徒歩旅行、世界一周、3万4千キロ

過去の世界徒歩旅行の記録を紹介

世界一周、徒歩旅行-シンガポールからヨーロッパまで歩く編-736

2015-02-28 07:45:14 | 世界徒歩旅行

発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
+++++++++++++++
世界徒歩大旅行記3万4千キロ
+++++++++++++++


日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く (イラン) -357

13)イランを歩く

日記から-11

12月1日(土曜日) 快晴

 Bamという所を過ぎる。
この町は少し大きいようだ。国道はその町の入り口をかすめ、町から国道までは離れている。
その国道から町までの間は並木道で結ばれている。ザヘダンの時も同じであった。

 そのBamを過ぎて少し行った所で何かの集まりがあった。
近づいてみると井戸を掘っていて、今日始めて水をくみ上げたという事で祝っているのである。
ちょっとした祭りみたいである。そこで皆とチャーイを飲み、オレンジをたくさんもらう。
その集まりは新しいポンプで今日始めて水をくみ上げたということであったのだが、その水ももらい、昼にはそれを飲んだ。

 その後も歩き続けると小さな村があり、店屋があった。
それを過ぎ地図に名前があり、地図にガソリンスタンドの印があるダズルという村に来たのだが、そこには何もない。
その村はメインロードから離れていて、あるべき村が見えないし、道路沿いにあるべきガソリンスタンドがないのである。
その後、歩き続けるとその先には村というものが見えず、また砂漠になって来てしまった。

 水を持たず、食糧も今日の夕食分は持たずに仕方なく歩いていると一台のトラックが止まってくれる。
そのトラックは道路工事で使うアスファルトを運ぶ大きなトラックである。
その運転手に水とタバコをもらう。その後、彼の現場にも歩いてい通過した。
とにかく、今日はこの水で夕飯を炊き食べることが出来た。

出費 0リアル

================================================================================
筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。

================================================================================


世界一周、徒歩旅行-シンガポールからヨーロッパまで歩く編-735

2015-02-27 07:33:02 | 世界徒歩旅行

発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
+++++++++++++++
世界徒歩大旅行記3万4千キロ
+++++++++++++++


日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く (イラン) -356

13)イランを歩く

日記から-10

11月30日(金曜日) 快晴

 昨日の風は納まった。天気は良い。
そしてこの辺りは灌漑をし、水を引いているので木が見られ、農業をしている。

砂漠を日本の畑の様に区切って枠を作ている。その枠の中だけが水が行き届き、緑になっているのは日本と違い面白い。

iran-02.jpg

iran-03.jpg
地下にある水路。下の写真はたまにある空気穴、そこまで行き、近くで見たところ。

 Vakilabadという所は町の周囲にパキスタンの様に地下に水路がある。
この町は結構、ダダッ広い。ここでは野菜がタマネギ以外にジャガイモがあった。助かる。
しかし、俺が買うのでなくジャガイモと、乾燥したトマトを人がくれるのである。ありがとう。
この乾燥したトマトはそのまま食べても良いし、クリームスープなどに入れて煮込んでも美味しい。
スープに入れた時は乾燥したトマトがそのまま元通りのトマトに戻るのである。
とにかく、乾燥しているので、持ち運ぶのに軽くて助かるし、栄養もありそうだ。

 町を通ったので、人々がよく話しかけてくる。
始めの内はそれぞれの人に答えていたが、同じことを話すので、飽きてきたし、歩きが前に進まなくなってしまう。
後の方にバイクに乗っていろいろ聞く人には俺があまり親切に答えてあげられなかった。
ここでも多くの人に親切にしてもらい、たくさんの物をもらっているのに何故彼らにチャンと答えてあげられないのだ。
まだ、俺は分かっていない馬鹿な人間だと思うのである。

 昨日は砂が強風でテントの中まで入って来てマイッタが、今日はそのテントの中でガンド(氷砂糖)を割ったので、その砂糖のカケラでテントの中がザラザラだ。

出費 240リアル

================================================================================
筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。

