いを見つめなおそう。赦されることはなくても、背負っていこう。そう思った。情けなさが全身を責める。怒りはただ、自分を見つめるだけ。悲嘆にくれても、何も始まらない。もう、繰り返さない。何かを始めようと思ったら、いますぐがいい。今よりも早いときなんて、ないのだから。




村山由佳さんの物語は、ぼくを捕らえて放さない。目の前に情景が浮かんでくるような、彼らがまるですぐそばにいるような、そんな思いを抱かせる。たまたま気が向いて、1枚だけCDをかけた。空気がぴったりと合って、すばらしい演出をしてくれた。至高の時間を過ごさせてもらった。
もしも、どこかで。いつか、どこかで。月明かりの夜に。
天使の梯子を見かけたなら、きっと、ぼくも見入ってしまうだろうと思う。

『終戦のローレライ』。

2005-04-13 04:27:42 | 
福井 晴敏。
第24回吉川英治文学新人賞、第21回日本冒険小説協会大賞受賞作。

映画『ローレライ』の原作。
 解説にも書いてあるが、もともと映画化を見越しての原作だったそうだ。なんでも、「潜水艦と女性と第二次大戦」というキーワードで依頼されたらしい。映画化を見越した原作なのだから、それほどのものでもないか、と、高をくくっていた。読み始めたときは苦手な文体なことも相まって、それほど惹かれなかった。しかし、途中からぐいとその世界に引き込まれてしまい、囚われたぼくは一気に読み進んでしまった。
 映画の原作だという思いは途中で捨てた。固定観念に縛られてこの世界を堪能できなくなるのはいやだ。型にはまっている自分を恥じた。この世界を堪能すればいいじゃないか。フリッツの思いを噛み締めよう。大好きになってしまった映画の世界観が、根底からひっくり返ってもいいじゃないか。覚悟を決め、本の世界に没入した。
 澄んだ氷のような緻密さ。溢れ出る情報に翻弄され、先へ先へと。読み進むうち、時間と空間の感覚が狂う。ここは、1945年なのか。2005年なのか。ぼくは、伊507に乗り込んでいるのではないか。それほどまでに。読みながら涙が滲み、汗が滲んだ。文字が表現しうるのは、無限の色彩。深遠の感情。

 映画を先に見るか、原作を先に読むか。どちらがいいのだろう。映画を先に見たことにより、絹見艦長は役所広司さんだったし、折笠上工兵は妻夫木聡さんだった。読み進み、思いを捨てたとはいえ、次の展開を期待しながら読んでしまう箇所も少なくなかった。仮に原作を読んでから映画を見たとすれば、この壮大な物語をどうやって詰め込むのか、疑問に思っただろう。さらに、端折られた箇所が目に付いただろう。結局のところ、原作と映画はパラレルワールド。似たような物語が近接した世界で繰り広げられていると思うしかない。それぞれにお気に入りのシーンはあるし、どちらがいいかなんて、優劣は付けがたい。映画は映画で。原作も物語として、すばらしいと思う。


 映画の表題と原作の表題が異なる理由が、わかった気がした。なぜ、『終戦のローレライ』なのか。

 ブログにも書いたけれど、次は『亡国のイージス』だ。今度は原作を先に読んでから、映画を見てみたい。

『ALONE TOGETHER』。

2005-03-28 06:24:50 | 
本多 孝好。

読み進めるうちに、ぼくは翻弄される。
なぜ読書を始めたのか、その答えが見つかりそうな気になる。
ひとつの事象を表す、ことば。その一つ一つが瑞々しくて、痛々しくて。
それが、不快ではなくて。むしろ、快い。

読むことは、あまりないぼくが、どんどんとりこになる。
彼の文章をずっと読んでいたくなる。

どんなものにでも波があり、リズムがあると思う。
そのリズムが、事前に何の約束もなくて、ぴたりと合ってしまう。
ぼくは、そして、とりこになる。

表面的に見えているもの。
その本質は、まったくその逆であったり、正直にそのままであったり。
それは、感じ取る人の見方、接し方によって、まったく変わってしまうと思う。
彼の文章は、僕がどこかで憧れてしまっているカタチを映してくれているのかもしれない。

話の内容から、何かを得られる。そういうことじゃない。
ただ、心地よい。
うまく表現できない。なぜ、ここまで彼の文章に惹かれてしまうのか。
この引力は、緻密に計算された結果の産物なのだろうか。
だとすれば、彼の文章に惹かれてしまうぼくは、見事にサンプルとして当てはまるのだろうか。
読み終えても、脳からは興奮が消えない。

