徒歩旅行、世界一周、3万4千キロ

過去の世界徒歩旅行の記録を紹介

8、オーストラリアを歩く-50

2010-01-31 08:18:55 | 日記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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8、オーストラリアを歩く-50

・日記 12-29

11月29日 (月曜日) 曇り一時晴れ  34日目

 朝はそんなに涼しくないのだが、昼にあまり晴れないので気温が上がらず、大変助かる。
たぶん海からの風の影響があるのであろう。大変良い状態で歩ける。
休む時も木があるわけではないが、すこし晴れていても風があり、すごく暑いわけではない。
助かることに、涼しい分、雨が少し降ることがある。これも海が近いので湿った空気の影響であろう。
それは俺としても願ってもないことであが、テントを張った時にシートを濡らすのは嫌なので気を使う。

 サウスオーストラリア の警察官に会う。
彼は身分照明を見せろと業務に忠実である。この様な警官はこの旅で始めてである。
この時、この警察官には先にWater tank があるのか聞いたら、「ない。」と言い、「Nullarbor station まで行かないとない。」と言うのである。
彼は威張っているというか、威圧しているというかで、彼の仕草は警察官の仕事から来る態度なのだろう。
それにしても、歩き終えたウエストオーストラリア の警察官(Euclaで会った。)とはすごく違っている。
ウエストオーストラリアの警察官には「あんたはあまり威張っていないね。」と言う風に話していたのにな!

その後、歩いていると1時間もしないうちにWater tank があるではないか。
一体、どうなってるのだサウスオーストラリアの警察官さん!
嘘をついていたのではないか?

 テントを張るにしても木があまりないので、風を避けることが出来ない。
やっと見つけた小さなブッシュの陰にテントを立て始めたら、何と!アリが多いこと。。。。
いつもテントを張る時、気を付けることはアリがあまりいないことである。
それは、テントに穴が開いても困るし、中に多く入ってきても困るからである。
だから、テントを張っていた所を移動する。
本当にここではアリとハエは何処にでもいるのだから! 嫌になる。

出費 A$0.00




8、オーストラリアを歩く-49

2010-01-30 08:35:02 | 日記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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8、オーストラリアを歩く-49

・日記 12-28

11月28日 (日曜日) 晴れたり曇ったり 33日目

 昨日の夜中、あまりにもテントが風でキシムので、立てていたテントをつぶした。
顔だけテントの入り口から出し夜空を見ながら寝ていた。
満天の星であり、見ていてぜんぜん飽きなかった。
それでか寝ようとしてもなかなか眠れなかった。
星を見ていて驚いたことに、人工衛星があれほど多いとは思わなかった。
また、フライシートなどが風でガサガサしてうるさいことが眠れないもう一つの理由であった。
それでも少しうつらうつらしていたら、今度は雨によって目を覚まされた。
どうしようか考えていたが、雨雲はあまりなく雲が切れているので、そのまま寝てしまった。

 昨日は海の横を歩いていたのに、今日は一度も海を見ることがないし、その様な気配が見えない。
おそらく、その海は道路からおよそ600~1000mほど南、即ち歩いている方向の右側にあるのだろう。
海が見えないのは残念である。

出費 A$0.00



8、オーストラリアを歩く-48

2010-01-29 07:54:35 | 日記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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8、オーストラリアを歩く-48

・日記 12-27

11月27日 (土曜日) 曇り 32日目

 EUCLA でいつも心配してくれたおまわりさんにお礼を言う。
その後、2時間半ぐらいで西オーストラリアと南オーストラリアの州境に着く。

ついに、あの苦しかった西オーストラリアを過ぎた。
しかし、今からもっと大変だというNullarbor plain の中心に入る。

 丁度、州境の所のBP Village で泊まろうと思っていたのに、つい足が速くなりすぎてしまう。
その過ぎた距離が20km以上歩いたので、明日からは少し楽になるだろう。

 その過ぎ去ったVillage でのことである。
そこで食糧を買っていたら、7日目のホテルのバーで一緒に飲んだトラックの運転手に会う。
この様に偶然に会うことは本当に珍しいことである。彼とは因縁があるのかもしれない。
彼はこの前「今度会ったら水をやる。」と言っていたが、店であったので水をもらうまでもない。

 Nullarbor plainの中心 は皆が話していたように木が少なくブッシュだけである。
ブッシュと言っても高さが、腰ぐらいの物ばかりである。
これではテントを張るときに苦労をする。
ここは風が強いのでテントを隠すこともできないだけでなく風除けにもならない。
今日も風が強いのであるがテントを立てる。ずいぶん苦労をかけて来たテントがまた風できしむ。
ちょっとテントがかわいそうな気がする。テントよごめんな!

