Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

読了「図書12月号」

2023年12月12日 20時34分43秒 | 読書

 岩波書店の広報誌「図書12月号」を読み終えた。読み終えたのは次の10の諸編。

・【表紙】昭和天皇            杉本博司
敗戦を終戦と言い含める日本国の戦後処理はいまだに終っていない。歴史は歴史を咀嚼した人々によって築かれる。今私たちがそうしているように。歴史はいつもあらぬ方向へと向かう。

・世界戦争の時代に思う         柄谷行人

・コロナ・ライオン・ウクライナ     さだまさし

・ひらかれた古代史へ      吉村武彦・川尻秋生・松本武彦・清水克行
歴史という現象を作り出すのがホモ・サピエンスの本質なのではないか。なぜ人間は歴史を作るのか。歴史というのは変化していく家庭なんだけれども、その中には変化しない過程もじつは含んでいて、その両方を見ていくことが、これからは大切なんだと思います。そこにヒトという生物の本質が表れる・・・。

・ケインズ生誕140年に想う      赤木昭夫

・水俣、石牟礼さんへの旅        梯久美子
あれほどの闘いを繰り広げながら、自分たちだけが正義だとは石牟礼さんは思っていなかったのだ。・・水俣は複雑な土地である。その複雑さを引き受けることは、自身が引き裂かれることだった。引き裂かれつつ書き続けたのが石牟礼道子という人だった。

・落語会における素数          橘 蓮二

・本をひらくということ         小林エリカ

・ささやかなゼイタク          近藤ようこ

・岡倉覚三の残したものと1900年パリ万博  新関公子
(バリ万博で)岡倉の指導が推測される西洋的奥行空間や人物の性格描写のある日本画も理解されなかった。日本の歴史画が通じる訳もない。洋画的改良日本画も、琳派的改良西洋画も世界に通じなかったことを、岡倉はどう受け止めたのだろう。ともかく1900年以降の岡倉の関心は、絵画指導から自己の詩作や著述活動へと移っていく。・・・福地復一は岡倉失脚の黒幕として今日悪者扱いされているが、当時は日本にようやく誕生した近代的デザインの実践的理論的指導者として大活躍した実力者だった。その短い生涯が惜しまれる。



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