ふぅ。

『東京タワー』。

2005-03-08 20:15:15 | 
江國 香織。

いつもの、赤と白のカフェにて。
昨日から読み始めて、二日かけて読み終えた。

このヒトの本は、ぼくをいつも翻弄する。
ページをめくるたびに、どんどん吸い込まれていく。
字が、カラダに溶け込んでゆく。
そして。
読み終えると、しばらくの間、虚脱感に苛まれる。

同名の映画を先に見てしまったせいで、頭にはビジョンが浮かんでしまう。
それは、本を読んでいく上では、ノイズでしかない。

やはり、先に本を読んでおくべきだった。

かなしい、とも、うれしい、とも違う。
たのしい、と言うほど、笑顔になるわけでもない。
ただ、心地よい。
時間が一瞬だけ、わからなくなる感覚。

読もうとするとき、ぼくは身構える。
読み始めてしまうと、「構え」は崩れ、ただ、溺れていく。
読み終えてしまうと、つい先ほどの「構え」がなんだったのか、考えてしまう。

どこにでもいるであろう19歳の少年の心を切り取って。
彼女がそれをもとにして、デッサンして、絵具を重ねて。
ただ、それだけ。

それだけ?

どこかで、自分を重ねていく。

読みながら、
自分を重ね、
同じように混乱し、
幸せになり、
疲労して、虚脱感を味わった。

いまのところ、ぼくの、この本に対する感想は、それに尽きる。
何が変わるでもなく。
自分の感覚が、文章によって、動かされ、静められ、放り出される。

この、不思議な感覚を手に入れられるから、ぼくはこのヒトの本が好きなのかもしれない。

『真夜中の五分前 side-A/side-B』。

2005-01-28 06:56:11 | 
本多 孝好。

タイトルに惹かれた。
内容を確認することなく、注文した。

新幹線の車内でside-Aを読み、お風呂の中でside-Bを読み終えた。

質感を感じさせることなく、けれど、リアリティがないわけでもなく。ぼくは素直に、このヒトの書く文章が好きなのだと思った。目から伝わる信号が、澱みなく理解できる。そんな心地よい文章。

冷めた視点で物事を見ている瞬間がある。俯瞰。そんな視点を保持することは出来ず、すぐにいつもの高さの目線に戻る。もし、視点が俯瞰のままであったら。もし、自分すらも俯瞰したままであったら。「ぼく」はどんな風に見えるのだろうか。「ぼく」はどんな視界を手に入れるのだろうか。

1年、1日、1ヶ月。1時間、1秒、1分。
「時」が経てば忘れるさ。それは、どれくらいの時間を指す?
ほんの「一瞬」でもいいから、会いたい。それは、どれくらいの時間を指す?

沈んでいるときに読んだのが良かったのかもしれない。
最後の最後まで心地よさが持続し、読み終えた後は、まるで、映画を見終わったかのような、ココロが浮かんでいる状態になった。
今すぐは、ちょっと、寝付けそうもない。
ぬるいゴードンを飲んで、煙草を吸って、ほんの少しだけ、夢を見よう。

誰にでも1日は24時間。それをどう使おうと、自由。だから、ぼくは、1日のうちの、ほんの少しの時間、こうやって文章を書く。こうして、自分を少しでも切り取っておこうと思っている。そのことをもう一度確かめた。


『星々の舟』。

2005-01-16 17:43:24 | 
村山 由佳。

第129回直木賞受賞作。

 彼女の作品は言葉が好きだ。みずみずしいというか、リアリティがあるというか。僕の心には、ちょうどぴったりくる。読み始めると引き込まれ、止まらなくなった。ちょっとした短編集のようになっているのが救い。
 帯にある通り、「感動の物語」かどうかはわからない。ただ、いろいろと考えさせられる話だった。結局のところ、ヒトは自分の視点でしか物事を見れない。自分の経験しか語れない。たとえ家族という枠の中であっても。相手が何をされ、何をしようとしているのか、解りようがない。ただ、大事なことは理解しようと努めること。繋がろうとすること。正答はなく、誤答もない。相手の幸せを願い、己のありようを憂う。
誰もが精一杯生きているし、自分を信じられなくなりそうでも、信じようとしている。

あとでもう一度、読み返そう。


ノラ・ジョーンズを聴きながら。
アールグレイの香りに包まれながら。
そんな雨の休日。

『湾岸Midnight』。

2005-01-16 14:59:43 | 
楠みちはる。

お客様にお借りして。現在17巻を通過中。
悪魔のZと呼ばれるS30Z。その乗り手となったアキオを中心とした、群像劇。

僕は車に乗ることが好き。車をいじるのも好き。
そんなにたいしたことができるわけではないけれど。
知識として、経験として、いろいろ知りたいことがある、ということ。

読んでいたら、なんだか、首都高ドライブに行きたくなってきた。
外が雨じゃなければなぁ。。。