今年も8月6日を迎えた。例年のように、広島市長の名による広島平和宣言を掲載することにした。
平和宣言
母は私の憧れで、優しく大切に育ててくれました。そう語る、当時、16歳の女性は、母の心尽くしのお弁当を持って家を出たあの日の朝が、最後の別れになるとは、思いもしませんでした。77年前の夏、何の前触れもなく、人類に向けて初めての核兵器が投下され、炸裂したのがあの日の朝です。広島駅付近にいた女性は、凄まじい光と共にドーンという爆風に背中から吹き飛ばされ意識を失いました。意識が戻り、まだ火がくすぶる市内を母を捜してさまよい歩く中で目にしたのは、真っ黒に焦げたおびただしい数の遺体。その中には、立ったままで牛の首にしがみついて黒焦げになった遺体や、潮の満ち引きでぷかぷか移動しながら浮いている遺体もあり、あの日の朝に日常が一変した光景を地獄絵図だったと振り返ります。
ロシアによるウクライナ侵攻では、国民の生命と財産を守る為政者が国民を戦争の道具として使い、他国の罪のない市民の命や日常を奪っています。そして、世界中で、核兵器による抑止力なくして平和は維持できないという考えが勢いを増しています。これらは、これまでの戦争体験から、核兵器のない平和な世界の実現を目指すこととした人類の決意に背くことではないでしょうか。武力によらずに平和を維持する理想を追求することを放棄し、現状やむなしとすることは、人類の存続を危うくすることにほかなりません。過ちをこれ以上繰り返してはなりません。とりわけ、為政者に核のボタンを預けるということは、1945年8月6日の地獄絵図の再現を許すことであり、人類を核の脅威にさらし続けるものです。一刻も早く全ての核のボタンを無用のものにしなくてはなりません。
また、他者を威嚇し、その存在をも否定するという行動をしてまで自分中心の考えを貫くことが許されてよいのでしょうか。私たちは、今改めて、『戦争と平和』で知られるロシアの文豪トルストイが残した「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ」という言葉をかみ締めるべきです。
今年初めに、核兵器保有5か国は「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」「NPT(核兵器不拡散条約)の義務を果たしていく」という声明を発表しました。それにもかかわらず、それを着実に履行しようとしないばかりか、核兵器を使う可能性を示唆した国があります。なぜなのでしょうか。今、核保有国がとるべき行動は、核兵器のない世界を夢物語にすることなく、その実現に向け、国家間に信頼の橋を架け、一歩を踏み出すことであるはずです。核保有国の為政者は、こうした行動を決意するためにも、是非とも被爆地を訪れ、核兵器を使用した際の結末を直視すべきです。そして、国民の生命と財産を守るためには、核兵器を無くすこと以外に根本的な解決策は見いだせないことを確信していただきたい。とりわけ、来年、ここ広島で開催されるG7サミットに出席する為政者には、このことを強く期待します。
広島は、被爆者の平和への願いを原点に、また、核兵器廃絶に生涯を捧げられた坪井直氏の「ネバーギブアップ」の精神を受け継ぎ、核兵器廃絶の道のりがどんなに険しいとしても、その実現を目指し続けます。
世界で8,200の平和都市のネットワークへと発展した平和首長会議は、今年、第10回総会を広島で開催します。総会では、市民一人一人が「幸せに暮らすためには、戦争や武力紛争がなく、また、生命を危険にさらす社会的な差別がないことが大切である」という思いを共有する市民社会の実現を目指します。その上で、平和を願う加盟都市との連携を強化し、あらゆる暴力を否定する「平和文化」を振興します。平和首長会議は、為政者が核抑止力に依存することなく、対話を通じた外交政策を目指すことを後押しします。
今年6月に開催された核兵器禁止条約の第1回締約国会議では、ロシアの侵攻がある中、核兵器の脅威を断固として拒否する宣言が行われました。また、核兵器に依存している国がオブザーバー参加する中で、核兵器禁止条約がNPTに貢献し、補完するものであることも強調されました。日本政府には、こうしたことを踏まえ、まずはNPT再検討会議での橋渡し役を果たすとともに、次回の締約国会議に是非とも参加し、一刻も早く締約国となり、核兵器廃絶に向けた動きを後押しすることを強く求めます。
また、平均年齢が84歳を超え、心身に悪影響を及ぼす放射線により、生活面で様々な苦しみを抱える多くの被爆者の苦悩に寄り添い、被爆者支援策を充実することを強く求めます。