 今日州境を越えてから2時間~2時間半ぐらい歩いたら海が見える。
歩いている方向のすぐ右側に大きな海が見えるのである。きれいである。
それは1ヶ月ぶりで見たもので、海は良いものだ。 海が近いから風が強いのだな。。。


1ヶ月つぶりの海をみる。足などは日に焼けて真っ黒である。

出費 A$16.70



8、オーストラリアを歩く-47

2010-01-28 08:12:05 | 日記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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8、オーストラリアを歩く-47

・日記 12-26

11月26日 (金曜日) 晴れ 31日目

 歩き出して今日で1ヶ月が過ぎた。ここまで歩けるとは思わなかった。
何とかここまで来ることができたのもオーストラリアの人々その他の人々そして神様のおかげである。
水をいろんな人からよくもらった。
本当にありがとう!
明後日からNullarbor plain である。その時も何とぞ助けてくださいますようお願いします。

 この2日間は涼しい。歩きやすい。
こんな気候で良いのかとまた思ってしまう。3日ほど前は気が狂うほど暑かった。
今日、水をくれた人の話によるとまた明日から暑くなるそうだ。嫌なものである。

 今日また警察官が俺のことを心配して、体のことや水があるかなど聞いてくれた。
2日前にも同じことがあった。親切なおまわりさんである。ありがとう。

 昨日と今日は涼しいのと風が強いのでハエがあまり顔の回りには止まらない。
大変うれしいことである。
しかし、後ろのバックパックには何時もの指定席のようにハエは止まっている。
あいつら(ハエ)は止まっていてそこに何かを着ける。
そこが白い物であったら、よく分かるのだが、、、黒い点をつけている。
非常に汚いやつらだ。
これだけではなく、顔に止まったやつを手で叩いてつぶすと腐った肉のような臭いがする。
やつらは普通カンガルーの死骸に止まっているからだろう。
このようなハエの子供であるウジを俺が食べたのかと思うとぞーとする。

出費 A$0.00




8、オーストラリアを歩く-46

2010-01-27 00:15:01 | 日記
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日本をはじめアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドそしてシンガポールからヨーロッパのポルトガルまで歩いた旅行記です。
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8、オーストラリアを歩く-46

・日記 12-25

11月25日 (木曜日) 曇り時々雨  30日目

 朝、日本人の旅行者夫婦に会う。車で旅行して6日目だそうだ。久しぶりに日本語を話す。
思う存分話せるので良いものだ。
一瞬、その日本語で話した時間が日本にいるのかと錯覚をしてしまうほどである。

 カンガルーがすごく近くにいるのを見る。
カンガルーも俺をジーと見ていてなかなか動かない。
こんな時カメラの電池があればなとツクヅク思う。
最近カメラは性能が非常に上がったが、写すのに機械的ではなく電気的になり電池が必要になった。
その電池もダンダン小さくなるのは良いのだが、それが外国などではない場合が多い。
しかも、砂漠の中や田舎ではその小さな電池がないのは当たり前である。
このように特殊な電池がないと駄目なカメラを持ってきたのがいけなかった。

 Mundrabilla という所に着く。
今日も「あと5km」という標識を見てから、このロードハウスまでが非常に長く感じる。
疲れているので、なおさらこの様に感じるようである。

 夜は何時ものようにバーに行く。
そこにはこの辺を現場として働いている電話局関係の人たちがいる。
彼らとよく話しをする。この時、この時間が実に一番楽しい。
しかし、酒を飲むお金がかかるのは痛い。

出費 A$20.80