今回の山行では、山小屋での1泊2食付きの宿泊とし、昼食はパンとコンビニで販売している一人分のレトルトのサラダとチーズを持参した。
このレトルト、「要冷蔵」となっているが多少の日持ちには耐えられるようだ。現に今回も品質になんら問題はなかった。次回からはこれを利用しようと思う。コンロとコッヘルを持参して加熱の食事を計画すると荷が重くなる。調理自体の楽しみはあるのだが‥。
今回訪れた山域の小屋では1泊1食(夕食)付きというのもあった。加熱しない朝食、パン食ならば携行可能であろう。3泊4日程度ならばそれでも十分対応できる。多少の費用の節減になる。
もっとも2泊3日程度ならコンロ・コッヘル持参でも対応可能なことを今回の山行では証明できた。
以上の対応を今後の計画の参考としよう。
もうひとつの教訓というか、今後の課題のひとつが服装だ。昔から暑がりで山行の時はいつも半ズボン・半袖シャツ・野球帽である。これまでの数々の山行では、強引にもこれで押し通してきた。しかしこの強引さもそろそろ限界かな、と思い始めている。
今回は最初の4日間は時々顔を出す程度の太陽が幸いしたが、それでも十分に日焼けした。退職以降ほぼ毎日のジョギング&ウォーキングでかなり日焼けしてそれなりの順応はしていたと思う。しかし最後の日の陽射しは強烈であった。樹林帯に下るまでは、さすがに薄手の長袖の上着を重ね着して陽射しを防いだ。首筋を守るため野球帽の下にタオルをつけた。
だがこれまでと同様に、耳と鼻が大層赤く日焼けしてしまった。この歳であるから日焼けはできるだけ避けた方が良さそうである。帽子は野球帽ではなくツバがぐるりついているものを、慣れてはいないがかぶることで耳と首筋は防御できるとおもう。またそのほうがタオルをたらすよりは風が通ると思う。
問題は長袖のシャツである。こればかりは汗っかき、暑がりの私にはつらい。歩く速度を極端に遅くして汗をかかない程度の歩行にすれば対処可能かもしれないが、それは妻を連れての山行の場合はいいとして、それ以外では体力や気力に挑戦することにもまだまだ未練がある。
半ズボン・半袖から長ズボン・長袖についてはもう少し判断を保留しながらの宿題とすることにした。また製品の調査も徐々に指定校と思う。
さらにストックの使用である。私はストックはとても嫌いである。足腰をしっかりさせて、その補助としてストックを使うということらしいが、ストックを使用してしまえば、手に頼る比重がどんどん強くなるのは眼に見えている。
その上、早く歩くには邪魔である。勾配の緩やかな登り下りではまだ安全性には支障は無いのかもしれないが、勾配の急な下りではかえって危険なような気がする。長時間勾配の緩やかなところのトレッキングならば有効なストック、それもダブルストックではあるが、傾斜の急な日本の山行で本当に有効なのだろうか。また安全に寄与しているのだろうか。
さらに私は余計なものを手に持つのが嫌いである。手袋もつけたくない。しかし岩場の多い下りではそろそろ滑り止め付きの薄手の軍手位は使用しないといけないと感じている。
今回右膝の状況からは遅くない将来、このストックを使用せざるを得ないことをそろそろ考えておく必要がある。これも宿題として残しておこう。
さて今回の山行で思い出したことをひとつ。
槍ヶ岳の穂先の直下で15人くらいの集団が、たむろしていた。仲間が穂先の頂上から順次降りてきて、ガッツポーズを繰り返していた。それ自体は特に違和はない集団であったが、突如「それではこれから集会を始めます」とリーダー格らしい若者が宣言をした。彼らが車座になった途端、中年の男がその若者たちを諭すように「今回の山行ではそれぞれ班に分けて役割を決めた。しかるにたとえば衛生班についていえば、いやしくも高校のサークルなのに疲労した仲間の症状を見て、これは過労なのか、熱中症なのか、高山病なのかの区別もつけられていない。これでは役割分担にならない」とお説教をたれ始めた。若者たちは「ハイ」と返事をしながらこの「お説教」に静かに聞き入っていた。
私はこのお説教に極めて違和感を感じた。同時にこの素直な「ハイ」にも違和を感じた。
それこそ高校のサークルならばその程度のことは山に来る前に十分に勉強していて当然である。事前に役割分担を決めた時にその程度の知識は先輩から後輩に伝授されていてしかるべきだし、顧問がいるならばその程度の確認は事前にしていなければならないはずである。それが「役割分担」であるし、役割分担を決めた以上、そのための知識は事前に伝授・または調査されていてしかるべきである。
現に具合の悪くなった仲間も発生したのだろう。しかし今更山の頂上に来てお説教をたれるのはあまりにいい加減である。本来ならば集会で教師がそのことを「事前に確認していたにもかかわらず」とまず教訓として述べなければまったく意味がないものである。あの教師の発言はあまりに一方的な説教である。
顧問の教師の役目があったとして、その程度の事前確認をしなかった顧問の責任である。それに生徒の側から意義をとなえるでもないこの高校のサークルの質はあまりにずさんである。というか、高校のサークルとはそんなにも自主性のないものなのだろうか。
私は昔から、また自分の体験から、高校の体育会系のサークルにはいつも違和感を感じていた。顧問の教師の自分の責任を棚上げした「指導」、感情的な一方通行の「説教」、こんなことが今の時代でも蔓延しているとしたらまったく進歩のない、いや退歩すらしている体育指導ではないだろうか。
この高校の教師の「説教」をたまたま傍で聞いて、この高校の体育指導のいい加減さ、そしてそれをあまりに整然と聞いている生徒の「素直さ」に心が寒くなった。