================================================================================


世界一周、徒歩旅行-シンガポールからヨーロッパまで歩く編-734

2015-02-26 08:05:50 | 世界徒歩旅行

発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
+++++++++++++++
世界徒歩大旅行記3万4千キロ
+++++++++++++++


日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く (イラン) -355

13)イランを歩く

日記から-9

11月29日(木曜日) 曇り、強風

 朝、テントをしまい、少し歩き出したら風が吹き出した。
歩き始めは涼しく、快適に歩けるかと思っていたら、それどころではなく強い風である。
それも、こんな時は不思議と前から風が吹くのである。昨日の疲れがあるので、前に進まない。
そう言えば、パキスタンの最後の日もこの様に風が強かった。その時と同じで今日も目を開けていられないのである。
しかも、必ず前から風が吹く。何故だろう??

 夕方、Fahrajに着く。ここまではズ~と平らであったが、ここから川が流れているのである。
この川の所だけが水で削れて低くなっていて、その周囲だけが緑になっているのである。
その近くのレストランでナンとタマネギとチャーイをもらう。
この辺では野菜はタマネギだけしか手に入りにくいようだ。
それで乾燥したレーズンを買い、そこを離れる。レストランの人々、ありがとう!
今日の夕食はタマネギのクリームスープとレーズンとナンである。

 テントを張るのであるが風は止まない。
一度、テントを張ろうとしたが、風のため張れずに場所を変える。
昨日は何もない平らな所でテントを張ったが、強風が吹かずテントが壊れなかったのは幸いである。
とにかく、どうにか風を遮る所を見つけたが、砂がすごいのでバックパックもテントの中も食糧も砂だらけである。

 テントはジッパーが少し駄目になっている。
入り口の内側から見たら、右下の方がそれで、よくジッパーがはずれる。だから閉まらない。

 今朝そう言えば、クソが出なかった。
これは本当に久しぶりである。クソが出ないということは即ち、クソが硬くなっているという証拠であろう。
今まで長い間、下痢で苦労をしてきたが、やっと腹がまともな状態になって来た。

 今日も自動車が俺の横で止まり、乗らないか聞いた。その後、俺が乗らないと言うと、オレンジをくれた。
この様に車が止まって、その後に水があるかとか何かを聞いて、果物などをくれたりするのはその人が余裕がある人しか出来ないだろう。
東南アジアなど、今まで歩いたアジアではこの様に車が止まり何かをあげるという現象はあまり見られなかった。
(とは言っても、今までのアジアは車ではなかったが、店でも何処でも親切にしてくれた。)
この国は西洋に近いような雰囲気がある。

 今日は道にコインが40リアル落ちていた。これくらいが普通だし、これでいいのだ。

出費 200リアル

================================================================================
筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。

================================================================================


世界一周、徒歩旅行-シンガポールからヨーロッパまで歩く編-733

2015-02-25 08:34:44 | 世界徒歩旅行

発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
+++++++++++++++
世界徒歩大旅行記3万4千キロ
+++++++++++++++


日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く (イラン) -354

13)イランを歩く

日記から-8

11月28日(水曜日) 曇りがちの晴れ

 歩きの調子は途中までよかったが、最後には大変疲れた。
それは歩いている路肩が舗装されていなく、やわらかかったせいであろう。それに少し暑かったのもある。
それとも今まで調子よく飛ばして来た疲れが出てきたのもあるかもしれない。

iran-04.jpg
本当に平らでテントを風から遮ることができない。

 今日は疲れていたので、テントを張るところを探すのも面倒だ。
それにこの辺は平らでテントを隠したり、風を遮ることができる所がないので探すことも出来ない。
本当にこの辺は平らで雨が降ったら、水が流れるであろう水の道さえ見当たらない。
せめてそれだけでも見つかれば、起伏がありテントを風から守れるであろうのに、、、
仕方がないので、出来るだけ道路から離れるが、テントは丸見えである。
暗くなり火を使うと丸見えなので、今日はローソクを使わないことにしよう。

