発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
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世界徒歩大旅行記3万4千キロ
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日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。
12、シンガポールからヨーロッパまで歩く(スイス)-561
20)スイスを歩く
日記から-9
7月 1日(月曜日) 晴れのち夕立
今日がMrs. A.Gu”ttingerさんの家に泊まる最後の日である。
時間があるので朝、Mo”rsburgのMrs. A.Gu”ttingerさんの家から電車でチューリッヒ(Zu”rich)に出かける。
この後、歩くコースでも寄らないでもいいように、今日はチューリッヒ見学ということである。
歩かないので、電車で出かける。久しぶりの電車である。距離は25kmで往復で何と12スイスフラン(1200円)である。
やはり物価が高い国である。
昼はチューリッヒにある湖の横の桟橋でパンをかじり、ワインを飲んだ。そこには会社員の人達が昼休みで昼寝にやって来ていた。
彼らとスイスのことなどを少し話をした。とにかく平和で暖かく良い一日であった。
帰りは通勤時間に合い、多くの人が乗り込んできた。
あの日本のラッシュを思い出す。
夕方、WinterturのMr.Bosshardtさんの家に行く。
ここは別荘ではなく、市内の家である。大きな家で庭も広い。
それを見てアメリカにいた時にガーデナーをしていた時のことを思い出す。
その時は毎日、この様な広い庭の芝生を刈っていたのであった。その時に見た家とこの家は同じ様である。
ここに来たのは夕食をご馳走になる為である。
美味しい食事をして、Mr.BosshardtさんがMrs. A.Gu”ttingerさんの家に送ってくれる。
Mrs. A.Gu”ttingerさんの家に戻り、家の人々とテレビを見る。
しばらく話をして、部屋に戻ると服は洗濯されているし、パンツとソックスは新しいのが置いてある。
そればかりではなく、破れていた帽子は綺麗につぎをしてあった。
その他には今日は暖かいので昨日までの羽毛の布団ではなく、毛布に替わっていたのである。
何と心がこもっているのだろうか。おばあちゃんありがとう!
もうこの様に長居はしたくない。こんな旅はしたくない。
何故なら別れが辛いし、僕は彼らに何もして上げることがないからである。
出費 19.55スイスフラン
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筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。
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