徒歩旅行、世界一周、3万4千キロ

過去の世界徒歩旅行の記録を紹介

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く(タイ)-81

2010-11-07 06:41:19 | 世界徒歩旅行記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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12、シンガポールからヨーロッパまで歩く(タイ)-81

3)タイ編

日記から-45

1984年 1月1日 (日曜日) 曇り

 日本の年号は何であろう。(この時は昭和天皇が亡くなられたと思っていた。)
とにかく、サワディービーマイ(タイ語であけましておめでとう。)で年が明けた。
日本では正月ではあるが、ここタイは皆が何時もと同じである。何の変わりもなく朝から働いている。
だから、3人娘の食堂も同じように開き、おばあちゃんの漁師達や、舟に乗って網を投げている漁師たちは朝早くから魚を取っている。

 今日はとにかく7時ぐらいに出発する。
3人娘の一番上のRenは何だかどこか日本で見たことがあり、前から知っていた様な人であった。
こんな事からも俺の心が少し彼女に動いているようだ。しかし、旅を続けるにはその様な気持ちは禁物である。
そういう意味でも、また一人になり旅をするのである。

 少しずつ丘が見えて来て、それを上がり下がりする。今までと感じが変わってくる。それに人口が少なくなってきたようだ。
今日、俗に言うアジアハイウェーに入る。
その道は町を避けて通るので、人口が少なくなったこともあり、何だか人の臭いが少し消えたような気がする。
その代わり平原から少し丘が見えるようになり風景は大変よくなる。ただし、この道は自動車が多いのには参る。

 今日人口が少なくなった影響がそのまま夕方現れる。それは店を見つけられないからである。
夕方の早い時間に食堂が一軒あったのだが、それを通り越したらあると思っていた食堂がないのである。
今後は食糧を持って歩かなくてはいけないのかもしれない。

 Watをようやく見つけて泊まれるか頼んでみなのだが、始めは答えが返ってこないで、泊まっていいものか分からずに困る。
始めに話したモンクは何やらゲームを始めてしまい、俺が聞いたことを無視しているようで、腹が立つ。
俺がタイ語を話せないからといって、この様にするのはどうかと思う。
彼らモンクは何の修行をしているのだろうか?

 今日は正月なのにタイの人々は本当に普通と変わらず働いている。
それにつられて俺も普通と変わらず歩いた。何だか今年は正月から歩いているので、今年は歩き通す年になるのではないだろうか。

 昼飯を食べた時に食堂で俺をハンサムだと言ってくれる人がいた。
昨日もあのダムではそんなことを言っていた女の子が周りに何人かいた。
不思議とこの国では俺などの顔を良く評価してくれるようだ。この様な国に来て良かった。

 Watで泊まる。
出費25B