このレトルト、「要冷蔵」となっているが多少の日持ちには耐えられるようだ。現に今回も品質になんら問題はなかった。次回からはこれを利用しようと思う。コンロとコッヘルを持参して加熱の食事を計画すると荷が重くなる。調理自体の楽しみはあるのだが‥。
今回訪れた山域の小屋では1泊1食(夕食)付きというのもあった。加熱しない朝食、パン食ならば携行可能であろう。3泊4日程度ならばそれでも十分対応できる。多少の費用の節減になる。
もっとも2泊3日程度ならコンロ・コッヘル持参でも対応可能なことを今回の山行では証明できた。
以上の対応を今後の計画の参考としよう。
もうひとつの教訓というか、今後の課題のひとつが服装だ。昔から暑がりで山行の時はいつも半ズボン・半袖シャツ・野球帽である。これまでの数々の山行では、強引にもこれで押し通してきた。しかしこの強引さもそろそろ限界かな、と思い始めている。
今回は最初の4日間は時々顔を出す程度の太陽が幸いしたが、それでも十分に日焼けした。退職以降ほぼ毎日のジョギング&ウォーキングでかなり日焼けしてそれなりの順応はしていたと思う。しかし最後の日の陽射しは強烈であった。樹林帯に下るまでは、さすがに薄手の長袖の上着を重ね着して陽射しを防いだ。首筋を守るため野球帽の下にタオルをつけた。
だがこれまでと同様に、耳と鼻が大層赤く日焼けしてしまった。この歳であるから日焼けはできるだけ避けた方が良さそうである。帽子は野球帽ではなくツバがぐるりついているものを、慣れてはいないがかぶることで耳と首筋は防御できるとおもう。またそのほうがタオルをたらすよりは風が通ると思う。
問題は長袖のシャツである。こればかりは汗っかき、暑がりの私にはつらい。歩く速度を極端に遅くして汗をかかない程度の歩行にすれば対処可能かもしれないが、それは妻を連れての山行の場合はいいとして、それ以外では体力や気力に挑戦することにもまだまだ未練がある。
半ズボン・半袖から長ズボン・長袖についてはもう少し判断を保留しながらの宿題とすることにした。また製品の調査も徐々に指定校と思う。
さらにストックの使用である。私はストックはとても嫌いである。足腰をしっかりさせて、その補助としてストックを使うということらしいが、ストックを使用してしまえば、手に頼る比重がどんどん強くなるのは眼に見えている。
その上、早く歩くには邪魔である。勾配の緩やかな登り下りではまだ安全性には支障は無いのかもしれないが、勾配の急な下りではかえって危険なような気がする。長時間勾配の緩やかなところのトレッキングならば有効なストック、それもダブルストックではあるが、傾斜の急な日本の山行で本当に有効なのだろうか。また安全に寄与しているのだろうか。
さらに私は余計なものを手に持つのが嫌いである。手袋もつけたくない。しかし岩場の多い下りではそろそろ滑り止め付きの薄手の軍手位は使用しないといけないと感じている。
今回右膝の状況からは遅くない将来、このストックを使用せざるを得ないことをそろそろ考えておく必要がある。これも宿題として残しておこう。
さて今回の山行で思い出したことをひとつ。
槍ヶ岳の穂先の直下で15人くらいの集団が、たむろしていた。仲間が穂先の頂上から順次降りてきて、ガッツポーズを繰り返していた。それ自体は特に違和はない集団であったが、突如「それではこれから集会を始めます」とリーダー格らしい若者が宣言をした。彼らが車座になった途端、中年の男がその若者たちを諭すように「今回の山行ではそれぞれ班に分けて役割を決めた。しかるにたとえば衛生班についていえば、いやしくも高校のサークルなのに疲労した仲間の症状を見て、これは過労なのか、熱中症なのか、高山病なのかの区別もつけられていない。これでは役割分担にならない」とお説教をたれ始めた。若者たちは「ハイ」と返事をしながらこの「お説教」に静かに聞き入っていた。
私はこのお説教に極めて違和感を感じた。同時にこの素直な「ハイ」にも違和を感じた。
それこそ高校のサークルならばその程度のことは山に来る前に十分に勉強していて当然である。事前に役割分担を決めた時にその程度の知識は先輩から後輩に伝授されていてしかるべきだし、顧問がいるならばその程度の確認は事前にしていなければならないはずである。それが「役割分担」であるし、役割分担を決めた以上、そのための知識は事前に伝授・または調査されていてしかるべきである。
現に具合の悪くなった仲間も発生したのだろう。しかし今更山の頂上に来てお説教をたれるのはあまりにいい加減である。本来ならば集会で教師がそのことを「事前に確認していたにもかかわらず」とまず教訓として述べなければまったく意味がないものである。あの教師の発言はあまりに一方的な説教である。
顧問の教師の役目があったとして、その程度の事前確認をしなかった顧問の責任である。それに生徒の側から意義をとなえるでもないこの高校のサークルの質はあまりにずさんである。というか、高校のサークルとはそんなにも自主性のないものなのだろうか。
私は昔から、また自分の体験から、高校の体育会系のサークルにはいつも違和感を感じていた。顧問の教師の自分の責任を棚上げした「指導」、感情的な一方通行の「説教」、こんなことが今の時代でも蔓延しているとしたらまったく進歩のない、いや退歩すらしている体育指導ではないだろうか。
この高校の教師の「説教」をたまたま傍で聞いて、この高校の体育指導のいい加減さ、そしてそれをあまりに整然と聞いている生徒の「素直さ」に心が寒くなった。