本日、被爆77周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和4年(2022年)8月6日 広島市長 松井 一實
3日ぶりに本を手に取った。読んだのは「図書8月号」。
・生態学者の「さとやまガーデン」づくり 鷲谷いづみ
・世界市民のための音楽 大岡 淳
「専門家気取りの演劇人や音楽家は往々にして自分流のブレヒト、自分流のヴァイルを粗製乱造して、失敗しています。なぜ彼らは失敗するのか。たとえ職業的なアーティストであったとしても、ブレヒトやヴァイルに取り組む以上は、なんらの専門性も歩凝らす、あらゆる特権を放棄した、丸裸の匿名的存在して、舞台に立つ構えが必要であることを理解していなからでしょう。アーティストから観客へ、ではなく、市民から市民へ語りかける手段として、ブレヒトやヴァイルの作品を位置づけることができれば、そのときはじめて、ブレヒトやヴァイルのルーツたる古代ギリシアの演劇が本来、市民が市民の面前で、語り歌い舞う祭祀だったことを想起してもよいでしょう。」
戯曲というものに接する機会はシェークスピア以外はほとんどなかったものの、ブレヒトという名は聞いている。このままこの世界と縁のないままでいるというのも寂しいと思い、ブレヒトの戯曲は目にしてみたいと思っている。また演劇も見に行ったことはない。一度体験してみたいと思っている。
・レオン・ブルムの弁護士とその娘 今枝由郎
・この歌手は誰だ、と僕は叫んだ 片岡義男
・座標 谷川俊太郎
「空間的な座標ばかり気にして、時間的な座標、つまり歴史の中の自分に考えがいかなかったのが現在の私にとっては、自分の感性の原点を見るようで面白い。」
実は私はこれとは逆である。ここの言葉を借りるならば、理系を志した私は本来は空間的な座標に生きるはずであったのに、いつの間にか時間的な座標、歴史の中の自分の位置の模索ばかり気にして17歳から71歳まで生きて来たようだ。この選択に悔いはまったくないけれども、多分60歳以降、二つの座標軸を同時に生きてきた気もする。
・さびしいおおかみ 文月悠光
「家族の物語は、必ずその時代の社会構造と抑圧の影響を受ける。今の日本における家族の在り方は、これらの作品に比べて、どうなるのだろうか? 旧来の家父長制への批判が強まる一方、日本では夫婦同姓が未だに維持され、女性側が改姓することが一般的。家庭のなかで父親の存在感は薄い。‥当たり前とされている構造を疑い、声を上げて、崩していきたい。子どもが読む本、とあなどるなかれ。私はそこから、当たり前を疑う心を養ってのだ。」
・土をつくる 岡村幸宣
「他者の悲しみの記憶を聞いたとき、そのイメージが重なることで、目の前の風景がまったくちがって見えることがある。瞳に映る世界と、まだふの裏側に浮かぶ世界の、どちらが現実で、どちらが幻影なのか、わからなくなるような体験。」
「この絵は、福島の土地に悶え加勢するつもりで描いているんです。悶え加勢する、というのは石牟礼道子さんの言葉ですけど、この絵を描いているとよく思い出すんです。石牟礼さんから学んだ姿勢として、悶え加勢するつもりで、新鮮な土をつくって描いているんです。(加茂昴)」
本日は以上の7編を読み終わった。
一昨日と昨日の深夜就寝前、昨日と本日の朝起き抜けに軽い眩暈がした。本日は、お盆休み前の土曜日だが、かかりつけの耳鼻咽喉科の診断を受けてきた。前回の私の眩暈の時も診てもらった医師である。予想よりも病院の待合室は空いていた。
私のかかりつけの医師からは、「熱中症などで体内の水分が不足すると起きるときもある。排尿を面倒がらずに多めの水分補給をするよう」に言われ、前回の眩暈の時と同じ薬を処方としてもらった。確かに一昨日と昨日の深夜の眩暈の時は、水分を補給したら15分後くらいには眩暈は収まった。血圧は眩暈直後では正常値よりも高めであった。眩暈が収まると通常の平常値に戻っている。眩暈のときは血圧が上がっているようだ。
先週は親が眩暈がするということで親のかかりつけの医師に診てもらった。特に体に眩暈の原因となるような異常はないと言われていた。今度眩暈がしたら服用する薬を処方してもらった。しかし今朝も軽い眩暈がしたとのことであった。
私のかかりつけ医から得た話を、親にも私から伝えた。水分補給を忘れないよう注意を促し、先週処方してもらった眩暈の薬を服用するよう伝えた。私が処方された薬と、親が処方されていた薬は同じ薬であった。
これほどの暑さが続くと、いろいろと体に異常が出てくる。特に高齢になればなるほど、この夏の暑さを乗り越えるのは大変である。