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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「椿落ちてきのふの雨をこぼしけり」蕪村

2014年12月23日 11時40分40秒 | 俳句・短歌・詩等関連
今の季節ではないが、

★椿落ちてきのふの雨をこぼしけり   与謝蕪村
 椿の花の落ちる様はいろいろに表現される。落ちても花の形を保っているので、花の命が終焉を迎えていないような錯覚ももたらす。落花ということで新たな生命の兆しを見ようとする逆説もある。あるいは落花と同時に花の光の輝きの消失を見る表現もある。
 いづれも実際の椿の落花の様から生命の根源へ遡ろうという、心の一瞬の飛躍に成立する表現である。この飛躍に共感する読者がいるとさらに広い世界が現れる。俳句の魅力のひとつである。
 この句、落椿、きのふ、雨、こぼす、という4つの要素からなる。私は「きのふ」がポイントのような気がした。今朝、ゆうべ、昨夜、今日、降っている、ではなく「きのふ」の雨であると断定しなくてはいけないのは何か。
 昨日から椿全体に滴として蓄えられていた雨は、それなりに強く降ったのであろう。日が変わって朝日にあたって滴が輝いているのであろう。日が当たらず曇空なら雨に着目することはあまりないと思われる。しかし椿の花の落ちる地面は椿の密生した葉にさえぎられて日は届いていない。赤が春まだ浅い黒い土の上に妖艶である。「きのふ」には本日の日の当たる椿の木を連想させるキーワードに思える。
 そして椿の花の量感が「こぼしけり」に伝わる。私はこれは実景とは思えない。雨が降った日の翌日、雨の滴が椿の木に宿っているさまと、椿の花が落ちているさまを結びつけた句だとおもう。
 しかし滴の冷たさが鮮烈でもある。

落椿の句では、他に
★赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
★椿落ちて色うしなひぬたちどころ   芝不器男
★落椿とはとつぜんに華やげる   稲畑汀子
★椿落つおろかにものを想ふとき   稲垣きくの
★落椿われならば急流へ落つ   鷹羽狩行
★一つひとつ雪を窪めて落椿   石垣青葙子
★落椿そこにわが句を追ひつめぬ   加藤楸邨
がある。
 鷹羽狩行の「落椿われならば急流へ落つ」をネットで検索して初めて知った。蕪村の句の次にいいと思った。


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