 今日も車が止まりオレンジをくれる人がいた。
この前はリンゴであった。本当にありがとう。

出費 300リアル

================================================================================
筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。

================================================================================


世界一周、徒歩旅行-シンガポールからヨーロッパまで歩く編-732

2015-02-24 09:00:08 | 世界徒歩旅行

発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
+++++++++++++++
世界徒歩大旅行記3万4千キロ
+++++++++++++++


日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。

12、シンガポールからヨーロッパまで歩く (イラン) -353

13)イランを歩く

日記から-7

11月27日(火曜日) 快晴のち曇り

 足が本当に軽い。良い感じで歩ける。インドの時の体の状態が今では嘘の様である。
しかし、昨日たくさんのお金を道路上で拾ったので、目は下ばかり見て歩いている。
俺は一体何のために歩いているのだ。
「お前は金を拾うため歩いているのか?」と軽蔑しながら、俺の気持ちを正しても、目は下に向いているのである。
その上、また、たまにお金が落ちているのもいけない。
この大きな自然の中にありながら、道路の少しだけの所を見て歩くなんて、何と馬鹿げているのだ。
ところで、多くのお金を拾ったが、その中であまりにも古く、使えないのもあるのが分かった。

 昼ごろKahurakという所の前に数軒の家があり、そこの人々が紅茶をくれると言う。
その時は休むにはいい頃だと思い、快く受け入れたら昼食もくれて、他にナン、缶詰、ガンドなどをくれる。
そのガンドとは氷砂糖の大きなもので、砂糖の塊である。
これを鍬のような本当に小さな道具で口の中に入るほどに砕いて紅茶の時に食べるのである。
チャーイにはこのガンドが付き物である。

 俺はあまりにも疲れているので、チャーイを飲む前にガンドを多くガリガリ食べていると、子供の様に見られてしまった。
とにかく、この人達は親切である。それに子供達も気持ちが良いくらいに親切でアッサリしている。
だから、思わずその子供たちを抱きしめたくなってしまう。

 この小さな村を過ぎた後ですぐに男と女の2人乗りの車が止り、話をする。
この2人は夫婦ではないようだ。話をした時には特に女の人とした。
このイスラム圏では女性と話をする機会が本当に少ないものである。
今まで、バングラデシュ、インド、パキスタンと男の世界で殆ど女の人とは話をする機会がなかった。
だから、たまに女の人と話をしたら、彼女達は日ごろが閉鎖された社会なのでか?好奇心が強く、よく質問をする。
それでも、この国はイスラム教の中では進んでいて、女性は顔の鼻と口だけを隠すチャドルである。
それに比べるとバングラデシュやパキスタンは頭から頭巾を被り目の部分だけが溶接工が使う仮面のような感じになっていた。
だから、この国はその点もやはり進んでいる。
(ただ回教の宗派が違うだけかもしれないが、、、)

 この後は歩いていて橋があった。
その橋の下には水が流れているのである。これは久しぶりのことである。
橋が架かっているような大きな川にやはり水があり、水が流れているというのは良いものである。
どおりで、この辺は草木などの緑が少しあると思った。やはり緑は良いものである。

 その後も継続して歩いていると、また軍の基地がある。
そして、ここでも水をくれたが、昨日の様な狂っている軍人ではないのである。
ここではパスポートを見せろとも言わない。それどころか、俺の歩いていることに感心していた。

 この基地の前には店があり、ここでクッキーを買う。
それほど食べたくもなかったが、拾ったコインがあまりにも重かったので、コインを使いたかったのである。

 このところあまり寒くない。また、昼もあまり暑くない。
気候が丁度いいのである。今、パンツ一枚でテントの中にいても寒くない。

出費 0リアル

================================================================================
筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。

================================================================================